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本の続き
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キーワード:匂い 記憶 ほのぼの
あらすじ:「初めてアンタに会った時、すげー懐かしい気がしたんだ。」
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首筋に顔をすり寄せ、鼻を押しつける様は、まるで子犬のようだと思った。
「――何してるんだ?」
俊は、読み掛けの本から、自分の首にしがみついている春樹へと視線を移した。
その声に反応するように、春樹は少しだけ顔を上げたが、またすぐに伏せる。
「アンタの匂い、嗅いでんの」
春樹が言葉を発するたびに、首筋に息がかかる。
広々としたソファを無駄にするかのように、二人はその端に重なり合って座っていた。
夕暮れ間近の冷え切った部屋の中で、二人だけが温かな熱を持っているようだった。
「猫だと思ってたんだが、犬だったのか」
絡み付く腕をそのままに、俊が言った。
突然家を訪れては、いつの間にか去っていく。
人懐こいように見えて、いつも飄々としている。
それが、春樹のイメージだった。
「匂いと記憶って、深い繋がりがあるって言うじゃん?」
ふいに春樹が呟く。
「また、話が唐突だな」
俊は、わずかに微笑むと、読み掛けの本にしおりを挟み、そっと閉じた。
テーブルに置こうと手を伸ばすが、春樹がまとわり付いているせいで届かない。
ため息をつくと、ソファの上に置き、指先で遠くへ押しやった。
「匂いを嗅ぐことで、昔の思い出が一気に蘇ったりとかさ、そういうの」
言いながら、春樹は俊の上に跨がるように座り直す。
緩く締められたネクタイに手を伸ばすと、指先に絡めるようにして弄び始めた。
「聞いたことは……あるな」
俊は、春樹のすることが気にならないのか、相変わらず好きなようにさせている。
「初めてアンタに会った時、すげー懐かしい気がしたんだ。なんでだろうって、ずっと気になってたんだけど……」
春樹は、ネクタイを弄ぶのに飽きたのか、今度はするするとほどきだす。
「最近になって、ようやく理由がわかった」
きぬ擦れの音と共に、ネクタイが一気に引き抜かれる。
そして、真っ直ぐに目を見据えながら、春樹が言った。
「親父とおんなじ匂いがすんだよ、アンタ」
床へ放り投げようとする手からネクタイを奪いながら、俊は苦笑する。
「まさか、過齢臭とか言うんじゃないだろうな」
「ちげーよ。もっと格好良くて、色気のある匂い」
口の端を上げて薄く笑うと、春樹はあらわになった首筋へ唇を落とす。
俊が、柔らかくしっとりとした感触に酔いしれていると、鈍い痛みが走った。
「今度はマーキングのつもりか?」
痣にならなけはれば良いがと思いつつ、俊は痛みを感じた辺りに手をやる。
「すっげー格好良かったんだぜ。俺の憧れだった」
人の話を聞かないのはいつものことだが、過去形の言い回しが、酷く気にかかった。
窓の外は暗さを増し、室内も一段と寒くなった気がした。
「……親父さん、亡くなったのか?」
俊の問いに、春樹はわずかに首を横にふる。
「俺がガキん時に出てったっきり。たぶん、どっかで生きてんじゃねぇかな」
予想と言うより、願いに近い言い方だった。
「初耳だぞ」
「言ってねぇもん」
春樹がついばむように降らせるキスに、俊は静かに応える。
「――俺、どっかで捜してたのかもしんない。親父の匂いを」
在りし日の面影と思い出を。
「それで、俺を見つけたってわけだ」
俊が優しく微笑み、春樹の柔らかな髪を撫でる。
「タバコと香水が混じったような独特の匂い、親父とそっくりだよ。アンタの匂い嗅いでると、なんでか落ち着くんだわ」
言い終えるのと同時に、首筋でくんと鼻がなるのが聞こえた。
俊が静かに呟く。
「俺は、親父さんの身代わりか」
問い掛けているのか、独り言なのか、わからないような言い方だった。
視線は、じっと窓の外を捉えている。
「最初は、確かにそうだったかもしんない」
いつの間にか、春樹は胸の辺りに顔を埋めていた。
俊は、その時初めて、シャツの前をはだけられているのに気付いた。
「――でも、今は違う。アンタだから、アンタの匂いだから落ち着くし、好きなんだ」
そう言う春樹の手は、俊のシャツを強く握り締めている。
俊は、その手を優しく包み込み「そうか」とだけ言った。
春樹の手が、腰へと回される。
二人の間には、穏やかな時間が静かに流れていた。
しばらくして、俊が問う。
「一つ聞くが……いつまで、この体勢でいるつもりだ?」
「ずっと」
春樹が不敵に笑う。
「俺、アンタの匂いが好きなんだって言ったろ」
俊は、腰に回されていた手に、一層力が込められるのを感じた。
どうやら、本の続きはしばらく読めそうにない。
****
Fin.
****
2007/03/08
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