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 願いは一つ
© ショコラ 
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 キーワード:実らない恋 電話 願い
 あらすじ:俺がたった一つ願うのは、お前が幸せになること。ただ、それだけ。
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単調な電子音が、やたらと耳につく。
尚人は、反射的に重い腕を持ち上げて枕元を探るが、指先はシーツを掴むだけだった。

深く沈んでいた意識が、徐々に浅瀬へと引き上げられていく。

いっこうに鳴り止まない不快な音から逃れるように、尚人はゆっくりと寝返りをうった。


ぼんやりと天井を眺めた後、やっと携帯が鳴っているのだと気付く。

咄嗟に起き上がると、つかみ掛かるような勢いで携帯を手にした。
ディスプレイを確認することなく、耳に当てる。
「もしもし」


「……ごめん。寝てた、よね?」一瞬の沈黙の後、申し訳なさそうな声が耳に届いた。
その声で時計に目をやると、なるほど午前3時をさしていた。


「いや、こっちこそすぐ出らんなくて悪かったな。どうした?」
宏樹は、滅多に電話をかけてこない。
電話がある時は、何かあった時だと尚人は経験上知っていた。


「タケと喧嘩しちゃってさ」
宏樹が自嘲気味に言う。
受話器越しでも、気落ちしているのが伝わってくる。


尚人は、ゆっくりと床に足をおろすと、暗闇に慣れ始めた目を頼りに部屋の明かりを点した。
再びベッドに戻ると、簡潔に尋ねる。
「原因は?」

「――浮気」
宏樹は何でもない事のように言うが、こたえてないはずはなかった。

尚人は、予想通りの答えに、ただ苦笑せざるをえない。
「またか……懲りねぇな、タケの奴」
「ほんと、もう何回目かもわかんないや」
乾いたような笑い声が、尚更痛々しさを増す。

尚人は、小さく舌打ちをする。

宏樹を傷つけるタケに苛立っているのか、何もできない自分に苛立っているのか、わからなかった。

「――だから、俺にしとけって言ったろ」
本心から出た言葉だった。

タケの浮気癖は、今に始まったことではない。
二人が付き合うと言った時、尚人は必死に止めた。
それでも、宏樹はタケを選んだ。

「ね。ナオトの事好きになれたら、どんなにいいか」
何度も耳にしてきた言葉。
あの時も、宏樹はそう言って尚人を拒んだ。


「それ、遠回しに俺の事は何とも思ってないって言ってるわけ?」茶化すように返すのが、精一杯だった。

「ばか、そんなんじゃないよ」
本気で慌てる宏樹が、尚人には愛おしく思える。

「わかってるよ。そんな怒んなって」
尚人が優しくなだめると、受話器からインターホンの音が洩れてきた。

「あ、誰か来たみたいだ」
宏樹が立ち上がる気配がする。


「大馬鹿者のタケが、謝りにでも来たんじゃねぇのか?」
こんな時間に訪ねてくる客は、まずいない。
尚人は、ほぼ確信しながらそう言った。

「う〜ん、どうかな」
宏樹は、期待と不安が混在しているような、曖昧な返事を返す。

「とにかく、話聞いてやれ」
穏やかに、しかしはっきりと促す。

こんなふうに宏樹を泣かせるのは許せないが、謝りに来たことだけは褒めてやりたい。
放っておくつもりなら、今度こそ奪いに行こうと思っていた。


「……うん、ありがとナオト。じゃあまたね」
「ああ、おやすみ。ちゃんと仲直りしろよ」
尚人が言い終えると、静かに通話は途絶えた。

ゆっくりと携帯を閉じると、枕元へと放り投げる。
そして、自分もまたシーツの海へと体を落とした。


こうこうと光る明かりを見上げながら、宏樹を想った。




お前と一緒に歩けないなら、せめてつまづいた時には、すぐに手を差し延べてやれる存在でいたい。
利用するのが悪いなんて思うな。
何かあったら、いつでも連絡してこい。
会議中だって、構わず電話に出てやる。
どこにいたって、かけつけてやる。

だから、幸せになれ。
どうか、幸せになってくれ。
それが俺の唯一の願いだから。







2007/03/04
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