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 その鳥は籠の中
© naoki 
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 R指定:有り
 キーワード:大学生 コメディ
 あらすじ:駅伝選手の姫野初は全力疾走した直後、妙な男に捕まって突然告白されてしまう。
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「…つかまえた」

 その腕に飛び込んだ、その瞬間。 聞こえた低い囁きは、たぶん、いや絶対夢ではなかった。




その鳥は籠の中




 中継地点は目の前だ。姫野初(ひめのはじめ)は酸欠の脳でそう呟く。
 山あり谷ありの2区もこれでようやく終わり。駅伝の走者はたすきを伝えるために走っていると初は思う。3区の走者、島津の姿は数メートル先。外したたすきは固く握った手の中だ。

「初!」

 島津が軽く右手を上げた。その手の中にたすきを捻じ込んで、初はかろうじて顔を上げる。一瞬視線がぶつかり合って、島津は初の肩を叩いてから走り出した。

「…はっ……は…」

 足はどうにか止まってくれたけれど、息もままならない。よろよろと数歩、沿道に向かって歩いた初は、眼だけ動かして顧問の姿を探した。他大学の選手が大勢控えている方へと歩くと、背後からタオルを持った係の人が駆け寄ってくるのを感じる。
 ふわりとやわらかいタオルを掛けられ、安堵しきった膝ががくりとなった。その瞬間。

「…つかまえた」

 耳元に息を吹き込まれ、ぞくんと体が震える。

「…は…?」

 吐息のようにそう洩らして、首を捻った途端だった。疲労を訴える体がとうとう力を失って、初は膝からくずおれる。倒れかけた体を支えたのは低く囁いた男の腕で、あろうことか彼は初を軽々と両手で抱き上げたのだ。
 ぎょっと眼を瞠って男を見上げる。見下ろしてきた瞳は楽しげで、笑っているように見えた。そしてまったく見覚えはない。

「なっ、な…なん…っ」
「城北大の2区走者、姫野初。俺は沢木祥吾。お前に惚れた。俺と付き合え」

 そう言って口元に笑みを浮かべる。身長180センチを越える長身で、初などよりよほど体格のいい男なのに、そうするとまるでいたずらっ子のように見えた。
 給水係や選手たちの間を抜けて、祥吾は初を抱いて歩いていく。端的極まりない言葉の意味を捉えかねて、初はぽかんと口を開いたままでいた。

「…な、に、それ…?」
「いい名前だな、ヒメノハジメ。水飲んで一休みしたら、俺と姫初めするか?」
「は…? はぁ!?」

 ようやく脳も口も動き始めたらしい。途端にばたばたと忙しなくなった初に、祥吾はいっそう楽しげににっこり笑った。

「やれる元気が有り余ってるようだから、休憩なしでいくとするか」
「ちょ、はぁ!? ちょっ、ちょ、…何!? 何あんた何なんですか!?」

 楽しげな笑みを浮かべたまま、男は眼を細めて言う。

「言ったろう? 俺はお前に一目惚れした男だよ。走っているお前にな」
「…は、ぁ…?」

 もはや言葉が出てこない。半開きになった口にすばやい動きで口付けて、祥吾は見る間に赤くなる初を見下ろした。ぱくぱく口を動かす初が文句を言う前に、彼はさっさと薄暗がりに駆け込んでいったのだった。







2007/02/02
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