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父と煙草
 吉田群青
出身:茨城



父は煙草のみだった
階段の二段目にいつも
暗赤色のパッケージのチェリーを置いていた
わたしの幼い頃の記憶は
チェリーの甘いにおいと
母に叱咤されながら
背中を強く叩かれているところから
始まる


小学校低学年の図工の時間
紙粘土と絵の具とニスで
何か作りなさいと言われた
他のみんなは
指輪だのパトカーだのきりんだのを作っている中で
わたしは一人だけ灰皿を作った
どっしりとした硝子の
探偵事務所とかによく置いてあるような
そんな灰皿を真似たつもりだったが
どういうわけか赤と黒とで色をつけてしまったので
硝子の灰皿というよりかは
消火器に似てしまった

父はその珍妙な灰皿をしずしずと
二階の母の箪笥の上に置いた
そして
けしてそこから動かさなかった

長じてから
そっとそれを持ち上げてみたとき
裏面に
父の達筆な文字で
1990年.長女.6歳
と書かれた
小さなラベルが貼ってあるのを見つけた



中学生のとき
父の煙草を裏庭で焼いた
父はワンカートンの煙草を買ってきて
書斎机の端に
一箱ずつ
まるでタワーのように積み上げる癖があったので
そこから数個持ち出してきて
チャッカマンで火をつけた

裏庭はものすごいにおいと煙とで
ぼんやりと白くけぶった

夏の終わりだった
薄ぐらい裏庭は土と猫の小便のにおいがして
父は二階で
眠っているのか死んでいるのかわからないくらい
静かに眠っていた

わたしは
腹立たしいような悲しいような
凶悪なようなうすあおい気分で
燃え盛る炎を眺めていたのだった

あの感情に
未だ名前をつけることができない

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ある夏の背中
 腰越広茂
出身:その他

それは、背中で引戸をしめて
出て行きました
それを、見送った
濃紫している縁の眼鏡に映る
グラスと氷水を
小刻みにゆらします、と
氷たちの涼しくかろやかな音
生ぬるい空気を透過します
星が、降っています
いつも いつでも
ひとのねむる時やほほえむ真昼にも
お元気ですか
羽が繁ります
秋には赤赤、と染まり まして
おも影の視線は行方知れず
風が、あったという その日
わたしはまだ 生まれていなかった。
母の背中はちいさく いまも、
泣けない赤子を背負っている
縁側から みえる
風も ない夕空に
一途のこうもり
ふりやまずとことんとんとん



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AIR
 mei
出身:和歌山
 
 
(もううんざり!!)
 ほらほら、教室から飛び出した鳥、夢のなかの数学の授業で先生が言っていました、「死が我々の隣にないのであれば私たちは消えてしまうしかない!」って。――ねえ、先生、もし私が神様だったらどうします? あの、ごめんなさい、実は神様なんです、私。何でも思うとおりです♪ でも死なんてあげません、欲しいって言ってもあげないのです。鳥を追いかけるのは燃えている青、(青を燃やしているのは太陽。私は月? 星かしら? 私は神様なのですが、気になります。)何だって良いのだけれど私は先生の祈りだけは拒否しますね、これだけは絶対。神様も疲れているのです。全員の祈りを聞いている時間もないのですね、来週からテストでしょう。勉強に忙しいのです、私。――そうだ、教室を砂漠にすれば先生は渇いて死んじゃうのかなっ? だから優しい私は教室を先生が死ぬまえに海にしてあげます♪ それだと先生は溺れて死んじゃうのかなあ。あのっ、順番はどっちがいいですか? 選んだほうと反対のほうを選んであげますねっ。でも死はあげないの。(ごめんなさい!)先生の言ってたとおり人間は死なないと消えてしまうのでしょうか? そこにすごく興味があるのです、私。消えないのであれば2007歳の先生が見てみたいな。骨だけになって私に死をくださいと祈る先生の姿を見てみたいのです。私、悪い子ですか? あ、でも死がなくなると本当に「我々」が消えるのであればそれはそれで見てみたいと思うのです。


(ああ、先生は鳥を追いかける燃えた青でしょう。鳥になりたいのですか? 鳥はだめですよ。先生は燃えて追いかける青。青だって太陽から逃げているのですよ。太陽になりたい人は多いので私は月で良いです。あ、月はひとつだから競争率高そうですね。どちらにしても苦しむ先生を見下ろせるから星でも良いです。そこは神様ですから遠慮してあげますね♪ 鳥だけが自由、ばさばさと好きなところへ飛んでいく、みんなはそう思っているからみんなは鳥を選んでしまうでしょうね。人気なのは鳥と太陽と月、不人気なのは青ですよ。だから先生は燃えている青。私はそれを嬉しそうに見てるんだろうなあ。ほら、先生、早く何とかしないと燃え尽きてしまうよ。消えてしまうよ。みたいに、うふふ。私は本当に先生のことが好きだなあ)


 フジ―サンフジ―サン
隣の席の男の子が声をかけてくる、きみは太陽っぽいね。
眩しい。きみは眩しすぎるよ。
私は太陽とは交われないのに。
「あ」窓の外では鳥が空へと飛んでゆき、燃えた青は鳥を追いかけ 空へとのぼっていった。
私は神様なのに、
私は神様なのに、
先生は教壇のうえで「我々は隣に死がないと消えてしまうものなのだ!」と叫んでいる。
今は国語、ほんの少しの違いしかない。大丈夫、先生はきっとこれから燃えるのだろう。
好きだよ、先生、
死はあげないからね。
約束、約束だよ、先生。骨だけになって私に祈ってください。突然消えたりはしないでね。
ふふふ。と私が笑うと先生は真面目な話だぞ。と言った。太陽が不思議そうに私を見ていると、先生が青くなってきた……、
気がしない?♪

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孕む、風を、未来を
 望月ゆき






ぼくたちの未来は いつも、さよならで終わっていくの?





