投稿する
[前ページ] [次ページ]



ピース
 凪葉


きれいに整えていた
パズルのピースが
机の上からばらばらになって落ちた
立ち上がろうとした
弾みで、いつも
とりかえしが
つかない
 
 
そんなふうにして
可笑しくなるまえに
旅をしよう、と思った
思い立って すぐに
食事を作った
ヤカンの中の水を沸騰させるだけの
リーズナブルな、食べもの
エキサイトな食べものの
味は忘れた 
 
 
ばらばらになって、落ちた
ピースを踏んだ
いくつか 重なって
急な角度で天上を向いている
踏みどころが悪かったのが
弾みでよろけ た
カップからお湯がすこしこぼれた
じんじんと、人指し指と親指が熱かったけど
何も言わなかった
言った途端に可笑しくなってしまう
気がして、
何も言わなかった
旅をしよう、と思った
 
 
昨日壊れたテレビのリモコンを
やさしく 床に置いた
いらいらなんてしていないから
すごくやさしく 床に置いた
空いた僅かなスペースで
食事を取った
お湯の減ったカップメンから
湯気が頼りない
完成間近のパズルが
机の半分を占領していた


食べ終えて
挿したままのテレビのコンセントを抜いた
やさしく、一瞥をくれて
そうだ、
明日はゴミの日のはずだから
捨てよう、と思った
そこらじゅうに転がってるものも、ぜんぶ
捨てよう、と思った
そんなことを昨日も思っていた
旅をしよう、と、
小さいころから
ずっと

 
寝る前に とりあえず
床のピースを整えて
整えて、いたら
ふたつのピースが合致した
床の上
机には、上げなかった
ほんのすこしだけ
救われたきもちになった気がした
明日の食事は 何にしよう
立ち上がる
弾みでからだが
軽くなる
 
 



[編集]

ふるのぼる
 木立 悟




昇る午後の軌跡には
川のかけらが硬くかがやく
何かが水に降りては飛び去り
音や光を底に残す


冬を作り 夜を作り
誰もいない道を去る
朝の雨を見る
昼の霧を見る


陽の底に水があり
その奥に声があり
門と影を去ってゆく
石の街を去ってゆく


夜へ夜へ向かう背に
色と声と火は爆ぜる
夜を成すもの剥がれ飛び
夜のむこうの夜となるとき


降る夜のなかを
降るなかを
何も無い舟が進みゆく
何も無いものを乗せてゆく


梳いても梳いても
花のままにある
哀しみは常に
色も無くある


ふたつの光が互いを消しあい
壁に影を刻んでいる
まばたきより多く
伝わることは少なく


暗い暗い金色の
埃の奥の奥のほうから
うたはひとつとして止まず
昇る翳りを見つめている






















[編集]

遠雷
 ホロウ

月の眠る丘に
最低限の荷物を隠して
遠雷が鼓膜を脅かす
暗がる夜に僕たちは
つながりと呼べるものの
一切を断ち切った
淋しくはなかった
悲しくもなかった
たまたまそこにあったものなど
望んで結ばれた
互いの瞳とは釣り合わないものだ


夜行列車に記された行先は
幼いころに読んだ
空想小説の舞台と同じ名前
はやる気持ちを抑えながら
厳かさを意識して
滑稽な十代のふたりは
静かに手を握り合って
欠伸を噛み殺した駅員から
朝露が跳ねたような
輝く切符を受け取った
ほら、僕たちの夢だ
生真面目に頷いて
乗り込んだ車両には僕らだけだった
窓の外を流れてゆく
二度とはない故郷を見ながら
君は涙をこらえていた


長期滞在型の安ホテルの
ただ座るために生きてるみたいな女主人に
しばらく暮らせるだけの金を払った
一年かけて溜めこんだ金額には
未来を微塵も不安に思わないだけの力があった
小さなベッドにふたりで寝ころんで
頬笑みあいながら眠った
天国を手に入れたみたいだと思った
目覚めたとき
君の寝顔がそこにあるのだとそう考えたら


