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茜色に染まった教室の奥、机に頬杖をつくようにしてアキラは窓の外を見ていた。 グラウンドには何人もの生徒が集まって、各々に部活動に打ち込んでいる。 部ごとに違ったジャージを着て練習に励んでいるので、二階の教室から見下ろすグラウンドは、いつだってカラフルで見飽きることがない。 ピーッという笛の音が鳴った。 窓越しに見えるサッカーコートで、顧問とおぼしき中年の男が茶髪の生徒に向かって何かを喚き散らしているのが分かる。 アキラが白けたような眼差しを送っても、彼らが気付くことはない。 それは熱い視線を送っても同じことで、アキラはいつも少しの失望と安堵を抱えてこの教室に居座っていた。 本音をいえば毎日首から下げていたい双眼鏡を覗く代わりに、アキラは携帯のディスプレイをじっと見る。 蹴球部と刺繍された紺色のジャージの、ジッパーを首元まで上げた茶髪の男がそっぽを向いて映っている。 肩のあたりには、他の者と異なり「部長」という文字が縫い付けられ、お世辞にも格好いいとは言い難い。 二週間前、幼馴染の試合に無理やりついて行ったとき、休憩時間の男をこっそり隠し撮りしたものだった。 アキラの携帯電話のデータフォルダには、この男の画像が既に二桁にのぼるほど保存されている。 それは先月三日から始まる記録であり、最新のものだと先週の土曜、頭から水を被って笑っている様子がぼやけて写し出されていた。 とはいえストーカーというほど粘着質なものでもなく、これはアキラの癖のようなものだった。 好きな芸能人を街中で見かけたら、思わず写メを友人に送る。 そのような感覚でシャッターを切っては、幼馴染へと送りつけるのがアキラの恋に落ちるときの習慣だった。 「松本先輩」 彼の名前を呟くだけで、胸がカッと熱くなる。苦しい。 どうしてこの年齢になるまで彼の存在を知らず生きてこれたのか、今となっては甚だ疑問だ。 実は三ヶ月前にも、バスケ部の新入部員の写真を見つめながら、同じ疑問を抱いていたのだが、アキラにそのような覚えはない。 女の恋は上書き保存、男の恋は名前をつけて保存、とはよく言ったものだが、男だって上書き保存したい恋もある。 アキラの恋は、新しい恋が始まると同時に消滅する。 写真と同じだ。「好きな人」と名前をつけて保存したら、前の「好きな人」というファイルは消えてしまう。 それだけだ。 ガララララッと教室の扉が開いて、昌平がこちらへ歩いてきた。 「まだ残ってたのか」 少しだけ、嬉しそうな顔をする。 昌平はアキラの幼馴染だ。 いつも一目惚れしては送りつけるメールの数々に、律儀に「そんな軽そうなヤツはやめておけ」だの「お前にはもっと優しそうなヤツの方がいい」だのと返信してくる。 あまり背中を押すようなメッセージをもらったことはなかったが、アキラは別にそれでよかった。 「うん。松本先輩、怒られてたよね?」 「……そうみたいだな」 昌平の声が固くなった。 昌平は着ていた紺色のジャージを脱ぎ捨てると、アキラに向かってぶっきらぼうに手を差し出す。 その手にアキラがYシャツを渡して、帰りは一緒に制服で帰るのが最近の二人の日常だった。 今日も同じようにYシャツを渡して、昌平が着替えるのを待っているつもりだった。 だけど、昌平はシャツを受け取らない。 「昌平? これ、預かってたヤツだよ?」 部活動が始まる前に、昌平の荷物を預かる。 アキラはときどきそれをロッカーに入れて先に帰ってしまうが、こうして一緒に持ち主を待っていることの方が多かった。 シャツに鼻を近づけると、昌平の匂いがした。胸が温かくなって、落ち付く匂いだ。 アキラは、「うん、間違いない」と呟いた。 昌平が眉を寄せてシャツを強引に奪い取った。 (何だよ、さっきは受け取らなかったクセに) アキラが体勢を崩しそうになって幼馴染を睨むと、昌平がそっぽを向いたままシャツのボタンをとめていた。 「お前、いつまでブチョーのこと追い掛けるんだよ」 昌平は、松本をブチョーと呼ぶ。とくに隠された意味などなくて、単に昌平がサッカー部員だからだった。 「いつまでって?」 「だから。いつもみたいに何ヶ月かしたら急に熱も冷めるんだろ?」 「何だよ、その言い方」 アキラは唇を尖らせた。いつもの昌平らしくなかった。 「昌平だって知ってるだろ。先輩、本当にオレの好みど真ん中なんだよ」 中学二年の頃だったか、それまでバスケ一辺倒だったアキラの興味が、突然サッカーに向けられた。 Jリーガーの選手に一目惚れしたのが原因だった。 「知ってるよ。サッカーが得意で、でもバスケもアキラより上手いヤツが好きなんだろ」 「うん、それで」 「それで。髪は茶色で、身長は百八十センチ以上、体系は筋肉質。成績は少し悪いくらいがよくて、優しい男」 「正解」 つらつらと自分の好みを的確に上げる幼馴染に、アキラは賞賛の拍手を送った。 昌平は、少しも嬉しそうではなかった。 「お前さ、見る目ないよ。ブチョーははっきり言って優しくない」 むしろ鬼畜だ、人としてロクでなしだ、と昌平は言い募る。 「この前だって他校の女生徒を待たせておいて、マネージャーと」 「煩いよ」 アキラは昌平を遮った。