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 此処に在るもの
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「好きだ」と言われて「好きだ」と言った。

めでたしめでたし。

──────そう終われないのは、コレが御伽噺じゃないから?

知り合ったのは高2の春。
真面目な方である俺と、高校有数の問題児であるアイツ。
接点なんて無いハズだった。

しかし、任命された風紀委員。
見回りで見つけてしまった白い煙。

灯台元暗し、とでも言うのだろうか。
中庭に面した職員室の壁に凭れ掛りながら、アイツはタバコを燻らせていた。
風が木の葉をざわざわと揺らして、影となっていた姿を一瞬だけ露にする。

視界に入るには充分な一瞬。
────姿に気づいたのは、お互い同時だった。

無感動な眼差しでアイツ────柊 義彦(ひいらぎ よしひこ)はタバコを唇に挟んだまま、俺に向かってひらりと手を振った。
俺は柊の方へと歩み寄る。
脱色した金色の髪と、切れ長の黒の目。整った顔が薄い笑みをはいて俺に向けられている。
大人びたその顔立ちは、此処が高校でなければ、柊が制服を着ていなければ、とても20歳以下だとは思えないだろう。
「よ。風紀委員────こんな所まで嗅ぎまわるとはご苦労サマ。お手柄報告に行くのは、コレ吸い終わるまで待ってくれよ?」
コレ、と言いながらタバコを軽く上下に揺らす。
黙って居ろと脅すでも無く、おもねるでもない飄々とした姿は、今までの不良とは一線を画していて俺は何だか好意を持った。
だから、俺も軽く笑い、言い返す。
「よ。不良────こんな所でタバコ吸ってたのに見つかるとはご愁傷サマ」
口調を真似た所為か、真意を探るように怪訝そうな眼差しが向けられる。
「お手柄報告に行くのは面倒だから、お互い出会ったのは目の錯覚、って事で手を打たないか?」
「どういう事だ?」
探るような、警戒するような眼差し。
俺は肩を竦めてあっさりと答えた。
「真面目な奴は職員室の周辺なんて探さないって事だよ」
まず普通はこんなトコで何かをする奴なんて居ないからな。
「俺にとってもお前をみつけちゃったのは予想外の出来事なんだよ」
「まあ、確かに俺もこんなトコを探す風紀委員は居ないと思ってたけどな…」
驚いたような一瞬の間。
しかし直ぐに柊は噴出した。釣られるように俺も笑う。
「お前、3組の久遠だよな? もっと真面目なヤツかと思ってた」
「え、勿論真面目だよ? 俺は」
「真面目なヤツは風紀委員の見回りをサボったりタバコ吸ってる奴を見逃したりしねーよ」
そりゃそうだ。
思いつつも、俺はひらひらと手を振る。
「サボって無いって。ただ、見回る地域を限定してるだけで」
────職員室周辺に。
俺は、誰かに何かを強制するってのが苦手なんだ。
一応世間には真面目で通ってるから抜擢されたけど、風紀とか良く分からないし。
「だって余計なお世話じゃんか。タバコ吸うも吸わないも、ソイツの勝手だろ。むしろ取り締まるより、危険性とかの方をもっと教えた方がいいと思うけど」
第一子供に吸うなっていうなら、まず大人が吸わなければいい。
「何か変な奴だな、お前」
「意味不明に頑固って良く言われるよ」
ぼそりと呟かれた意見にはもう一度肩を竦めて。
「それ、かなり褒め言葉じゃないだろ」
また柊が笑う。
何故だか知らないけれど、俺もまた笑い出していた。


それから、何だか俺等は加速度的に親しくなっていった。
真面目と言われる俺と、不良と言われる柊。
属する世界を超えて仲良くなった俺達に最初は色々な噂が経ったが、やがてそれも消えた。
急激な消え方だった噂を思えば、ひょっとすると柊が何かしたのかもしれない。
時折、柊は不思議な目をした。
切なそうな、熱を感じる不思議な眼差し。
そんな視線を受ける度俺の鼓動は早くなり、しかし何故だか居たたまれなくなって俺はそんな柊の視線に気づかない振りをし続けた。


「なあ…」
昼休み。
屋上で、俺等はパンを食っていた。
咀嚼していたカレーパンを飲み込んで、俺は顔をあげる。
「何だ?」
カシャン、と柊が手をついた所為で音の鳴るフェンス。
気づけば、直ぐ其処に柊の整った顔が近づいていた。
「好きだ」
「うっわ」
俺は驚いて頭を後ろに下げた。俺の頭がフェンスにぶつかり、また音がたつ。
唇が、触れ合いそうになった。
「お前は、俺が嫌いか?」
更に柊の顔は近づいてくる。柊の前髪が俺の頬を擽った。息が、触れ合う。
このまま唇を重ねられても、俺は逃げられなかった。
背後にはフェンス。
突き飛ばす事も出来るはずなのに、俺の身体は強張ったように動かなかった。
ただ後ずさろうと、フェンスに必死に頭を押し付ける。
「なあ、俺が嫌いかよ」
「好きだ、よ」
じゃなかったらこんなに一緒に居ない。
でも、違うだろ?
「けど、こんなのはおかしい」
「どうおかしい?」
目を細めて、柊が俺の頬を掌で包み込む。熱い眼差しに鼓動が自然高鳴った。
また、俺の苦手なあの眼差し。

