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俺は自分の気持ちくらい自分でコントロール出来ると思っていた。駄目なら駄目で、良くは無いけれどまァ仕方のないことだと割りきれるとも。 だからいい加減諦めればいいのに、と思った。それが俺の気持ちなのか、遼の気持ちなのかはわからないけれど──そういう打算が常にいつも俺にはあったのだ。 「荻上、それ、美味い?」 なんて訊かれて──それとはいったい何のことなのか、俺には一瞬わからなかった。…うまい? 馬い? 上手い? 旨い? ベッドの上で裸になり俺にされるがままになっている遼は紛れもなくマグロであり、その『うまい?』が指し示すものが、俺が執拗なまでに舐めたり吸ったり甘噛みしたり口の中で可愛がるように転がしているこいつの左胸の乳首だと漸く頭が追いついた俺は、数分ぶりに顔を上げる。顔を上げると──ふざけたことに、遼が超真剣に『いちごミルクとか出たら面白いのに』みたいな顔で俺を見ていて、 「舐めてるといちごミルク味とかすんの?」 と、やはり真面目な顔で、まじでそんな馬鹿なことを訊くので俺は遼によって頭から冷水を浴びせられたような気分になった。凄い以心伝心。俺の運命の相手はきっと世界中どこを探しても、絶対、こいつ以外に存在しないに違いない──それが報われるかどうかはまったく別として。 「…いちごミルク味はしねえな」 「んじゃ何味?」 「いや無味無臭だけど」 正直に事実だけを告げると、不思議そうに首を傾げる。くそ、可愛いな。美少年はどう振る舞っても可愛いから狡い。そんなこいつはおそらく、じゃあなぜ執拗に乳首を舐めたり云々するのだろう、とか──酷いことを考えているに違いないのだ。その証拠に、遼の身体はいくら乳首を可愛がろうと鳥肌をたてるだけで、一向にちんこは勃っていない。愛撫されて鳥肌たてるって何なのこいつ。俺を泣かせたいの。 「ちくしょう、おまえ、マグロならマグロでいいからマグロらしく蕩けろ」 どこぞの淫乱のように乳首だけで射精しろとまでは俺は望んではいないのだ。でも吸い付きすぎてやや赤く腫れた遼の小さな乳首は、俺の唾液にまみれたあと外気にさらされたせいで不快げに震え、更に、痛えんだけど、と非難のみを俺に訴えている。そしてマグロであるところの遼は、 「あは、悪かったな。スジだらけの切り落としで」 「どこだそれは」 「安い赤身」 と、俺の額にひとつリップ音を落としてからくすくす笑った。 「でも赤身は赤身で俺ダイスキだからな、遼」 「何の話だっけ」 「あ? マグロの話だろ。今度うまい寿司食いに連れてってやるよ。舌に乗せた瞬間にまじで蕩けて消える本マグロのすげえ大トロ出す店」 言いつつも、いえいえ魚の話じゃねえんだよ馬鹿野郎。などと思って嘆息しそうになり──だけどそんなことをすれば遼はもう俺に抱かれてくれなくなるかもしれないので、誤魔化すつもりでキスをする。俺の知る遼は間違いなくマグロだが、わりと、というよりも、実際非常に積極的に、キスには素直に応えてくれる。軽いキスには勿論のこと、こういう──深いキスにも。 「んう、…っん、ぅう…──、ふ」 やべえ超可愛い。目を閉じる、遼の口の中に入り込んだ俺の舌に絡みついてみたり、それこそ、吸い付いてみたり。俺は遼の舌先に甘く噛みついて、上顎の歯の裏筋を丁寧になぞってみたりする。鼻で呼吸をすることを、遼に教えたのだって俺だ。口内の頬裏、口の中は身体の内側なのだと、普段ふつうに生活していても自分でさえ歯磨きくらいしかさわらない──そこに自分の意思とはまったく関係のない、予測不可能な動きをする他人の舌が這いまわることがどういうことか、だからその度に防げない快感が生じる。刻みつけたその感覚を、遼は脳と身体の両方で上手く覚えそして好んだ。 「ふ、ぁ、っ…う、ぅう、」 呼吸と共に漏れでる声がどこかまだ必死さを残していて、堪らなく煽られる。 「遼はキスなら蕩けるなー…」 思わず1度唇を離し呟きがてら笑いを噛み殺す。いやだもっとと、遼の舌は言う。 「ん、キス…すげえ、好き、」 「あァもォ何なんだよおまえその蕩けっぷり…!」 まじで! マグロのくせしてキスのときだけ特上の大トロかよ! と、オッサン臭いことを考えて、俺はもう1度その唇を吸い上げた。ちゅ、と、何とも愛らしい音が、水気を含んで慎ましやかに鳴る。 「なァもっと、…キスしたい」 ねだられてつい言いなりになりたくなるけれど、でもキスだけで満足できる程──俺は綺麗な人間じゃあ無い。もっと身勝手で、ずっといやらしい。何なら貪れるだけ貪り尽くしてしまいたい、気を抜くと飢餓感に丸呑みされて例えばもしも遼に泣かれても嫌がられてもおとなしく聞いてなんかやらないで、いっそのことめちゃくちゃに壊したくもある。そんな俺の雄としての狂暴さは知られたくも押し付けたくも、無いのだが。 「あ、…っお、ぎうえ……っ」 喉許に顔を埋めてやれば遼はそのこそばゆさに息を詰め、間も無く、俺を呼びながら身を捩る。喉の薄い皮膚を軽く抓るくらいの強さで甘く噛むなり──僅かな痛みを感じ取ったのか唇を引き結んで俺を睨み上げてきた。咄嗟に逃がれようとするも、俺の真下に組み敷く華奢な身体の足掻きなんて殆ど何の意味も成さない。この状態で遼が自力でまともに動かせる部位なんて所詮、その、キスをねだっていた唇くらいだ。 「っ…んん…荻上、 っや、だ」 「痕つけてねえよ、まだ」 「ほんと、かよ…あ、…っ!」 喉許やら、ふつうの服で隠れないところに痕をつけると怒るので、俺はきつく吸い上げてしまいたいのを我慢して──ただ、舌でなぞるだけにとどめる。 鬱血痕。キスマーク。裸で俺とセックスしたのだと何も知らない他の人間に思いきりアピールしたい。ほんとうは。しかしそれをどうしても嫌がる遼の切実さも俺はよく知っている。俺だって好きな相手の嫌がることを平気でするような──余裕の無い男にはなりたいわけじゃあ無い。その健気な自制心をこいつは知っているのだろうか。知っているその上で自制を強いているとしても別に不思議ではない、というか、むしろ遼がわかってしているだろうことは想像に容易いが、せめて──もう少し、だけでいいから俺に優しくして欲しい。俺は途方に暮れながら、再び喉許から少しずつ下がってゆき、先程とは違い鎖骨より下へ寄った場所に吸い上げるキスを幾つも繰り返す。 「ちょ…、おま、っ…吸い過ぎ、…っ」 「だァから、痕残る程吸ってねえよ。逐一騒ぐなって」 「だって…っ見えな、い、か、らっ…ぁ」 要するにまるきり俺を信用していないのだと。 