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はるまち
 望月ゆき


ぴんと張った背中を
つむじ風が
らせん状に、なでて
どうしてか
しのび足でわたってゆく
ので
今いる場所がほんとうは
うすい
一枚の氷の上なのだと
冬が深まるごとに、気づく


吸収された世界
きこえてくるのは
静けさの、音
無からいちばん遠い、


( 3オクターブの、振動で )

氷は、やがて
沈んでゆく
沈んでゆく 
わたしの足元
奥深いところ、へ

( 24色の、音を放って  )

そうして、そこに残るもの
ひらかれた朝の光、
つたわる温度、
願いごと、
足あと、


足あとに、咲く
クレパスの






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反ブルー(別稿)
 稲村つぐ


砂まみれの指は
ずっと、月夜の中心へ巻き込まれたまま
未完のミサを奏でるために

手向けてきた花が
揺れている
細かくも入り組んだ、それは
出航するための固い岸辺

沖では生まれたばかりの波間が
繰り返し、繰り返し
どれも異なる言葉で挨拶を済ませて
いまとなっては合図とも知れず、報告とも届かず
頭上を浮かぶ無数の鳥の
鳴いたのは一羽だけ、たったあの一度

太陽も、息を吸え

積乱雲を連れた体温
マイナス
呼吸
胸骨を展開させて
割る
太刀魚の列
イコール
月齢の記憶
パーセントで
分厚い青の層は
達するより先に、すっと開き
体を飲み込んでは静かに閉じていく

無音の、圧縮が行き渡る
その下降する指先を、始終を
いま死んだばかりの貝が底から見上げている
渦巻き模様の拡散で
黒ずんでくる像を取り込むように
そしてまた新たに放ちながら



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 腰越広茂



私は待つ

私は待つ
憤りが雨に変わるのを
私は待つ
悲しみが雨に変わるのを
私は待つ
喜びが雨に変わるのを

私は待つ
待つことは罪か
希望さえ
空を仰ぐではないか

純潔に消費期限があるならば
時空に飽きて
ただの点になろう




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失われつつあるものの、美しさ
 吉田群青


夕暮れ前
遠くにかすむネオンの灯は
空想の世界の動物のようだ
泣いてるみたいに点滅して
消えそうなくらい風に揺られて

幼いころ空想で作り出した王国が
地平線の果てで滅んでゆくところを
否応なく見せられているみたいだ

なんて静かなのだろう

なんとなく
世界の終わりというものも
これと似ているような気がする

真っ暗になって
なんにも見えなくなって
さよならをいう暇すら
きっと与えられなくて


バレンタイン用に包装されたチヨコレイトを
買って胸に抱きながら帰った
わくわくしながら箱を開けると
腐乱死体みたいになっていた
心臓を模したというハートの形は
すでにどこにも見当たらない

せつながりながらも
でろりとしたそれを
指につけてしゃぶってみる
遠い昔だれもがそこで
泥遊びをしていたであろう
母の体内みたいな感触だ

食べ切れなくて捨てるとき
ものすごく痛々しい気持ちになった
わたしは臆病者だから
きつく眼をつぶって
見ないふりをした

がさり
と音がして
たぶんわたしも含めて
この世のものはきっと全て
こんなにもたやすく捨てられてゆく


君の声が
わたしの耳に届く途中の地点で
鳥の形に変わって
空へ羽ばたいてゆくのを見た
だからわたしには
君の声はぜんぜん聞こえないんだけど
次々に飛び立ってゆく
その鳥の色や並び方や羽ばたきの回数で
何を言いたいのかはだいたいわかるよ
言おうとしたわたしの声も
小鳥になって羽ばたいてしまう

もうずいぶん前からこんな風だ
君の声の高低や波長はとうの昔に忘れてしまった

微笑むと同時に唇を噛む
苦い血の味
現実の重み
せつないいたみと空の青さ

歯と同じような白さの雲が
頭上をゆっくり通り過ぎる

君が手を振って
鳥が空でくるっと回って
交尾をしてて
その光景はずいぶんと美しい

まったく
馬鹿みたいなほどに美しい





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バス停
 丘 光平


ゆびさきをつたうのは
明けてゆく夜の傷みですか
焼けてゆく朝のこだまですか


ほんとうのかなしみではないのだと
よせてはかえす冬の飛まつを
ぬぐい落とせぬまま


 あわただしく
燃えうつる車輪のように
わたしをのせたバスは
あなたをとおりすぎてゆきます―




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夜とまなざし
 木立 悟








曇の奥を塗る機械
膝より低く咲く冷気
土の下に見つけた花
あなただけが見つめた花


後ろ姿の母の電話が
谷の底に沈んでいる
言葉は未だ
鳴りつづけている


家と家のはざまの瓦礫の
かがやく足跡の滴を追い
色もなく夜になり
ふたたび 暗がりをゆき


雪につもる光
じっと何かを見つめる群れ
音のない川のかたち
熱は時間よりも目に近づく


きらめくものとなり
雪の上の
はじめての跡となり
あなたは ふと
追われるものとなる


右の窓には夜
左の窓には白
まなざしは
花と街のはざまをゆく





















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風船
 ホロウ

魂の裾野を幻覚が越えてくる火曜日、虚ろな目をしたテレビ・タレントが掌だけで盛り上げるような調子、いじけた雨粒が果てしもなく降り続き書こうとしていた言葉のことを忘れる…軋む椅子に横たわる様子はまるで脚を失った豹のようだ
知らない番号からかかってきた電話、受話器の向こうの汚れた声の婆さんはあんたがかけてきたんだと言い張った、そんなものは知らない、あつかましい年寄りの知り合いなどもういない、ボケた婆さんなんかに誰が携帯など手渡すのだろう…?椅子が軋んだ音に舌打ちをした拍子に電話が切れる
いつか昔遠くに飛んでいった風船のことを思い出す、風船を買ってもらってはすぐに手を離すのが好きだった、まだ浮かぶうちに、高く飛べるうちに…遥か彼方に浮かぶ淡い色が一番美しいと思った、太陽の無い日には必ずその時のことを思い出すようになった、同級生がくたばったニュースと一緒に
誰とも言葉を交わさなくなったことを恥ずかしいと思う気持ちなどない、きっとこのまま思春期の呪縛を振り払いながら人生は流れてゆくのだから…流れ着いた先が果てしない滝壺であることは明白なのだし…もう最期を怖いとは思わなくなった、それはいつ訪れるのか予測の立たないものだからだ、見取ってきた幾人かの…表情を思い出す…そこにあって……どこにもなかったものたちのことを
風船を飛ばして…取り戻さないで、手の届くところに留まることがあっても…遥か遠くまで届けて、運命のように届かないところに…飛び去ったものは二度と見送らなくて済むから…魂の裾野を越えてくるいくつもの幻覚、数えているうちに限りない時間が過ぎ去ってしまうだろう、かけがえのないものなどすべて失ってしまえばいい、どうせそれは留まりはしないものだから……




一番最初に見送ったのは淡いグリーンの風船だった、空は果てしなく澄んでいて………母親は優しく俺の手を取っていた。




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