投稿する
[前ページ] [次ページ]




サーモクライン
 望月ゆき



目に見えない時を読めるようになったのは
あのひとと次の約束をするためだった


等間隔にきざまれた目もりを
瞬間の目印にして
大きな流れの中でも
わたしたちがまた、手をとりあえるように
たとえば
木曜日、午後5時にね って
笑って手をふる
そんなふうに


そうやって 
見えない時を読んでいるあいだに
次の季節がやってきたことを
わたしも あのひとも 気付かなかった
すべての季節は
ふたりの手の内にあったというのに
この瞬間の手前で
街路樹は、黄色く舞っていた


記憶や、思い出とは
なんて自由なのだろう
わたしたちはいつも
その曖昧さに救われながら
時間の波間を
ただよっている


今いる場所が、流れの途中なのだとしたら
不幸せなどと
まだ、嘆くときではない
さっきよりも 少しだけ
呼吸が澄んでいる


時を読んでいる
あのひとの手も 透きとおって
それでなくとも、見失いがちな
約束は 
秒針の向かう先に用意されていて
流れていく
確実に
高い方へ、
高い方へ、




[編集]

「わたし」の日記
 sample

天井の電球をひねるために相応しい
高さにまで積まれた
人一人の半生の記録集から
無雑作に選んだ一冊を
うすい指腹で繰ってゆく
健康な子どもに絵本を読み聞かす
古めかしい速度で


いつもあなたがあなたを記すとき
「わたし」という響きと手触りに
この上ない恥じらいの仕草を見せる
こうして読み返す度、帳面の上で「わたし」は
やわい体を硬直させ頬を紅潮させる
半世紀も買い手のつかなかった
古物屋のひじ掛け椅子が人の重みに耐えかね
しめじめと軋むように


記憶と言うものは毛先の痛みと同じで
束ねられ彩色され熱されながら
時を経るごとにあなたの体を離れてゆく
そして感覚もなく切られてしまえばそれまでで


そんなことを考える内に
ノートに綴られた文字群が
まるで黒髪に宿る記憶の死骸に見えてきて
産み落とされる感覚を捕まえては
脆く機敏な羽虫の抵抗を手の中でもてあそぶ
それがあなたにとって日記に対する
意義ある新しい行為だった


日付だけは異様に情緒的で
空気や色彩、匂いまでもを横溢させている
それは季節を物語るための営みだが
それが只今、窓外でにわかに鼓を打つ
美しい身ごなしの持ち主だとは到底思えない


だから、と言うわけでもなく
あなたは容易く日記を捨てた
書きかけも含め半分は火に投げ入れた
ことのほか盛んに燃えた
開花し枯渇してゆく大輪の花の姿を
微速度カメラで撮影し
再生した映像に良く似ていた


灰をほじくれば
嬰児一人分の骨ぐらいなら出てきても
可笑しくはない気がした





[編集]

光と手紙
 木立 悟





終わりの淵
よろこびの帽子
光を落とせ
光を下ろせ


滴が降り
葉になり 虫になり
家を巡り
静かに去りゆく声になり


大きく碧いまぶたの浪が
ひらくことなく打ち寄せて
たくさんの夜の光の下
照らされぬものはまるく集まる


遠く離れた土の上に
同じ実が落ち
同じ指が触れ
冬はひと息 同じ夢を見る


嵐のなか
三つの音
雨 霧 灯
指のはざま 雪となる


稲妻
見える鳥 見えぬ鳥
棄てられた墓の
眠ることのないはばたきたち


夜の下 草の上
熱に浮かされたように見つめあい
双子は双子の手を握る
双子は双子の絵を描く


燃えてゆく燃えてゆく
なかば冬である町から先に
燃えのこる燃えのこる
冬のふりをする路上の膝たち


ゆうるりとゆうるりと
指に沈む宝石
窓の光の行方と逆に
止まぬ病の標となるもの


雪の譜面をひらいては
溶け落ちるのを嘆く子に
氷の筆と氷の器
砕ける間際の光を降らす


咽のほうへ 喉のほうへ
見知らぬ波は近づいてゆく
雪の下の息 痛みたどる息
緑に眠る 震えに眠る


集う者から冬は離れ
まわり道をゆき 星を吐き
ひとりうたい ひとりうたい
凍える境のなかをゆく


光を逃れ 逃れられずに
永い永い雨の合い間に
未だ手紙を書きつづけている
額より少しだけ高い中空に

























[編集]

空は澄んでいた
 丘 光平


空は澄んでいた
しずかにみつめる空は
けがされながら澄んでいた


 冬をしらない それは
冬そのものだから
自分はもうそこにはいないというのに
 立ちどまれるひとのように


守ろうとして
かきあつめる手のひら
ちりしかれた朝をたばねられないまま


 夜はこない それは
夜そのものだから
陽はすでに暮れているというのに
 帰らないこどものように



[編集]