まったくもって──心底、酷い奴だよ、遼、おまえは。 俺はすっかり怯え小さく震えている遼の髪を優しく撫でた。柔らかくて冷たい。密着している肌同士が限りなく近く触れていても──それでも寂しいとは感じるけれど嘘でも不快だと思えるわけがなかった。遼の冷たい手が俺の首にまわされその感触が嬉しくて内心のたくっていると、遼は舌先で俺の唇を仔犬のような仕種で舐める。そのあざとさに呆気なく降参した俺が口をあけてその舌を深く吸うと、遼は満足気に目を細めた。最初から、勝利する手段など俺には無く、翻弄されるのは必ず俺のほうなのだから。 「っふ、ふは、」 息継ぎのその合間に遼が笑う。ケツ穴に舌を捩じ込みながら、俺はいつもここでこんなふうに笑いだす遼の残酷さを受け止めて、くすぐったい、と言う声を無視してぐちょぐちょになるまで舐めまわす。そこは遼のなかだ。入り口もその周りも浅いナカも、舌で届くところすべてに唾液を流し込むように舐めた。 予め熱い湯を入れたマグカップのその中、沈ませておいたローションの小瓶を取り出し蓋を開ける。中身を手のひらに垂らせば、それは丁度良い温度と粘り気をもっていて、俺はそれをたっぷりと指に絡めながら遼の入り口に宛がった。 「指、挿れるぞ」 遼の返事を待たずに初めは1本だけ指を差し込んだ。瞬間、ついさっきまで笑っていたとは思えないくらい遼が身を固くする。ぎゅっ、と絞られた括約筋に、痛くは無いが、抵抗される。 「こら、遼。力抜けよ」 「っ…ふ、……ぅ」 「深呼吸。な?」 遼は小さく頷いた。俺の目の奥を見詰めながら。 「う、う、あ、うっぅ、っふ……」 「よしよし。いい子だ」 「や、ぁ…っあぁ…」 深く呼気を吐いた隙に2本めの指をゆっくり沈みこませ、異物感に震える遼の頭を片手でよしよしと撫でてやると、そんなに小さな子供じゃあ無い、とでも言いたげに遼が僅か、首を横に振った。俺は少し、笑う。 「そうだよな。小さなガキはこんなことしねえもんなァ」 でも撫でるのは許して欲しい、と思う。撫でたいのだから。というか撫で心地の好い遼の髪と、可愛らしいとしか形容し難い顔と、未だ不安げに揺らぐ瞳と、未発達な身体、そういう、遼を象るすべてがいけないのだ。 「遼。口開けろ」 「ん、んんっ…──はっ、ん、あっあっ…」 素直に応じる遼の舌に甘噛みひとつ、それから蕩けるような深いキスをし合う。うっとりと俺の舌に舌を絡めてくる遼はひどく煽情的で俺の下半身に熱が集まるのがわかった。 「ふぁ、っあ、う…キス、もっと、ぉ……、んんっ」 「いくらでもしてやるよ」 「ん、ん…っふ、ぅう…、っ…んう、…っは、」 頬を自然、紅潮させ尚も俺の舌を吸う、遼の甘く蕩けきった表情に、結局俺は拒めずに何度だってキスをする。 愛撫は鳥肌をたてる程も嫌いで、キスは蕩けるばかりに好きで──なんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか、と思わないわけでは無いけれど、それで遼のこんな姿を見られるのなら他には仕方がないのだろう。きっと。たぶん。 「んぅう…ふ、…んっんん────あ、あっ…、ふ、っ……あぁあっ!」 キスに夢中になっている遼のナカに多少強引ではあったが3本めの指を捩じ込んだ。それだけでびくり、と怯える華奢な身体が弓形に反った。俺はもうなるべくはやく遼とひとつになりたくて、しかし遼を傷つけることはもっとしたくなくて、ぐちゅぐちゅと、泡立つローションと唾液の音を響かせながらも決して無理はしないよう、気をつけて気をつけて、慎重に慎重を重ね遼のナカをひらいていく。不慣れとは言え初めてでは無いので遼は異物感の気持ちの悪さに悶えながら呼吸を整えようと必死になっているようで、どこか苦しげに眉根を寄せて身体中をはしる感覚を、逃すみたいに荒く深呼吸を繰り返す。 「ひ、ひう、ううっ」 「もう少し付き合えよ、遼」 「うぁっあ、ひ」 遼のナカから指を引き抜く、そのついでに前立腺を軽く引っ掻いて、から、とうに怒張している自身のちんこをその穴にぐい、と突き挿れていく。遼の喉からひゅうひゅうと、まるで子供がしゃくりあげながら静かに泣くような、そんな、いじらしい音が零れ落ち、俺は大人として最低なのだろうひどく興奮をおぼえては遼の唇を吸った。 「あッ…あ゙ぁあっあ゙っああ…っっ」 ずん、と重い音がしてもおかしくないくらいに一気に最奥まで挿入すると、遼は涙混じり悲鳴にも似た声をあげた。 俺の形になっている遼の内部が柔く収縮するようになるまで少し待つ。その間にも遼が不安にならないよう幾度も唇を寄せては離した。 「そろそろ動いていいか」 「…っや、ぁ…っだ、っまだ…ッ」 「動くぜ」 悪ィな、俺はとっくに限界だ。 「あ゙ぁああ゙あっ…!」 余裕の無い男になりたいわけじゃあ無い、というのは、つまり事実として俺が余裕の無い男だからだった。俺は決して逃さぬようにきつく掻き抱いた遼の身体に、その内臓に、痛い程勃起しているちんこを叩きつけるようにスライドする。ほんとうに痛い思いをしているのは俺よりも遼のほうなのだと知りながら、しかし押し挿入ったナカは柔らかく蠕動して、目が眩むような快感を与えてくれる。 「ぁひっ、ぐ、…──あぁあ゙っ、あ゙あ゙ぁ…ッあ゙」 いつの間にか遼は両腕を組み顔を隠して叫んでいた。ぐ、と、歯を食い縛り、ただ痛みに耐えるために喚く、叫ぶ、その声は決して快楽に溺れた矯声では無い。 「ひっゔくゥあ、っ…ちゃ、…──に…ちゃ……っ」 兄ちゃん。と、苦しみに喘ぎながら掠れ呻く遼の、意識的か無意識的か、呼ばれる名前は俺のものでは全然無いのだ。俺のちんこが挿入っているそれだけで、もういっぱいになってしまう遼の穴のナカでごりごりと前立腺を擦り上げては剥がれいく粘膜同士がそこでひとつに混じり合う──合っていると、いうのに。 「遼、なァ顔見せろ。遼」 否応無くぶつかり合う身体にどうしても、体格もその重量も俺より遥か劣る遼の薄い肩が誘導されるがまま激しい揺さぶりに前後する。俺は腰を動かし続けながら、遼の耳朶を1度だけ食んでから耳の穴に直接囁く。 「腕どけろ、邪魔だ」 そうしてそこに──遼の耳の中に、舌を入れて舐める。 「ぅんっあっ、」 途端に身震いをした遼がまた跳ねた。感じたから、というより単純に驚いたのだろう。 「遼。腕」 同じことを再び繰り返すと遼は震える手でおずおずと顔を晒し、そして俺の背中にその手をまわした。俺が遼にとっての1番になり得ないことくらい重々承知だ。