僕は苦労してレストランの洗い場に滑り込み
君は画材屋の店員になった
僕らは毎日きちんと仕事に出かけ
店の人たちからの信頼を手に入れた
お互いのために恥ずかしくない自分になろうと
それだけのために必死になれたんだ
半年もすると僕はサラダやなんかを
盛り付ける係に昇格した
同じ日に
君の給料が少し上がって
僕らは初めて少し贅沢をすることに決めて
おっかなびっくり滑り込んだ
マディの流れる小さなバーで祝杯をあげた
初めて同じクラスになった日の
音楽の授業で習ったオペラの曲を
ハミングしながら部屋までの道を帰った


一年目にちょっとした事があって
女主人と仲良しになった
彼女の名前はアリスといった
率直に言って彼女には似ても似つかない名前だった、本人もそのことは判ってた
「そんなのあたしのせいじゃないもんね」と
よく開き直って話してたもんだった
ふたりが休みの日なんかに果物なんか持ってきてくれたり(時には酒だったりして)
近くの安い店なんかを教えてくれた
「あんたたち一緒になっちまえばいいじゃない」
と彼女はよく僕たちに言った、にこにこ笑いながら
「あんたたちは多分大丈夫だよ」
必ず最後にはそう言ってくれた
無責任な言い草だけどね、と
わざと意地悪な顔をしながら


三年目に僕の勤めているレストランの
年老いた店長が心臓麻痺で死んだとき
彼の次に古いのは僕だった
僕は突然その店を任されることになった
もう店の仕事のほとんどは把握していたから
僕もわりと誇らしい気持ちでオーナーの願いを受け入れた
君は画材屋を辞めて
お金の計算なんかを手伝ってくれることになった
僕は計算がてんで出来なかったから
初めはちょっとばたばたして
ひとり店を辞めた人なんかもいたけど
新しく働いてくれる人はすぐに見つかって
僕らは毎日遅くまで働いて
他のどこよりもいい店にしようと頑張った
そりゃあ簡単な話じゃなかったけれど
僕たちはまずまず上手くやっていた


五年目に僕たちは結婚した
店を一日閉めて
仲間をみんなあつめて結婚式をした
幸せすぎて嘘みたいだった
みんなが作ってくれたドレスはとても君に似合っていて
僕は胸がいっぱいでいくら飲んだって酔っぱらわなかった


七年目に子供が生まれた
アリスが子供の面倒を買って出てくれた
彼女へのこれまでとこれからの感謝をこめて
僕らは子供に彼女の名前をつけた


十年目に
僕らの店は本当にそこいらじゃ一番との評判を手にして
遠方からわざわざ食べにやってくる人もいた
僕らは毎日大忙しで
でも凄く満たされた気分で毎日を過ごした
そんなある日の午後
忙しい時間がちょうど一段落して
デザートやなんかを目当てにやってくるおなじみさんたちに
愛想を振りまきながら応対をしていたとき
店の入り口をくぐったひとりの初老の紳士が僕の名を呼んだ
僕は彼の方を見たが
それが誰かはすぐに判らなかった
だけど確かにその顔には見覚えがあって
思い出そうとしたとき
彼は拳銃を取り出して
僕の胸辺りを撃った
その時は上手く理解出来なかったのだけど
僕は身体の力を失い
ばたりと床に倒れた
それから
焼きごてを押しつけられたみたいな痛みが
左の胸のあたりで爆発した
誰かが店の奥から走り出してきた
「パパ!」とその声は言った
銃声がもうひとつして
僕は
何が起こったのか確かめなければと思ったけれど
そのうちに何も考えられなくなって
気づいたときは病院のベッドの上だった


医師の診察が終わると警部と名乗る男が僕のもとに来て
犯人は逮捕されました、と僕に言った
それだけで僕はもうすべてを理解した
彼の顔はあきらかにもうひとつ僕に告げるべきことを持っていた
僕は君のことを尋ねた
「残念ですが」
と彼は言った
残念ですが
残念ですが