パンク(夜がゼリー)
 ホロウ


ぼろぼろこぼれおちた
身体のかけらを眺めているまに
時が時がどんどん流れた
神様、俺は泥人形か
干乾びて崩れるのみか
アーハーハー、アーハー
笑気に聞こえぬ笑い声
やりたいことはそんなことじゃないだろう
明け方に根性が逃げてゆく
アーハーハー、アーハー
机をたたく指先が
いつかぐにゃりと曲がる気がして
怯えた、怯えた、怯えた、怯えた
歯が崩れる夢を見た、歯が崩れる夢を
俺はまだ眠ってもいないのに
心の方から流し過ぎて
身体には
透明な血しか残っていない
お医者さんならなんと言うだろう
せんせい、透過する血液を見たことがあるかい
死なない程度に、いやいっそ死ぬ程度に
ビーカーに溜めて検分しておくれ
お、お、お、採血の幻想
シリンダーがゆるやかに俺を吸い上げる
俺のささやかな喪失、だけど
それは当然の流れとして認知されているんだぜ
椅子に腰をおろしていると
足首を掴まれた気がして
慌てて身を引いた
床から、伸びた手には見覚えがあったよ
いま、ここで
キィボードを叩いているそのものだよ
亡霊の亡と忘却の忘は似て非なる、だけど
完全なる一致など存在しない、この世には
完全なる一致など存在しない
ぼろぼろこぼれおちた身体のかけら
塵とどれだけ違うのかね
パンク・ロックが内耳で膿みたいな夜で
ウーハー、こもり気味のエモーショナル
エモーショナル、だけどレスキューがない
お前の叫びは許容範囲内さ
効果的に選ぶことしかしてこなかったんだろう
判るよ、判るよ
俺にだってそんなことは良く判ってる
長く曲がった月が空でたゆたう
雨が降ったことなんか嘘なんだ
水の匂いを嗅いだ気がするけど
だったらこんなに渇いているはずがない
アーハーハー、アーハー、泥人形には骨なんかないぜ
アーハーハー、俺には骨なんかないんだ
きっと自由に動き過ぎたせいさ
だけどそんなこと罪みたいに話したりしないぜ
遺書は一番笑える言葉でなくっちゃあ
生まれた意味などないってことだ
公園で彷徨ってる幼児の幽霊が
ブランコで耳打ちしてくれたのはそんなこと
その時ははっきり理解出来なかったけれど
いまならよく判るって言ったら変に気にかけてくれるかい
ああ、墨が
セメントの流しの中の
窪んだ排水溝へ流れていくのを見つめているみたいなサウンド、ごごご、ごごごご
GO(行け)って必ずしも威勢のいい言葉なんかじゃない
ごごご、ごごごご
存分にやり過ぎたときのサウンドは
いつでも耳について回るものさ
セメントの流しの中で排水溝へ流れ込んでいく墨を見つめているみたいな
サウンド
サウンドになんか何の意味もない
夜がゼリー
夜がゼリー
夜がゼリー
夜がゼリー
水で戻す前のゼラチンのきらびやかな感じ、気の利かないスパンコールみたいな、ゼリーの記憶、なんて
一体どれだけのヤツに理解出来るだろう
水から上がった時に染色体をひとつ落として来ちまった抜けた種族が
繋いできた、繋いできた、繋いできた、繋いできた生命の、行きつくところに見慣れた顔面、ごきげんよう、新人類、生まれたときから滅びは始まっている、創造と欠落の綱渡り、落ちないでください、落ちないでください、見世物になる価値もないのに
サーカスから猛獣が逃げましたよってニュースを聞くたび
鋭い牙で噛み殺される夢を見てうっとりとした子供時代、ああそいつが官能っていうヤツだってそんなうちから知っていれば
もう少し器用な子になっていろいろなものを背負い込まずに済んだかもしれないのに
あの頃同じクラスに底なし沼って大好きって言ってた女の子がいて
不思議なくらいに気が合ってたな
いつかほんとに底なし沼に連れて行って沈めてあげるつもりだった、転校しちゃってとっても心残り、今でも夢に見る、今でも夢に
あの娘(こ)はにっこり笑いながらまっすぐ沼に沈んでいくんだ
約束って結局快感なんだよね
約束って結局快感なんだ
気持ちよくさせてくれる?
気持ちよくさせてくれる?
裏切りってオナニーみたいなもんだ
水の匂いを嗅いだのに渇いてるみたいな感じ
泣いて
泣いてよ
叶わないからって泣いて、虫みたいに泣いて
いろんなのに哀れんでもらえばいいんじゃないの、ねえもうすぐ年の瀬ですね
もういくつ寝ると馬鹿みたいにどいつもこいつもがおめでとうおめでとうって
ケチをつけたらパンクですか
そんなこといいたいんじゃねえよ




[編集]

硬質なつらなり
 腰越広茂


石の
私を
知っている
この道中を 転がるねむりにつくまで
一瞬の銀河を

青いトンボ玉の影は透けて
石と添い寝をする。こんにちは、
樹木の芽の
吹き出る
空気が澄み
口をすすぐかたい直立
湾曲す
空を見上げる

黒髪の人形の視線は
無影灯の性交を燃やす闇につらぬく
日を反射する蜘蛛の糸
しろいくびすじのかたむきの

ヒグラシがないている遠くの
林で、あるヒグラシは蟻に運ばれ
縁側にて私は紫煙を
くゆらす
日に透ける蟻の


深いためいきとともに煙を吐く
糸もゆれるしろがねだ



[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 2/6 ]
[戻る]


















[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]