でもだからって遼の最愛の兄貴はここには居ないのだとそれくらいわかっていて貰いたい。 「、んんう、耳…いや、だ…」 「あ?」 「あっ…だ、からっ…耳っ舐めちゃ、…あ、ぁあっや、ぁ」 変わらずに律動し続けている俺との繋がりよりも耳に直接流し込まれる唾液のくちゅくちゅとした水音に漸く遼のちんこが反応をし始める。 「耳? 好きだろ?」 「ひゃ、う、あ、あっあ、うぁ、ああ、」 俺はすかさず遼のまだ半勃ち程も勃っていないちんこを握り締め、それを上下に擦りたてながら耳と尻の穴をそれぞれ犯す。湿った肌が重なる音や、俺の先走りとローションが遼のナカで混ざりきっている音や、耳に流し込む唾液の音に、こいつは徐々に反応していく。ひとつの感覚からふたつ以上の感覚を得る。例えば視覚、視覚に働きかける色はただその色だけだというのに暖かく感じる暖色、逆に寒々しく感じる寒色。所謂共感覚性だ。それこそセックスなんかどれもこれも共感し合う行為だろう。視覚にも聴覚にも触覚にも働きかける1つずつの感覚が2つと云わず各々相互にリンクし合っては興奮を高める。身体中が、脳内までもが、ただ昂る。 「はっ、…遼っ」 「あぁああっ…ひ、あ、あ、ぅあぁっ…」 荒々しく熱を孕んだ呼吸さえどちらのものなのかわからなくなる。 遼は喉をひきつらせて声にならない声をあげ、上背を強ばらせては覚えた感覚と背徳感に身悶えている。正直、堪らない。同時に激しく蠢く内部に出してしまいそうになりながらも、息を整えながら俺はこらえ────あくまでもゆっくりと、遼を追い詰めていく。 「ぅうあっ、あ、 あァ、く……ああぁっ! ん、 ふぁ、んぁああっ」 「ほら遼、…もっと声だして、悦がれ」 「っんぅ、ん、んんっ、あ、ふ……っぃ、やぁあ…っだ、っ…うっうゥ、あ、…キ、ス…っキスがいい…っ!」 「ったく可愛いこと言ってんじゃねえよ馬鹿かおまえは!」 唾液で濡れた顎を掴んで、ストロークを続けながらにしては多少無理な体勢だが唇を重ねた。ずっと堪えている熱も限界が近く、俺はがむしゃらに腰を打ちつけて、遼のちんこの先あたりを指でぐりぐりと刺激する。あァ馬鹿みたいに気持ちがいい。 遼の腸壁を穿つ度に纏う粘膜がびくびくと震え、俺をぎゅうぎゅうに搾るように蠢きながらちんこを包んでくる。溶けてしまいそうにあつい。俺はその誘惑に抗うこともなく抜き差しを繰り返す。 「ひっ、う、ああ! も…ぅ、っ…だめ、だって…っ俺、……っ」 「何が駄目なんだよ、いつでもイけよ」 「ふっ…ぁ、んああぁあっ、あっあっぁっ…っ!!」 がつがつと腰を動かしては遼のしとどに濡れた急所を扱き上げれば、ひときわ高い声を上げて遼は射精した。そしてそれに連動するように、穿つ内部が大袈裟に脈打ち、呼応するかのようにすぐ俺もぶるりと背筋が震え、遼が達したのを確認してから、俺は遼のナカからちんこを引き抜くと、2、3度自ら扱き真下に組みし抱いている遼の生っ白い腹に向けて精を吐き出す。 「はぁっ、はぁっ、 ぁあっ…」 「っ…満足したか?」 ベッドサイドに置いてあった箱ティッシュを引き寄せて適当に数枚取り出し、遼の薄っぺらい腹とそこにある臍のくぼみに溜まった精液を拭いながら問う。勿論、遼からまともな返答など返ってくるわけがないことを前提に訊いたのだが、遼は逡巡しながらも何となく頷いてくれた。それが、それだけのことが死ぬ程嬉しくて俺は遼をつよく抱き締める。 「遼、遼、好きだ、遼、」 「うん。知ってるよ。…ありがとう」 抱き締めながら何度も名前を呼んだ。返される声は素っ気ないようでいて、その実、駄々をこねる大きなガキを宥めるように優しい。遼の手がぽんぽん、と甘やかすように俺の頭を撫でる。これじゃあ役割が真逆だ。情けないけれど俺はそれでもこいつを離したくなかった。離さなければ次はない、と充分に理解しているので離さなければならない。それが尚更に俺を駄目にする。遼、俺は、礼なんか要らない。俺が欲しくて気が狂いそうになる程欲しくてどうしようもないのはいつでも、こいつだけなのだ。 「──あ、荻上。俺もう帰るけど別に全然問題ないよな?」 セックスの事後。余韻に浸り楽しむ時間も早々、弾んだ声の遼に、全然問題ない、とされている俺は、まさに裸に剥いた遼が腰を下ろしているベッドの上で後ろから抱き締めながら、その白いうなじに幾度もキスを落としている最中だった。ていうか、俺が後ろから抱っこしているこの状況をそのままあっさり放り捨てるように全力でスルーして、早く帰りたいと宣う件が、遼曰く全然問題ない、ということなのだった。遼が俺を完全放置しずっとうっていたメールの相手を──けれど態々液晶を覗き込まなくても俺は知っていて、そして俺をまったく顧みること無くほんとうに嬉しそうな声音を雰囲気をちっとも隠そうとさえしない遼の声を聞きながら、俺は、行くなよ、となど言えず代わりに、遼を抱き締めている腕にぎゅっと力を込めた。露になっているうなじにまたひとつ軽いキスをする。でもそれらをほんの少したりとも意に介さず、出張中だった筈の実の兄貴が予定より早い帰宅となったようで、駅で落ち合う段取りを付けたらしい遼は頗るてきぱきと、くるりこちらへ振り向くと同時、一切の躊躇など無く俺の腕をふりほどく。 「だから、えっと、兄ちゃんとさ」 「わかってんよ。オッケー了解。でも出来れば次いつ会えるか連絡しろよ」 あーああ…予定じゃあ遼は今夜うちに泊まる筈だったんだけどなァ…などと無粋なことを俺は言わないのだ。なぜなら俺との約束や予定なんかいつだって遼にとっては二の次なのだから。 もはや俺は虚しい溜息とか、不満をありありと乗せる表情とか、嫉妬心からくる卑屈さとか、そういったものを態々出そうなんていう考えすらわかず、最低限であろうそれだけを告げて、尚且つ遼の為に服一式と鞄を取ってきてやりさえする。そうして俺に甲斐甲斐しくも小さな子供のように服を着せて貰っている遼は、あたかも今から彼氏とのデートに向かう直前の、うぶな女子のようにうきうきしていて、シャツの襟なんかをいそいそと整えながら肩越しに俺を振り返り、小さく首を傾げた。 「次? おまえまだ俺とする気なの? 俺が言うのも何だけど、根性あんなァ」 何て奴だちくしょう。 純粋に、本当に善意のみしか含まれていない声でそんなことを言う遼に、思わず心の中で唸った。どうしてこいつは。どうしてそういう発想に至ることが当然のような顔をしているのだろうか、というかむしろなぜに俺の胸の内を多少なりとも汲み取ってはくれないのだろうか。 「あのな…。