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 渦巻け野望
© しろみそ 
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 R指定:無し
 キーワード:再会。大学生同士。BL未満。
 あらすじ:中学生のころ、ホモだという噂があった高梨と、バイト先で偶然再会する。
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 高梨史(たかなし ふみ)がホモだという噂が流れたのは、たしか中二か中三――どちらでも構わないけど――の時だったと思う。
 クラスメイトが街で高梨が大学生くらいの男と一緒に歩いていたとか、ホテル街にいたとか、たしかこんな感じだったはずだ。
 中学生なんて毎日楽しいこと探して生きているようなものだから、案の定、非日常的なその出来事は同級生達の娯楽になった。
 娯楽になってしまった張本人といえば、顔と頭は良くても感情が欠落しているような、馬鹿な同級生と一線を引いているような奴で、どこか達観していて、異質極まりなかった。
 ふざけて聞いたのか真面目に聞いたのか知らないが、『おまえ本当にホモ?』と尋ねたところ、高梨は一瞥して鼻で笑ったとか笑わなかったとか。
 そんなこんなでその後ずっと彼は奇異の目で見られて、ホモ疑惑を肯定することも否定することもなく、中学を卒業した。俺は近くの県立高校に入学し、聞いた話では彼は県内で一番の進学校に入ったらしいというのは、友人から聞いていた。




「いらっしゃいませー」

 客の笑い声や話し声に紛れないように、俺は声を張り上げた。広いとは言い難いバイト先である居酒屋は、会社帰りのサラリーマンで賑わっている。

「いまさら何のつもりなんだよ」
「いまさらも何もないよ。……最初と話が違うでしょう?」

 座敷席で、凄い剣幕の男と、そいつと対照的におそろしく冷静に、しかしはっきりと言葉を紡ぐ男の客に視線が集まった。


「馬鹿にしてんのかっ」
「してないよ。怒鳴らないで、周りの人に迷惑でしょう? 外、出よう」
「っざけんな! てめぇが怒鳴らせてんだろうがっ! てめぇがアホみたいに他の男に愛想振りまくから!」
「あの人は友達だって言ってるでしょう。僕がいつあなた以外の人に愛想を振りまいたの」
「ハッ! 無自覚か? 人を馬鹿にすんのもいい加減にしろよ?」

 他の客が男の怒鳴り声と、なかなか見ることのない男同士の痴話喧嘩に怯えはじめ、そろそろ注意しなければならない頃合いだった。
 冷静なほうの男の襟首を掴み、キリキリとしめあげはじめた。ああ、ヤバい。酔っ払いはこれだから困る。キレやすいのだ。


「お客さま、申し訳ありま―――っうわっ」

 人が殴られる音を、初めて聞いた。殴られて後ろに飛ばされた人をこの手で受け止めるのも初めてだ。意外な程大きかった衝撃に、すこしよろけた。
 男は店のテーブルを蹴り、俺の腕に支えられている男に罵詈雑言を吐き散らしてから、店を出ていった。蹴られたテーブルから皿やグラスが落ちて、割れていた。それでもおそらく被害は小さい方だろう。

「っ、てぇ…っ」

 腕のなかで男が小さく呻いた。手で押さえている口の端から、血が滴れている。

「大丈夫ですかっ」
「あぁ、気にしないでください……本当にもう、ごめんなさい」

 彼は俺の腕から離れると、屈んで床に散らばったグラスの破片を集め始めた。

「切れると危ないから、君は下がってなさい。卓くん、その子手当てしてやって。今日はもうそのままあがっていいから。お客さん結構帰っちゃったし……」

 ホウキと塵取りを手にした店長が、俺に救急箱を押しつけて周りでまだざわつく客に謝ると、俺に店の奥へ行けと顎で指示した。



「他に怪我とかしてませんか?」
「……大丈夫」
「少ししみると思いますけど、我慢してくださいね」

 ティッシュに消毒液を染み込ませ、血が滲んでいる口角に当てると、彼は小さく眉間に皺を寄せた。


「絆創膏、どうします?」
「貼らなくていいです。そんな、たいした怪我じゃないし……。本当に、迷惑かけてごめんなさい。ホモの痴話喧嘩なんて見苦しいだけですよね」

 彼は目を伏せて静かにぽつぽつと話す。唇が痛々しく腫れている。

「家まで送ってくんで、少し待っててくれます? 良かったら愚痴とか聞きますけど」
「ありがとう。……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「着替えるんで、少し待っててください」

