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そのひとから初めて電話があったのは、二月二十二日。三月一日の卒業式の、ちょうど一週間前だった。 「S学園生徒会の者です。卒業生に送る花束を用意して頂きたいのですが」 凛としていて、透き通ったきれいな声だった。 「ひとつ二千円の花束を五つ。従来通り、前日の夕方に取りに窺いますので」 はっきりとした口調には無駄がなくて、あたしが何かを聞く前に、すらすらと答えを教えてくれた。 そうしてあたしは、一目惚れならぬ、一耳惚れをしたのだった。 この文章を読んでるひとは、きっとこの一人称、『あたし』を見て、『えっ女の子が主人公なの?』と思うかもしれない。てか絶対思ってるよね。 その中にはもしかして、『オカマさん?』って思ったひともいるかもしれないけど、あたしは正真正銘の女のコだ。名前は花子。花屋に生まれたから花子。 うん、この名前は実を言うとあんまり、気にいってない。安易すぎるから。けどまぁ、名前が花子だからグレてもいい、なんてほど世の中も甘いもんじゃなくて、あたしはすくすくと育ち、この春高校生になった。特別賢くもないけど、バカでもない普通の高校だ。たまに、こんな安易な名前をつけたお父さんの頭の毛を二三本むしりとってやりたい、なんてことは思ったりするけど、それ以外はとりたてて悪いこともしたことがない。万引きもピンポンダッシュも無賃乗車も。 なんだか話が逸れたけど、つまりあたしは一人娘として大切に育てられて、今では店番もちょくちょく手伝ってあげてる、と、こうゆう話だ。 けど、最初は店番なんて嫌だった。大したお駄賃がもらえるわけじゃないし。だから店番をしなきゃいけないときは、かなりダラけてた。町の小さな花屋だから予約の電話が入ることだってそんなにないし、電話があったって数分で終わる仕事だ。やりがいがない。けど、そんなあたしを変えたのが、あの日、二月二十二日の電話だった。 あの綺麗な声を聞いてから、あたしは彼に会えるかもしれない二月二十八日がすごくすごく、待ち遠しかった。本当に綺麗な声だった。だからきっと顔も性格も、全部澄み切ってるに違いない。 けれどツイてないことに、二月二十八日は卒業式の予行練習で、音楽の先生が『三年生と校歌を歌うのももう最後なんだからもっと大きな声で!』なんて張り切って練習が長引いて、息せき切って帰ってきたら、ほくほくした顔のお母さんがエプロンを外しながら言った。 「今回のS学園の生徒会の子、すごく感じよかったわよ、礼儀正しくてかっこよくて。前の桜井君もかっこよかったけど、でもあの子何言ってるかイマイチわかんなかったからね」 ガクリとうな垂れるあたしにお母さんはエプロンを押し付けると、「店番頼んだわよ、どうせ誰も来ないけど」とさらりとネガティブなことを言って店の奥へ消えた。 会えなかった。けどまだ望みが消えたわけじゃない。 彼が生徒会だということはわかってる。花束を予約するS学園の生徒会の男の子は、毎年卒業シーズンに代わっていくのだ。この前は桜井、とかいう髪と目が灰色の男の人だった。ロシア人のクォーターとか言ってたけど、どうにも信じられない胡散臭いひと。去年の卒業式の数日前に桜井さんから予約の電話があって、それ以降、送別会の花束だとか、離任式用の花束だとか、ことあるごとに電話があった。すべて桜井さんから。 そう、だからきっと、離任式や送別会用の花束の予約をするのも、きっと、あの綺麗な声のひとに違いない。チャンスはまだ何度でもある。そしてそのひとつがまた、迫ってきていた。 「花束をひとつ、五千円程度で頼めますか」 その電話があったのは春も半ばの夕暮れ。一も二もなく承った。 彼の電話の予約は、いつでもきっちり一週間前に入る。そしてその日は土曜日だったから、あたしは今度こそ彼に会えると思って、できる限りのお洒落をして店番に挑んだ。そしてその日の夕方、午後四時半。 「予約した寺尾ですが」 そう言って店に入ってきたのは、細いフレームの眼鏡をかけて、制服をきっちりと着こなし、しゃんと背筋を伸ばした男の人だった。 