根性じゃ無くて、あるのは愛だけなんだけど」 兄貴の言動にいちいち一喜一憂する遼はいつだって1番に兄貴のことばかりで胸どころかその身体中をいっぱいにしているくせに、遼のことばかりで胸どころか身体中をいっぱいにしている俺にはこんなふうにすぐわけのわからないことを言う。その都度俺が懇切丁寧に説明してやったって、いまいち理解できていない顔で──まったく腑に落ちていないのだろう雰囲気を隠すこと無く、何もわかっていないくせにわかったわかったと俺の部屋から出て行ってしまうのだ。いつも。 遼が、血の繋がった実の兄をとんでもなく慕っている上にブラコンという枠ではもはや収まりきらない、もっと特別な対象として、ぶっちゃけ性的な意味で恋い焦がれている、と知ったのは、俺が遼と出会って暫くしてのことだった。それはつまり俺が遼に惚れて、このままでは好きすぎて気が狂う、という段階にまで達しかけてしまい、いっそ告っちまえと玉砕と絶交を覚悟し血を吐く思いで『当たって砕けろ』な決心の末、実行に移したときのことである。キスとかセックスとかしたい意味で好きだと言った俺の言葉に、決して『おまえホモなの? きめえ』など幾つか俺が予測していた拒絶的な返答をすること無く、首を傾げながら妙な様子で考え込むような、苦笑を伴った対応をした遼に、あれ? と、ある種の肩透かしを食らった俺は、その後何度となくどこか歯切れ悪くかわされても諦めずに纏わりつき続けてそれでやっと、漸く、把握した。そこまで時間をかけなければわからない程、俺は全然気付かなかった。というのも、俺は遼が兄貴に惚れているらしいことを知るまでずっと、こいつのことをノンケだと思い込んでいたし、だがこれについて誤解されたくないのだけれど、決して俺が鈍感な人間だというわけでは無いと思う。だって自分の好きな相手の好きな相手が、その好きな相手の兄貴だなんて誰が思おうか。歳の離れた、血の繋がった兄と弟──兄弟だ。年功序列的に普通に考えると先に逝くであろう両親よりもずっと繋がりが濃い、それは家族だ。 第一俺が見た限り、その──おそらく俺と同年代か3つ4つ上、くらいだろう、歳上の兄貴(万が一兄弟では無く遼が望むことが実現してもただの淫行罪且つ青少年虐待になるなァやべえ犯罪じゃんと思った。同時に、つうか今のそれ俺のことじゃねえか、と若干へこんだ)は、まるで遼をまだまだ幼い子供であるかのように、『遼の先輩』という名目で家にお邪魔した俺の前でさえ、さすがに遼とよく似た──けれど明らかに大人の声で遼を『遼ちゃん』と当たり前のように優しく笑んで呼ぶくらい猫可愛がりしていて──いや、確かに重度のブラコンではあるのだろうが──純粋にただそれだけだった。遼を弟以外のカテゴリに入れていない。まったく、1ミリも、だ。そんなことは誰よりも遼自身が充分に嫌という程に思い知っていることだろうが不毛も甚だしい遼の抱えている気持ちなんて、きっと誰にもわかるはずが無い。 そして、そのことを遼から直接聞き出した──というよりも、半ば追い詰めるようにして強引に、無理矢理に、『吐き出させた』俺に向かって、遼は、物凄く飲み込み難いものを喉奥に引っ掛けてしまっているような、そういう、不覚とも不可思議とも不満とも不愉快とも──不安とも、不機嫌とも、悩み尽くした結論、とも、何ともつかない感情を顕に俺に告げた。 ────じゃあさ荻上、おまえ、俺を抱いてみるか? と。 ────あ、勿論、嫌じゃ無ければ、だけど────、と。 え? ちょっと待て、待ってくれ。遼、おまえ正気か? 自分が何を言っているのかわかってんのか? ていうかそれってそもそもどういう意味? 等々々、もうそのときの俺は喜ぶとか何だとか以前の問題でただひたすらにパニックだった。正直に言って、兄貴を好きすぎて遼は気が狂ったのかもしれない、と思った。だってそうだろう。そうとしか思えないだろう。だから俺には確認しておくべきことが山のようにあった。俺と出逢ってから遼は初めから、一貫し俺にほんの少したりとも一切の興味を持っているようなそぶりは見せたことがなかったし──事実、一切の興味を持っていなかった。その片鱗すら皆無だった。遼はただただひたすらに且つ直向きに兄貴を好きで、大好きで、たまに好きすぎるせいで胸どころか身体中がいっぱいになって苦しいくらいに好きで、でもそんな気持ちを全部圧し殺し包み隠して単なる弟であり続けようといつも綿密に隠し通すためだけに神経を巡らせた上に気を張っていた。だから──その言葉の、そもそも、という部分を俺は間違えずに確認するべきだったのだろうけれど──念入りに、そうするべきだったのだろうけれど、そんな悠長なことをしている隙に他の誰かが割り込まないとも限らないし遼の気が変わってしまうとも限らない。と──考えるともうどうにもならない程に惜しく、コンマレベルで時間に猶予も無く、俺は是非にと立候補し返すのが精一杯だったのであった。だがただセックスの相手をするだけだからなんてことは敢えて遼に確かめる必要も無かった。だって遼が、あの人以外の人間を、男でも女でも、あの人以上に好きになる可能性など絶対に有り得ないことで、だからといって、あの人を今更ただの──あるべきふつう、の、兄貴として見るなんて──きっとどんなに血を吐く努力を重ねようとも(そして現実的に既に遼はそれ以上の努力を重ねていて──重ね続けていて、それでもすべて全敗に終わり続けているのだった)、この世の人間の性別が一夜にして逆になるようなパラレル世界に変化するよりずっと難しい。よって、つまり、それなら、という話なのだろう。 ────察しのいい荻上に態々説明なんか必要じゃないとは思ってんだけど、うん、一応言うと、それだけだけど──てのはまァ、だから、体だけってことなんだけど、それでも良いんなら。 と──あの日遼は紛れもなく俺に言ったのだ。何度だろうと繰り返すが、だからこそ俺はあのとき、遼に確認するべきことが、山のように──あった。しかし血縁という確固たる強固な繋がりを持っているあの人と、何がどうなろうと断じて揺るぎないだろう遼を、わりと長いこと目の当たりにしてきて──でも、自分でも不思議な程に、諦める類いの気持ちになれず遼に纏わりつき続け──時折、遼が胸どころか身体中いっぱいにする程に苦しいその心情を慟哭する寸前の顔で吐露する相手が俺しか存在しないという事実や、同時に沸き上がる優越感と無力感に打ちのめされるばかりの俗物的な俺が、突如ふと提示された案にぐらりと来ないわけが無かった。まさに鼻先にぶら下げられた人参に飛びつく馬──しかも、飛びつけば飛びつくだけ、走り追えば追っただけ、人参は決して届かないのである──のようだと我ながら嘆息しようとも、遼を好きすぎて気が狂いそうな俺は年甲斐も無くそれに飛びついた。 