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日々の泡
 吉田群青


走る列車を踏切から眺めている
始発から終電まで
同じ路傍でしゃがんだり立ったりして

動体視力を鍛えるためだ
と自分には言い聞かせていたけれども
今思い出すとはっきりわかる
わたしはただ動くものを
見ていたかっただけなんだ
静止している眼前を
何もかもがすぐに通り過ぎてしまうから

終電の列車の四角い窓の内側で
みかん色の灯に揺られてる人々は
なぜかみんな眼を見開いて
物言いたげに
こちらを見つめていた気がする


深夜
顔に手を這わせると
かなりの高確率で
吹き出物が指先に引っ掛かる
それは熱を帯びていて硬く
まるで種子のようにも思える

人差指のつめで ぎっ と掻きとると
少し血が出たようだ

掻きとったものを見ると
それは紛う方なくわたしの一部で
そのまま土にまけば
やがて寸分たがわぬわたし自身が
土から発芽するであろうが
いつもそれをせぬままに
つい口に入れてしまう
すこししょっぱいような
淡い鉄の味がする
そういう風にして
かさぶたでもなんでも
口に入れて
飲み込んでしまうのがわたしの癖だ
体から出たものを
きちんと体へかえさないと
損なわれ続けて擦り減って
そのうち無くなってしまいそうでこわい

ファンデーションに塗り込められた皮膚は
いつまでもどこまでもするするで
砂漠のようなさわり心地だ


タップ・ダンスをかっこよく踊りたくて
時間が空くとどこででも
おかまいなしにステップを踏む
しかしあの踵の音が素晴らしく響く靴は
五千円以上するので買えないのだ
だからいつも
想像上の自分に履かせることにしている
想像上での自分は
舞台のスポット・ライトに照らされて
残像をまき散らしつつ誇らしげに踊る
ぴかぴかに光るとんがった革靴で
しかし実際は
路上ではスニーカーだし
家ならばスリッパだ
てててぱたたん
とつま先を上げ踵を打ちならし
以前よりはだいぶ上手になったと思うけれども
アパートの階下の部屋からの苦情もだいぶ減ったし
この頃は駐車場で踊っていると
階下の部屋に住む子供たちが
わたしの周りで一緒に踊ってくれるようになった
風になびく子供の髪は
男の子でも女の子でも
とても清潔で壊れやすいもののにおいがする

タップ・ダンスは
他のダンスよりも
孤独な感じがするから好きだ
踵を高速で鳴らし続けるところも
誰かを呼んでいるようでいいと思う
もしこの音を聞きつけて
誰かがそばへ来てくれれば
たぶんもうさみしくないだろう

アパートの駐車場には月光がさして
影もずいぶん長く伸びた
そんな場所でひとり踊るわたしは
何か非常に大きなものと
たたかっているように見えるかもしれない
たたたぱたたん

ベランダに干してある洗濯物が
手を振ってるみたいにゆっくり揺れてた



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じゅぎょうのじかん
 吉田群青


算数の時間
たろうくんは時速5キロメートルで
3キロはなれた隣町まで
りんごを買いに行きました
という問題を読んだとき
手を挙げて先生に質問をした
たろうくんは寄り道をしないですか
たろうくんは疲れて休んだりしないですか
先生は
たろうくんは同じ速さでいつまでも進みます
と答えたと思う
それを聞いてわたしは
機械の体を持ったたろうくんが
がしんがしんと一定の速度で
同じ方向へ進み続ける光景を想像した
それからというもの
どうも算数や数学を解こうとすると
たろうくんががしんがしんと頭の中に現れるので
気が散って問題の答えを出すことが出来ない
想像の中のたろうくんは
りんごをひとつだけ買うために
いつまで経ってもつかない隣町を目指して
がしんがしんと進んでいる
教科書と同じ
縦丸の真っ黒な眼と笑った口を持って
誰とも出会わず
えいえんに


いくつのときだったか
家庭科の教科書を読んで絶望したことがある
図解付きで
汚れを落とす洗い方が載ったページだった
つまみ洗いや
こすり洗いなど
様々な洗い方をしている写真の一番端に
七分以上洗っても落ちない汚れは
何をしてももう二度と落ちない
というようなことが書いてあって
頭を殴られたような衝撃だった
努力しても出来ないことは絶対に出来ない
と宣告されたように思ったのだ
家庭科の先生は優しい女の先生で
聞けばなんでも教えてくれた
だけどわたしは
そのことについて聞かなかったと思う
困らせるような気がしたからだ
その先生が好きだったから
家庭科の授業はいっしょうけんめい聞いていた
いっしょうけんめい聞いていたはずなのに
今のわたしは釦付けひとつきり
それだけしかうまく出来ない
やっぱり
努力しても
出来ないことは
出来ないのかも知れないと思う
絶対に