 着替えるといっても、制服らしいエプロンを脱ぎ、油や煮物の汁などが染みを作っているシャツを替えるだけなのだけど。

「お金、どうすればいいですか」
「ああ、伝票見てきます」
「あ、じゃあ、コレでいいですか。確か、ビールとつまみをいくつか頼んだだけだから、そんなにかからないと思うから……」

 そう言って彼の財布から出された紙には、福沢諭吉がいた。しかも二人。

「こんなには、たぶん店長が受け取らないと思うんですけど……」
「器の弁償とか、迷惑料です。これでも足りないくらいです」
「えっ、と。一応店長に聞いてくるから……」

 店の方に戻って「迷惑料込みだそうです」と言うと、結局半分突っ返された。注文自体さほど高くなく――むしろ安い――、うちの皿は安物だから、とのことだった。


「……なんか、本当に申し訳ないです……」

 俺が店長の言葉を伝えると、彼は心底申し訳なさそうにうなだれた。

「行きましょうか、家、どの辺なんですか」






 彼は静かに、けれどはっきりとした口調で話した。

「もともと暴力的な人で、殴られたりは、ときどきあったんだけど。痛いのなんて一瞬だけだし、まぁいいか程度にしか考えてなくて。そもそも本気で付き合ってる訳じゃなかったはずなんだけど……」
「本気じゃなかったの? 遊びってこと?」
「うん。……はっきり言って、所謂『体だけの関係』ってヤツで。お互い了承済だったのになぁ」

 まるで天気の話をしているように、事も無げに彼は言う。意外に純情な俺は、顔が熱を帯びるのを感じた。

「あ、ごめんなさい。こういう話は苦手だったかな? ……それ以前にホモが気持ち悪いかな?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「いいよ。気を遣わなくても」

 クスクスと、小さく笑う姿が、妙に大人びて見える。おそらく俺の年と大した差はないだろうけど。

「……ちょっと、びっくりしただけですよ、本当に。それに、人の性癖にアレコレ口を出す権利なんてありませんから」
「ふぅん……なら、良かった」

 彼が同性愛者だからだろうか。男なのに、色気を感じる。特に女々しいところはない。むしろ話し方や歩き方は堂々としていて男らしくも見える。

「ねぇ、良かったら連絡先教えてくれない?」

 もうすぐ彼が住んでいるというマンションに着くという時だった。
 媚びるわけでもなく、恐る恐るというわけでもない。さらり、と彼は俺に尋ねた。

「大丈夫。捕って食おうとか思ってるわけじゃないから。……もちろん、無理にとは言わないけど。友達にならない?」

 いやだとは思わなかった。少しの時間を共有しただけだったけれど、少しの嫌悪感も抱かなかったし、むしろ俺は彼に興味すら覚えていた。
 立ち止まって、携帯の番号を教えると、彼は俺の携帯にかけて、ワンコールで切った。

「それが僕の番号。あ、名前、まだ聞いてなかったよね。なんていうの?」
「スグル。中島卓。ちなみに21。……そっちは?」
「フミ。高梨史だよ。偶然、僕も21だ」

 俺は耳を疑った。
 たかなしふみ? まさか。

「まさか」
「ん? どうかした?」
「……マジかよ」
「……どうしたの」
「……同級生じゃん?」
「なに、年令にびっくりしたの? 結構年相応の顔してると思ってるんだけど」
「そうじゃなくて」

 頭が物凄い速さで回転している。
 ああ、確かに。面影が残っている。昔は細くて小さくて、まるで女みたいだったけれど。今は俺と変わらないくらいの身長に、綺麗な造作の顔。その顔が、昔とたいして変わってはいないではないか。