断じて。 遼のそれは誘惑では無かった。 どこまでも。 単純に、冷静な『提案』に過ぎなかった。 それでも俺は充分だった。 だから、そんな感じの始まり方だったので、初めて遼をベッドに押し倒した日に、遼は男を相手にしたことがないだけで無く女との経験も無い、はっきり言ってしまえば──セックスどころかキスひとつさえもまるきり初めてで、自慰の仕方もろくに知らない、なんて、思春期の中学生男子としてそれ本気で大丈夫なのかと頭を抱えたくなる事実を──俺の頭が無事に受け止めて理解するまでには、予想していたダメージ以上に、かなりの自己嫌悪を経なければならなかった。自己嫌悪。遼は兄貴を好きで好きすぎて自己嫌悪し続けてきたのだった。兄貴をオカズに自慰をすることすら悪行であると思わずにいられない程──好きで。好きすぎて。他の誰でもない己自身に──追い詰められて。そんな遼を知る度にその都度、俺は思った──あまりに憐れだと。いったい遼に何の咎があるのだと。 健全な10代の──ごくごく成長に問題の無い発育を窺わせる、その身体を、こいつは──遼は、兄貴を好きで大好きでそのせいで、ずっと、可哀想すぎてこちらが血を吐きたくなる程に持て余し続けていたのだ。たぶん、俺が提案に乗らなければ、きっと、今でも。 ◆ 「遼はいつまで俺としてくれんの?」 いつか俺は遼にふられる。というより、最初から遼は俺の気持ちに応えてくれたわけでは無い。結局、社会人の兄貴の出張が終わってからスキップでもしそうに嬉しげな様子で実家に帰宅した遼からは案の定、他愛無いメールのひとつも入れてくれない日がずっと続くだけで──俺が、泣きたくなりながら、耐えきれず、自分から連絡を取るか取るまいか、返信なく無視されるだけならいいが鬱陶しがられても俺は平気でいられるだろうか否しかし、と待つことに限界を感じ始めてしまった数日後、そんな期間など無かったかのように──俺のアパートの前で学校の制服のまま遼が座り込んで俺を待っていた。実にあれから丁度2週間と3日が過ぎていた。 遼は学校に行かずに真っ直ぐここに来ていたらしく、部屋に連れ込んで有無も言わさずぎゅうっと抱き締めると──こちらが身震いする程、体が冷たくなっていて、さすがに呆れて風呂場に叩き込み、その間に夕食をつくってやってから──ベッドで肌を、重ねた後で、俺はそうやって口を開いた。 裸のまま俺に背中を向け、おとなしく後ろから抱き込まれている格好の遼は、首だけ振り返りその唇をひらいたけれどすぐに、掠れた喉で小さく咳き込んだ。俺は肘を支えに上体を少しだけ起こし遼の顔を覗き込み、遼の両肩を乱れた──乱れきったシーツに甘く押さえつけ、深い口付けを落とす。 「っ…ん…、んぅ…」 舌で遼の唇を舐めると薄く開かれる口内に、差し入れて歯列をなぞりその内側にある遼の、ねとりと熱い舌にくちゅくちゅと水音を立てては唾液を絡め取り、柔らかな唇を離した。は、っ、──と、息をついた遼は、未だおさまりきってはいないのだろう色気を孕んだ艶のある目で俺を見上げ、何かを考えあぐねながら口を開く。 「『いつまで』…? って何? あ、荻上、俺に飽きた?」 「いや全然まったくさっぱり微塵も飽きてねえけど。むしろ愛しすぎてこの2週間以上寂しさの余り毎晩孤独に泣き濡れた勢いなんだけど。…じゃなくてよ──そうじゃなくて、だっておまえ、俺のこと全然好きじゃ無えじゃねえか。なのにこんな──別に好きじゃない俺にこんなふうに、好き放題やられるのって、やられ続けてんのって、そろそろ嫌んなったりしてんじゃねえのか、と、思って。今更アレだけど。今更何の話してんだよっていう話なんだけど」 「ほんとに今更だな」 「いや、だから、そう言ってんじゃねえか。だけどおまえ、俺のこと好きじゃないだけならまだしも、セックスとかだって、そりゃ気持ちいとは思っても、でもそれだけだろ? セックスが好きっつうわけじゃねえだろ」 「しまった。あはは。気づかれていた」 「何でそこで笑えんだよ、おまえって…。嘘でも、俺とヤるのは大好きって、それくらい言えよ。おまえ、俺が傷付かねえ人間だとでも思ってんの? って悲しくなるわさすがに。何度ヤッたって『別に全然どうでもいい』みてえなツラしやがって」 ふうん、と呟いてから、ふんふん、と、聞いているのか聞いていないのか、相槌は打っているけれど遼は他人事のような顔をしながら、 「でも俺は、兄貴の弟である限り絶対に付き合えないし抱いて貰えないって嫌んなる程わかってて、だから、じゃあもう、他は誰でもいっしょじゃん。まァ…セックスのほうは、追い追い慣れる、と思う。たぶん」 なので俺はその言葉を慎重に吟味し、理解し、検討しなければならなかった。 「あァ? それ、遼は俺より先に俺以外の野郎から告られてたとしたら、そいつに抱かれてたかもしんねえっつう話かよ?」 「んー…? どうだろ。女の子にならいっぺんだけ告られたことあるけど。断ったし」 「えー…何だよそりゃあ」 ダメもとでも何でも良いから試しに付き合ってみる、という選択肢も無く? 盲目的にも程がある。 「別に、女が怖いとかいうわけじゃねえんだけど…うん、──何か、怖くて」 遼の言葉はいつだってわかりづらい。わざとそこに暗号を隠しているかの如く。 「じゃあさァ、──男は? それも怖くて断ってたのか?」 尋ねれば遼は小さく声をたて笑った。本人に他意があるのか無いのかは不明だが、苦笑とも自虐とも取れる笑い方だった。 「てか男から告られたことなんて無かったし」 「嘘つけ」 「まじで。俺なんかに告ってきて、やたらしつこく構いに構ってきたそんな奇特な奴はおまえくらいだよ。荻上」 俺の思いも虚しく、遼は兄貴以外の人間には少しも興味がない、という感じで深く考えていないようだった。 だから真実なのだろう。でも女にも男にも、誰にも──靡かない。なァ遼、おまえを振り向かせるにはいったいどうすりゃいいんだよ、教えろよ、と俺はばたり、遼の隣ぎりぎりに倒れ込んで──シャンプーの香りが仄かにしている枕に頭を埋める。兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん。馬鹿のひとつ覚えか馬鹿野郎。遼は俺と居るときでさえ兄貴のことしか愛さない。わかっているし承知の上だが平気なわけじゃあ無い。実際のところ、結構堪える。 俺は、こいつを好きでいる限り──何度だって失恋し続ける。 