国語は好きだったが
テストの点数はいつも悪かった
このときの主人公の気持ちを40字以内で答えよ
という問題なんかに
私は主人公でないのでわかりません。
でも、かなしかったかもしれません。
とか書いていたからかもしれない
国語の先生は萩原朔太郎が好きで
息子に朔太郎という名前をつけたと言っていた
すべて書き終えたテストの余白に
よくわたしは
さくたろうちゃん
という題名で男の子の顔を描いていた
その顔にいつも先生は花丸をつけてくれた
もうすこしまじめにもんだいをとこうね
というメッセージ付きで
一度 作太郎ちゃん という文字を当てたら
×がしてあって
朔太郎です
と訂正してあったこともある

今でも
陽のあたる午後
萩原朔太郎の詩集を
読んでいるときなんかに思い出すのだ
あの国語の先生と
見たこともないさくたろうちゃんのことを
思い出しながら微笑んで
あれから二十年くらい経つんだと思う
想像の中の先生はいつまでもとしをとらない
先生がもしわたしを覚えていたら
きっと先生の想像の中でも
わたしは永遠に六歳の
ぶすくれた顔をした女の子のまんまだろうと思う



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駅のかたすみで
 丘 光平


駅のかたすみで
女が
古い紙片のように
からだをちいさく折りまげていた

あなたには
ことばはいらなかった
ことばがあなたを使いはたす前に
あなたを見失ったのだから

 冬にまみれた衣服のしたで
のこりわずかなはじらいに
暖をとりながら

ざわめく駅のかたすみで
親をなくした子のように
赤切れた手を握りしめている




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ひとつ むすぶ
 木立 悟




なだらかな
未分化の稜線
言葉少なな
ひとつの泡


曇間の明かり
水が水を分ける音
一枚の葉
星の裏まで
同じ大きさ


旧い川に
ふいに沸く銀
水たまりの底
息をふく青
空から空へ
たどりつく火


灰の舳先が
曇を分ける
音は点き
目をふせ
光は鳴る


夜のなかの 夜の塊り
よけては触れる繰りかえしたち
冬の城には水しぶき
こだま こだま
流れる息のかたちたち


白のなかの無数をわたり
音も色も水から空へ
水から空へ傾いてゆく
悲しい羽 悲しい糸
いつか分かれ
離れるものを結んでゆく

























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オレンジ
 石畑由紀子
 
見えない先から
ひさしぶりに糸を引かれ
私も
糸を引いて応える
紅い汗を流して彫刻のように削りだした核から伸びている、それは
時にたわみながらも千切れずに今も

在る、確かめる糸のふるえ、声はなく
見えない先が
けれど

私にはわかる
私たちには


糸の意思からはオレンジの香り
たちこめている、強く
この距離で
オレンジを

一緒に齧りましょう




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冬をつげる空の晴れ間から
 丘 光平


 冬をつげる空の晴れ間から
雨が降ってくる、
すこしつかれた午後の額へ
 人形師のたくみな糸のように

 人形師はしっている 無口な時間たちが
そのしずかな水面のしたで
なにか溢れかえるものを両手に抱えて
いっそう無口になることを

 いたるところで
四季咲きの静寂が
枯れ木の促しを受けとりながら
枯れ木へ送りかえす一陣の風

 雨が降ってくる、深い霧のように
冬をつげる空の晴れ間から 
生まれやまない雨の庭に
 墓標はいらないのだと




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殺しに到る感情のライン
 ホロウ

殺しに到る感情のライン、俺はいつだって不都合を拭い切れず全てが終わった後の閉ざされた部屋の中で汚れた刃を研いでいる、それを誰の喉笛に届かせようというのか、劇的な夜明け前まで考えても答えを出すことは出来なかった―行き先の判らない殺意ほど始末に負えないものは無いよ、そうは思わないかい?
