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羽化
 榊 一威


哀しがりやの、鳥が叫ぶ、瞳の奥で反転していく、景色を、少しずつ覆っていく、変わらない声を出しながら、変えてゆくその、柔らかな羽毛に包まれた躰を、冷たい月が、照らしている、雪が降りそうな冷えたよる、鳥は飛び立つ予感で、震え、叫び続けるのだ、

世界の不統合式を、描いてみました、

( ≧ 凍結された過去の、変化されない世界)

移り気な壊れるくらいの色を持った、傲慢な世界が、続きました、です、ね、

大きなよる、の向こうにある、宇宙を想像していました、とろりとした闇でくるまれた、都市がまた、孵りましたけれど、世界は、それを握りつぶしました、最大のエゴイストをもって、あやめました、それはひとり、鳥だけがしっている事実、でした、それを鳥は羽化と呼びました、最大の敬意を払い、そう、呼びました、

―――絶叫する、

月が笑っている、あまりにも愚かな世界を照らしながら、届かないその呟きをひっそりと、聞いていた、とても近くで、鳥の瞳は、泪で濡れ輝いていく、のだ、と、云うのに。それもしらされずに、あやめられ、取り残された都市の真ん中で、信号機の点滅だけが変わらずに、規則正しく鼓動を繰り返して、いる、

羽毛に覆われた世界が、飛び立つのを、予感し、震撼し、泪は雨となる、

世界の不統合式を、描いてみました、

( ≦ 羽化していく未来の、交代された世界)

もはや、コトバは、存在しないのです、よ、
よるは、深みを増しているから、光る瞳がとても、目立ちます、
けれど、東の空は容赦なく、白みはじめていく、

―――飛び立てる、予感、

静かに、雪が降ってきました、鳥は飛び立つ準備をしました、
叫び続けた喉が、痛かったけれど、熱で震えていたけれど、不思議と、満たされていました、
この世界を覆い尽くす翼を広げて、ここから離れようと、おもいました、
泪が、とめどなく流れたけれど、
流れましたけれど、

心を込めて、一哭きし、空の彼方に、

飛び立っていきました、


( 夜明けでした、誰も知らない、夜明け、になりました、
   世界は、みとられもせずに、鼓動だけを、続けています、)






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羊・風車・深海魚
 小林柳


バスは砂の街を過ぎた。
撒き上がる砂埃に、窓の外側がざらついている。広い道路が先細って、地平線へ続くのが見える。
小さな土煉瓦の集落が、前に現れる。薄汚れた数頭の羊が、崩れ落ちた土壁に囲まれ、動かない。数軒の低い家が、後ろに消えていく。また小さな集落が、現れては消える。
トラックとすれ違うと、人の気配がする。今頃は、人の灯りへと急いでいる頃だ。
このバスは違う。 そこから出発したからだ。

名前のない土地に、白い風車群がそびえる。病にかかった木々のように。そこに立つ意味を、待ち受けるように。
この場所には終わりがない。変わらない風景が過ぎては、現れる。
過ぎては、現れる。過ぎ、現れる。過ぎ…
やがて陽が落ちる。午後の陽と埃を被り、全てが黄土色をしている。

そして徐々に

広がる

夜。


枯れ木は枝を空へ伸ばし、夜に刺さっている。海に沈んだ、砂漠の夜に。
外に人の姿はない。車内では、深海魚のように人々が眠っている。
二筋(ふたすじ)のヘッドライトが届かない深みへ、波のない底へ、バスは潜る。
静かに窓を開けると、凍った風が氷のかけらを残した。
それをひとつ口に含むと、いっそう寂しい。

吹きこむ砂粒は止まない。
粒は体の空洞を抜け、底へ落ちてゆく。
鼻腔から肺を抜け、暗い奥底へ積もってゆく。
その砂は散らばり、透明な砂漠が広がる。
病気の熱帯魚が一匹、そこで泳いでいる。





