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ゲンカイテン 女の子がはしゃぎたてた。彼氏が来た。 二、三の言葉を交わしてすぐ、並んで歩き出す。ふたりして横顔の微笑。彼女が腕を組もうとすると彼氏は照れたように拒んだ。彼女は強引に迫る。しかたないといったふうに彼氏から腕を差し出す。 幸せそうに寄り添う。 あんなもんか。 俺は視線をそらして、また雑踏をながめた。 知らない彼女の笑顔だけが蘇る。ずっと見ていた。好みの娘だったわけじゃない。ただ俯いたって嬉しそうにする顔がかわいかった。幸せの色は彼女のすべての輪郭をやわらかく滲ませていた。 だから、彼氏を待っている最中の彼女をずっとそっと見ていた。 ぺたりと自分の顔に触れる。 熱も動きもない無表情。筋肉がそのうち垂れ下がる。 幸せになんかなれない。 「タカノブ」 世界で一番大好きなこいつによりそったところで、俺は幸せになんかなれない。 シャツとスーツの袖口から掲げた手首でそっと挨拶をする。雑踏から抜けてきて、俺の目の前に立つ。待ったかと彼は機嫌を伺うように言う。 べつに待ってないと、俺は、いつものセリフ。 うそだ。もう二時間も待ってた。 約束ジャストの彼。 ただ、俺は、ヒマだから。 約束の二時間も前から、彼のために束縛されることを楽しんでた。 ずっとあんたのこと考えていた。 彼は腕時計をみて、「夕食にはちょっと早いかな。でも、どこか入っちゃう?」 そうだねと俺は頷いた。パーカーと剥き出しの細い足首に、やたらごついフットウェア。そんな俺の隣に、ちょっと着崩れしてもそこに若さをはめこんだ、スーツ姿のリーマン。 年の差というよりも、経済力、生活力、包容力、社会人と学生の大きな違いを間にみてる。 ちょっと前まで彼だって学生で、いまだって仕事は大きすぎるものだってあるはずで、過去の栄光やいまの失敗談を、それでもからから笑って話す彼は、無邪気だけど大人だ。 無愛想な学生とは全然違う。 どうしようもない下戸で、いってもサワー程度だった俺は、彼にならってビールを飲むようになった。 まだまだ苦い。それをガマンして飲んでみる、一杯、二杯、ジョッキで。酔いがこない。俺は強くなったのかもしれない。 そして彼も、テンションはあがっても、根底の理性はちっとも揺さぶられなかった。 最初からそのつもりでなければ、俺が誘ってもホテルに付き合うことはない。「今日は帰る」。 彼のその言葉の意味と強さを、俺もいいかげん覚えた。そんなときになってから酒に溺れて本能のままに癇癪を起こしたくなるが、もうとっくに別れ際。ひとりで飲み直しもできない。 「なあ、エーイチ」 ふたり土間の飲み屋で向き合いながら煽っていた。俺はジョッキを両手でもって、ちぎれた泡を覗き込んでいた。 期待の素振りなんかみせない。 欲望なんかもわからせない。 なんとなしに呟いてみても、今日さあ、この後さあ…そんな簡単な言葉が出てこなかった。 彼はジョッキを置いて言った。 「今日このあとだけどさ、タカノブ」 おずおず顔をあげると、妙に真剣な彼の顔があった。 「どうかな?」 たかだかセックス。 プロポーズ仕組むような顔しなくったっていいじゃんか。 オーライ、と俺は頷いて見せた。 ばかだよなあ。 こんなに嬉しいのに、そっけない素振りの俺。 くちびるとくちびる。 からだとからだ。 指と指、足と足。 髪の一本まで絡まった。 縄をぎゅうぎゅうしめるみたいに。どこまで隙間なくくっついて限界までねじりあえるか。そんなくだらない遊戯に夢中になるみたいに、一晩中ベッドの上。 俺はさ、放り出されたあんたのスーツだって大好き。 皮膚と皮膚。歯と歯。肉と肉。 どこまでひとつになれるんだろう。 潰されそうになりながら思ったりする。 こんなに重ねあって絡まりあって離れないくらいに。ねじり食い込みあった縄が一本に見えるみたいに。俺たちはそんななのに。 なりきれない。 超えられないのは、 肉体の壁なのか、 理性の限界なのか。 それとも、 それとも。 俺の中で射精を終えた彼は、余韻をすこし楽しんでから、ゆっくりと離れる。 完全に分離する俺たち。 保守的なゴムを手際よく取り払って、中に溜まった自分のコドモに残酷につきつけるお別れの指きり。きゅきゅっ。ぽい。 たとえば俺が女なら、こっそりそれを持ち帰って、自分で、自分の奥に垂れ流しちゃうなあ。 