けれど俺は無理でも何でもほんとうに諦めようとすれば、仮に諦めることが出来たなら、遼と縁を切ることも出来るけれど、でも、遼は──いつまでも、兄貴と兄弟として繋がり続けなければならないのだ。どんなに諦めたくても、諦めようとしても、いずれ──兄貴が結婚してしまったとしても。兄弟という縁は永遠に切れない。つまりこいつは──永遠に、ひとりきり、永久不変に──死ぬまで、失恋し続ける。それは俺なんかよりも、ずっと苛酷で非道でつらいだけの路で、何れ程遼を苛み続けるのだろう──つらくない筈が無い。俺はすぐに思い直して、もぞもぞと横を向いて遼を俺の腕の中におさめた。俺が抱き締めたがっていると理解した遼は、ゆっくりと、だがきちんと俺のほうへ体を寄せた。セックスのあとは倦怠感が酷くあまり動きたくないらしい。それでもこうやって、俺に抱き締められてはくれるわけだ。それを素直に喜びたいのに複雑な気持ちになりながら、でも俺だって、遼が遼の実兄を好きでどうしようもないのと同じくらい、遼のことが好きでどうしようもなくて、身を切られるような気持ちで口にする。 「なァ遼。冗談でいいから、好きって言ってみろよ」 俺に? 兄貴に? 現代は、同性愛が禁じられている時代では無いのだ。まだ多少の風当たりはあるとはいえ折角、自由に恋愛できる時代に生きているのだから、好きな相手に好きだと言えない、好きでも何でもない男に口先だけでも好きだと言えない──そんなのは。 俺には言う権利も無いことだが、本来、好きでも何でもない男と寝るなんてことは誰であろうと、するべきでは無い。遼は自身も男とはいえ、というか男だからこそなのか──とにかく、たまたま出逢った俺に告白されてそして俺と体を重ね続けるなんて、それはひどく自分で自分自身を傷付けている行為じゃあ無いのか。毎日毎日失恋しながら、永遠に失恋し続けながら、本当はもうそれ以上自傷する必要などない筈なのに、絶対にない筈なのに──まるで内罰のように──或いは──自罰のように、好きでも何でもない俺の気持ちを赦し好き放題させる。遼は全然、そんなふうには振る舞わないので、むしろとても上手に、悲壮感など爪の先程も感じさせないのだけれど。でもとにかく、遼はもっと自分を大切に扱うべきなのではないかと俺は思う。 俺は自分に出来得る限り、愛しい相手であるところの遼へ限りなく誠意を尽くし、遼の些細な痛みも悦楽も自己嫌悪も見逃さないようにと、大切に大切にしているつもりだが、でも、だけどその、そもそもが間違っているのだ。たぶん。きっと。 あァ、だけど嫌だ。遼に触れられなくなるなど我慢ならない。ばかりか俺以外の誰かが、もしも遼を抱くことがあるのかもしれないなんて、考えるだけで腸が煮え繰り返る。そうして俺が自分の発言を早速後悔していると、遼は、だけど、と言った。ぽつりと。 「だけど。でも他の野郎に抱かれるくらいなら、荻上が1番いい気がする。よくわかんないけど」 「まじでそれ全然わかんねえよ。おまえ普段の自分を顧みてみろ。どこ取っても俺に辛辣だろうが」 「だから、よくわかんないけど、って言ってんじゃん。強いて挙げるなら──そうだなァ…うん、都合がいい」 何だよそれ。誰の都合だよ。ますますわけがわからない。俺は遼のことが好きで、でも世間一般的には俺は遼にとってのセフレみたいなもん、としか表せないのだろう。けれどいっそ、そういうふうにわかりやすいカテゴリとしてばっさり割りきって、互いに求める何らかの意義でもあれば良かった。俺と遼の場合、こんな関係であっても好きな相手を抱ける俺だけが嬉しくて、俺に抱かれたいと微塵も願っていない遼にとっては何のメリットも無いのだから。 実際、遼に体を赦して貰っている人間は今のところ俺ひとりきりで、要はそういう意味で俺が何もかも初めての相手であって、なので俺はそのことが単純に嬉しくて舞い上がってしまったわけだけれど──冷静に考えてみれば、それは遼の言う通り、少なくとも今まで、これから先の未来さえも、遼は兄貴への想い以外の感情らしい感情が一切合切存在しないのだ──というのが確固たる事実。すげえ怖え。遼が近い将来大人になったとき、だって兄貴と結ばれることは有り得ないのだからと、両親や良心の手前、何らかの理由を見つけてきて、好きでも何でもない女を見繕い、いっしょになって『俺もまァそろそろイイ歳だし、結婚することになったから。じゃあな、荻上』などと言って──呆気なくさらりと俺を放り捨てることもきっと厭わないような気がする。しかし遼はすごく──ほんとうにすごく、面倒臭そうに、何だって総じて同じ、別に変わらない、誰にも興味なんか無いのだと──心の底から問答無用に断言する。兄貴のことはあんなに大好きなくせして、顕著なまでに不可思議だ。 「ところで遼おまえ、さっきから何読んでやがんだよ」 「んー…? 巨乳女のグラビア」 いや、だから何で、グラビアなんぞ読んでんだおまえは。 俺の腕の付け根に頭を乗せたまま、広げた青年雑誌をゆっくりめくっている遼のきれいな指を見る。ついさっきまでこの指は俺の背中に短く清潔に切られた爪をたてて、揺さぶりに合わせ頼りなく震えていたという──のに。でも俺に寄り添っている遼をそこから本気でどかせたいかと言えばそんなことはある筈もなく、俺にひっついたまま、表面積の少なすぎる水着姿のグラビアアイドルを眺めるなんて失礼なことを──失礼なこととは露とも思わず続けている遼に、あまり強く出る気にはならなかった。たまに会ってキスしてセックスして、だけれど怠惰に時間を共にすることは殆ど無く帰ってしまう遼のその背をじっと見詰めて見送る──しか、しなかった最初の頃に比べれば、少しずつ──ほんとうに僅かずつでしかないのだけれど、遼が俺といっしょの空間で他愛無く過ごしてくれる何でもない時間が増えたような気がする。例えば俺が、テレビで、特筆する程おもしろくもないバラエティ番組を見ていれば、わざわざ近寄ってきてくれて、俺に凭れかかりながら俺が電源を切るのを待っていてくれる程度には。 俺はそんな些細なことでも逐一、死ぬほど嬉しい。 「なァ荻上、グラビアって巨乳かロリかしかいねえの? 何かすっごい偏ってるよな」 いや知らねえよ! そんなもん俺に訊くなよ、おまえは馬鹿かそれとも悪魔か! と内心で答える。 ぺらり、カラーページのめくられる小さな音がしている。他は誰だって同じ、と遼が言うのは、事実その通りなのだろうと思う。遼にとっては、たったひとり──兄貴というこの世でいっとう好きな人がいて、だから他の人間は皆、誰も彼も殆ど同列でしかないのだ。遼が俺のことが嫌いなわけではないことを、俺は知っている。