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 ハート
© 高原 
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 キーワード:切ない シリアス 片思い S
 あらすじ:どうしようもないサディストが妻子持ちに片思いする話。
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人を
殴ってはいけない、
叩いてはいけない、
蹴ってはいけない、



人を、



傷つけてはいけない




  



そんなこと、
僕には誰も教えてくれなかった


ねぇ、
ねぇ、痛い?

痛いよね
ごめんね
ごめん、ごめんなさい


僕も、ずっと痛いんだ















頭の下から腕が抜かれて、目が覚めた。
すり、とシーツに顔を埋めて、それから下腹部の違和感に顔を顰める。
どれだけ回数を重ねてもこの違和感には慣れない。

「最中はあんなにキモチイイのに、」


「・・・・何、まだ足りないわけ。言っとくけど、お前みたいな学生と30過ぎたオジサンを一緒にしないでね」


「違うけど・・・。と言うか関さんまだまだ現役でしょ。あれだけヤっといてよく言うよ」


「あー、ははは・・・」


関さんは誤魔化す様に目を逸らして、ベッドサイドに置いてある煙草に手を伸ばす。
煙草に火をつける関さんの背中に、真っ赤に走る引っかき傷を見つけて僕は嬉しくなる。
それだけじゃない。肩口には容赦なく噛み付いたせいか、赤黒くなった咬み跡が残っているし、鳩尾にも思いっきり蹴り上げてできた青あざが残っている。


「ふふ、痛そう。こんな傷、奥さんに見せられないね」


背中の傷を指でなぞると、関さんが肩を震わせる。


「やめなさい。手加減なく爪立てやがって。風呂入る時しみるだろうが」


「それが狙いだもの。お風呂に入る度、僕のこと思い出すでしょ?」


起き上がって、関さんの背中にぺとりと引っ付く。
目の前を走る赤に舌なめずりした。







関さんの口から煙が吐き出される。


ああ、嫌だな。
もうすぐ煙草がなくなる。


たまに連絡を取り合って、食事をして、ホテルへ行って、セックスをする。
セックスのあと少し寝て、煙草を1本吸って家へ帰る。
関さんと初めて寝たときから変わらない。

家へ帰れば奥さんも子供も待ってる。
僕とこんな事をしていても、関さんが家族を大事にしていることはわかっている。
子供が生まれて、妻が自分に構ってくれないから、なんて理由で僕を抱いた関さん。
1回限りの筈だったこの関係に僕が無理を言って、縋り付いて、今でもこうやって偶に会っているだけ。
煙草がなくなれば、関さんは帰ってしまう。
家族が待つ家へ。
僕がいない其処へ。
僕が持ち得ない場所へ。




じゅ、と煙草を灰皿に押し付ける音がして、ハッと顔を上げる。


「・・・帰っちゃうの?」


後ろから腰に抱き付いて、上目遣いで尋ねる。


「お前それわかってやってるよね」


「・・・・・ウン」


困った顔。
僕が傷づくの解ってて、それでも僕を選ぶなんてできない。


「帰るよ」


その大きな手で僕を一撫でして、関さんは着替え始める。


「やだ!」


関さんの手からワイシャツを取り上げて、床に投げ捨てる。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「今日だけ!今日だけでいいから帰らないでよ」


「伊織、」


「今日だけ、今日だけだから・・・」


いくら関さんに返って欲しくなくても、こんなにみっともなく縋ったことなんて無かった。
ちょっと我侭を言って、聞き入れてもらえなかったら、殴るなり噛み付くなりして、僕といない間、関さんがその傷を見て僕のことを考えてくれればそれで満足だった。(そもそもソレが間違ってるなんて指摘は受け付けない。だって関さんは受け入れてくれるもの)
でも今日だけはだめだった。
どれだけ関さんに抱かれても、どれだけ関さんに傷を残しても。
今日は関さんが一緒にいてくれなきゃだめなんだ。


「今日、帰ってきてるんだ。あの人」


ツキン、
ツキン、
ツキン、

背中が熱い


「だから、今日だけ、一緒にいてよ、帰らないで、関さん。ねぇ、好きだよ関さん。関さんが奥さんを大切に思っていることは知ってるよ。関さんの待ちうけが関さんの息子の写真だって事も知ってるよ」


関さんが初めて僕を抱いた時の事を後悔している事も、
僕の暴力を甘んじて受け入れてくれる理由も、
この背中の傷に同情していることも、
そんな僕を、関さんが選んでくれるはずが無いって事も、


「今日だけ、一緒にいてよ・・・」


「伊織・・・」


目が熱い。瞬きする度に涙が溢れ出す。

一緒にいて欲しい
抱きしめて欲しい










僕を、愛して欲しい




















「・・・だめだ」



ガツン・・・ッ



気づいたら関さんの髪を鷲掴んで床に叩きつけていた
ぬるりと、馴染んだ血の感触がする


「・・・っ、伊織」


「はは。血が出ちゃったね。思ったより力が入っちゃったかな。ね、どうする?こんなに血を流して、家になんか帰れないよね。奥さんも息子さんも心配しちゃうもんね。関さんは優しいから、大切な家族にそんな心配かけられないでしょ。外では、男子高校生とこんなことしてるのに、関さんは家族が1番大事、」


「伊織」


僕の涙が、関さんの頬に落ちる。頬を流れ落ちて、床で血と混ざり合う。

口内で鉄の味が広がる。強く噛み締めたせいで、唇が切れたのかもしれない。





視界の端で、関さんが着替えを再開している。


「関さ、」


ツキン、
ツキン、
ツキン、


「っ、せきさん、」


スーツに腕を通した関さんが振り返る


「帰るの?やだよ、行かないでよ。また殴られたいの?」


関さんが目を細める。
泣いているように見えるのは僕が泣いているからだろうか。


「いいよ。殴るくらい。いくらでも伊織の好きなようにすればいい」


ツキン、 
ツキン、 
ツキン、


先程よりも痛みが増した気がする


「でも、俺はお前を選べない。結局は家族を捨てられねぇんだ」




頭が痺れる 
手が震える
背中が痛い



部屋に、扉の閉じる音が響いた





「・・・・せきさん」



背中の傷が痛いんだ
あなたに会うもうずっと前から
他にもいっぱい痛いんだ

この傷が、僕を縛り付けて離さないから

同じように関さんにもいっぱいいっぱい傷をつけた
その傷たちが関さんを僕に縛り付けて離さないように
でも、
いくら傷つけてもだめだった
傷つける度に関さんは痛そうに顔を歪めて、
それから、決まって僕を見て何か呟いていた
謝っていたのかな?
どれだけ僕の暴力を受け入れても関さんには手放すことのできない家族がいるもんね


背中に手を回して、そこだけ不自然に引きつっている皮膚を撫でた















好きな人を傷つけちゃいけないなんて、僕には誰も教えてくれなかった


あなたを傷つける度に傷ついていたのは
僕の、







2010/07/31
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