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lithium
 5or6


海岸線に建てられた原子力発電所の扉を開く
小さなウランに気付かないあなたが僕の前を歩きながら
図書館で働こうかしら
と小声で呟いた
どうして?
と尋ねると
知らないことが多すぎるから
とあなたは元素記号表を受付係の人から貰った
何を知りたいの?
それを広げて歩くあなたは
僕の受け入れているもの全て
と答えた

もう

リチウムはいらないんだ



コスモスが咲き乱れている山がある
それはすぐ近くにある
そこには街を見下ろせる観覧車があって
僕は無数に開いたあなたの耳のピアスの穴を眺めてから
乗ろうか
と誘った

ここでロックフェスが毎年行われるの
卵のオブジェが無数に置かれた森を眺めてあなたは言った
僕は一面に咲いたコスモスの中で
鳴り響くギターに合わせてあなたが踊る姿を想像しながら
同じように森を眺めた

もう

リチウムはいらないんだ

だって

日差しが照らし始めてきたから



しばらく歩くと南極の館というアトラクションに辿り着いた
悲しい事は氷点下に閉じ込めれば良いのよ

あなたは薄着のまま中に入り
そして白熊の前で僕は初めて白い手を握った

とても冷たくて
早く出よう
と足早に歩くと
悲しみはまだ側にいるよ
とあなたが言ったから
立ち止まって
僕は強く
あなたの体を抱きしめた

もう

リチウムはいらないんだ

だって

日差しが照らし始めてきたから

もう

リチウムはいらないんだ

だって

あなたの薫りがするから



ホットココアが好きなの
とカップを両手に持って小さな唇に
映画観ようか
と僕は青いアルトにキーを差し
助手席に左手を回しバックするため体を捻ると

あなたがカップを離して目を僕の横顔へ向けて向かい合って見つめたからそのままカップは落ちて両手は互いの

染みになっちゃうね
とあなたが言って
じゃあ洗わないと

あなたの家の逆方向に僕は向かった

海岸線の
海岸線の

もう

リチウムはいらないんだ

だって

日差しが照らし始めてきたから

もう

リチウムはいらないんだ

だって

あなたの薫りがするから

たとえ

誰でも

何でも

かまわないから

もう少しだけ隣で寝かせて

あなたの薫りがするから

もう少しだけ隣で寝かせて

あなたの薫りがするから

あなたの薫りがするから

あなたのリチウムはもう


いらない



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無題1
 南ススム


「中指を立てたらファッキューという意味なの?」と万由子がいつものように、泣きそうな顔をして、俺に聞いてきた。だから俺は「そうだよ」と言って、優しく頭を撫でた。

窓枠にもたれたカーテンが、俺の思考を鈍らせていた。四畳半の部屋にベッドは居心地が悪くて、俺達は身を寄せ合いながら、いつまでも冷めることのない電車の音を聞いていた。

「じゃ、じゃあ、親指を立てたら?」と彼女は俺の目の前に親指を突き立てた。
生温い風が吹く午後、寝ぼけ眼に意識が飛んだ。

彼女と同じように、親指を宙に突き立ててみる。昔の映画に、こんなシーンがあったのを覚えている。

俺は口を閉ざして、曖昧な視力で、行ったり来たりした。簡素な部屋だった。万由子が泣いてるようにも、笑っているようにも見えた。

「じゃあ小指を立てた場合は?」と万由子はまた俺に尋ねた。ひとつだけ聞いて、それで安心して眠るのが万由子だった。

彼女の小指に小さな切り傷があった。

俺は「テレフォン」と答えた。





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空をみていた午後
 望月ゆき


コンクリートの丸いもようは、踏んじゃだめよ
って、
しあわせになれないから
って、
きみが言ったとき
さっき
二度ほど踏んでしまったぼくは
ちょっと泣きそうになって、あわてて
声をだして笑った


丸いものが好きだと言うきみに
ビー玉をひろってきて
いくつもいくつも、あげた
きみはそれをテーブルの上に置いて
いつも眺めて微笑んだけれど
それはいつもテーブルの上にあったので
やがてきみに忘れられた


ぼくが何度 きみをひろってきても
きみは じっと、
ひとところにはいないので
いつまでたっても
きみを忘れることができない


ただしい距離で、世界が見渡せる
そんな気がして
丸椅子にすわって
ガラスのない窓から
空をみていた
午後


あしもとからわきあがる
発泡性の、さよなら


天井にぶつかってはふりそそぐ
丸いしずくが
ビー玉に似ていて
ぼくは、また
それを ひろいあつめる








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静かな夜
 及川三貴



夜の冷たい川沿いに
軽やかな秒針の音
寝静まる畦道の空想
蟋蟀数えて更ける

誰か の物思い と

雨が降って大気を導き
水待つ蛙の物憂げ
風の鳴る音 戸を叩き
葉裏にとまる蝶の黙想
草踏む靴底 湿りを帯びて
青々とする匂いを
舌の上転がして俯く
吐息数えて更ける

