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 遠距離電話
© アリサカレイ 
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ネット電話を試してみないか、ともちかけたのは雅善の方からだった。
遠距離長電話を繰り返した中学時代、跳ね上がった電話代金に親から大目玉をくらって以降、通話はかなり制限されていた。
高校に入って美里がバイトを始めてからは、バイト代から負担するからなどとと言って、掛かって来る電話が少しだけ増えたけれども、こちらへ来るための旅費も同時に溜めて居たというのだから驚きだ。
そうまでして自分に関わってくれようとするのは正直嬉しくもあるが、だからといって学生の本分である学業をおろそかにされてはたまらない。
今を乗り越えて同じ大学に入学する事が出来れば、また昔のように、毎日だって会う事が出来るようになるのだと思えば、美里がバイト三昧の日々を送ることにはあまり賛成しかねた。
もちろん雅善もバイトを始めてはみたけれど、だからこそ余計に、金銭的な負担をこれ以上美里に課すのは躊躇われたとも言える。
旅費を稼ぐのはそう簡単な行為ではなかった。
放っておけば、多少の無理を承知で、会いに来たり電話をくれたりするのだろう。
この前チラリとテレビ電話を試したいなんてことも言っていたから、そんなことを始めれば尚更、余計に出費が嵩んでしまう。
会いたい気持ちも、声を聞きたい気持ちも、口には出さないだけできっと自分も美里に負けず劣らず持っていると雅善は思う。
ただ、今を離れて暮らすことに美里ほど切羽詰った思いがないから、直接遠距離を行き来する事や電話で声を聞くことよりも、これから先を見据えてしまうのだ。
その違いが生じる原因だってわかってはいるが、さすがにこればかりはそう簡単には変えられない。
美里のように、溢れるほどに好きだと伝えるその術を、どうにも雅善には真似できない。
だからそのかわりに。
と言うわけではないけれど、自分が知る情報で有益と思われるものは積極的に美里にも知らせるようにしていた。
初期投資さえ済んでしまえば、後は金銭的負担なくテレビ電話に限りなく近い状態で会話が出来る。
試さないかと持ちかけ、おおよその概要を説明しただけで、美里はあっさりと了承した。
 
 
 
(好きだよ、雅善)
ジッと見詰める画面の中、少し照れたように、そして嬉しげに微笑む美里の口が動き、脳内に彼の声が蘇る。
音源をわざわざ遮断しているのに、それでもしつこく聞こえてくる声。
この後のセリフだって、その口元を確認せずとも一言一句覚えている。
(名前、……俺の、名前、呼んでくれないか?)
乞われて、仕方なく震える息に乗せて彼の名を呼んでやれば、どうしてもその名前の合い間に熱い吐息が混じってしまい、それをまた、喘ぐ声が可愛いと言って雅善の体温を上昇させた。
思い出して、下腹部がジュクッと熱を持つのを自覚する。
なんでよりによってこの日の夜、互いに画面を見詰めながら自分自身を慰めあう、などという行為に及んでしまったのか。
(雅善に、触れたいよ。あの日のことを何度も思い返して、自分で自分を慰めてる、って言ったら、お前はやっぱり怒るか?)
きっかけはやはり、美里のそんなセリフだったように思う。
怒る代わりに呆れて見せて、頼むから好きと言って欲しいと情けない声を出す美里にほだされ、珍しくも少しばかり熱を込めて好きだと囁いてやったのが始まりだった。
美里の漏らす熱い息や名前を呼ぶ声に、たまらなくなって自分自身へと手を伸ばす頃には、この通話を録画しているなんて事実をすっかり忘れ去っていた。
録画も出来そうだったから、ちょっと試してみようと思っただけだったのに……
もしも上手くつかえたら美里にも教えてやろうと思っていたが、とてもじゃないけど教えられない。
むしろ録画が可能な事実に、ずっと気付かなければいいとさえ思う。
雅善よりも美里の方がPC周辺に関する興味が薄いので、うっかり漏らしさえしなければ、当分気付かれることもなさそうだけれど。
「あー、もう、最悪や……」
紅潮した頬で、好きだとか雅善の名前だとかを口にしながら、ゆっくりと登り詰めて行く気持ち良さそうな表情を前に、結局雅善は自らの猛った下肢へと指を絡めた。
(ああ、雅善……イイっ……)
画面の中の美里の声を脳内に聞き取って、追かけるように激しく擦り立てる。
この映像の美里は既にクライマックスとも言える興奮を示しているから、時を同じくして達するのはさすがに無理だろう。
美里が達するのを確認した後は、目を閉じてその声を聞き、指先や、身体の奥へと迎え入れたあの凶器に似た熱へと思いを馳せる。
あの夏の日の事を思い返しながら自分自身を慰めてしまうのは雅善も同じだった。
こういった行為を覚えたての子供の頃、美里の手でイかされて、好きだと言われたあの時から、雅善の自慰行為の相手はほとんどが美里だったけれど、その事実を美里に告げたことはない。
これから先も、教えるつもりは全然ない。というよりも、そんなこと恥ずかしすぎて口にできるはずがない。
手の中に熱を吐き出した雅善は、大きく息をついてから、ゆっくりと瞼をあげた。
動画は既に終わっていて、画面は真っ黒だ。
自分だけこんなものを所持しているのは気が引けるし、このままではハードディスクの容量を圧迫してしかたがない。
わかっているのにどうしてもゴミ箱へ投げ入れる事が出来ず、雅善は諦めの溜息を一つ吐いた。
結局、別メディアに焼いてこっそり保管することにした、なんてことを美里に教えてやる日もきっとこない。








2012/07/06
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