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無題
 mei





柚子は自分のなかに風を視る
黙したまま目を閉じて
生と死と最初の約束を始めた
何処にもゆけなくなった僕たちはゆっくりと喪い続けている
いつか何もかもが忘れられてしまうことを柚子は知っている
いつか柚子が消えてしまうことを僕は知っている





窓の外は今日も白い





降りしきる雨のなか
瞳に青が映ったのだとすれば
それは永遠と云う時の流れのなかに生きる柚子の横顔





僕はいつでも柚子と一緒に死んでしまいたいと思っている
今日の僕は言葉を発する事をやめたので誰の記憶にも
残らない けっして





「光は、何色をしていますか」
「僕はまた喪ってしまった」
「世界樹が仄かな光を喪った瞬間に季節がなくなって」


「なくなって――」
「なくなって――」





(涙が止まらないの?)


(何がそんなに悲しいの?)









僕は新しい世界を視たい
誰もが口を閉ざしてしまった終わりの世界に拘るのをやめて
新しい世界の風を視てみたい
僕たちは永いあいだ遠くで響いている音を聴いてばかりいた





流れ続けている 水





雨音が聴こえる
雨に流されて消えてしまえば良いと思いながら生きている
自分と云う記号が消えることによる一時の悲しみのあとに
自分を知る全ての人間に平穏が訪れることを僕は知っている


光が痛い


ずっと遠くへとゆく日の為に
準備だけは整えておきたいと思っているのだけれど





僕には柚子を見るしか出来ない
見る以外にやることがないし
柚子といない自分に生きる意味があるなどとは到底思えない





(何も欲しいものはない。)


(ただ知りたいだけだ。)





時間と云うものが平等で
明日と云うものが誰にでも等しくやってくるものだと思えない


終わらない今日に生きている
それはもしかすると終わらない昨日なのかもしれない
一歩たりとも踏み出す事が出来ずに 前を見る事も出来ない
時間が過ぎる感覚すらない


(年齢だけが重ねられてゆく)





教えてほしい
世界が何色をしているのかを
僕はいつでも柚子と一緒に死んでしまいたいと思っている
今日の僕は言葉を発する事をやめたので誰の記憶にも
残らない けっして――



※絵は水瀬
画像
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停留所
 丘 光平


バスが停まった
知らない街で
どこかへ帰るひとがいた
いちども帰らぬひとがいた


 椅子のように
ねむりたいぼくと
ねむれないぼくの窓を
しずかにつたう雨の匂い


知らない街で
道に迷ったこどものように
 思いだせなくなって


 バスがゆれていた
そっと近づくように
そっと遠ざかるように



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プラトニック シーサイド
 腰越広茂


私はいつになく 私であった。
ぽっつり、と何者かが着地した
灯るように暗く冷え切った脳裡に
明滅する、えたいの知れぬ

記憶でみたされた浴槽に身を沈めれば
水平線で限られた空の
青い深さへ 死を
おもう重心が、岸辺にかたむく
翻る雲に、ひんやりと濡れる

水。水にそういのち
約束の時を待ち続ける
ほほえみ
永遠の接吻を

未来は終らないか
さざなみに反射する日の光
くりかえしくりかえし
思い出せないで素肌を洗われる

いずれ
流水の果てで 立ち尽す
誰もかれも心の深淵に
限りある明日を
夢みながら
ここにいる、私








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無題
 mei





「――光は痛いですね。
 きみは風にのれば影がなくなるのをしっていますか?
 きみの記憶は焦らずに、
 ゆっくり歩いていけば自然と埋まってゆくでしょう。
 きみよりも地面のほうが積極的なのですが――」


「月は別人になりました。
 あれでは太陽でしょう。
 垂らされた糸につながれているだけで、それを人間とすることにわたしは納得できません。
 横に揺れてはぶつかっているあれの名前は何ですか?」


      ――いかないで、
      ――いかないで、


(みんなは忘れているかもしれないけど、あたしたちの秘密基地、あそこにはまだひとつボールがあるの。土の中に埋めた目のないボール。くるくる動く、解体される基地の下に、風に流されて落ちてきたあのボールだよ!――約束したよね!)


 あたしの隣に住んでいた女子学生は甘いものが好きでした。
 市の図書館で隠れてチョコレイトをもらった事があります。
 それはみんなと約束した日の何日か前の事でした。
 その帰り道にバスは山へとのぼり、あたしはおねいちゃんが山には行くなと言っていたのを思い出したのですが。……





 あたしの耳はあたしを捨てて遠くへ飛んでいってしまった。


 恩知らずな耳とは違って目はあたしを好きなようで、バスからおりた後もついてきました。
 その、あたしの目の前では大きな口をした少女が小さな指でオルガンを虐待していました。


        どどどどど、
        どどどどど、
        どどどどど、


 繰り返す「ド」に、意味があるのかはわかりませんが、彼女は無邪気に笑いながら黒、をリズムよく痙攣させていました。


(黒、といえばチョコレイトを連想するね! チョコレイトがあれば、なんて思っていると、少しだけあたしの腕が黒くなった。あたしの腕は、甘くない。おねいちゃんの腕はチョコレイトみたく甘かったのかな、)