でも、遼にとっては、俺より好きな人間も俺より嫌いな人間も、そんなものにはあまり意味が無く、そしてそれは決して、覆らない。 遼は変わらずずっと青年誌を眺めているけれど、俺はそこにある巨乳女の悩ましげなポージング写真より、タオルケットから出ている遼の薄い肩やそこから伸びるしなやかな腕と手、白いうなじ、などを眺めているほうがずっとむらむらするし愛しいので、視線を外して、じっと遼を見つめていた。見えるところにキスマークをつけると怒られるから、仕方がない、タオルケットをもう少しずり下ろし、左側の肩甲骨あたり──から、唇で辿り、背にきつく吸い付いた。 「っ…ん、ちょ、……荻上っ…」 丁度──心臓のある位置、の背面。それに気付いた遼が、手にしていた青年誌を床に落とし、それから俺へと、ちらり、振り向き目線を移す。 なんだかなァ。何だか俺にもよくわからない。こんな行動は無意味だ。ひとの心臓を刺すときは、正面からでは無く背中側から、正確には俺が今キスマークをつけたあたりの位置を刺すものだと、いつだか遼といっしょに観たミステリドラマで言っていたっけ。あのときも──そうだ、今みたいに、セックスのあと気怠く寄り添いながらただ動きたくなくて、遼に少しでもここにいて欲しくて、普段ならば見もせずにチャンネルを変えるところを変えないで最後まで観たのだった。ミステリドラマは2時間だったから。もし遼の心臓を俺のものにしたとしても遼は俺のものにはならない。遼にとって兄貴が、誰とも代用の出来ない、何も敵わないものだということを、あのときも今もどんなときだって──俺は、知りたくないと喚きたくなるくらいに知っているけれども。 「いきなりキスマークとかつけんなよ。びっくりするだろ」 呆れたような、しかし俺を咎めない声で遼は言った。俺はそんな遼の声にいつだって勝手に打ちのめされるのだ。あァ好きだ。大好きだ。俺は遼を構成する何もかもが好きで好きすぎて、他に何も考えられない。自分の気持ちを自分でコントロール出来ないことがあるなんて思っていなかった。遼に出逢うまで俺は、自分自身のことすら何も正しく知らなかったのだ。 「あのさァ、遼。…頼むから────もういい加減、そろそろ兄離れしろよ。そんでさっさと俺のこと、大好きになれよ」 「だよな」 遼の返事があまりにも即答すぎて、俺は些か面食らってしまい、ん? と聞き返す。すると遼は、だって、と思いの外深刻な口振りで言う。 「俺が荻上を誰より大好きになって、荻上に抱かれることにとてつもない愛とか気持ち良さとか安心感とかいろんな幸せなもんを感じまくって、そしたら俺は、今の俺みたいに何にも後ろめたくも無いんだろうし、馬鹿みたいに思い悩み続ける不毛な気持ちもどっかに棄てて、荻上だって、いちいち俺のせいで嫌な気分になる必要無くなるだろ」 「は? 遼おまえ、後ろめたいのか」 「そりゃあ──だって…そりゃ、おまえが俺なんかを好きだなんて…言う、から…」 その言い方はちょっと狡い、と思った。遼の後ろめたさが誰のためかなんてわかりきっていることだというのに──俺が遼に惚れてから繰り返し言い続けている言葉を、引き合いに出して欲しくなんか無い。俺は黙った。遼が多少迷いながら、そろりと俺の顔色を伺っている様子が見て取れた。そりゃあ、別に俺の気持ちなど今更気にしてくれたりしなくていいのだが、しかしやはり俺は黙っている。 「さっき、おまえが1番都合がいいって、言ったけどさ。ほんとうのこと言えば、おまえは、俺なんかよりおまえのほうが、俺よりまともな奴を、相手するべきなんだよ」 そんな実も蓋もないこと言うなって、とか、俺の気持ちを根本から否定するような台詞をよくぞ言えるよな、とか、思い──俺は少しだけむっとしながら、でも何より遼が、兄貴を好きすぎてどうしようもない遼が自身を最も愚かだと自分で前提にしていることがわかるので口をつぐんだ。そのせいで俺は遼に文句のひとつも言えないのだった。代わりに溜息をひとつつく。 「それって、俺に不毛なこと続けんのやめて幸せになれよってことだろ? そんなこと思う程度には、つまり遼は俺のことが好きなんじゃねえの」 「んー…まァぼちぼち?」 「何だそりゃ。難しいな、おまえはよォ」 「んなこと無いよ。俺ほど簡単な奴なかなかいないだろ」 うんまァ確かに遼はそうかもしれない。でもそれは決してわかりやすいとか簡単な奴だとかじゃあ無くて、だから最初からひたすら一貫している、それだけだ。遼は俺に不毛だと言いながら俺よりも余程自分自身のほうが不毛だと知っている。俺たちは男同士だというだけで前途は明るくないのに、よりによって。 俺は手持ち無沙汰に、床に落とされていた青年誌を拾い上げて、何気なくぱらぱらとページをめくりながら遼に、ごめん、と、愛してる、を言葉にする。そして遼の身体を起こさせ、そのままベッドに座らせてそれから、 「けどな、俺はそうなんだよなァ」 「何が?」 「んーだから、おまえにとっては兄貴が1番なんだろうけど、それ以外の人間の中じゃ、俺が誰よりも1番おまえのこと幸せにしてえと思うし、してやるよ。少なくとも、おまえに告った女よりずっと。だからおまえは、俺といろよ。いっしょに」 俺は遼に惚れているけれど遼は俺を絶対に1番にはしてくれないから、俺はいつふられても、遼を抱けなくなっても、おかしくないのだ。なので触れることが、ほんとうは、いつもそれなりに怖い。キスをしていてもセックスをしていても、自分のことなのに自分の始末に負えないことをしている自覚はあって、消し去るなんて無理な不安が冷たく背筋をつたっている。 「なァ遼、もっかいしようぜ」 「…俺は今日はもうしたくないんだけど」 今日は、ということは、また次にはしてくれるのか。させて、くれるのか。そんなことに心からホッとする俺はどこまでも俗物だ。 「じゃあさ、遼、ふぇらしろよ。フェラチオ。おまえすげえヘタクソだけど」 「…おまえのちんこ無駄に太くて顎疲れる」 「わかった。俺がする」 それなら遼は疲れない。どうだよ。とばかりに言ってみる。と、 「いっかいだけ、な。荻上」 遼は呆れたように諦めたようにそう言って、俺に言い聞かせる。くそ、可愛い。 「は、」 「んんっん、んう」 何らかの覚悟を決めたかのような顔を一瞬だけ見せてから遼は、裸の遼が傍にいるというだけで既に半勃ちになっていた俺のちんこを頬張った。遼の口の中、ぬるい唾液で潤っているその舌をめいっぱいに伸ばして、俺のちんこの裏筋を舐め上げる。