「覚えてないかな。ほら、中二と中三で同じクラスだったんだけど」
「え、同じクラス? ……うそ、本当に?」

 高梨は目を大きく見開いた。話したことがないとは言え、覚えられてないというのも悲惨な気がする。

「本当。ええー、びっくり……全然覚えてない?」
「……もしかして、文化祭実行委員の中島くん?」
「うわ、覚えてるじゃん! うわー、なんかすごくない? 地元じゃないのに中学の同級生に会うなんて、すごい確率じゃん。なんか良いことあるかも」
「イヤじゃないの? 中学で浮いてた子とお友達になりましょー、って」
「いや、別に気にならないけど……。高梨は、嫌なの? 同級生」
「いや。……僕も気にならないな」

 気が抜けたように、高梨は笑った。二重の大きめな目が優しく細められた。

「うち、寄ってかない? お友達記念にお酒飲もうよ。酎ハイとビールくらいしかないけど」



「そういや、高梨は今なにやってんの? 大学生?」

 二本目の缶ビールを開けながら、俺は高梨に尋ねた。酒に弱いのか、そういう質なのか、高梨は一本目だというのに顔が赤くなっていた。

「一応ね。検察官になりたくてさ」

 顔の赤さに反して、口調には酔いの欠けらも感じられない。

「さすが、頭の出来が俺とは違うな」
「おんなじだよ。人間の頭の造りなんてみんな同じなんだから。ちなみに中島は? なにやってるの」
「俺も一応大学生やってる。中学校の先生になる予定でさ」
「中島、面倒見よさそうだもんね。かなりハマってるんじゃない? 何の先生になるの?」
「社会。一番得意だったんだよ、昔からさ。日本史とか大好きなんだ」


 そんな他愛もない話をつまみに、結局俺はビール5本に酎ハイ3本、高梨はビール3本に酎ハイ5本を平らげた。なぜこんなに酒を常備しているのか聞いてみたら、例の彼氏が買い溜めしておいたものだと言っていた。
 そして、たいして酒に強いわけでもない俺は、気持ち良く酔っていた。

「中島、どうする? 終電なくなっちゃうよ」

 高梨は、意外にも酒に強かった。俺より飲んでいないとはいえ、あの本数でこんなにしっかりしているのはすごい。

「ねみぃー……」
「なーかーしーまー。しっかりしてよ。帰らないなら、ベッドで寝てよ、僕がソファで寝るからさ」

 もう半分ほど閉じかかった目蓋の向こうで、高梨が俺を見下ろしている。
 シャツから覗く鎖骨がいやに目につく。
 身長なんて俺と大差ないのに、高梨は男を抱くのだろうか、それとも抱かれるのだろうか。

「一緒に寝ねぇ?」

 思わずとか、なんとなくとか、そういう表現しか出来ないくらい、 自然と言葉がポロッと口から出た。

「言ったよね、僕。捕って喰うつもりはない、って。僕にとって君と一緒のベッドに入ることは、……とてもじゃないけど友達と出来ることじゃないよ。ね、本当に捕って食べちゃうよ」
「うーん……どっちかっつうと、俺が食べたいなー、みたいな」

 俺は手を伸ばして高梨の鎖骨に触れた。女のような柔らかさなど、そこにはない。固い。

「タチ悪いよ、その酔い方。素面のときなら相手してあげたけどさ」
「えぇー?」
「はいはい。もう寝たら? 明日、大学は?」
「午後から」
「じゃあ寝坊しても平気だよね。……いい加減触るのやめてね、本当に洒落にならないから」

 やんわりと、鎖骨から手を退かされる。名残惜しい。

「ほらほら、ベッドはあっち。立って立って。僕に引き摺れって言うの? 腕力に自信ないんだけど」

 もう俺はこの時すでに、彼の声を微睡みの向こうに聞いていた。
 高梨の声は意外に耳障りの好い声だ。高すぎもせず、低すぎもせず。中性的かと言えばそうでもない、男の声だ。

 男だ。
 高梨は歴とした、男なのだ。


 頭で理解していても、心が付いていかないというか。
 無性に触りたくて、声を聞きたかった。
 きっとこれは酔った勢いだけじゃない。理性がぶっ飛んだわけじゃない。
 全部、考えてた。

 高梨は『捕って食ったりしない』と言ったけれど、俺はむしろいつか捕って食ってやるとか、そういう野望が心のなかを渦巻いていた。







2007/01/18
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