投稿する
[前ページ] [次ページ]



かみさまについての多くを知らない
 望月ゆき



1.

かみさまは、どこですか。



2.

かみさまは、どこですか。

道すがらたずねると
あっち、と指をさした人がいたので
ひたすら あっち、に向かって歩いた
歩いて歩いて歩いて
いつしかわたしは
いくつもの境界線を越えて
世界にたどりついた

たどりついた世界に、かみさまはいた
あっち、と指をさしたその人が笑っていた



3.

かみさま、お願い。

少女は窓辺で手をあわせる
夜空に星があっても
なくても

その夜も
隣の部屋で女は
おまじないの呪文をとなえながら
少女の頃から
何度もかみさまに裏切られていることを
おぼえていない



4.

かみさま と ほとけさま
どっちでもいいけど
どっちが強い?
どっちが確率高い?



5.

かみさまはときどき
自分がかみさまだってことを、忘れる

夜のニュースではキャスターが
今日は夏日でした、と告げる
摂氏34℃に溶け出したもの
の行方については語らない

だけど
今日がほんとうは冬だってことは
みんな知ってる
自分がかみさまじゃないってことも



6.

ストローでもって
ぐるぐるとかきまわしてごらん

コォラ・フロォト とか
クリィム・ソォダ とか
とにかく
その、白いとこ

かみさまってやつは
たいてい
そんな場所にいるんだ



7.

かみさまです
って、名乗ったら
みんなにひどい目に遭わされた
そんなのって、あるかよ

半開きの目で
ぐるりとまわりを見渡したら
クラス全員が
「かみさま」
って、名札をつけてた



8.

かみさまは、雲の上から
ぼくらを見守ってくれてるんだ
って
ずっと信じてたよ

きみがポッケから出した
右手の中身を見るまではね



9.

かみさましかいない世界で
人間であることは
ひどく悲しい

木々の呼吸、
風の感触、
生態系のもつ愚かさ、を
そうでもしなきゃ気づかなかったという
大罪



10.

ぼくらは、かみさまを知らない
かみさまは、ぼくらを知らない
(あるいは、知ろうとしない)

かみさまは、かみさまを知らない


かみさまは、かみさまなんかいないってことだけ
知ってる








[編集]

夏の隙間で
 草笛


胡坐をかいて縁側に座る。
今日はずいぶん日射が痛い。

妻の注いだダージリンティーは
もうすっかりまどろみ、
体液に近い温度になっている。
カップを掴もうとする手の歪さが、ふと滲んで
私はすっかり困り果て、
フローリングの溝をなぞる。

 *

幼い頃だった。
父はよく折り鶴をつくり、
くちばしの尖った部分で私の頬をつついては、
面白がって笑った。
表情は思い出せないが
頬にあるえくぼの影が怖かったのを覚えている。
いつかそのくらやみに
飲み込まれるような気がしたからだ。

 *

日が暮れ
夕飯の時間になると、
何故か時々、
皺皺でぱさぱさに乾いた玉子焼きを
母と私に、父はふるまった。
やたら甘くて苦手なんだ
とは、
言えないまま食卓をかこんだ。
むしあつい静寂の中の団らん。
扇風機がどこともつかない方向をむいて、
ひとりでカラカラと
音を立てながら、踊っている。

夕飯後は決まって、
父とお風呂に入った。
くたびれた手のひらで乱暴に私の背中を流す。
 (きっと背中には
 (赤い痕が水溜まりのように
 (浮いているのだろう
湯船につかりながら、
横に置かれたタオルがまるで、
玉子焼きのようで
その度に甘い唾が口の中に広がって、
やはり私は、全く
玉子焼きが苦手だと思った。

暖かい夜風が、
夏をやわらかく切り取っている。
かざぐるま、の音の響く
まっくらな木々の葉、
一枚、一枚それぞれが
さやさやと揺れている下で、
蛍光色の外灯が明滅している。

視力を失った鳥たちが、
一斉に旋回を始め
夜の隙間に挟まっていく

 *

父と私は家の前の溝に並んで、
せんさいな紙縒をつまみ
ひゅう、と
ロウソクから火をうつす。
あかりが、灯る。
線香花火の橙の玉をつくること、
父は
それだけはとても上手だった。
息をひそめて、膝をだく。

