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神の詩、片端に記された聖書、ただ落下しては流れてゆく雨の行先
 ホロウ








狂ったのは数秒、破綻した能書きを淡いグリーンのタンブラーに短く吐いて、眼の中を覗きこまれる前に正気の振りをした、恐怖が心臓を肥大させて鼓動の破裂で肉体を破壊させようと目論んでるみたいで、やり過ごせたと感じたらその瞬間、意識を支えるものがなくなった、ねえ、俺には昔神様がいたんだ、だけどなんと言って拝んでいたのか、いまではもう忘れてしまった、荒れ果てた祭壇には白骨化した何かの骸が静かに眠っているのみさ、血の味を覚えているか、いつか嬉々として啜った血の味、それは今でもお前の胸の内で脈を打っているか、罪だ、罪だ、生を烈しく望めばそれはすなわち罪だ、灯りを消した部屋の白い壁に死神のような外界からの影、俺は見ていた、ただ何もせず、見ていた、黒い影を、小さく揺れていた、部屋が、あるいはこの俺が、呼吸のための動きとほとんど判別がつかないくらいの、かすかな振れ幅で、振動、俺は見ていたんだ、そのわずかな、そのわずかなぶれの中にある、殴り書きされた筆跡、呪詛のような言葉を、長く長く、長く長く、長く長く連ねた、いくつかの黒い塊、そんなものに意味を求めては駄目だ、そんなものに意味を求めてはきっと駄目なんだ、遠い夜に落としてきた幸せが内臓を壊したような泣声をあげている、聞かせないで、聞かせないで、そんな声を、咎めるように静かに、俺は正気の振りをして、リズム・トラックがうるさ過ぎる何とか言うバンドのアルバムに耳を澄ませていた、ロックンロールがリズムキープで語られる時代だ、ボーカルのピッチで評価される時代だ、そんなイズムに救いなどあるわけがない、そんなイズムに、スクラップ・アンド・ビルドなんて望むべくもないよ、マニュアルを求め過ぎてみんなが同じ面になる、同じような運びになる、俺はそんなもののためにここに生まれてきたんじゃない、破壊と創造、の本意とは、本来、どのように壊せたか、それを見つめるためにあるんだ、作り上げることなんか誰にだって出来るだろう、だけど、壊すことが出来るやつは限られているんだ、破片、破片、破片、破片、墓標に耳を寄せて鼓動を聞け、全ての爪に番号を打ち、一日に一枚ずつ剥ぎ取っていけ、二〇日目から最高にうんざりして涙を流しながら待ちわびる再生の風景を、お前の好きな芸術の名前で呼べばいい、傷みが、ともなう、痛みがともなう、そこには必ず、傷みを覚えることを恐れてはならない、逃げ道を探すぐらいなら口など開くな、言葉など発するな、希望など持つべきではない、我知らず口をついて出る愚痴のような長雨、道路を叩いて、道路を叩いて、道路を叩いて、どこにも行きつかないリズム、どこにも行きつけないビート、ただ叩きだされるだけの、ワンツゥ、カウントを取れ、それが何のためかなんて、少しも考える必要はない、動機を整理しようとすれば衝動は意味を失ってしまうぜ、だけど、だけど、道路に落下しては流れてゆく雨粒、叩きつけられてはいなくなってゆく雨粒、それと、それと、どれだけの?求めてはいけない、理由など、動機など、意味など、ある意味で俺は罪人と同じだけど、きっと動機を語るような真似をしてはならない、浮き彫りになどしないまま、周辺を削ぎ落したりしないまま、まるでないみたいに、まるでないみたいに振舞わなければならない、あとからやってくる物事のために、いま連ねるべきことを無駄にしてはならない、ああ、夜だ!夜が来るたびに俺は、この身が供物になったみたいな感覚にとらわれる、身動きが取れず、身動きが取れずに、ただ宿命的にそこに縛られた者たち、俺は供物か、俺は供物か?ヘッドフォーンを外して鼓膜を殴れ、お前のやるべきことはいつだって内なる声を聞くことだったはずだろう?ねえ、俺には昔神様がいたんだ、だけど忘れてしまった、祈りの言葉も、信じた理由も、だけどそれは死んでいない、神という概念ではなくなっただけさ、俺たちが手にしているものは所詮万物の息吹の片端に過ぎないんだ、俺は観念的な祭壇を破壊する、居ない神は祟ったりなどしない、終わった神の呪詛に俺を破壊することなんて出来ない、散乱、散乱、散乱、散乱、砕け飛び散るものたちの形の哀しみを見ろ、それらが荒れた床の上に描き出す無意味な堆積を、だけどこうは思わないか、完結する祈りはある意味幸せだと、そんな風に終わりを迎えることの出来る祈りはある意味でとても幸せなものだと?神は死んだ、神は死んだ、神は死んだ、俺に障りなどありはしない、俺がそれを信じていたのは遠い昔の話だ、信仰の死体が飛び散っている、俺はまた始めなければならない、それが行き先を見定める前に動きださなければならない、確かめながら進む必要などない、どうせその先に何があるのかなんて、万にひとつも理解出来ることなどないのだから。