わたし の片思い と






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梔子、惑星、テトラポット
 ma-ya


南に地球が沈んでいく
沈むべき場所のない
くにの脱け殻を
みつけてはしゃぐ
子どもが、駆けていく
夕暮れの砂場から

残されたスコップの
右半身が砂に埋もれて
不自由している
私はさりさりと砂を払い
鞄にそれを、そっと
しまいこみ立ち上がる

鞄には
百四十一の星がひかって
ひさしい
かつては流れていたものも
あったけれど
いつの間にか消えてしまって
願うことも、やがて
なくなった
すり減る
ものだけがいとおしく
痕をなぞると
ひんやりとする指
忘れている
ということを覚えていれば
またつないでくれるのだろうと
疑わぬ指、
地球も
子どもの後ろ姿も
もう眼では追えなく
なってしまった

どこにでもある
ような外灯にはりつく
どこにもいない
ような虫、いずれも
つくりは単純で、すぐに
うしなわれてしまうもの
だから、私は
立ち止まることをしない、

 ○

背泳ぎが得意だった
地から足を離す瞬間の
まとわりつく水流が、好きだった
水を掻く音、飛沫
それだけが
耳に届くほんとうで
掻いた先にタッチするのは
壁でも
岩でもない、初夏の
振りかえれば梔子の咲く、
父がいて母のいる初夏の
あの日と同じ食卓 好きだった
水から這いでて
痙攣するくちびるを噛み
やっと席に座る
並んだお茶碗の清潔さに
マグカップの欠けた縁に
眩しい、地球の
燃えるように碧い
ひかりがあたり、私たちは
(もしくは食卓は、)
一気にほてり、肌は
焼かれていった 好きだった
父と母は口だけが残され
その為
ぺちやくちやとお喋りをする
私には耳だけが残り、
ひとつの団欒になる
炎は炎によって燃やされ
嘘みたいに
私たちの団欒は終わることを
知らなかった

 ○

空白を閉じこめて
宛先も決まらない手紙に封をする
梔子の花びらが昨日、
落ちたこと 好きだった
ラジオ番組が終わって
しまったこと
そんなことでも良かった
んだと思う今日は
祖母から譲りうけた扇風機を
組み立てて、少しばかり
汗を流しました はりつめた
骨をやわらかく溶かす
風がほしかった、
すべての饒舌を空白に閉じこめ
手紙を夜の郵便屋さんへと
手渡す
にこりとほほえんだ
気がした生命体、(輪郭がうねる)
赤いテールランプはぶれながら
ひかりの帯のなかに
消えていった

 ○

いつか、が毎日足元に届く庭に
犬の映るモノクロームの
写真を一枚、
明後日にはどうか
無邪気に翳しましょう

 ○

口と口が合図する
―ここか?
―ここです
ここが私たちのあたらしい家
そうして
テトラポットのうえの
暮らしにも慣れた頃
熱帯低気圧が襲来する、と
カモメの連絡
そりゃ大変、と
紫貽貝はコンクリートに
いっそうしがみつき
釣り人はゴカイをぶちまけて
逃げ去って、
口と口はあたらしい子どもを
急いでつくって、わかれた
今も、うぶごえがする
テトラポットのうえに立つと
劈くような、

空をみあげたら
ようやく聞こえる波の音
ふるえるうなじ、
泳ぎ方を思いだす速度で地球は
北から昇りはじめていた






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花冷え
 如月

そして
指の隙間から
こぼれおちてゆくものの
行方を
わたしは知らない
目線よりも
少しだけ高くで
懐かしい声が遠い

 てのひら
柔らかく包みこむ
体温の空は
魚のように広く、
なだらかに泳ぐ
浮遊する午後の岸辺

 声
寄せては帰す
波の狭間で
声の鳴る
燃やされた
地平線の向こう側の
白く
あたたかな内陸

 花冷え
発芽する緑の呼吸
桜の裸体がいっそう
夜を美しく散らして
空に広がる指先の
凍えた隙間から
こぼれおちてゆくものたちの
かすれた声が鳴る
ざらついた 四月で
あなたが
少しだけ遠くなる花冷え





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