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 愛してると交わした俺達は過ちの名を知らない
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自宅に着いたのは既に深夜というよりは早朝と表した方が妥当そうな時間帯で、だが夏が疾うに過ぎ去ったこの季節では空は朝焼けの兆しがあるどころか真夜中の闇そのものだった。
何もかもが寝静まった時間。
屋外は嘘のように静かだ。
賃料十万弱のアパートに帰宅すれば、漆黒の中でただ冷蔵庫の稼働音が虚しく谺していた。
靴を脱いでジャケットをソファへと放り、キッチンの前に立つと冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを口に含む。

「お帰り。遅かったね」

不意に背に擦り寄るように抱きついてきた温もりに、ペットボトルをシンク台に置いた。
絡み付いてきた腕は背後から腹に回され、ひたりとシャツ越しの肩に当てられたのは恐らく声の主である弟の頬だ。

「未だ寝てなかったのか」
「…女の匂いがする。毎晩大変だね、お仕事」

俺の問いに答えない弟は、すん、と俺の衣服に顔を付けたまま鼻で空気を吸い込むと、淡々と無感情に呟いた。
弟は受験生だ。希望しているのは都内の国立大だと言っていた、だがそれは別居中の両親達の方針で…本人は俺と一緒に働けたらいいのに、なんて事を脈絡も無く呟いていた気がする。
ホストだぞ、正気か。
こうして女物の香水の匂いを染み付けて帰宅するなんて、とても真っ当な生き方じゃない。
それでも俺は弟の希望を肯定も否定もしなかった。
俺達は兄弟として同居していて、同時に恋人として同棲していた。つまりはそういう事だ。
これが責任逃れだと言うのなら、好きなだけ罵ればいい。

「風呂、入ろ。俺も一緒にシャワー浴びるからさ」

甘い声が耳元に口を寄せて囁き、下腹部では両の指先が俺のローライズのバックルを外していく。

「知らない女の匂いがする兄さんなんて抱きたくないよ」
「心配しなくても移ったぞ、きっと。お前にも」

もどかしくシャツを脱がしていく手を払い、振り向いて相手のTシャツを捲り上げる。
掠め合った鼻先に互いに目線を上げ、歪で性急なキスに転じるまでそう時間は要しなかった。
シンクに押し付けられ交わす口付けと再び伸びてきた手を、更に求めるように腰を寄せる。

「…だから一緒に入ろうよ」
「甘えたがりだな」
「愛してるよ、兄さん」

このモラトリアムがいつまで続くのかは分からない。
微睡むような猶予の時間を、不確かな温もりに浸って過ごしていたいと思うのは我儘だろうか。







2008/10/02
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