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なし
 及川三貴


深くため息をついて
指の軋みを聞きながら
風に捲れ上がる白と黒の

立ち止まっている時間の
やけに霞んだ太陽は
昔日の色をして

薄闇の縁側で見る
あなたの横顔は
丁寧に折るシャツの
袖に留まるせつなさ





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雨の後
 紙野


雨が降った。わたしは雨の足に圧迫された。爪先から踵まで力に満ちた足は、わたしの体に、触れず、目の前を塞いでいく。雨水の、どの部分も干からびていて溢れてくる。一粒でも零れると、それは止まらなくなり、旱魃をおこした土に吸い付いていった。後に残されたものは、わたしだけだ。雨に濡れることもなく、間抜けなままの、わたしだけがいた。



「生まれただけのお前が私を忘れていく時に雨音を立てた。その音に、体を与え、頭を乗せ、手足を揃え、血を通わせた。お前の為に降り、お前の目の前に降り、お前を踏み潰すだろう。お前の隣に居座り、声を発するだろう」

「耳を差し出せ」
「少しだけ濡れるぞ」



男の声が聞こえてくる
足首を切り落とした男の声だ。わたしの耳を握っていた。

「側まで寄るが、触れることはねぇなー」
喉元がいやらしい。
「お前は見たことが無かったのか」
口元がいやらしい。
「はじめましてでも無かったよな」
吐く息がいやらしい。

わたしの耳をいじくりながら、切り落とした足首から先を押し付けてくる。
いやらしい男だ。

きっと、足首から先は男の中で、もっとも、いやらしい部分なんだ。切り落とす事が、もっとも、いやらしい行為なんだ。腐臭を散らす、果実のように、もっとも、いやらしい味なんだ。

わたしには解っていた。
この男はわたしを愛している。それを知らずにいる。知らずにいるから、こんなにも、いやらしく、生きていられる。
わたしには解っている。

押し付けられた。
足首から先はわたしの腕の中で眠りについた。
まるで、
「赤ん坊のようだな」
いやらしい声で男が言う。腕の中の赤ん坊?
赤ん坊がわたしの
赤ちゃん、だとしたら
目覚める事があるのだろうか、目覚めたら動くのだろうか、動くのなら何か食べるのだろうか、お腹が空いたと泣くのだろうか、泣いた後は笑うのだろうか、
それから、後には、
笑った後には、
何を求めるのだろうか。



男がわたしの目の前を塞いでいて、手には、わたしの耳を握っていた。
わたしに触れず
わたしを押し潰すような
雨が、降ってきた後に
残されたものは
わたしだけだった。



腕の中ではわたしの耳が
蝸牛のように
油を売っている。






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 広瀬 鈴

0と1を往復する

朝、
鶏卵は数字のかたち
0と1の間に横たわる、0と1を
往復する。
卵焼き、
目玉焼き。
0と1の間に横たわる。
届かん。
うん、
0と1を
往復する。
右手に
フライパン。
卵焼き、目玉焼き。
黄身を
つつく。
0と1を往復する。
箸に絡まる

数字を流して、
0と1の間に
横たわる。


あなたは あたしに
指を、
さし入れたまんま
黄身を
つつく。
0と1を往復
する。
されとる。
あ、
割ってしまった。
足をひきずる夜。
そう
まるで
石版のよう。


ほどかれし編み目のふかき痣とせんわがてのひらを母は耕やす


往復する。
右手に
フライパン。
でもGoogleできみを検索せずにいられんの。
卵はふたつ。
箸に絡まる
卵はふたつ。

0と1を往復する。
されとる。
指を、
さし入れたまんま
身ごもる迄が
気持ちいいんよ。

いつのまにか、
ものの数えかたを曖昧にしてん。

数字を流して、
黄身を
つつく。
0と1を往復する。

数字を流して
0と1の間に
指を、
さし入れたまんま
身ごもる迄が
気持ちいいんよ。


卵焼き、
目玉焼き。
0と1を往復する
鶏卵は数字のかたち

0と1の間に横たわる
気持ちいいんよ。
数字を流して

みずみずしい外殻を
往復する





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