 散らばる線/集まる点
 輪郭がふるえる
 水中に落とされていく種
 生まれる 祈り
 のような呼吸で
 繰り返し 産まれては
 消える

明けない夜はないのだと
息をひそめて、膝を抱く

 *

日が、かげってきたのだろうか。
父のえくぼの影のような、
暗がりが、うっすらと
辺りを包み始めている
もしかすると、それは

おい、
と、妻を呼ぶ。
はたはたと足音が近づく。
右隣に座った気配がして、
指をそっと、重ねる。
歪な指である。
薄荷を含んだような清涼な風が二度ほど、
通り過ぎていった。


 お茶、いれなおしましょうか

 ―ああ、


頷き、
強ばった頬を僅かに緩ませる。
遠ざかる、
顔のない妻。
色とりどりの折り鶴が
後ろをついていく。

ふと、
とびきり甘ったるい
父の玉子焼きの香りが
立ち上っているような
気がした、
夏の隙間で
視力のない鳥たちが
旋回を繰り返している。





[編集]


 稲村つぐ


真白い花びらも、果実の名前も
まるでそこにはなかったことのように
ただ、ただ燃え落とされていて
数千の木々から発せられる風圧に
耳をあてがうと
鼓膜まで達するその叫びは
培われてきたサイクル、それ自体を
いとも容易く覆うようにまた円を描いては
幾重にも焼き付けてくる
やがて耳では抱えきれなくなって
もう許しを請おうと、さ迷いはするものの
舞い飛ぶ火の粉たちは
互いに螺旋の軌跡を絡めながら
頬に軽い火傷を負わせるばかりで
細く伝い始めた涙だけが
そのままに
緑を映し出そうと素直だった




[編集]

庭の指先、
 ma-ya


枇杷の実のしたたる夕べに、いっこうに暮れない。暮れない、あたしの家の庭があり。横転した三輪車の車輪の痕にダリアの咲く。ほころびはじめる花びらは。右に真上に斜め後ろに北北東に裂かれる。いっさい揺れない茎/茎の下、蟻がえいえんの、を歩いている。土の粒の合間を縫い。蟻いわく、ずっと明けないでいるから、あたしたちは少し近いのだと少し、遠いのだと。そしてようやく鍋の底に箸がつく。湯気のなかであたしの舌はずいぶん冷めきっていた。葱を噛むと、と、と唾液が垂れる。沸とうして吹きこぼれるのは海。くつくつくつくつくつくつくつと音の鳴る。

やっぱり

空は透明でくらがりへと駆けているのだろう。庭は((一体どうして、明るいままなのか。熱をもつ、に集積する生きものはとてもいとおしい匂いがする。窓枠の溝に美しい模様の蛾の死骸が。手に取り、和紙のような翅を粉々にする。砕けたおうど色はもはや砂で、つむじ風にのって行方は知れない。いつの間にか、けもの、飴玉のような瞳。が庭中に詰まっている。君たちに景色があるのなら、あたしは君たちをけいべつして。そうして初めて会話をしよう。ふくよかな毛並みから蒸発していく。静脈を追うための、足首を貸すよ。ずっと返さなくても、いい。

 やっぱり

うすく張られた水溜まりに映るのは。庭の椿の、母にも似たわらい顔。冷たいべに色が香りたち、埋め、あたしは埋められていく。わらい顔が水越しにゆがむ。涙管を通ってこぼれるのは濁った。髄液のぬるみ。ちっそくする寸前で父から、父の爛れた手によって掬いあげられる。それにひっし、としがみつく。しかしサイレンの音に振り向いて、放し。放されて簡単に沈んでいく体。多分、あたしたち、あと少し近いね、あと少し。遠いよ。鎖骨に気泡をだいて、泳いで。もっと濃いぬかるみを、※なべのそこにちいさいはだいろのせいぶつがちんでんすることがございますが、えいようせいぶんがかたまったものですそのままおめしあがりください。
あたしには水溶性がひつようだから、

