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先生と僕の夜に
 reon



知っている花言葉を全部黒板に書きだして
今夜は先生とふたりきり
また銀河の話をするなんて
先生はカシオペヤ座について本当は
何も知らないと言うんだ
僕は驚きもせず
白い夜汽車の機関室の赤い炉にくべる
石炭の量をスコップで計っている

君は悩みがあるって言っていたね
カミュの異邦人の主人公が
どうしてアラビア人を殺すことに
なってしまったのかなんて話
聞きたくない訳だよね

こうしてティーバッグ を浸したカップの中に
数滴ウィスキーを垂らすんだよ
僕は目を見開いて感心する
数滴の滴は敵の敵とは随分違うんですねえ先生
そうだよ敵なんてどこにでもいてね
ほらこれを読んでごらんよこの中にもいる
そう言って先生は薄い小冊子を手渡した
僕はそれを読む
 美しい星はみな美しく汚れ
 花はそれでも鮮やかに咲きほこる

その陳腐な一節を取り上げて
褒めるのは失礼だろうか
これが本当の敵というものかもしれない

ティーバッグの紅茶をすする
先生のそこはいつも夜だったのだろうか

僕は帰れなくなった窓から
白い機関車が走り去るのを見ている
星がまたぬるいウィスキーのように
またたきはじめる






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染み
 有刺鉄線


停滞したままの減産工程でも、鰯頭の男たちはせっせと粗骨を抜き取って、端正な飾り菊とともに流れて行く、その本の1頁を舐めるように見た。

それは朝の曖昧な表紙から始まり、昼の彩色広告をはさんで、なだらかな活字が空を切る、虚ろな物語が終結を目指し始めた辺りで、何人かの男が何人かの女と何人かの子供をこしらえるくだりでもあった。けれども彼らはその文面にそそられていたわけでなく、やはりそこに添えられた、印刷機の故障によるインクの染みがくり抜いたクラフト紙の、マッコウクジラに酷似した姿が挿絵になるのかどうかであった。

業務的に、彼らの細筆の先は修正ペンキで濡らされてはいたが、一人、また一人と、その染みの欠けらに及ぶ吟味に流されて、遠ざかる工程の一端を次々と投げ出してしまった。それはまるでベルトコンベアのアルミニウムが規則正しく稼動音を鳴らしているだけの日常に、彼らがばかりがそこにいないようでもあった。

結局のところあれはあのまま染みとなり、たちどころに製本され、売却され、読了されて、順繰りに燃やされた。

火曜日。廃品回収のアナウンスが、彼らの最後尾に別れを告げた。前後に真新しい料理本を当て付け、得体の知れない梱包紐で括られたそれは軽々とトラックの荷台まで飛ばされた。運転手の男はその荷物を運んできた女に礼と、シングルのトイレットペーパーを差し出して去った。後に残ったのは排ガスと男の、剃刀負けに滲んだ血痕の印象で、住宅街の日中はどこにいても凄惨なワイドショーでけたたましく汚れていた。

それから何日か、もしかしたら何年かが経ち、どこかの少女が初潮を迎え、ある種の喜びと、強大な恐れや苛立ちの中で便器に腰を掛けた。そしてこの世界に潜む不幸や、人類の憂鬱に誰しもが切りつけられていることを鑑みながら、世話しなくトイレットペーパーをまわすとあの時の染みが、何やらはっきりとした意思を持って彼女の前に立ちはだかり、まずはその涙を、それからたっぷりと温かな経血を吸いとって、水洗便所の渦に散り散りと、記憶のない海まで揺らぎ、消失されてしまった。





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 嘉納紺

営みに伏せられていた躯

拭えない朱を見つめて少しだけ

乾いてしまう午後に日差しの類を脈打つ


言葉は正しさを持たない
擦っても落ちない血と此処に
いつからか染み付いたもの

放り棄てられた(忘れられてはいない)
不要なもの(欠落したからではない)

閉ざした故に付加されただけの午睡
外れ過ぎて律も鳴り合わない白日を

泳ぐさらさらと眠る音へと
転々と朱は形無く一呼吸分の焦燥
変わらない何もが失われながら


伝え伝わらないもの

眩さに白く消される風景

日々へと横たわっていた鼓動が跳ね


その束の間
若しくは今


赤い斑の比喩で目覚めて

頼りない痛みに穏やかな獣
飢えてしまった日暮れの獣

静かく吠吼する思い

より深く



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バオバブ
 ルイーノ
 
 
こじつけの夢で
眠ること

なんといったって
莫伽なこと

未来都市での恋物語
蜘蛛の巣を辿り成就する
乱れた鱗色
思いのまま泳ぐ
美しきライト
氷の万年筆が地平を描き
肉体は立ちのぼる
ところでスパイダー
俺の肉体をどこに隠した
それは燐光の泉
細い歪み砂塵笑った
高速で離れゆくモーション


置き去りの
呼吸の底に鈴が響く
染まりかけた
朝焼けか夕焼けの
どちらか
刻んだのは
永い夢の醒めはじめ
誰にも知られず溢れる
ほんのつまらない歌だろ
実のことをいえば
俺はこれを証明しに来た
草原は絶えず
視界を圧倒し広がり

風が駈けた無限
包みあげる赤光の鼓動
スパイダー
この胸の高鳴り
なんといったって
莫伽なこと
揺れていた永遠の果実
その影に
なんという霞と沈黙
俺たちはまた
消え入るように泳ぐ

 



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命日
 ピクルス
 
 
写真の百合が
ひどく薫るので
(実際には枯れている)
立ち上がると張り裂けそうで
それは罰でもなく
それは罪ではなく
消毒された待合室で
しゃがんでる

苦瓜を冷やして夢を見る
空っぽの籠には
龍が墨絵のカタチに
眠るように
(死んでいる)

あの日の後ろ姿は
振り返らない
三半器官の揺らぎに
脇腹を押さえて
しくしく笑ってる

指を絡めたら
咲いたね咲いた
御伽の操縦室が
東方から晴れてゆきます
くすんだ冥界にも
洗いたての天使が降る
酸素の濃さに躊躇う
もう鉛色で
ないないない
何も無い事が
何も無い事を意味しない
ただ
ある
と云えるその自信は
疾うに
(鳥肌)
素肌の微熱にうなされて
マーマレードの海原で
待っても来ない
(喉が鳴る)
薔薇の舟を待つ
なるように
なりますように
赤過ぎる口を寄せては
黙り込んで
毛布を撫でていると
眠くなる
ポケットの中には
秘密を隠したまま
ビスケットを齧って
(実際には無くても)
愉快な気持ちで
不安を紛らわそう
絶対に泣くもんか
口笛が呼ぶのは
黒縁取りの笑顔
だけじゃない

なるなるなる
るなるなる
なるなる
るなる
なる

また明日
 


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