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 吉田群青



春の夜は
制服姿の女学生の群れみたいだ
とめどなくざわめきながら
どこか柔らかくて

夜道を歩くとどこもかしこも
雨に濡れた紺サージの制服のにおいがする
女学生というものは
夜からうまれるのかもしれない
もしかしたら
わたしも昔
夜だったのかもしれない


春の向こう側
というものがあるらしい
そこは
えいえんに終わらない春のままで
さまざまな花が咲いていて
ひとびとはみな笑いながら暮らしているのだって
そこへ行けるのは
行き方を知っている人だけなのだって
行き方を知っているのは
死にかけたひとだけなのだって

そういえばいつか
絶望的なまでに顔色のわるいひとが
笑いながら駆けてゆくのを見た

あのひとは
そこへ行く途中だったろうか

本当は
わたしも行きたいんだけど
戻れないのを知っているから行かない
行けない


春が近づくと
水道水にみどりのあじが混じり始める
ああなまぬるいそのあじは
深夜こっそり捨てられた
あおじろい少年の精液に似て
衝動と不安とを感じさせるあじだ
路地裏へ走っていって首を吊って死にたくなるようなあじだ

春とはおそろしくも美しい季節で
わたしたちはその訪れを
淡い光の射す部屋で
膝を抱えて待っているしかないのだ



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夜辺
 木立 悟






這いつづけ
水にたどりついた樹が
土のはばたきを抑えている
それでも幾つかは
飛び去ってしまう


石も川も敬いも
大きさを失いさまよいはじめ
幸せもなく 不幸せもなく
はみ出した分だけかがやいて消え
ただあるがままの粉の冬でいる


あらゆる方向から小指にからまり
よろこびに浮かされる片方の手足
金属の雨のなか聞こえくる
畏れ うた 震え
畏れ うた 震え


降る雪のひとつひとつに
触れるたびに歩みは燃える
つむる目の内
痛みは灯る
つむる目の奥
背は揺れ動く


黒の前を過ぎるこがね
片方の目で追ううちに
曇の火 吹雪の火にたどりつく
熱と向かいあう
やわらかな平衡をはさみ
熱と見つめあう


鏡と水と鉄のはざま
無数の言葉を失くしたその場所
砂の単位 波の単位
人に関わらず生まれたもの等の
暗がりが擦る明るさを呑む


かけらに手を添えるたび
かたちは甲に浮かびあがる
尽きない業のみなもとへ
土のはばたきははばたきのまま
つぼみの息を連れてゆく

























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曇りのち雪というがまだそれほどの寒さは感じてはいない
 ホロウ