病院を出たとき
僕は左腕が利かなくなっていた
そして
胸の中は空っぽだった
アリスがアパートの入口で
おいおい泣きながら僕のことを抱きしめた
僕は人形みたいに
彼女の悲しみを黙って聞いていた





昨日、アリスが死んだ
僕の腕はこんなだから
君との間に生まれたもうひとりのアリスは
施設に預けられることになって
僕は精一杯のことをして
彼女に一番いい服を着せてあげた
おとうさん、とアリスは言った
涙でぐしゃぐしゃになった顔で
まっすぐに僕を見つめて
駄目な僕の左手を
強く強く握りしめて
僕は彼女に向かって微笑んだ
彼女は綺麗に磨かれた車に乗って
僕の知らない街に連れて行かれた





安アパートの
すっかり汚れた窓には
ショールのように雨雲をまとった月
遠雷が聞こえていて
僕は静かにそれを聞いている













天国を手に入れたみたいだった
目覚めたとき
僕のそばで
無防備に微笑んでいた


君の

安らかな



寝顔






[編集]

輪郭、その曖昧な、
 望月ゆき


現在という塊の中から
わたしの輪郭だけを残して、わたしが
蒸発していく
夕暮れの空は赤く発光し、届かない高さで
じっとして居る
いったい、わたしは何に忘れられたのだろう



浮遊するわたしを 秋がついばみ
指先から徐々にほつれはじめる
風が吹いて、やがて 
わたしの輪郭が住む、あの部屋の屋根を越えて
降りつもる金木犀に、重なって眠る
幼い日の、記憶



透明なわたしに、午後はいつもやさしい
西からの引力が 窓に反響して
わたしを震わす
祈りにも似たその声と 時間の歪(ひず)み
それだけがわたしを助け
地面とわたしとをつなぐ、蝶番(ちょうつがい)となる



歳月は茶褐色にめぐり
夜と朝を、
今日と明日を、
忘却と記憶を、それから 
輪郭とわたしを、縫合する
ぬるい湯につかりながら、まだ傷むその箇所に手をあて
目を閉じる 長い間、
主(あるじ)を亡くしていた輪郭の線は ひどく曖昧で
内側のわたしは ともすれば
外側にもなり得るのだと知る
瑞々しい秋光の中で、それは
幸せと不幸せの境界線と、よく似ている









[編集]

ゆーみあ
 ミゼット


砂袋に唾液で湿らせた指を突いて
支えの無い箱庭を真似る

ちぢの途中で落としてしまった
星と水とひかりのようなもの

わたし、見てたの

するどい力で攫われて
地平の向こうまで心は抜ける

着いたら昨日の朝になると笑う
夜の腕
オレンジ色の傷だ

まだ戻れると砂を掻き
椅子を探す
蹴り壊すために

だから
絵を持って逃げて
きみ


[編集]

いかずち
 腰越広茂

夜の影響を
真昼に有り難う。
あなたは何を見ているのだろう
照らされた、いま
年月の
背景によこたわる

あちらでは、視野に広がる草原
こちらでは、ととんぼの葉も風にゆれている
ゆらぁしゃわしゃわゆらぁゆらゆら〜

朝、下弦の月にうぐいすなく
それを右の耳できいた
予報があたれば
真昼すぎて雷雨
(紫の稲光
何かが手にふれる

おどろかないか
ふれている、ということに
ふれられたものはおどろく
この冷たい生々しさに
遠く流れて来た
まなざしの舟が乗せた青白く小さい
星にささやく気吹
透けた空の

となりで鳴り響く
夜のように一転、本当の色は、
何色か、景色の静けさ、
地をはう心音、見上げれば、
見下ろす
稲光、一期一会、浮かび羽化火上がり
蒼白した鏡面をすべる
視線凍り。。。解けるあいだ
はしる声は底無しの叫び
裂け空を






[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 3/7 ]
[戻る]



[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]