  やっぱり

手紙をしたためている。みず色の便箋にみず色のインクを。くらくないから、電球はいりません。やさしく首をふる仕草で。はじまりのことばをなくしたら、いちめんの原っぱがみえる。回遊する魚のように、星の舞う。文字の揺らぎは少しだけ、緊張しているからで、まだ。堤防はあした決壊するだろう、そんなことしか書けない手紙を何万通もしたためている、夜に。朝に昼に。少年たちがあらゆる先端から滑落し冷蔵庫が捨てられ採血がはじまり呼び鈴を押す人差し指が震えて歓声が響いて踏切がいつまでもひらかない、空に。色とりどり!の風船がいっせいに散ってゆく。

   やっぱり

皮膚よりうすい温度の呼吸を続けていくから、唯一の海だった。だからあたしたちは常に四季を忘れていなければならなかった。))翻訳してくださいという文書が眼前に積み重ねられ、ピンセットで異物を摘みあげるように処理をしていく。じんそく、を引っ掻いて解読をざせつする指先からまた、切りひらいて/かれて。庭のそとは霧がたちこめている。葬列の気配の、やまない。再び箸をもち鍋をつつこうと覗きこむと少女が。少女はゆがんで((わらって底のほうから、いいえそちらではない。をそっと、差しだして、






[編集]

豪雨の鴉
 及川三貴


外側の雨が波を打つ
錆びた欄干 無言の街灯
振り向き傾げたままで
静止した岬の向こう側を
見つめている黒い瞳に
照り返す光の流線
翼は暗闇に溶けて
重い雨雲の端々が川の奥
濁流の中を舞っている
サファイア色した羽根が
弾く息の音 かき消す
潰れた椿 痛々しく濡れて
海へ続く土手が削られる
乾いた髪に指通し
熱に浮かされた身体休める
私の化身



[編集]

夜行
 有刺鉄線

バスターミナルは帰路に満ち、空洞を抜けるまでの入口。半券を漁っていく運転手は國の訛りで、「えがったら順におざってたんせ。えがったら順に、ほんら順におざって」と尻をおす。私は旅愁に浸る間もなく乗車して、あれよあれよと座席に押され外を眺めた。見送りは、猫の次郎が務めてくれた。次郎はビニル合羽を羽織り、悲しげに真っ白な毛を揺らし、飴玉を懸命になめているようだ。「次郎、」と私が囁いてもバスは鳴きやまずに、次郎もぽかんと口を開けたまま、私の唇を見つめただけだった。やがて、名残惜し気にタイヤが回り、次郎が元気に手を振った。その掌にくっついた肉の球が宵闇に霞んで、もうなんだか、何もかもが終わってしまった後の世界を、生きているような気さえした。

移動するバスで
私はシートに深くかけ
忘れた物事について考えている
あるいは
いつまでもそこにいる
自分のことを考える

下車した明け方の町は冷たく、人恋しさに歓楽街でユリという名の女を買った。手袋を貸してやったら礼を言われたので、珍しく声をあげたりもした。「ホテル近くあるよ」と、カタコトで懐く女を腕に抱き、私はまだ何処に帰ってきたのかも分からず、北から吹く風の色だけが道なりに抜けていくのが寂しかった。呻くように、「次郎、」と呟くと女が「なぜ旦那の名知てるっ」と驚いてたので口を吸ったら、異国のハッカが目にさえしみた。





[編集]

キトラ
 ちよこ
 
 
君が思い出した雨の銀色、あたしの弱虫にしみをつくる。石の中一緒に息を吸い込んだ星ちらちらと、やっぱり知っています。

それは額のあたりから解き放つこと。

この思い出は、ひとつずつ大切に本をめくる約束です。泣き疲れて引いた袖の棺、こめかみのあたりを濡らした、しんきろうです。瞼にだって探したりしないの。

それは唇の皮をさらうこと。

ねえ

指を一本ずつ、折ってゆきましょうか。そう乾ききれない雲を手折るようにして、私の感覚はやっと春になるのです。




[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 4/5 ]
[戻る]


[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]