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眼下を浴衣を来た若い女の子の集団がたむろしているのが見える。洋介は銜えていた煙草にライターで火を点けた。 ――あれから五年、想いは色褪せることなく、今なお洋介の心に根付いている。きっと、もう。染み付いてしまっていて落ちないのではないだろうか。 洋介は当時高校三年生だった。学年の八割以上の生徒が進学やら就職やらで頭を抱えていたにも関わらず、洋介は先のことなんてどうでもいい、今が楽しければそれでよしなどと豪語し勉強はおろか就職活動などにも全く手を付けずに遊びまわっていたのだ。 だが、実際洋介は馬鹿ではなかった。学校の成績も不真面目なグループに属している割にはオール四近くを取っていたし、遊びと言っても内申に深く関わるような悪事には手を出していなかった。 季節は夏。学校は長期休暇で、至る所で花火をやったり、旅費があれば山や海へと遊びに繰り出していた、あの夏。彼と出会ったのは、毎年恒例の祭りの最中でだった。 何故だろう。普段は全く気にも留めない、寧ろその中にいることが当たり前の感覚だったのにあの日、人混みが不愉快に思えたのは。 仲間に何も告げずに一人群れから離れ、祭りの会場から少し離れた場所にある神社へと足が勝手に向かっていた。着いてみたら、予想どおり。人は祭りへと流れていて、普段は不良の溜り場となっているそこには誰一人としていなかった。 洋介は階段の一番上の段に座り込み、手慣れた仕草で煙草に火を点けた。五十段もの石造りの階段を上った先にあるこの神社は、祭り会場からは街路樹と通り一本を挟んだ高台にある。街灯も何もないそこからは祭りの灯りと賑わいが、少しだけ遠い存在のような気がした。 今、洋介を包んでいるのは生温い風と葉が擦れる音、虫の鳴き声。それらとともに煙を吸い込めば血液に乗って身体の隅々、細胞の一つ一つにまで、今この瞬間が染み込んでいくかのような錯覚を覚えた。 「なあ、あんたさ。ちょい貸してくんね?」 誰もいないと思っていたはずのそこには、しかし先客がいたようだ。突然聞こえてきた声に、洋介は後ろを振り返った。 「誰?」 見ると洋介と同い年ぐらいだろうか、男が一人立っていた。口には火の点いていない煙草を銜えている。貸して――とは、恐らくはライターのことだろう。 「ほら」 人懐っこい笑みを浮かべているその男に洋介の警戒心は薄れ、ライターぐらいは、と思い男に向かって投げてやった。これで落としたら文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、男は難なくキャッチし煙草に火を点けた。 「どーも。助かりました」 男は洋介の隣に腰をおろした。差し出されたライターを見て、洋介はふと気付いた。 なぜ見知らぬ男と二人、仲良く煙草を吸わなくてはならないのか。地元の同年代はほぼ知っているはずなのだが、この男は地元の人間ではないのだろうか。 「あんたは行かなくていーの? 祭り」 ぼんやりと思考に耽っていた洋介に、男は話し掛けてきた。 「ああ。めんどくて。あんたは?」 「オレもともと人混みって好きくないんだよね。祭りって夏の風物詩じゃん? だから来たけど‥‥どーもね、性にあわんのよ。あんたは?」 少し意外だった。いかにも軟派な外見をしているだけに。 「俺は‥‥。なんでかね。さっきまではいたけど何かうざくなったから」 「へえ。倦怠期?」 さり気なく返されたその言葉がやけに面白くて、洋介は軽く吹き出した。 「ははっ、そーかもしんねー。あんたうけるよ」 笑いだした洋介につられるように、男も笑いだした。 結局、洋介の携帯に仲間からの電話が来るまで、男と他愛のないことを話しては笑っていた。 あの時、別れる際になぜ名前を聞いておかなかったのだろう。携帯のナンバーもアドレスも聞かなかったのだ。 あの夜、洋介は彼のことを知ろうとはしなかった。そして彼も洋介のことを知ろうとはしなかった。話していた内容はテレビやアーティスト、あの子が可愛い、あの女はスタイルがいい、と言ったことだけだった。 そして、彼を忘れることが出来なかった自分。 あの後、仲間連中に聞いてもそんな奴は知らないと言われた。何度となく神社に行ってみたりしたが、彼がいることはなかった。 洋介は上京して大学を受けた。結果は見事に合格。そして今現在――大手の会社に勤めている。 「‥‥ふー」 一旦は吸い込んだ煙を溜め息とともに吐き出した。 この五年、忙しさに何も考えられなくなる時はあっても、ふとした瞬間には彼を思い出していた。探そうとおもったことは、一度たりともない。ただ、夏には必ず実家に帰って祭りの日には、その光景を神社から眺めていた。 ――否、もしかしたら彼がいるかもしれない、と。だが、彼が現れることはなかった。 さすがにここまで彼を気に掛けてしまっていれば、その感情をなんと呼ぶかぐらい、洋介だって気付いていた。どんなに認めたくなくても、だ。 「‥‥笑えねーよなあ」 まさか、男に、惚れる、だなんて。 勿論、洋介の歴代の恋人は全員女性だし、男を恋愛の対象として見るなんて考えたこともない。なかった。 彼と性行為をしたいわけではない。ただ、今はもう一度会いたい。この五年でどんな男になっているのか。彼は自分のことを覚えているのか。同じ気持ちを抱いてくれていたら嬉しいが、洋介はそこまで期待していない。 もう一度会ってまたここで話をして、今度こそは彼の名前を、連絡先を聞きたい。洋介の中にはそれだけだった。毎年、夏にわざわざ帰省するのもその為だけになのだ。 どの恋人に対しても、これ程までに真摯になった覚えがない。 純愛――とでも言うのだろうか。 「マジで。ガラじゃねー」 また一つ、溜め息を溢してその顔に苦笑いを造った。洋介は立ち上がり、銜えていた煙草を足元に捨てて踏み潰した。 下を見れば屋台が次々と店仕舞いを始めていて、人も少なくなってきている。 「‥‥ま。しゃーねーか」 今年も、また。祭りが終わる。彼はやっぱり、現れることはなかった。
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