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ひらがなのくに
 宮下倉庫


あかいゆうひに
かたかしてあるく
さばくのゆうぐれ
たのみの みずも
なくなってひさしい
はるのおあしす
まだきこえてこない
やがてとっぷりくれて
らんぷにひをともす
わおんのとおぼえがひびく





いこくのちでねむる
きりんのくびがのびると
しまうまのめのなかで
ちくおんきがうたいだす
ににんさんきゃくでゆく
ひらがなのくにのよる
みたことのないもじに
いいくるめられてまよう
りりりりりん
いまるすにしています





うわあごをやけどした
くじょうさっとうで
すみやかにみせじまい
つみほろぼしにごしゅじん
ぬるめのすーぷこしらえる
ふーふーふいてめしあがれ
むじんのおみせに
ゆうれいがさっとう
るーれっとはさかさまにわらう
うそをついたのはだれ?





えりあし のびほうだい
けだらけ ににんさんきゃく
せめておまえだけでも
てをかさねてむすぶ
ねてもさめてもしゅうまつ
へいじつはしふくでしごと
めいわくしてるのは
えっさほいさとついていく
れいそうのかごやさん
えんびふくで あせだく





おこってかえるおやくにん
こんりんざい とはきすてた
そりゃあんまり とごしゅじん
とりになってとんでいく
のきさきにくびつりのゆうれい
ほこりをかぶったちくおんき
もうひとつ わからないこと
よるはいつあけるのでしょう
ろうじんのもとにおりたつ
おいたゆうひもそのかたわらで





「ん」がみつからなかった
ひらがなのくにのおはなし



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粘土
 田崎智基


水面に映る赤褐色の肉体に 覗きこむものの顔がふやけ、千切れ、ぼやけ
  (節度ある顔が汚れた声を発している)
草原で 撫でるように刈られ
息を吐き終えた架空の草
それがはらりはらりと水にも汚れる
  (幽かな手招き)
遠く 粘土が音をたてて、一歩一歩歩いている
  (私の手だって 汚れていない訳ではないのだが)
粘土は誰もの母親のようでもあり 死んでいるのか生きているのか
どちらとも言えない人のようでもあった
草原の刈り取りは 私が幼かろうと行われて然るべきだが
水が振り切れるように開花する頃に
音よりも光よりもはやく起こってしまってもいい
いいとは言え 今は私にはなにも言えず
粘土が幾人か 私の知らない国のことばで
悦ぼうとも 叫ぼうとも
万が一 恥じようとも
どこかで見た、厳かな振りをして 知らない国のことばを
  (間違いなく、知らない――)
草はことばとなり
水に合わせて息をし 時を待たず息たえて
汚れた架空のイメージを 私の許可も求めずさらに汚し
  (元から汚れていないのが想像できないくらいで
   却って美しいと思えなくもなかったが)
幼い私はそこで止まると
止まり切らずに捻じ曲がっていた




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ひとり暮し
 腰越広茂

初めての海で
吸いこんだ
風のにおいはふるさとのようで
わたくしは、ただ
何万年も佇んでいたような砂浜の印象へ
飛びこんで
いまこの波の揺らぎに没しようと

荒れんばかりの幾多の波の
底に降りつもる哀しい雪は
わたくしの穴という穴(視線も例外ではなく)
を天文学的数字で裏返し
わたくしの名を失わせる

名の無い者の声は
かすかに震えたかと思えば
かつて凪いでいた水平線へと溶けてゆく
太陽の重さ
に焼けて煙となり
そう雲となって


夜の雨はなんだか遠いにおいがした
そう帰れないような
けれども
雨は帰った
これは
どこへ
漂うというのか
ふらふらり ふらり

ひとつひとつ ひとつ(
降り落ち流れた志向性
この声が震えていった
雨音
ひとり)聞いている影
水の歴史
にそう
人の歴史
命 繰り返す
この話は、そう
これでお仕舞

帰る必要があるのか
ところで
帰る場所は?
流れ続けるということ
ひっそりと静かな家に
足を踏み入れ
海の月が満ち欠ける


どこかで雨が止み
いずれ雨が止み
水溜りを飛びこえる影が口遊み

舟の影が
朝日に浮かぶころ
わたくしの底までも渇くだろうが

冷蔵庫では
いつかの魚が、泳いでいる目差で
こちらを見つめていた





※(ふりがな)口遊(くちずさ)み



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真夜中の魚
 mei
 


通りをまっすぐ行ったところに置かれた忘れ物よりもむこう
右へ右へと使われなくなった線路を歩いていくと役目を終えて眠りについた人形がいます
そこには電車と同じで動かなくなった時にだけ優しくされ
ふたたび誰からも忘れられてしまった人形たちの墓があります