ふざけた
あまりにふざけた
長い焦燥と不機嫌な
台所の果実たちのつぶやき
スタッカートに従うガバガバの蛇口の水滴と、書き殴られたえげつない言葉の散乱
「地獄へ繋いでくれ」とオーダーしたときの
電話交換手のあからさまないらだちと軽蔑
コンビニエンス・ストアのレジで
俺の前に並んでいた
ミニスカートの若い女の
汚れた
臀部のあたり
ぽつん、ぽつんと
キッチンと世界に降る雨の中で
ふるいに
かけられる今日
午後早くから始まったこめかみの痛みは
眠気が
なにかやらなければという思いを
追いやる時間になるまで続いた
俺は意地っ張りで、意地っ張りだが
何かを成し遂げたという記憶がない
ゴールデンカップはいつでも
ぼんやりと手を止めた時の
頭の中だけにある
アレサ・フランクリンの端っこだけみたいな
スタイリッシュなアイドルが歌ってるディスクが
どこかの部屋の窓から聞こえてくる―きていたので
その窓の下に立ち小便をした、あれは夕方
仕事の帰りのことだったか
路地裏の廃屋の軒下に住みついた猫どもは
しょっちゅう喧嘩をしては剥き出しの歯を轟かせる―狙ったように夜中に
アドレスの判らない手紙が返ってきたのは三日ぐらい前のことだったっけ?
猫どもがしょっちゅう喧嘩をする裏通りの廃屋の前の
大通り沿いの小さな部屋に住んでいる詩人は
いい歳だが
うまく
やりくりが出来ない
帳尻合わせに辟易して
いつしか白目が赤くなる
ほんの数日前の
朗読会のカタルシスを早くも忘れているのだ
詩などばらまいても
鳥の餌みたいにすぐに見えなくなる
たまに見かけるハーレーの
排気音のように思い返すことはまずない
ビデオゲームに熱を上げ過ぎて
うんざりするほど長い時間を費やしてしまって
このまま寝てもしょうがないから、で
こんな詩を
書いている
ビデオゲームに金がかからなくて本当によかったと思う
確かめるまでもない、俺は賭けごとなど絶対にするべきじゃない
ヴァーチャルで負け続けて本当にむかっぱらを立てている
いま
身体の温度が何度か下がったのが判った
近頃はひどく雨が多くて
この分じゃ本当の雨季はカラカラになっちまうだろう
天気予報が自慢げに雪のマークを出していたから
少なくともそれぐらいはこれから寒くなるってことだ
出かけるときと帰るとき、苦労なんてそれぐらいだから
別にどんな色味が空を飾ろうとそれはかまやしないんだけど
俺は明日の天気のことを思う、明日もしも雪が降ったら
昔牛乳を配っていた時の
軽い吹雪のことを思い出すだろう
止んでもなお、近くの山の木々のてっぺんから
こちらに向かって時間差アタックを仕掛けてきた雪のことを
物事にはころあいというものがある
きっとあいつらは雲からの分が終わるまで飛び出してはいけないのだろう
指先がかじかんでブレーキを握れなくなったころに
回避出来ないような出来事が起こらないようにと祈り続けた日
あのころの景色のことはありありと思い出せるけど
どんなふうに凍えていたのか考えてみてもちっともリアルじゃない
俺は自分が酔っぱらっているのかと思う、この文章は確かにどこか確かじゃないやつがぶつくさ言いながら書き記したたわごとみたいに見える
だけど俺は飲んでなどいないし
この部屋には料理酒しか置いてない、だいいち俺は酒が飲めないのだ
だんだんまぶたが重くなる、俺はこのたわごとを最後まで仕上げることが出来るかと不安になる、もっとも、仕上げられなくてもどうってことはないんだけど、でも
放り出してしまったら二度と続きなんて書くことはないだろうし
投げ捨てたものが一番ただしい
投げ捨てたものこそがとそう思うことがあるけれど
そういう感じってあんまり伝わらないものなのかもな
週末インタフォンを鳴らすのは
決まって畸形化したキリスト教徒
教えを書いたペラペラの髪を持って
ハルマゲドンについてだらだらとくっちゃべっていく
宗教的興味はなくはないけど
信じて疑わない彼らを見ていると悪いがうんざりしてくるんだ
初めに教えがあるなら
受け取る側にはきちんとした覚悟がなければならない
助かりたいだけなら助からないよ…たぶん
明日は雑貨屋に行け
自転車に食わすオイルを探さなくてはならない







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傘(別稿)
 稲村つぐ


警鐘が赤く、鳴り響き
悠然と雨を撫でる遮断機
人々のため息は
色とりどりの傘に覆われながら
ふっ、と、手放してしまえば
何もかも赤く響かせて
雨が通り過ぎていくまでの間
ここに留まっていられるだろうか
けれど、傘の柄の
この手もとがまだ温かい

待ち合わせた人に
届けるための何かが
こうすることで生まれてくるのならば
私は傘を差し続ける
タクシーを逃し続ける
この街の
分厚い雲の上には、今日も
燃え続けている日の光があって
讃え合う風と、それを伝える傘のふるえが
きっと私を繋いでいて

店の前では
無造作に植えられたシダ植物と
半透明のゴミ袋が
煙るように濡れそぼっていた
その白い共鳴の中を
一匹の犬が行き来していて
つっ、と、私の手もとを捉えようとする
ごめんね
淡く濁った視線を逸らしながら
私はまた
ぎゅっと握り直して
傘を差している
ごめんね
今はまだ温かい、から




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Mother's parasol
 宮下倉庫


日傘をさしかけて、まだ、あなたは)郊外の、土の見える地面に、幾分ほつれた、影が映り、靴紐を結びなおして娘はふたたび駆け出す。気をつけて、そう告げる前に、少女は段違いの春の光を、駆けあがって。日傘をさしかけたまま、あなたの頬に、ひとすじ、川の水嵩は、行儀よく揃えられた靴の、あ、細くなって、小骨が、いっぽん、喉は、中ほどで、折れて、ぬかるみ、あ、ああ、(新しい日傘を、ふたりで



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落花生
 腰越広茂


あなたのまなざしは冷徹で遠く
風のいろのように透過している
見ることは出来 無い距離

たとえば、重くくぼみつづける密約
照らすのは、過ぎた日日
暗く発光する
ぼぅっ、と星星のしげみのあわいで凝縮し
ひとりぼっち
音も無い雨に 打たれて濡れそぼつ

雨上りのいつか わたくしは
日の光をきらきらと反射する
しずくを見るだろう
いまは決して交わることがなかろうと
視線はそよそよと
あなたの気配に結ばれる

未来の記憶に。
あなたのまなざしははるか遠く
実るために落ちる



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