返信する

 ハッピーバレンタイン
© 雪華堂 
作者のサイト 
 R指定:無し
 キーワード:高校生 地味 ギャグ
 あらすじ:地味な浅見睦月が校内でも有名な須田隼人と友達になって…。
▼一番下へ飛ぶ


最初は周りの視線が痛いから嫌だと、一緒に歩くことさえごねていた睦月だったが、最近では周りが慣れてきたせいもあり、注目される回数も減り、ふたりで肩を並べて歩くのもすっかり馴染みの光景になった。
 だから前に比べて随分と歩きやすくなったはずなのに、今日は違った。
 まるで何ヶ月前に戻ったかのように周囲の視線が自分達に、いや、自分といる隼人に集まっているのを感じる。
 主に女の子の視線が。
 そういえば、今朝待ち合わせ場所に睦月が着いたときも先に来ていた隼人を遠巻きに見つめている女の子たちがいた。
 そして今も、自分たちとつかず離れずの距離を保ちながら後をつけている女の子たちがいる。(といっても制服が東高校のものなので、目的地は同じだが)
 後ろを歩いているので姿は見えないが、途切れ途切れに聞こえる会話だけでも彼女たちが相当盛り上がっているのがわかる。

「ねぇ、須田君どうかしたの?」
「は? ……じゃなくて、どうかしたって何が?」
「だって何だか周りの視線が痛いというか……」
「ああ! 今日はバレンタインだからじゃないか?」
「バレンタイン……そっかぁ」

 妙に感心したような、今まさにそのことに思い至った様子の睦月を見て隼人が落胆の溜息をついた。
 まさかとは思っていたが、コンビニやデパートでもバレンタイン用の装飾がされ、目立つところに陳列されていただろうチョコレートのことを少しも疑問には思わなかったようだ。
 友達の関係で貰えるなんて期待はしていなかったけれど、存在さえ忘れられていたというのは、自分ばかりがイベント事に浮き足立っていたようで落ち込む。

――まぁ、仕方ないよな……。

「……あのさ、言いにくいんだけど俺宛のを浅見に頼みにくる子がいるかもしれないから受け取らないでもらえるかな?」
「ん? わかったけどどうして?」
「お返しが大変だから」

 世の男の子が聞いたら怒り出しそうな台詞だが、ほぼ毎日一緒にいてその人気っぷりを目の当たりにしているのだ。からかうことも、やっかみを言うこともなく素直に睦月は了承の返事を返した。
 隼人が1日でどれだけチョコレートを集められるかも気になるところだったが、本人が受け取らないというのなら仕方がない。

「それから、今年は本命からしか受け取らないって決めてるんだ」

 聞き流してしまいそうなくらい自然に言われた言葉に睦月は少なからず衝撃を受けた。

「本命いるんだ……」

 ――知らなかった。

 内心相談してくれてもいいじゃないかと寂しく思ったが、相談しなければいけないという決まりもない。
 一言の相談も愚痴もないということは、順調に進展しているのかもしれない。
 一瞬だけ胸にもやもやとしたものが生まれたが、正体のわからないそれについて睦月はすぐに考えることを放棄した。
 しかし、これだけ一緒にいる睦月でさえ気がつかない隼人の秘めた想いが、いったい誰に向けられているのかに興味が湧いた。
 すると読心術でも使ったかのようなタイミングで、瞳を細めくすりと笑いながら言った。

「気になる?」
「そりゃあ……なる」

 挑むような試すような、その視線に落ち着かないものを感る睦月。
 睦月の動揺を感じ取ったのかすぐに裏表のない笑顔に戻ると楽しそうに言った。

「あははっ、駄目。教えない」
「ケチ!」

 校舎に入ると吹き付ける冷たい風が遮断され、暖かく感じる。
 温度差で曇る眼鏡を拭き、上履きに履き替えようと手を伸ばすと見慣れないものが一緒に置いてあるのに気付いた。
 可愛くラッピングされた箱はまぎれもなくチョコレートの箱だろう。
 それとは別にメッセージカードのようなものが箱の上に置かれている。メッセージカードを素早く目で追う睦月。
 固まったまま動こうとしない睦月を不思議に思い、近寄ってきた隼人だが睦月の手に握られているものを見て途端に顔を強張らせる。
 学校だというのに取り繕うことも忘れた素の台詞と1段低くなった声が口から発せられる。
 
 「貰ったのか?」

 隼人の不機嫌にも怯むことなく笑顔で頷く。

「うん。須田君がね」
「は?」

 はい、と手渡される箱にそのまま持たせておくわけにもいかず、とりあえず受け取ると宛名には確かに自分の名前が。
 だが何故睦月の靴箱に?
 その疑問もあっさりと睦月自身の口から明かされた。

「なんかね、勇気がないから僕に渡してくださいってメモに書いてた。須田君の靴箱もいっぱいだったって。さっき須田君宛の受け取らないって言ったのにもう破っちゃったね。ごめん」
「……。」

 メッセンジャーとして睦月を使ったこの箱の女にも腹が立ったが、それ以上に知らない女からのチョコを笑顔で手渡してきた睦月に隼人はちょっと泣きそうになった。


END







2007/02/22
▲ 始めに戻る

作者のサイト
編集

 B A C K 



[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]