聞きたくなかった。 松本がサッカー部のマネージャーとデキているのは知っていた。 昌平の言う他校の生徒を待たせておいて、グラウンドの隅でキスしているところを、アキラはこの教室から見ていたのだ。 あの日は、赤くなった目を昌平に見られるのが嫌で先に帰った。 「そうだとしても関係ないよ」 だって、好きなんだ。 アキラが昌平を見据えると、相手はグッと言葉を詰まらせたようだった。 「……お前さ、もっと周囲を見渡してみろよ」 沈黙を破ったのは、昌平が先だった。 「なにソレ」 「茶髪でサッカー部員。中学時代にはバスケ部主将を務めていて、百八十五センチ、筋肉質。成績は中の下で、すげー面倒見のいい優しい男が、お前の傍にいるだろうが」 「……誰の話?」 少なくとも松本のことではなかった。 松本は確かにバスケも上手だが、中学時代もサッカー部に所属していたと聞いている。 身長も、情報に誤差がなければ百八十二センチのはずだった。 訝しむようにアキラが訊くと、昌平は一瞬目を逸らした。 そして、しばらく逡巡したあと、アキラの肩に両手を置いた。 「お前が今、見てるヤツは誰だ?」 「はあ? 昌平でしょ?」 「そう。俺」 「?」 昌平が、苛立ったように髪をかき上げた。 「俺の髪の色は?」 「ちょっとダーク系のブラウン」 「俺の入っている部活は?」 「サッカー」 「じゃあ中学んときは?」 「オレと一緒だから、バスケ」 そのときの俺の肩書は、という質問が続いていって、それに答えていくうちにさすがにアキラにも正解が分かった。 昌平は、昌平自身の話をしている。 「……分かった?」 昌平の体温が肩から離れて、アキラは呆けたような顔をした。 そうだ、確かに昌平はアキラの理想に叶っている。 というか、アキラの趣味が変わるたびに、昌平自身も変わっていたようなところがある。 (――っだけど!) アキラは首を横に振った。強く瞳に力を入れて、真正面から幼馴染を睨みつけた。 「でもっ、昌平はゲイじゃないだろ!!」 これははっきりしていたことだった。 小学四年生の頃、バレンタインデーにチョコレートをくれた女の子と、少しの間つきあっていたのを知っている。 アキラは、裏切られたような思いだった。 長い間、昌平はアキラをゲイだと差別することなく一緒にいてくれた。 それを、こんな形で嘲笑されるとは思っていなかった。 眼球の奥が熱くなって、じわりと心が滲み出した。 (サイテーだ) 同性愛を軽蔑する者の前で泣くと、いつだって「マジで女みたい。キモい」と詰られた。 だから、人前では泣かないと決めていたのに。 目を瞑って、涙がこぼれるのを全力で阻止していると、唇に温かい感触が落とされた。 「……え?」 驚いて、思わず目を見開く。 途端にポロッとしずくが零れたが、アキラはそれを拭えないでいた。 目の前の男が、何をしたのか分からなかった。 「あーあ。お前、ほんと昔から変わってないのな」 昌平が苦笑するように言って、大きな手を頬へ寄せてくる。 人差し指で涙を掬われ、アキラは思考が完全に停止したのを感じた。 「俺はゲイじゃないよ。でも、初恋は近所に住んでいる同じ年の男の子だった」 「な、ん……?」 「そいつが俺のことを何とも思ってないのは知ってたから、女の子と付き合ったこともあったよ。でも、上手くいかなかった」 「は、」 「今も、そいつのことが好きだよ」 「……」 「なあ、」 アキラが垂れてくる鼻水もそのままに固まっていると、昌平がティッシュで拭ってくれた。 そして、見つめられる。 「俺、今告白してんだけど。分かってる?」 もう一度、今度ははっきりそうと分かる時間唇を唇に押し付けられて、アキラはやっと目を瞬かせた。 そして勢いよく腕を突っ張る。 「ちょ、……え? は? ま、まって」 「何」 「だだだだだだだだだって」 アキラがドモってうずくまると、昌平はフッと微笑した。 二人分の学生鞄を持ち上げて、昌平がアキラへ手を差し出す。 「とりあえず帰ろーぜ。んで、お前は早く寝ろ」 「う、うん」 「それで明日から俺に口説かれて、ちゃんとオレも好きですって返事しろよ」 悪戯っ子のような瞳で覗きこまれて、アキラは不覚にも顔が熱くなった。 「それしか選択肢ないのかよ」 憎まれ口を叩いても、あっさりと「ないな」と笑われてしまう。 それはアキラを口説き落とす自信の表れのようで、アキラは胸がドキドキと走り出すのを感じていた。 「ほら」 焦れたように昌平がアキラの掌を掻っ攫い、昌平の体温が伝わってくる。 ぎゅっと掌を握りこまれて、アキラは言おうとした言葉を飲み込んだ。熱い。 「……馬鹿」 入学当初、バスケ部の先輩から強く勧誘されていたのを断ったのは、もしかして自分のためだったのだろうか。 髪を茶色に染めたのも、勉強することに少し手を抜くようになったことも。 「知ってる」 昌平は照れたように微笑んだ。 アキラは幼馴染に手を引かれるようにして歩きながら、そう遠くない未来、自分の携帯のデータフォルダに、この男の写真が並ぶかもしれないなと思った。 悪くない気分だった。
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