まだ生きてるかななんて、不可視サイズのあんたのコドモをうかがいながら。 そうして既成事実つくりあげちゃって、ケッコンしてって言ったら、断れないのがあんた。情けなく頭をたれるだろう。まあココが自分の限界だって、思うだろう。 だけど俺はあんたの限界点にさえなりえない。 「ね、次、いつ会える」 彼の背中を見つめて言う。 彼は間抜けな声で返してきながら、頭を掻いた。 「二週間後、いやあ、一週間後かな。こっちから連絡するよ。また」 「そう」 そっけなく返す。ひとりぽっちのときだってそっけない顔なんてしながら、それでも携帯片手に、それが震えるのを待ちわびてる自分がとても容易に想像できる。毎日そう。 毎日、毎日、 毎日、 毎日。 これが震えるのが、あんたの性欲がたまりかねた瞬間だって、わかってる。だけどそれを思うとまた興奮する。 たまって熱くなってしまったそれを、吐き出させてやりたい。俺の体で。俺の体に。迸らせて欲しい。 「エーイチ」 爪先にシーツをひっかけて、彼の腰をつついた。愛してる顔が振り向いた。 濡れた唇で囁いた、俺。 「もうイッカイ」 前、 女と歩いてるあんたを見たよ。 いや、わかってたけどね。だってもとから、言われてた。 「俺、恋人いるんだ」 だけど思ってたよ、確信じみて。 その恋人より、俺を好きだろうなって。根拠なんざないけどね。 だって俺はこんなに好きだよ。 いい男って言い切れないくらいのある程度な男前。情け弱い優男。それでも、それでも。 俺を見てくれるのはあんたしかいない。あんたはなんてステキだろう。 俺のためにあるあんた。そんな気がしてた。 ずるずる、ずるずる、カラダの関係。それだって、あんたのための俺、同時に、俺のためのあんた。 こんな関係が、崩れるわけはないと。 思ってたから、やりすごせたよ、 女と歩いてるあんたを見てもね。 * 「進級できた?」 ホテルに入る前のディナー。彼は必ずエスコートした。 腹が減っては戦はできぬ。その信条かとずっと思っていた。ホテル代だってむこう持ち、食事代もむこう持ち、悪いからと言って出そうとすると、強く拒まれる。 「俺が呼び出したんだから」 でもさ、会って、求め合うのは、フィフティフィフティと思うわけ。 代価をまったく支払わないで得られる俺は、いつかそれを責められるんではないかと怯えてる。言葉でなく金でなく、なにか。 今日も今日で飲み屋で食事を取る最中、彼は言った。「単位が足りなくてどうの、って、言ってたじゃないか」 「ああ」チャーハンをかきこみながら俺は憮然と頷いて見せる。「大丈夫。進級はできるよ。卒業はわかんないけどね」 彼はそっと眉をひそめた。 「なあ、俺とこうして会うのが、もしかして負担になってるんじゃないの」 驚いた。ここまでこいつは優男だったのか。けらけらと笑って、俺はビールを煽った。 「そんなわけないよ。勉強するしないは俺の勝手だし。エーイチを挟むことじゃない」 「だったら、勉強がんばれよ」彼は怒り調子だった。「自分のことなんだぞ。俺は助けてなんてやれないぞ」 どん、とジョッキを置いた、俺。 「わかりきってること言うなよ。言われなくても、自分でいいようにやるさ。エーイチの助けなんていらないよ、何も」 「……」 そうかと彼は笑う。眦のぴたりとした、やけに情けない笑い顔をする男。 「それだけが、心配だったから」 「心配、シスギ」 「そうか」 彼はまた、黙々と食事を始めた。 そうしてまた、別れ際。 ホテルに行くのかと思ってた。 俺はもう帰るよと彼は言った。 立とうとしたテーブル席に、また納まる。 だったら、そうやすやすと、このイスから離れらんないね。 あとちょっとでも、あんたと居たい。 「それでな、タカノブ」手元で伝票をまるめて、彼は顔をあげなかった。「これからのことなんだけど」 「ナンだ」 やっぱりホテル、と俺は小さな声を弾ませた。 やっと彼が顔をあげる。 やっぱり情けない顔。 とことん三枚目。 「俺、結婚しようと思ってる」 いくら、俺がバカだっていってもね、 その相手が、「まさか俺?」なんて、思うはずもない。 コイツの隣にいた女を思い出す。だけど思い出せないよ、顔も体型も。 ただ、ゆたかな黒髪だった。 俺も黒髪だから、コイツは黒髪が好きなんだろうなあとぽつっと思ってた。染めようとして買ったヘアカタログも、その日から見なくなった。 あー、と間抜けな声で、俺。 へらりと笑わせた口元。