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 あの頃の風景
© 桔梗鈴 
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 R指定:無し
 キーワード:大学生 幼馴染み ほのぼの
 あらすじ:釣りをしながら思い出に浸る二人
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 まだ俺たちが夢精の意味もよくわかってなかった頃、俺たちはセックスのことをただ単純に『ふたりがひとつに溶け合う行為』だと思っていた。
「なあレイちゃん」
「何」
「俺らさあ、小四のとき『もし俺たちがハタチになっても両方ドーテーだったらセックスしようぜ』って約束したよな」
 零二は俺の横で海に釣り糸を垂らしながら携帯チェアに腰掛け、オレンジのダウンジャケットを寒そうに着込んでいる。早朝の堤防は潮くさくて、湿気が髪にまとわりついて寒かった。俺はこすった手に息を吹きかけながらうんともすんとも言わない自分の釣り糸に目をすがめた。
「お前高校ん時彼女いたじゃん。イチやん」
「うん。二週間ぐらいいた」
 零二は俺の横で眼鏡を押し上げてため息をついた。せっかく眼鏡という属性があるのにこいつの理系な喋りとか、やたら低い声とか、某ロボット戦争アニメ好きとか、無精ひげを放っておくような色気のなさはキャンパスの女にはモテなかった。
「二週間でセックスはできんかった」
「じゃイチやんはドーテーか」
「んだ、んだ」
「俺も二週間でいいからメイドが欲しい」
「お前はまず前提が間違っている」
 零二とイチゾー、もとい一三で交互に数字が並ぶ。零二は俺より一ヶ月先にハタチになったし、この前俺もハタチになったばかりだ。俺たちの関係は幼なじみと言えばそうだし、腐れ縁と言えばそれもそうだった。
「もうセックスしちまうか? 俺一応二百キロの豚とお前とならお前に抱かれてもいい」
「駄目だ。うちにはシオンちゃんがいる」
「あのメイドの抱き枕? 紫の髪の」
「うん」
「シオンちゃんか〜」
 いい具合に絶望的だったので俺は零二の横でモスグリーンのダウンジャケットを着なおし、ことさら寒そうに胸の中の息を吐き出した。どちらも二十一歳になる前に彼女ができる見込みは今のところ全くない。
 体温が、分厚いジャケットの中にこもる。
「あの頃さあ、小四な、セックスってどんなイメージだった?」
 明るくなってくる空を遠くに臨みながら俺と零二はしばらく考え込んでいた。
「なんかよくわからんけどエロいイメージだった」
「よくわからんけどエロいものをレイちゃんは俺とする気だったんか」
「いや、イチやんとならそんなエロくはない気がした」
 零二の黒フレームの眼鏡越しに気安い視線が重なった。頬をあからめるでもなく、俺たちは互いに妙に納得してうんうんとうなずきあった。
「なんか重なるイメージだったよな」
「ああ、そんな感じ」
「勃起を知らんかった」
「ああそうそう。今思うと信じられんイメージだったな」
「メルヘンだったよなあ。こんな感じ?」
 俺が血の気をなくしてしわしわに乾いた手を差し出すと、零二は俺の手を見たあとで自分のつり用グローブを外して横手に手を重ねてきた。
 俺たちは示し合わせたように互いの手を軽く握り合った。零二の手は温かくて、グローブに包まれていたせいでほんのり湿っていた。
「うん、こんな感じ」


 水平線に朝日が眩しい横線を引く。
 俺と零二は波間に沈んだそれぞれの釣り糸を眺めながら、繋いだ手の感触を感じてへんな気分が盛り上がり過ぎないように胸の鼓動を抑えていた。温かい肌のぬくもりから互いにずっと逃げられなくて、だけどこれ以上相手にへんな気持ちになるのは、なんか、違っていた。
 あの頃約束したセックスのイメージは、きっとこんな感じだった。


【End.】







2007/03/02
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