投稿する
[前ページ] [次ページ]



桜のあと
 稲村つぐ


桜が散って
夜はひとつの大きな
薄い広がりになってしまった

花瓶に水を差すしぐさ
図書館に行って
桜がとてもきれいだった、
本を返して
また借りてきた、と言った
その人の乳首を優しく噛んで
気づけば何か
言葉を返していた

幾何学模様の
影を刻んで
とてもきれいだった
桜、ほんとうに
申し訳ないことをした




[編集]

ははおやたち
 吉田群青


ある町の雑踏で
すれ違った母子連れの話だが

手をひかれている子供は
火のついたように泣いていた
母親はなんとなくあやしたりなだめたりしていたが
どうも泣き止まないらしいと気付くと
子供を苦もなくくるくるっと丸めて
ちょうど柔らかな毬みたいな形にしてしまってから
ひょい
と持っていた鰐皮のハンドバックに仕舞った
ハンドバックはしばらくもぐもぐ動いていたが
やがて動かなくなってしまった

誰も騒ぎ立てなかったし
わたしもなんとも思わなかった
帰りの電車に乗ってから

と気付いたのだった

あの小さな鰐皮のバックのなかで
あの子はどんな夢を見たかしら



きちっと飾り立てた礼儀正しい子を従えて
着飾った母親がぞろぞろと
うちの前の道を通ってゆく
入学式でもあるのだろう
さんさんと平和な朝の陽射し

ときどき子供たちは
はたっ
と静止してしまう
母親たちは慣れたふうに
彼らの後頭部あたりをねじ回しでいじくり
電池をぱかぱか交換するのだった

それらが全部通り過ぎ
あとに残ったものといえば
使用済みの夥しい単三電池と
不幸にも
電池を換えてもらえなかった
出来損ないの子供たち

ガラスみたいな透き通る眼で
じっと空を眺めている



深夜
ふと
わたしもいつか母親になるかしら
と考えると
どうしようもなく怖くなる

あんな人間になりかけの
花みたいに弱々しいかたまりを
慈しむことができるだろうか

考えたがわからなかった

代わりに子供の泣きまねをしたら
案外うまくできたから
ずっとそれをやっている

遥か彼方で最終列車が
戻れなくなるところまで
乗客を運んでゆく音がきこえる

[編集]

ひとつ さまよい
 木立 悟



ひとり ひとり
夜の裸眼史
硝子のむこうの硝子と星


騒がしい影
何もない肌
土に映る
腕のかたち


闇に冷やした
ひとつの果物
指なぞる文字
雪を招ぶ文字


まるい機械
軋らぬ機械が
世界の片方にふくらみはじめる


ある日どこかに隠された火を
見出せずさまようもののため
冬と冬のはざまの子
見えない棘のしずくを抱く


空から
海から
地の水から来る
道つなぐ指の軌跡を見る


痛みとともに左は引かれ
異なる速さの銀の粒を見る
音の無い機械の動く音
雪の空へ昇りつづける


まるを抱く色
抱くかたち
にじみあふれ刺さる声
刺さるままに聴いている


雷光が来て
日記を燃やす
閉じながらひらき
壊れることさえいとわずに
卵は卵のはばたきを止めない


くちあたりのよい童話を燃す火が
ひときわ高く夜を照らし
重い背のままさまよう影を
それぞれの地へ導いてゆく


















[編集]

hebraios
 しもつき七



きんいろの堕胎をした。おんなのこは怯えていたかった。恐怖して感化して嘔吐して、それからまたいっぱいちをながして手術がしたかった。グレープフルーツのジュースみたいにたっぷりした溶液をからだのなかにふくんでいた。それを飲んで生活ができればよかったのに。おんなのこはわたしだった。革命としての殺傷。絞首であるべき六月。死ねよ。踊り死ね。残虐でもそうじゃなくてもいい。胎児がわたしをみて笑うなら、あなたの孕みそこなった世界がわたしをみて笑うなら。脹らんだ腹を切りひらくことを、こうして液体をあふれださしてしまうことを、あなたは乾くことで償え。


[編集]

終演
 有刺鉄線

麻の服は手ざわりで知る
目隠しで陥落した床下へ

絞首する

沸騰してしまう細胞を
私には思えなくて
明日のこととか考えてしまう
間違いに迷えない

途端に拍手だとか
カーテンコールへ応えるように
手を挙げて
登壇したくても階段なんて
外されていて悲しい
だって
狼が腹を裂かれて殺されたとして
その冥福を願わない人があるでしょうか

私は
使い道のないブラウン管を
まるで我が子のように感じ
ひきちぎられたその銅線に
あかぎれた指をはわしながら
終業のチャイムを待ち続けた
日々を過去にした


(女は教会から銀の食器を盗むため、神父の目を欺くようにと聾唖の息子を差し向けた。全てはお前のためではないかと、女が息子に打ち明けることはなかった。ただ女は息子の額に接吻して、神様から上等な食器を借りてくるから、その間だけ神父様のお相手をしててくれないかいと、彼を抱きしめただけだった。)


石畳は五月雨に黒く染み
もはや少年の財布には
何色の硬貨もなかった
手を伸ばすと
そこには夜が在って
母はいつまでも僕を呼ばない

すれ違う
レースのついた黒い傘を
さして歩く女のドレスは
お城のように見えて
少年はこれからも
自分が裸のままだと知った

灯台の裾野には褐色の屋根が
焼け
松の防砂林で損なわれた
海の匂いがこの藍を
この藍の幕をぞろぞろと引き降ろし
皆が我が家へ退場となる頃
少年は踵で胡桃を回しながら
大きく口を開けて踏む
通りに揺らぐ影がある






[編集]

なし
 サヨナラ


水を一杯飲み
お天道様の下
隣人に会釈す

道外れ
おぼろおぼろと
その先
まっすぐな畦歩けば
じきまっすぐになる


灯篭に息吹きかけ
流すか消すか
水面の顔 語らず

房掴み
月明かり眠る
棺ではないから
丸まって眠る


生まれたから


 
 

[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 2/5 ]
[戻る]


[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]