その後、どう動かせばいいのかも分からなかった。 腐った笑顔の垂れ流し。 「うん、うん。そうかあ」 しばらくしてやっと言えた、頷いて。 「あの、ずっと付き合ってたヒト?」 「うん」 安堵したように彼も笑った。 笑うなよ。 毒づいた。 どの面下げて、笑うわけ。 あんた、目の前にいる男を、なんだと思ってるわけ。あんたのなんだと思ってるわけ。 「もっとも、ちゃんと決めたわけじゃないんだ。でも、一応、婚約をな」 「あんな女のどこがいいの」 彼は目を丸めた。彼女を知ってるのか、と訊く。 「あんたといるとこ、見たよ。長い、黒髪のだろ。顔はあんま覚えてないよ。だからこれといった美人じゃなかったんだろうね。そんなとこが、まああんたにお似合いだとは思ったよ」 彼は頭を掻いた。それから、くすぐったそうにした。 「たしかに美人じゃないけどさ」 「カラダが良かったの」 ちらりと俺を見る。彼は子供のようにそっと首をかしげる。 「相性はいいよ」 顔面に水をぶっかける、夢想を、した。 吐こうとしていた毒が膨れ上がりすぎて俺のなかで割れてぶちまけられてしまった。すみずみまで巡ってくる苦いもの。 「あんたさあ」くっくと俺は笑って、卓に肘をなじりつけた。「俺とあんなにやってたのに、彼女ともやってたの」 「お前とあいつとは、別物の気がする」 「なるほど」そうですか、と俺は水を飲んだ。歯の裏側を舌で舐める。舌打ちをごまかした。口の中がしょっぱい。耐えた涙が逆流してくる。 だってさ、俺だけじゃないんだってさ。こいつが抱いたの。 俺の知らないカラダなんか抱いて、突っ込んで、どっかの誰かと汗水流したんだってさ。 指先で触れてなぞって、甘い言葉だって吐いたんだろう。 絡まりあった? 俺と以上に? そんなん無理だ。あれ以上はない。絶対ない。あれ以上愛し合うことなんてできない。 「俺と彼女と、どっちがヨカッタ?」 閉口して、彼はまいったなと俯く。情けない素振りをみせる。 「比べるもんじゃないだろ」 「比べるもんだろ」押し込むように言っていた。「く、ら、べ、る、も、ん、だ、ろ」 鼻を啜るようにつまんで、彼は苦い顔。 結局、彼はなにも言わなかった。 それっていうのは、俺のほうが劣っていたと。いや、でも、口にすることはどちらにしろ、もう一方を貶めることだからと、たとえ俺の方がヨクても、この優男は結局言わなかっただろう。 「だけど俺のカラダ、良かったろ」 彼は慌てて四顧した。飲み屋は相変わらずのざわつき。一人身の常連でもなければ、こんな二人組みの会話なんて聞いているはずがない。 彼は座り直すと、咳払いをするように喉を鳴らした。また、なにも言わない。 「なあ、それでさ、あんた、そんなこと言ってさ」 頭の後ろでなにかがカチカチ鳴ってる。 時限爆弾。 言葉尻ごと、強くなる。 激しく振る秒針。 「俺とどうしたいの。別れたいの。それとも、愛人契約? それだっていいよ、俺は」 「別れたい」 あんなに優しいくせにさ。あんなに優しかったくせにさ。 即答なんてしなくったっていいじゃんか。 あれほどさ、プロポーズじみて、エッチしたいって、あんた、何回言ったよ? 俺に、何回言ったよ? 何回セックスしたよ? 何回キスしたよ? 何回俺をかわいいって言った? 何回俺を褒めた? 何回俺をその気にした? だけど好きって言ってくれないのは、恋人に気を遣ってかなって、ずっと思ってたよ。 バカ正直なあんたのことだもん、ただ、本当に、 「俺を好きじゃなかったってことだろ?」 そういうわけじゃない、と彼は即座に返してきた。真剣な目、真剣な声だった。 ああ、そうか、こいつは一応、俺のこと、好いていてくれたんだな。俺はそう思った。 だけどそれ以上になにがある? そのむこうになにがある? なにを感動する? なににありがたがる? 俺はなににありつける? 言葉だけ残してくれたって、あんたをなくしただけで、俺にはもうなんにもないじゃないか。 ひどい失恋。ばかげてたけど俺はあんたを愛してた。 限界はあった、閉塞感もあった、わかってた。気付かないふりだけはしていた。 希望もあった。 あんたにとって俺は誰彼以上であると。 俺にとってあんたがそうであるように。 でも、抱き合ってキスして押し付けたあんたの背の、ひやり冷たいホテルの壁が、俺の限界だったみたい。 end
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