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 オーヴァチュア―He wasn't chosen by God
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ドアを開ければ油絵の独特の匂いに目が眩む。

それは毎度のことながら、思考能力を奪い世界の底に導く。

「ルーシュ先生」

呼びかければ闇の中で細い影が蠢いた。

彼はルーシュ。神に選ばれなかった哀れな画家だ。

「ラヴェンナ…」

呼びかけたのはラヴェンナ。

ルーシュの身の回りの世話をしている詩人だ。

弟子ではないが好き好んでルーシュを先生と呼んでいる。

「先生の絵、売れてるみたいですよ」

ルーシュは興味がないという風に、虚空を見つめていた。

窓から差す夕暮れの淡い光がその端正な顔を照らす。

その美しさに魅せられて、ラヴェンナは彼の滑らかな黒髪に指を絡めた。

青い眼鏡を指で押し上げ、ルーシュをまじまじと見つめる。

ルーシュはおもむろに左手を伸ばしてきて、ラヴェンナの茶色の髪を一束掴んだ。

そこで、ラヴェンナは目を細めた。

「また、切ったのですね」

ラヴェンナはルーシュの腕を掴んで、見事な紅い筋を恍惚とした表情で眺めた。

ルーシュは青白い顔を奇妙に歪めた。

それは異常に美しく、ラヴェンナは思わず舌なめずりをする。

「…全く、あなたって人は、世話のかかる…」

言いながらその紅い作品に舌を這わせる。

肘から手首に向かって舐め上げると一瞬ルーシュの体が揺れた。

筋を全て舐め尽くすと、いよいよ手首の傷本体に辿り着く。

容赦なく舌でなぶるとルーシュの体が戦慄いた。

右手が力無くラヴェンナの髪に絡む。

「…消毒、しましょう」

暫くすると満足したのか、ラヴェンナは立ち上がって薬箱を持ってきた。

慣れた手つきでコットンに消毒液を浸し、傷口に押し当てる。

そして軽く包帯を巻き、その上に口付けを落とした。

「ラヴェンナ…すまない」

全てが終わったところで、やっとルーシュはそう詫びた。

ラヴェンナは薄く笑い、首を振った。

ラヴェンナはこんなルーシュを見る度に、この上ない快感を得ているのだ。

謝罪してもらうなどとんでもない。

感謝してもいいくらい、極上の甘美だった。



ルーシュは神に選ばれて生まれた存在ではない。

これ以上哀れな者がこの世にいるだろうか。

完璧に堕落した人間は完璧に熟した果実よりも遥かに甘い。

ラヴェンナはそんなルーシュを見る度に体中に痺れが走り、舌なめずりをしたくなるの
だ。

「幾ら切っても構いませんが…どうか死なない程度に」

そう言うとラヴェンナはルーシュの耳元に口を近付けた。

そして声を潜めて、囁いた。

「愛しています」

そしてルーシュの人差し指に噛み付いて、軽く歯形を残すと、足早に部屋を去っていった。

ルーシュはその歯形を数秒見つめて、愛おしそうに口付けた。



「完璧に堕落した人間は

完璧に熟した果実よりも遥かに甘い

完璧に堕落した人間は

今日も変わらず籠の中で

紅い絵を書き続ける」

ルーシュは詠うと薄く笑って、ゆっくりと舌なめずりをした。

「愛しています。あなたの痛みも傷も運命も、全て」

暮れゆく赤を窓越しに臨みながら、ラヴェンナは小さく呟いた。








2007/12/22
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