違う、これはそういうのじゃない。

誰にとも無く俺は言い訳する。
「お前は、友人だ」
「違う、俺にとってお前は友人じゃない────そしてお前は鈍くない。気づいてるよな?」
暖かい感触が、ゆうるりと頬を撫でる。
俺の身体が震える。
「気づいて、お前は俺を傍から離さなかった」
「好きな友人だからな、お前は」
声は震えて掠れた。それでも俺は精一杯友人を強調する。
柊の表情が歪む。ぐいっと俺の顎が無理矢理上げられ、唇に柔らかい感触が触れる。
「─ッ!………んっ」
噤む唇を無理矢理親指で抉じ開けられ、舌を割り入れられた。
「…久遠………」
切ない呼びかけに俺の心が鈍く痛む。
絡めとられる舌、なぞられる歯列。
擽ったさと共に湧き上がる感触に俺は身体を震わせる。
知らず閉じていた眼を開いた其処には、痛みを堪えるような柊の顔があった。

心臓が、痛い。

こんな事、柊以外の男にされたのだったら舌を噛み切ってでも抵抗しただろう。
柊以外の男だったら、あの熱い眼差しを受けた時点で傍に居る事を止めただろう。

柊の言葉は間違ってない。

俺は、柊のあの眼差しが嫌ではなかった。
むしろ、心のどこかで喜んでいた。

「でも、駄目なんだ」

漸く自由になった唇から、知らず言葉が零れ落ちていた。
滴る唾液を舌で舐め取って柊がじっと俺を見る。
「何が駄目なんだ?」
「俺には、お前みたいな度胸は無い。それに、一時の感情で道を誤る気も無い」
『ホモ』なんて、ばれてしまえば致命的な関係。そんな秘密を持つ度胸も。
『恋人』としてお前に愛され続けていく自信も。
俺は持っていない。

本当に、友人という枠が俺には都合が良かったんだ。
『特別な友人』という枠がとても居心地良かったんだ。

だが、お前はそんな俺の望む枠をいとも容易く壊してしまった。
「俺はお前と一生付き合ってやるよ? お前が嫌って言っても、離す気は無ぇ」
「人の心なんて変わるよ」
「変わって欲しくないと思うのなら、変わる度俺を惹きつけろよ」
耳朶に、唇が押し当てられ、俺の身体はまた震える。
「そんな自信あると思うか?」
「俺はお前なら出来ると思う」
それってどんな過大評価。俺は思わず小さく笑っていた。
「俺は一応平凡な人生を生きたいんだよ」
「そんな人生を歩くよりも幸せにしてやるよ」
否定的な俺と違い、自信を持って語られる言葉。
俺は顔をあげた、至近距離にある切れ長の目を見つめ、覆いかぶさる身体を押しのける。
「駄目か?」
苦い笑みを口元に刷いて、押しのけようとする俺の手を掴んだ。
「良いから、兎に角どけ。これ以上覆いかぶさっている気なら金取るぞ」
「金払ったら触っても良い訳?」
「3億以上で考えてやる」
「高」
いつもどおりの会話は、まるで台本の読み合わせのようにぎこちなかった。
それでも解れる空気というのはあるもので、柊は溜息と共に俺の上からどいてくれる。

「柊、俺の友人でいるのは嫌か?」
「もっと、なりたいもんがあるからな。俺はお前の恋人になりたい。お前だって俺が好きな筈だ」

本当に自信満々だ。当たっているだけに俺は思わず苦笑を零す。
俺は向かいに腰を下ろす柊に膝立ちでしゃがみこんだ。

ちゅっと、軽いキス。

やっぱり、嫌じゃない。
(うわ、目が零れそうだぞお前)
柊の顔を見れば切れ長の目が真ん丸に開いていて、俺は思わず噴出した。
「───って、うわ」
背中に腕を回され、強く抱き寄せられる。中途半端な体勢だった俺は、転がるように柊の胸に突っ伏した。
「それは了承と取っていいんだな?」
「いや、違うよ? 今のは確認」
「オイ」
胸から顔をあげて、俺はにっこりと笑った。

「俺が欲しいと思うなら、もっと俺を惹きつけろよ?」

また、柊の言葉を真似るように。
言い切った俺に返ったのは激しい口付けだった。



「好きだ」と言われて「好きだ」と言った。
でも、そう簡単に『めでたしめでたし』なんかじゃ終わらない。
これは御伽噺なんかじゃなく現実だから。
前途多難な男同士。

───ならせめて、後悔なんて出来ないぐらい俺を惚れさせてくれればいい。







2007/02/04
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