一生懸命に吸い上げにかかる遼の献身が嬉しくて、ふと思いつき、俺は先程遼が見ていたグラビアつきの青年誌を手に取りページをめくる。 と、まァ当たり前だが明らかに面白く無さそうな視線を遼が上目遣いに送ってきて、俺は笑った。そのせいで、ぢゅう、と下品な音を立てた遼は慌てて視線を落とす。俺に対して不誠実な感情をうっかり顔に出しまったことを恥じているのがよくわかる。俺はそんなことひとつも構わないのに。だから。 「遼、おまえはさァ、こういうネエチャンとヤッてみてえとか1度も考えたこと無えの? ガッコとか野郎同士でエロ本まわしたりよ、中坊なんてそればっかだろ? クラスの誰々がイイ乳してるとかアイドルのナントカが可愛いとかイイふとももしてるとか、女の尻追っ掛けてる奴いっぱい居んだろ」 と態とらしくグラビアと遼のフェラ顔(可愛すぎる)を見比べながら、ぼやいてみる。そんな俺の下半身をねぶっている遼は同性で、遼が想いを馳せる相手も同性だと思うとやはり疑問なのは、こいついつから兄貴が好きなんだろう、だ。 だって俺と遼の関係のように、アナルとまでいかなくとも、オーラルであれば性は関係ないだろう。 木の股にさえ反応する年頃で女に、というか兄以外の人間に一切何も思わない遼はもしかして本来は女を抱こうとすれば出来るのでは無かろうかと。今、俺を舌で愛撫してくれている遼は、そんな猿な年齢の中で異質にもひときわ性欲が薄く、それでいてブラコンを拗らせている部類の子供だ。ただのガキなら俺だってどうでもいいけれど、俺を利用していることにすら罪悪感を感じている遼をほんとうの意味で利用している俺は、幾ら遼を好きだと言おうとも何だかもう何もかも手遅れで、駄目な気がしている。 尿道口を広げるように舌先を捩じ込んでくる動き。遼が懸命に吸い上げる先走りとちんこ、唾液が絡まる音やそのなまぬるい舌の感触に、思わず息が詰まりそうになるのを必死で隠した。代わりに手の中の青年誌を丸めて遼の頭を軽くぽふぽふ叩く。 「ちゃんとやれよ遼」 言っても何食わぬ顔で遼はまたしゃぶりつく。俺は知っている。おまえこそ──と反論するチャンスを遼は自分でわかっていて棒に振るのだ。『おまえこそ、もっとましな、まともな奴と、セックスだけじゃあ無い恋愛を、ちゃんとしたほうがいい』。 どうにもできないと誰もが匙を投げてしまう。けれど遼の、兄への気持ちだけがいつも本物だと俺は嫉妬に近い感情と共に知っていた。永遠に恋い焦がれられている遼の兄貴が、ほんとうは、たまに殺してやりたくなるくらい羨ましかった。俺は、羨ましくて羨ましくて、仕方がなかった。いっそ代わって貰いたい。そこに居れば遼は俺には見せない顔できっと甘えて、甘えきってくれるかもしれないのに──でも、俺が兄貴じゃあ、遼はここまで兄を慕わなかったかもしれない、とも思った。俺のちんこを口に含んで四苦八苦している遼の頭に手を置くと、耳朶に唇を寄せ、噛んで千切ってしまいたいのを、甘噛みすることで誤魔化す。こんな俺の葛藤を、気付かず、いや、気にもしない遼は勝手に、挑発だと勘違いしたらしく、青年誌を叩き落とすとまた濁音をたて深く吸い上げてきた。それがまるでヤキモチのようで俺はにやにやと薄笑みを浮かべてしまう。 「遼、おまえのヤり方はまどろっこしいんだよ」 何のことか意味がわからない、というふうに遼はそのまま首を傾げた。 「もっとがっつけ、つってんだよ」 俺のちんこでもう満足しろよ。叶わない──叶ってはならない、慕情など捨て去って。そしていい加減もう楽になれば良いのだ。俺は叩き落とされたグラビアなんかどうでもいいので遼の後頭部をなるべく優しく掴み、とっくに勃起していたちんこをその喉奥へ突き立てた。んぐ、と遼が苦しそうに眉を寄せる。 「ほら、奥にあたってるだろ」 「ん゙ん゙っ…──ゔぅう…っ」 健気に、好きでもない男のちんこを喰わえている遼にむらむらがピークになり、有無も言わさず俺が腰を振りだしたそのせいで、遼は噎せることも吐き出すことも出来ずに、でもせめて歯が当たらないように口を大きくあけ続けるしか無いらしくつらそうに唸った。飲み干せなかった唾液がだらだらと遼の口から溢れて形の良い顎先を濡らす。 「すげえ、えろいツラんなってる。涎まみれだぜ、おまえ」 遼は抵抗もろくにせず、かといってさっきのように自主的にしゃぶりもしない、出来ない。俺は遼の顔を見下ろしながら喉奥を苛み続ける。 「うん゙ん゙…っぐ、ぅぐ」 しかしそれでもざらりとした舌を先端に押し付けるようにする遼がいじらしくて堪らない。それも、無意識なのだろう震えながら受け入れている。 「っ…は、…イきそう。ちゃんと味わって飲めよ?」 だから舌出せ、と遼の頭を固定したままで告げると遼は首肯した。今にも酸欠で倒れてしまいそうな顔をして俺から逃げ出すこともどうにか耐えている、その愛しい唇の端から端から漏れる唾液もぬぐうことも出来ず、舌先をめいっぱい伸ばしながらただ俺の吐精を待っている。 可愛い奴。でも愚かしい。そこまで考えてから、遼より俺のほうがずっと馬鹿でくだらない人間だと自重出来ない自身の忠実な、俗物的な欲望にひどく自嘲する。 「はっ…、ぁ、」 どくどくと遼の口内に射精した精液の苦味に遼があからさまに顔を歪めた。その舌先に零れる苦い欲を、遼はすぐには飲み込まずに暫く口内にとどめ、それから、ゆっくりと、少しずつ喉を鳴らしながら飲んでいく。最後の一滴まで溢さず飲み干し、舌先でまた俺の尿道口をひろげてそこから滲むものまで吸い上げると、もはや精液なのかカウパーなのか遼の唾液なのかわからない残骸さえぺろぺろと舐める。 「仔犬みてえ。んっとに可愛いなァ、おまえは」 つい、くしゃっと遼の頭を撫でて、俺はそのままベッドにだらしなく大の字で寝転がった。 「なァ遼、暇なときでいいから、遼の好きなときでいいからさ。…俺んとこ以外行くなよ」 遼を見もしないで天井に向かって俺は声をかける。返事なんか要らない。 「あと、おまえ頑張ればフェラ上手くなるよ今よりもっと。だから、」 何もかも投げ出したくなって、あの人の弟であることもやめてしまいたくなったら、俺のちんこしゃぶっとけよ。 可笑しい程に笑いだした俺を尻目に、遼が何も言えなくなってしまっているのを視界の端で見る。俺だけ、と──俺は遼が俺の訴えを完全に無下には出来なくなっていることを逆手に、遼の優しさに突け込むような形でそれでも訴える。情けなさに涙が出そうだ。年甲斐の無さにも程がある。遼は僅かに目を閉じて、そして。
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