 他の子たちはとっくに帰ってしまいましたが、彼女の次があたしだと先生は言いました。
 先生はあたしとオルガンの少女に興味はないらしく、あくびをしながら外をみていました。
 あたしが順番を待っているあいだに先生の指から指輪が何度も落ちていましたが、サイズがあわない事に先生は気付いていないようでした。



(「あら、やだ」と呟いては指にはめて、また落とす、の、繰り返しを、続けている先生は、機械みたいにつめたい、……)


 その、視線の先は、というと、いつものように蜘蛛がたくさんふっているだけの空、なのですが、先生は指輪をはめるとまた気の抜けた顔で、その雨のカタチをみていました。
 指輪にしても、オルガンにしても、それはずっと、空があたしたちを許してくれるまで、何日も、何日も、でした。





 山の下から水が、
 あたしたちのほうへと流れてきてくれた日がありました。
 オルガンを待ちはじめてから何日目の夜だったでしょう。
 あたしが外へ出ると月が優しく抱きしめてくれました。


(外では、たくさんの蜘蛛の死体が山の下まで繋がっていて、先生があたしに目隠しをした。
 月の光がとおくなって、にぎっていた糸がおともなく、
 ちぎれちゃった。……)


 出来る事トカ、
 出来ない事トカ、
 埋もれた記憶トカ、
 なにかを、
 あたし、
 約束していたはず。


(あたし、
 新しい世界を視たかった。
 みんなが口を閉ざしてしまった世界に拘るのをやめて、
 新しい世界を視たかった。
 あたし、
 永いあいだ遠くで響いている音ばかり聴いていた。)


 なのに、


 黒い腕をかじる。
 甘くない腕を、……
 あたしは耳を呼び戻す。
 あたしは、
 早くバスに乗ってみんなのいる秘密基地にいかなくてはならないと気付いた。





 みんなは忘れているかもしれないけど、秘密基地にはまだひとつボールがあるの。土の中に埋めた目のないボール、


 約束、したよね。


 みんなは忘れているかもしれないけど、あそこには、まだ、


(甘い、甘い、チョコレイトが、)


※推敲09.6/10 絵:鹿島
画像
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なし
 サヨナラ


真冬の夜の窓の灯に
ぼんやり月が見えまして
縁を撫でれば老犬の
瞼移りし冷える指

曲がりくねった畦道も
遥かな雪の下の下
掻き分け会いにゆくならば
空月明かりの下の待つ

皮膚で終わった言の涯て
洗い流したやましさに
締めつけられては悲しさよ
降り敷く雪が雪とする

真冬の夜の窓の灯に
ぼんやり月が見えまして
今夜は音も透りましょう
つぐんだ口が綻んで
ただ真ん中にいるわたし
ようようその隅にいるわたし




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空は遠く銀色に染まっていた
 丘 光平


夜があけて 雨は降りはじめた
ひさしくわすれていた
優しいうたのように雨は
しとしと降りはじめた

ひらいてまもない紫陽花たちは
ことりのように撃たれている
いちまい いちまい
冷たいひかりを放ちながら

 緑けむる坂道で
冬にとりまかれたぼくのなかで
燃えひろまる山のいただき

 しずかにうなだれた
優しいひとのように空は遠く
銀色に染まっていた



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影と手のひら
 木立 悟









火に話しかけて
(夜の原のうつせみ)
応えはなく
空は硬く鳴る


花が降りてきては飛び去る
鳥は川を下る
無言がかがやき
鳥のあとを追う


花の楽器を
ひとつひとつわたし
でも やり方はないのです
鳴るときがきたら 鳴るのです


楽器から楽器が生まれ
原へ原へ打ち寄せる
火の粉 火の子 うたいだす
火の粉 火の子 消えてゆく


夕べの音を
さがしもとめた
遠のくものを
ひとつの指で描きながら


鳥の会話
大陸の端から端
失くしたものは すぐそばに響く
たどりつけぬまま 響いている


眠り 覚め
血を得て眠り
失い 滲み 
滲みつづける


左目の音
灰と白
黒と水と雨
しりぞかぬもの ためらわぬもの


明かりの消えたかたちをつかみ
霧の指がまたたいている
声は もういいのです
ほんとうに もういいのです


散らされた光が
ふたたびあつまりはじまりとなり
空を貫く木の歴となり
空に音をこぼしている


午後の鳥 夕べの鳥
夜の鳥のなかをはばたき
なおたどりつく水滴が
内戦と祭へ降りそそぐ


熱さをすぎ 痛みをすぎ
今は冷めたひとつの棘が
花の楽器に埋もれている
他の鉱脈へと ふるえつづける


青 ちぎれかけた鐘の音
壁の痕から湧く光
あふれてもあふれても
影を消せずに


曇があり 流れがある
倒れたままの標の空
肺に満ちるひとりの水から
髪と波紋へ至る道のり


花はらう声
鳥は動かない
来る光のなかの
さらに小さな光を見つめる


水が宙の側道をゆき
すべてをまだらに降らせている
影は透り 影は透り
手のひらに手のひらに手のひらに鳴る




































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