地球儀をまわしすぎたせいで
透きとおっていたものが
濁っていく 
あの日、
チョークで描いた線路が滲んで
二十世紀はもう どこかに消えてしまった



ぼくたちはいつも、くりかえし動物から産まれる
まだ見えない眼で
乳房をさがした、あの夏に
細く、戦争は閉じられた
乳房には無数の川がながれ、乳腺はおだやかに
ひらかれつづける



人知れず、夜の葉かげで
羽化したばかりの蝉を 標本にする
ぼくたちの、そのやさしさを 誰かが
罪と名づける
名づけたがることの罪の重さを
知らないまま



散らばりたいと、思っていた ずっと
風から いちばん遠いかたちで
なのに
それと知らない過去によって ぼくたちは
いつだって、束ねられてしまう
どんな朝も決してありふれてはいないのに



川は、今もながれているだろうか
測れない水位を見下ろして
立ち止まったままのぼくたちを、
日照りの空が嘲笑している
からだの中を 言葉がめぐりつづけているのに
罫線がひかれると
それはもう、声になれない
それでも、



それでも
できることなら、ぼくたちも
誰かの未来を産んで、そして
そのとんでもない不幸を 真実と名づけて
ときどき、それと嘘を入れ替えたりして
終点のない線路の上で、
遊ぼう






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はやりやまい
 泉ムジ


 医者は、手がないからいけない、そう言った。電話が切れた。たとえ手がなくとも、医者なのだから、僕の手でよければ、さしあげて構わないから、呼んでこよう、そう思った。

 必ず、医者を連れてくる、彼女にそう言うと、どこにもいかないで欲しい、彼女はそう言った。彼女の手は、まだあるが、弱々しく透きとおり、その代わりに、肩甲骨の隆起したあたりが、パジャマをつき破り、やわらかい羽毛につつまれ始めていた。

 まっ暗な通りをゆく人は、誰もおらず、まっ暗なのは、飛翔する人たちが、膨大な感染者たちが、ひかりを遮っているからだ。そして、未だ手を持つ人たちは、誰もが感染をおそれ、戸をかたく閉ざしているのだ。

 医者もまた、例外でなかった。病院の戸を激しく叩き、僕の手は、血を流した。あわれんでくれたのか、若い看護士が一人、細く戸を開き、残念ですが手がないんです、そう言って、ほとんど見えなくなった手で、消毒液と、包帯を渡してくれた。

 駆け戻るあいだに、ぎゃあぎゃあと、奇妙な、赤子のなくような声が、何千何万と、建物に、地面にこだまし、通りに充溢し、空へかえっていった。耳をふさいでも、その声は、僕の内側で反響し、僕の口をついて、漏れた。ぎゃあぎゃあと、なきながら、僕の手がなくなっていく、透きとおっていく。

 部屋には、もう、彼女はいなかった。薄いカーテンが、無数の羽ばたきが巻き起こした風に、ちぎれそうに揺れ、ベッドの上で、彼女から抜け落ちた羽毛が、くるくると舞っていた。消毒液が、床板にはねてこぼれ、包帯が、開いた窓から流されていった。僕には、もう、手がなかった。




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いきつぎの波
 えあ




白く濁る
どこからともなく声がでて、部屋のなかでさむそうにふるえる、なまなましい肌いろ やわらかいのはしっているから、なめらかな表面がこわくなる 吐く息までが水におぼれようとしずむ
水温計は直角にうかんで、水面下 みあげる溶けだしたひとみに 義務的に知らせつづける
部屋の空気はなまぬるい


かなしくなった
おおきな窓から
仕方なくもれる
正午のひざし
ひるまの白い月がぼんやりとしていて
あたしは沈んでいるんだと とおくでおもう
背景がだんだんととおざかる
深くさらけだした
あたしの内蔵に
ながしこむ
にちじょうはやさしい


あおいろの唇
重なりあわないかたちなのに
むりやり押し当てあう
へこんでいる場所も膨らんでいる場所も
一様に仄あかるく燈る
すきまを縫って水が傾き
しめつけないで、まとわりついて寄り添って、
てっぺんまで冷たくしたら
音もなくかえる水
からだが凪いで
ふやけたふくらはぎ
模写しようと
指さきはなんども行き交う


爪がなる
侵された部分に
カチカチとひかりを散らす
汗をかいた背中
あなたのつくろうとした海で
わたしは溺れるつもりはない


髪がくろくひかり
含みすぎたみなぞこで
方向を見失っている
いますぐ束にして ひきあげてくれたら
ひたってしまっても乾くことを教えてあげたのに


河口にむかって
からだのあちこちに頼りない河がはしって
わたしにしるしをつけてゆく
河になれなかった水滴をいますぐでたらめにつぶしてしまってほしい
ながれがたどりついた場所でわたし、
息継ぎをはじめなければならない
暮れかけた背景が戻ってきて 開けなければならない窓際がよういされている
溶けてしまった空気を、流しだしてわたしは
呼吸を整えだしている





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