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 下僕志願
© nasiro 
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 キーワード:ファンタジー、コメディ、へたれ魔族×冷静人間
 あらすじ:せっかく来たのにもう帰れって?
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 突然変異なんてそう簡単には起こらない。
 どんなに、
「息子が魔法使いになりますように」
 と願っても、10代前から魔法の血が途絶えてしまった父親と、純血の人間の母親から生まれた子どもは人間でしかないのに。
 魔法使いは無理だとしても召喚師にはなることは可能だが、息子は普通の「人間」としての道を着実に歩んでいるから、毎晩毎晩、それこそ子どもが生まれてから17年間ずっと、
「息子が魔法使いになりますように」
 とお星様に願う母親の熱意と根性と執念が通じたのか。
 月が煌々と照らす明るい夜の、闇の部分だけを飛び抜けて、

「こんばんは、初めまして、君の奴隷です」

 金髪碧眼で頭部から黒い角が生えていて背中に黒い羽が生えている男が、しっかり鍵をかけたはずの窓から入ってきた。
 時刻は草木も悪魔も眠る丑三つ時。
 もちろんレヴィ・クラウンもしっかりベッドに入っていたのに、
「えっと、もしもし? こんばんは、初めまして。俺、イシマエルっていうんだけどさ」
 耳元で自己紹介される。
 布団を頭から被ったら、少しは音が遠ざかった。
 ――寝れる……。
 一度浮上しかけた意識がまたもまどろみの中に落ちていく。
 その感覚を心地よく感じながら、意識を手放そうとしたが、
「あの、聞いてる?」
 体を圧迫していた布団の重さがふっと消え、鼓膜に直に声が届いた。
 季節は冬が終わりに向かおうかというとき。
 レヴィの部屋は夜になって気温が下がったせいと、夜の闖入者が窓を開けっ放しにしているせいか、寒くて寒くて仕方がない。
「……」
 それでも体は正直で、足りない睡眠を求めて双眸は強く伏せられたまま、少しでも体温を逃がさないようにと胎児のように丸くなった。
 しかし男はそんなことに構っていない。
「俺はイシマエルって言うんだけど、君のお母さんって、いっつも空に祈ってたろ? まぁ、魔法使いにはしてあげられないけど」
「……」
「それに心打たれたって言うかさ。君って今日17歳の誕生日なんだって? それでどうせならこういう節目にしようってずっと思っててさ」
「……」
「ほら、魔法使いにしろ召喚師にしろ、昔から17歳から一人前って認められる年齢だろ? だからちょうどいいかなーって思って」
「……」
「そりゃあね、できることならもっと早く来れば良かったんだけど、いやー俺さ、昨日までウィルドン市のマラースってジジイ召喚師知ってる? 結構有名人らしいんだけど、そいつに捕まっててさー」
「……」
「ようやくあのジジイが天に召されましてね、こうして俺は晴れて自由の身になれたってわけ。だから怒んないでね、来るのが遅くなっちゃったこと」
「……」
「……」
 唐突にレヴィの首元が氷のように冷たい何かに触れた。
「なっ……」
「あ、生きてる。おはよう」
 ぎょっとして起き上がると、男がにっこりと微笑んでいる。男の白い指はレヴィの首にかかったままだ。
 思わず払いのけると、あっさりとその手は引いていった。
 それでも男は笑みを絶やさず、ベッドのレヴィを見下ろしている。
「……何」
「いや、死んでたらどうしようかと思ってて。で、俺」
「イシマエルだろ」
「聞いてたんじゃん! それならそれ相応の反応返してくれてもいいのに」
「寝てたんだよ、俺は」
 欠伸をして文句を言うと、イシマエルはしゅんと項垂れた。
 ――あぁやっぱり、寒すぎると思ったら窓が開いたままだ。
 唇を突き出して拗ねるイシマエルの隣を過ぎ、窓を閉めようと夜風が吹いてくる場に近づいて、気付いた。
 訝しげにイシマエルを振り向き、
「おい」
 と声をかけると、
「はいはい! 何でしょう!」
 満面の笑みで足元に跪かれた。
「どうやって入ってきたんだよ」
 レヴィの部屋は3階とは名ばかりの屋根裏部屋だ。1階は父親と母親が営むパン屋で、2階を住居として使っている。2階で眠る父親と母親は、そろそろパンの仕込みのために置き出すだろうか。
 レヴィの質問にきょとんとしたイシマエルは小首を傾げ、
「何って……コレ」
 立ち上がり、ばさりと背中の翼を広げた。
「……」
 レヴィはしばらくゆっくりと羽ばたく素振りを見せる翼を見つめた後、
「どうぞお帰り下さい」
「えぇっ」
 窓の向こうを手で促しながら頭を下げた。
 イシマエルは思わず一歩退いたせいで、机に積み上げられた本やランプに大きな翼がぶつかり大惨事。
 しかしそれに眉を顰めたのはレヴィだけで、イシマエルと言えばレヴィの寝巻きに縋りつき、
「せっかく来たのにもう帰れって!? っていうか俺の意思は無視っ? 綺麗にスルーなわけっ」
 涙を流して訴えた。
 その様子を冷ややかに見下ろすレヴィは無表情のまま。
「今すぐ失せろ」
 ばっさりとイシマエルの言葉を切り捨てた。
「何で!? 俺なんか悪いことしたっ?」
「夜中にやってくるなんて非常識だろ」
「だって俺は魔物の中の魔物だよっ。ほぼ悪魔なんだから夜に来るのは」
「非常識。消えろ」
「ちょっと待ってって! 俺の話も頼むから聞いてよっ、お願いだから!」
「俺は明日も学校だし、寝なきゃなんないから」
「え、ちょっ」
 縋るイシマエルの手を払いのけ、レヴィはまたベッドに戻った。
 が、足りないものに気付く。
 面倒臭げにイシマエルを振り向き、
「あのさぁ」
「何、何ですか! 何でも言うこと聞くよ!」
 一言声をかけただけで涙に濡れた笑顔を向けられた。
「布団」
「あ、うん、そうだよね! 寝るときは布団がないとね!」
 イシマエルが言い終わったときには、すっかりベッド・メイキング施されていた。
 いそいそと冷えた体をベッドに横たえて、
「ありがと」
 にこりと笑みを浮かべて礼を言うと、ぐっと胸を押さえ頬を赤らめたイシマエルがまたも泣きそうに顔を歪めていた。
「うん、それじゃ」
「それじゃ?」
 レヴィの紡ぐ言葉を待ち侘びるかのようにベッドの傍らへと跪いたイシマエルへ、もう一度笑顔を向けた。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさ……って、ちょっと待って!」
「あ、窓閉めてくれないかな?」
「はい! 分かりました!」
 イシマエルが窓に意識を向け、しっかりと施錠されたことを確認してから今一度レヴィを見ると、
「……冗談でしょ」
 すでに寝息を立てているレヴィがそこにいた。
 







2007/01/21
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