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風
R指定:無し
キーワード:教師
あらすじ:高校時代、関係のあった相手に八年後出会う。長めです。
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舞い散る桜を見ながら、彼は退屈な話に思わず欠伸をかみ殺す。
職員室の中は適度に風が通り、眠気を誘うばかりだ。
手持ち無沙汰で赤ペンを持ったが長々と続いている話に終わりの兆しは見えない。
「では今学期もよろしくお願いします。では新任の方々を、教頭先生」
ペンをクルクルと回すと手からすり抜けて机に落ちた。
心地いい風と陽気のせいで眠くなってくる。
寝ないように再度ペンを取り上げてクルクルと回し始めた。
憂鬱だ・・・・・。
彼は小さなため息を押し殺して目線だけをその方向を見る。
何が見えるというわけではない。
新任の教師達を紹介している教頭と当の新任教師達。
今年度は新たに12人、入ってきた。
普通教科教師8人と、臨時教師3人、保健教諭が1人。
彼は保健教諭を苛立ちの籠もった眼差しで見ていた。
ペンを持つ手を握り締めて、隣に聞こえないように舌打ちをする。
「初めまして。紹介に預かりました渋谷梓です。・・・・そちらの中村弘人教諭は高校時代の一つ上の先輩です」
「げほっ・・・!?」
いきなりの名指しに思わずむせた彼、中村弘人は短めの黒髪を乱して信じられないものでも見るような目つきで保健教諭を見た。
涼しい顔で薄いこげ茶の髪をきちんと整えた男、渋谷梓は意味深な顔で弘人に笑いかけている。
「それは奇遇ですな。今でも覚えてらっしゃるとは仲がよろしかったので?」
「そりゃもう」
「なっ」
教頭が楽しそうな声で言うと梓がにっこりと微笑んだ。
弘人は睨むように梓を見る。
彼は軽薄に目を細めているだけで弘人の同様振りには全く目も触れない。
「では会議は終了と・・・この後の日程はプリントにあるとおりですので。それじゃ先生方、よろしくお願いしますよ」
校長は太った腹を揺らして言うと教師達は一斉に立ち上がり、一礼するとそれぞれの仕事に取り掛かるため各々動き始めた。
そんな中、弘人はまっすぐ梓のもとに駆けつける。
「いやぁ、久しぶりだなぁ! 渋谷! 色々積もる話はあるがまずは学校の事情優先だ! 説明してやるからこっちに!」
「あ、本当ですか? 助かりますね」
軽そうな笑顔を湛えた顔で締まり無く言う梓の腕を半ば強引に引いて職員室を後にした。
「どういう事だよ」
「何が?」
弘人は辟易したような表情になると掴んでいた腕を離して後ろを振り返る。
高校時代と何ら変わらない顔で梓が見下ろしていた。
高校時代、弘人が受験を控えぴりぴりとしていた頃。
やってきたのが一学年下の梓だった。
モデル並みの長身とルックスで多くの女子を相手にしていたが、来る者拒まず去る者追わずの気質が強く、限定した彼女を作ることはない男だった。
一方弘人はクラスでも地味な方。
勉強熱心で浮いた噂一つなかった。
『あんた、M大受けるんだって?』
教室で1人、勉強していた時の事。
『は?』
組章を見ると赤色。二年だ。
『だから髪染めないのか』
『・・・関係無いだろ』
弘人にしては勉強の邪魔をされて迷惑千万だったのだが、思えばこの頃から梓の罠ともいえる策にはまっていたと今になって彼は思う。
そしてそこから、二人の関係は始まったのだ。
『俺と生き抜きしない?』
互いに、放課後のみの関係。
言葉などなかった。
ただ、体を重ねるだけ。
それだけが、だが確かな時間だった。
そして弘人は卒業した。
梓には結局、芽生えていた気持ちを言わないまま。
「何でここにいるんだ」
「採用されたからだ」
「・・・っ、ここを選んだのは偶然なのか」
「さあね」
弘人は壁に梓を押し付けた。
穏やかな風とは全く違った雰囲気に呼応したかのように俄かに雲行きが怪しくなる。
「俺はこの八年、お前を・・・・忘れた事なんてなかった」
梓は黙ったままだ。
「きっともう会う事は無いと思ってた。だから」
「だから?」
梓が先を促す。
低い、声。
「変に、なんていうか・・・意識するんだよ」
「意識か」
鼻で笑うような気配に、カッとなる頭。
弘人は梓の胸倉を掴んだ。
「お前のせいなのに・・・!」
「自意識過剰だろ。俺だって迷惑だ」
「じゃあ何でさっき!」
そこまで言い、弘人は何かに気付いたように力を抜く。
胸倉を掴んでいた腕をぶらりと下に下ろすと小さく「悪い」と呟いた。
そしてそのまま顔を見せないように俯きながら、元居た職員室へ走って戻って行った。
その後姿を見ながら梓は眉をしかめる。
拳を背後の壁に叩き付けると目を瞑った。
新学期が始まり、そろそろ一週間。
梓とのトラブルはなりを潜めていたが、あれから一度も会っていなかった。
そんな、金曜日の三時限目。
「か、解の公式を・・・使うんだな、ここでは」
声が少々引きつり、喉がひくりと鳴った。
ざわざわと背筋が冷え、頭が割れるように痛む。
