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「ここに来る意味をわかってるよね」 内容とは裏腹に穏やかな問いかけ。 それに「はい」と答えた俺の声は、本当に震えていなかったのだろうか。 * 本採用の前、最後の念押しとばかりに事務所でDVDを見せられた。事務所、売春斡旋業者、ウリ専派遣会社、どう言い表しても意味する所は同じ。 数秒の砂あらしの後、大画面の液晶テレビに登場したのは、カッターシャツにネクタイ姿の男子高校生だった。広いベッドの上で、両手を拘束され、いたぶるように徐々に服を脱がされ、髪の毛もわし掴みに奉仕させられ、たまに殴られ、最後は犯されていた。 できの悪いAVのように喘ぐことなどない。 少年はその顔を白く汚し、最初から最後まで泣いていた。 映像が終わり再び砂あらしに変わって、採用担当者に「大丈夫?」と聞かれた。 なにが大丈夫なのだろう。耐えられるか、という意味で尋ねているのだろうか。だとしたら耐える以外にないのに、どう答えればいいのだろう。 結局「はい」とだけ返事した。 採用通知と初仕事の依頼は同時だった。 ここで働くと決まった途端、初めての相手も決まったわけだ。躊躇する間もなかった。 そうして、指定されたこの洋館にたどり着く頃には、覚悟らしい覚悟は決まっていた。 通された先は、広々とした洋室。足裏に感じる絨毯の弾力。しばし立ち止まっていたら、背中を軽く押されて、中へと促された。 改めて部屋を見回す。 家具は造りつけ。絨毯からカーテンから壁紙まで、統一感のある内装はモデルルームじみていて、生活感あるいは生活臭というものが一切ない。 「初めてのわりに落ち着いてるね」 穏やかな言葉に、俺は振り返る。 改めて、相手と向き合った。 落ち着いて、いるのだろうか。分からない。 無言で居ると、男がゆっくりと歩み寄ってきた。 初めて対面したとき、男のあまりのまともさ加減にひどく驚いた。 黒く豊かな髪、鼻筋の通った精悍な顔、背筋の伸びた長身。30代、だろうか。 この人なら、放っておいても、相手に事欠かなさそうなのに。 男の手が伸びてくる。 視線で追っていると、それは俺のネクタイの結び目にたどりついた。 今日の俺はシャツにネクタイの制服姿。 そう、あのビデオの中の少年と、同じ。 爪の形が良い人差し指。それが結び目に食い込むと、首の後ろに微弱な負荷がかかり、やがてしゅるりとタイが解けた。 まともに見えるこの男も、やることは同じなのだ。 この穏やかな顔で、穏やかな声で、俺を殴ったり首をしめたりし、そして犯すのだろう。 そう、若い男の派遣を望む者たちは、なにも恋人を求めているわけではない。手っ取り早くやれる相手、多少手酷い扱いをしても問題にならない相手を探しているのだ。 少年は最初からやめてやめてと泣いていた。だが不思議にも、タイを抜かれ一つ目のボタンを外されても、俺はやめてという気になれなかった。 覚悟か、諦めか――諦めかな。 ぼうっとそんなことを考えていると突如「つまんない」という呟きが頭の上に落ちてきた。 顔を上げると、男が眉も唇も八の字に垂らしている。こんなひょうきんな顔もできたのか。 「泣きも震えもしないなんて。怖くないの?」 怖く、ないのかな。殴られ、蹴られるくらいならおそらく平気だけれど、 「くび、絞められたら怖い、かも」 間髪いれずに男が「なにそれ」とからりと笑った。そんなことしないよ、と。 やがて男はくるりと背を向け、俺から離れていった。 訳の分からない俺は、脱がされかけたまま、見送るしかない。 そして男はデザインも瀟洒なテーブルの上にある電話を取り上げ耳に当てながら、 「君、紅茶は好き?」 * 繊細な模様の施されたカップを手に取る。強く握ればぽろりととれてしまいそうな華奢な造りが未だに怖い。 俺は一口飲んだ後、 「セイロン、ですか?」 男は、待ってましたとばかりに喜んだ。 「残念、オレンジペコセイロンだよ」 「オレンジ、?」 「オレンジペコとセイロンのブレンド。残念だったね」 男はこれが証拠だと、てのひらサイズの黒い缶をこちらに押して寄越した。英字ばかりで俺には読めないが、この紅茶の茶葉なのだろう。 俺はあの日から、呼び出される度に、この洋館でこの男と紅茶を飲むようになった。 毎回毎回種類の違ういろいろな紅茶を飲んだ。 春には塩味のきいた桜ティーを、初夏には後味爽やかなハーブティーを。 目にも華やかなティーセットでお茶を入れてくれるのは執事でもメイドでもなくこの男自身。 男は相当紅茶に凝っているようで、お湯の温度を確かめたり紅茶を注ぐ前にカップを温めたりと余念が無い。紅茶を蒸す時間を、キッチンタイマーで計る人なんて初めてみた。 同性相手に変な話だが、その所作はとても優雅で当分目が離せなかった。 紅茶ばかり飲んでいられないから、合間にケーキも食べた。そうこうしているうちに、俺は、紅茶の種類が飲み分けられるようになっていた。そうなると男は戯れに、俺を試すようになった。ちょうど今のように。 「ブレンドなんて、ちょっとずるい」 悔しさがこぼれる。 「お、今のいいかも」 こっちは納得いかなくてむくれてるのに、うれしそうな声を上げられて、俺は男をムっと見上げた。 「その、ちょっとすねた感じ、いいね」 「え、?」 相変わらずこの男の話は唐突すぎてついていくのが難しい。それをいうなら、紅茶を飲みましょうというお誘いも十分に唐突なものだったが。 「すねてみたり喜んでみたり」 男の手がこちらに伸びる。 デジャ・ビュ、じゃない、これは。 爪の形がきれいなことには初日に気づいた。 その後関節と関節の間が長いことだとか、血管がうっすら浮いている様が色気に満ちているだとか、小さな発見が増えていった。もう後知らないのは。 「そろそろ、食べごろかな」 さらりとしたてのひらが頬に触れる。 柔らかい、あたたかい。 とうとうこの日俺は、男のきれいな手の、感触を知るに至った。 了
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