「花束、できてますか」 かちゃり、とゆるやかに左手で眼鏡のフレームを軽く持ち上げる。その指も動作も、もちろん声も、何もかもが完璧に洗練されていた。 「あの、花束は」 「あ! は、はいっこちらに!」 寺尾さんの表情が少しだけ曇ったのを見て、慌ててお母さんが作った花束を差し出す。 「ありがとうございます」 「あっ、ハイ、エット、よ四千八百五十円になります!」 鞄から学校からもらったのだろう茶封筒を取り出し、紙幣と硬貨を取り出す長い指。少しだけ伏せられた目蓋に、長いまつ毛、頬にかかる黒い髪。……すごい、想像以上。そうやってまじまじと見ていたら、 「……あ」 寺尾さんの薄い唇からぽつりと声が漏れた。 「え?」 「十円足りない……」 「え……」 見惚れていたあたしにとって予想外の言葉が飛び出して、一瞬意味がわからなかった。けど、あたしの思考回路は今までにないほどのスピードで働いてくれた。 これはチャンスよ、彼に十円の貸しを作ることができる! そんで『また今度お会いした時に★』とにこやかに微笑んで彼の中であたしの株がアップ、S学園は男子校だから彼だってきっと女に飢えてるはずだもん、清楚そうに見えても男なんだから、うまくいけばこれがキッカケでもしかしてもしかしてもしかすると彼女に! あたしの脳みそはそれだけはじき出すと、即座に実行に移せと命令した。 背筋をピンと伸ばして精一杯の笑顔を作って、寺尾さんに話しかける。 「あ! あのっ! まっまた今度お会い……」 「おい秋場! 貴様またなんか余計なもの買っただろう!」 話しかける……途中で、寺尾さんがドアの方へ向かって吠えた。とても洗練されたなんて言えない、荒々しい声で。 「こっちに来い秋場! この封筒には手を出すなと言っただろうが!」 「え、え、あの、また今度お会い……」 「ったくよぉー、寺尾のテラちゃんは花束もひとりで買えねえのかよオイ」 そして現れたのは、寺尾さんよりずっとの背の高い、ひょろりとした目付きの悪い男だった。いかにも面倒くさいという風に後頭部をがしがしと掻き、床を靴の底で擦りながら店に入ってくる。 「貴様にテラちゃんと呼ばれる筋合いはない。とっとと十円だせ。どうせ貴様が使ったんだろう」 「あーハイハイ十円如きで怒るなよ、ちょっとチロル買っただけじゃねぇか」 「花束代でチロルを買う神経が信じられん」 「あーうっせ」 秋場と呼ばれたその人は、やはりダラダラ面倒くさそうに尻のポケットから長財布を取り出し、十円玉をぽいとカウンターに載せた。 「まじめんどくせえ、なんで生徒会はたかが吹奏楽部の演奏会なんかに強制参加なワケ? しかもたっかい花束持って」 「秋場、貴様が持て」 「ああ゙?……っあーコイツもうぜーしよ、もーマジ最悪」 「それは俺の台詞だ」 あたしが渡した花束をひょいと秋場さんが肩に担ぐようにして持ちドアに向かう。その横に寺尾さんが並ぶ。秋場さんがやたら背が高いのかしてその身長差、十センチほど。 「だいたい何故チロルチョコなんだ」 「お前チロルをバカにすんなよ、きなこ餅とかあんだぞ」 「黄粉餅? 何故チョコが黄粉餅なんだ。黄粉餅を食べたらいいじゃないか」 「ハイもーナシだ、以上だ、アホと話をするのは疲れる」 「貴様の方が馬鹿だろうが!」 「誰が馬鹿だてめぇ言わせておけば!」 そしてふたりはすごくすごくくだらないことで口論を繰り広げながら、店を出て行った。ぽつんとひとりレジに残されるあたし。 ……なんていうか寺尾さんって、思ったより熱いヒトなんだな。そんで、礼儀正しくて賢そうなのに、ちょっと馬鹿みたいだった。 「……あ、ありがとうございましたー……」 今頃ぼんやりとお決まりの挨拶を呟きながら、急激に気持ちが覚めていくのがわかった。そして、心のもっと奥の方で、別の何かが芽生えるのがわかった。 「あのふたり……」 萌え!! (新たなる道を踏み出した(踏み外した)花子) 了
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