運命でしょうか
神様のしわざでしょうか
雨のおおい季節です
台風におそわれます
からだの震える夜に冷たくなるのはゆびだけではなくて
ひとみもです


――ほら
赤いマントに白い風船
忘れたあしでのけんけんぱ
眠る頃に目が覚める
夢はたべられ野原に散らばる
海から手が伸び世界を引き込む
光は廻って始めに還った――


「私が星に指をつけます
 あのトンネルを抜けると火がひろがり 空を見上げると星がまたひとつふえました
 おおきな星をめじるしにして明日へとつなげましょう
 ほら ごらんなさい
 雨のやまない世界では椅子はすぐに腐ってしまいます
 なおそうとしてはいけません
 我々人形と同じでまた同じ事の繰り返しになりますから」


「夢というコトバが好きです
 未来にはないものですか?
 私たちはふたりの船でした
 そこに小鳥があらわれて彼の足を食べてしまったのです」


「それは不快ではありません
 いえ それをしあわせとよぶべきなのかもしれませんね
 鳥が飛んでいった時
 私は水になりました」


(――ああ
 波が夢をのみこんだ
 ベルの響かない夜は珍しい
 瞳の色がかわり 空気が白くなりました 光がおぶさります
 ながされる あいされる うまれゆく いきている
 あいしてる――)


それは海のにおい 彼のにおいです 魚のにおいでしょうか
子供が石をけっていると墓にあたりました それは過去です
線路は草でもうみえません
鳥が小さな声でないています
それをきいてしまうと
一日がまた始まります
真夜中に泳ぐ魚を見失う頃に
永い一日が また



09.5.28推敲 絵:鹿島
画像
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夜光列車
 泉ムジ

 夜

 夜よりやさしい友達はいなかったわ、って昔話をしてくれるお母様はとてもきれい。そこに思い出が浮かんでるみたいに天井の一角をうっとり眺めるの。誰にも内緒で家を出ると、夜がやさしく包んでくれて、行くべき道を教えてくれる。その先には必ず素敵なことが待ってるのよ。だから、わたしは歩きはじめたの。お母様。帰ったらいっぱいお話してあげるからね。

 光

 光は欠片も見当たらない。いよいよ銀行に残高はなくなり、帰路にどちんぴらにからまれ、落とす肩さえ奪われた気分だ。いっそ素っ首落としやがれ、と捨て鉢になるが、既に首を切られた身分であり、涙も涸れている。どちんぴらに奪われた金がなきゃ、家には帰れない。小銭でも落ちてるか地面を舐めながら歩くと、黒猫の目が光っていた。ついてくる? そんな顔してる。

 列

 列を乱す人間。小学校に入って早々、自分の性質に気付いた。女だてらに借金取りなんて言うと、大抵のやつは、うげえっ、て顔するから、あたしはまた列を乱した気になる。にやにや嘲笑って、なんでこんな仕事してんのー、とか言うやつら。やかましい。借りたら返せ。逃げんじゃねえ。こんな夜中に、あたしは走ってる。ヒールが履けない仕事。やっぱり今日で辞めよう。田舎に帰って見合いでもして、結婚したい。

 車

 車から半分以上身を乗り出し、割れたフロントガラスまみれ。シートベルトを促す交通安全指導ビデオさながらの状況で、どちんぴらは気絶していた。金を取り戻した若い男はそのことを説明する前に、借金取りの若い女に豪快な一本背負いで湖に叩き込まれた。水しぶきが月光にきらめき、夜にあわい虹の橋をかけ、その上を電飾で彩られた列車が走っていく。黒猫は、お母様のために、美しい光景を目に焼き付けている。




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アクアマリン
 フユキヱリカ


 
なぜふたりでねむる
よるはあったかいの

黄金色のお月さまが
くちどけするように
やわらかく滲んでは
ひとつ、星が流れた


ああ白い
横たわるわたしの
鳩尾のしたに耳をよせ
あなたといえば
汗ばんだ肌を
何度も鼻でくすぐる

おかしいね、そこには
なにもいないというのに
乳房を捜す子猫のように
 きみは愛されるために、うまれた
そう何度もささやく

てのひらで波打際を削る
わたしの奥に流し込む、かのように


よるの底は、ほの暗い
雨垂れから次第に
怒声に飲み込まれる
あとの、また静寂

粗削りな横顔は
少年のそれに還って
わたしの肌に刻み込むように
やわらかく噛んで
黒い炎のように獰猛な
体中に降る熱い雨が
過ぎるのを待った

そうしてわたしは
 あなたのもの、になったのでしょう
波打際で転がる貝のように
ただ身を預けていた



(天国ってどこにあるの)

(だれもしらない)


かみさまが、
わたしの
肺の上に骨を埋め

白い鳴り砂のうえに
裸身のまま
打ち上げられて
このまま、泡になってしまいたい

(大丈夫、かなしまないで)

ひかりの飛沫となって
そらにのぼって
あなたを見守るの、
ずっと



なぜふたりでねむる
よるはあったかいの

(こんなにも、あなたが愛しい)

冷たい春の海にまた
星が流れ落ちていく
いたずらにほどけた
指先を、また絡めて
あわい夢をみていた






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