最も厄介な―――風邪だ。
(うう、寒い、これが授業が終わったら保健し・・・)
考えて頭を振った。
その衝撃で更に痛みが強くなる。
「せんせー、どうしたの。顔色悪いけど」
「風邪?」
生徒が口々に荒い呼吸の弘人に言った。
弘人は冷たい教科書を額に当てて、力なく笑う。
四月といえどまだ肌寒い。それにこの頃新学期の準備で何かと疲労が溜まっていたのが災いしたらしい。
「なつき、ヒロちゃん運べるー?」
「ひ、ひろちゃん言うな・・・」
「ああ、これうつし終わったらな」
なつき、と呼ばれた大柄な男子生徒がノートに素早く黒板に書かれた文字をうつして行く。
弘人は情けないやら気分が悪いやらで教卓に突っ伏した。
極限の状態の中では、人間というものは最悪な場面を思い出す。
弘人も一週間前のいざこざを思い出していた。
「ボケ梓のヤロー・・・」
小さく呟くとなつきががたりと椅子から立ち上がる。
クラス全体がざわざわと騒がしくなった。
その音でさえも弘人の頭を激しく揺すぶる。
「先生、歩けるか」
妙に大人びた口調のなつきが弘人の背を擦ってきた。
弘人はてきとうに返事をしながらぐるぐると回る机の木目を見ている。
耳鳴りが本格的になって、そろそろ吐き気も出てきた。
「弘人・・・!」
ガラッ、とドアを勢い良く開ける音と男の声が聞こえる。
それまで騒がしかった教室が一瞬で静まり返った。
「あれ? 保健室の・・・」
「渋谷先生?」
各々潜めた声で囁きあう生徒達を尻目に梓は突っ伏している弘人の元へ向う。
なつきを無視して躊躇することなく弘人のわきに手を入れるとそのまま抱え上げた。
「うわぁっ」
「あの、保健室の先生?」
なつきを呼んだ男子生徒が怖々梓に聞く。
「あ、梓!? オイ、下ろせっ、まだ授業が・・・」
「問3と節末問題やっとけ! 中村先生は俺が責任もって保健室に連れて行く」
「はぁ? おいってば・・・!」
自分の声に頭を痛めた弘人は青い顔を更に青くさせてぐったりと梓の胸板に頭を預けた。
高校時代にも腰が立たなくなったときこうして抱きかかえられた事があるが、その頃とは厚みの増えた胸は何故か安心感を抱けた。
「おい・・・保健室に行くなんて・・・俺言」
「黙れ。お前の意見なんか聞かない」
強い口調で言いながら背後のドアをぴしゃりと閉めた梓は弘人を抱えなおすとツカツカと廊下を歩いていく。
弘人の肩を抱く手に力が増した。
弘人は熱に浮かされたような目を瞑り、焼ききれそうな心臓をどうにかやり過ごす。
「この一週間考えてた」
「・・・・・・・」
弘人は独白めいた言葉を聞くだけに留めた。
「運命なんて言うつもりはない。でも・・・まだ俺とお前の縁は終わってないんだ」
歩くスピードが感情と同調し、早まっていく。
「あの時俺は言えなかった。お前に対して臆病だったって事もあるが」
言えなかった、という言葉が頭の隅に残った。
「まだガキだったんだ。気持ちの真偽が確かめられなかったんだ」
それは自分も同じだと、同じ頭の隅で思う。
「でも今は違う。・・・ガキでもなければ怖くも無い」
熱くなっていく口調、早まる心臓。感じる胸の上で。
「俺は―――・・・」
保健室のドアに背を預け、梓は弘人の目を始めてまっすぐ見た。
弘人はあのまま目を瞑っていればよかったと後悔したが、すでに遅い。
風邪のせいだけではない熱が目元を潤ませていく。
「お前が・・・好きなんだよ・・・」
子どもじみた告白は、しかし弘人の心に突き刺さるような重みがあった。
弘人は頬に伝う感触に初めて自分が泣いているのだと気付く。
「本当に・・・腹が立つな・・・お前は」
後から後から流れてくる熱い雫を上で見下ろしている梓は泣きそうな顔で見ていた。
「俺が・・・・言おうと思ってたのに」
長年の一方的な思い込みが溶けていく。
弘人も、梓も。
梓の自由さ、何かを含んだような言動に確かな存在感を感じていた弘人。
興味本位で近づいたのに、気付けば弘人に絡め取られていた梓。
きっと二人ともただ幼かっただけ。
感情も、行動も、全てが子どもだった。
そんな氷解が今、溶けていくのだ。
弘人が困ったように笑うと、梓の瞳が歪んだ。
顔が近づいてきて、薄い唇が重ねられる。
啄ばむだけのそれで、廊下のキスは終わった。
きっとこれから、それ以上の、背徳的とも言える行為をなしていくのだと混濁していく意識の中で弘人は考えていた。
それは多分、嵐のように。
来た時と同じく、素早く去っていくのかも知れないけれど。
そうはならないと、自分を抱えている者からの嗚咽を聞いて目を閉じた弘人だった。
おわり。
こちらに登録して初の作品でございます。
皆さん初めまして、皆さんと同じくBLをこよなく愛するトリニティという者です。
この作品はタイトルこそ違いますが、自サイトに掲載済みのものです。
皆さんのサイト様にも顔を出させていただきますので、どうぞよしなにw
でわ!
2007/05/14
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