どこへ行ってもざわめきがひどく耳について…ひどく耳についてひとつひとつ、耳に飛び込んでくる言葉の中に俺の名前が混入していないかと目を血走らせて考えてしまう、どんなに探しても答えは無かった、どんなに考え込んでも納得のいくものは見つからなかった…俺は目的も忘れてうろついてしまうのだ、気がつけばいつでも忘れてしまって思い出せない
殺しに到る感情のライン、だけどそいつは一度たりとも血の味を味わったことがない、それを幸せと言うか不幸せと言うかはそれぞれの判断に任せるところだけど―俺にはどちらとも決めることが出来ないぜ、たぶん誰かが明確な論旨を持って俺をそいつなりの結論に導こうとしたとしても俺は黙って刃先を見つめているに決まってる、イエスともノーとも唇を動かすことはない
結論が美しいことなんて誰が決めた?結論が素晴らしい結果だなんてどこのどいつが考えたんだ…殺しに到る感情のライン、それは降るのか降らないのかよく判らない雨雲の編成みたいだ、降るには足りない、晴れるにも足りない、どっちつかずのただ冷えていくだけの空模様、俺は見上げてカラカラになるまで口を開けている、もしかそこに雨粒が落ちてきたらすべてを辞められるような気がしてさ
肯定とか否定とかつまらない理屈で他人の思考に鍵をかけようとするのはよせよ、俺はただ知りたいだけ、当てのない思考が俺をどこへ連れて行こうと目論んでいるのか、結果を持たずに流れる水が流れ込んでいくのはどんな果てなのか、どうしても見たくて俺は恐れながら身を任せているのだ、そこに流れがあるのかどうかはっきりそうと感じることなんて数えるほどしかないのだけれど―とにかく俺はそうした流れの行く先を知らなければガラクタのままで死んでしまうんだ、そのことだけははっきりしてる、おそらく結論とは自分で構築するものだと理解した瞬間があったのだ、手を届かせようとも思わなくなった遠い遠い遠い過去のどこかに
殺しに到る感情のライン、俺の中の殺意、鋭く尖った刃先に押し当てた自らの手のひら、風の通り過ぎた後みたいにうっすらと細かく刻まれた俺の空っぽの手のひら、偶然色をもった空白みたいに薄い血が滲んでゆく、俺は愚行を笑いはしない、誇らしいものを手に入れる為に生れてきたわけではないから―役割があるとすればそれは俺はこの身を切り裂いてみせる厚化粧の道化なのさ…道化の化粧はすべてを覆い隠すためのものだ、その下にある疲労や傷みを…べったりと塗りたくった顔料で誰にも見せないように細工してあるのさ、俺にはその理由がはっきりと判るぜ―なぜなら彼らも傷んで見せる種類の連中なのさ
刃物の詩を、ナイフの詩を綴るのは何度目だ、まるで自傷趣味の自意識の高い変態のようにだらだらと連ねてみせるのは?ああ、まあ、どうでもいいことだ、そんなことについて考えている間にいくつもの言葉を逃してしまうのだから、もっともっと俺は言葉のスピードに乗っかってこの気まぐれを少しは見栄えのいいものに拵えなければならない、拵える、そこにはある種の整然とした流れがあるということに他ならない、俺は流れを拵える、もちろんそれは本当の流れに追い付くことは出来ないけれど―追いつこうとするスピードは思いもよらない感触を生み出したりするものだから、それについて深く考えたりすることはしなくなった、いつかにも書いたことかもしれない、いつかにも飽きるほど綴った…もしかしたら一字一句違わずに俺はそれをここに並べることが出来るかもしれない、だけど、でも
そこにはいつかと同じ感情など微塵もないのだ、殺しに到る感情のライン、俺は獰猛だが盲目な獣の牙をもって、誰かの喉笛を狙い続けている、噛みついたら愛を囁いてくれそうな誰かを、引き裂いたら何かを与えてくれそうな誰かを…俺の牙が好きか?俺の不作法な牙のこと愛してくれるかい…?俺はいつの間にかこんなものになってしまった、誰の言葉を聞こうとしているんだ、誰の感情を変換しようとしているんだ…汲み上げたお粗末な憎しみや不快な言葉たちを、どんなふうに組み上げて拵えようと―言葉を探した、言葉を探した、言葉を探した、言葉を探したんだ、本当に欲しいものを探すときはまずあらゆる連動について考えなければならない、連動が生み出すスピードのことを…誰かが目に留めるよりも速いスピードのことを、誰かが見落とすぐらい速いスピードについて…
殺しに到る感情のライン、殺したい相手はどこにもなかった、俺はぼんやりと刃先を見つめていた、劇的な夜明け前がそこに訪れる頃




目は落ちくぼんで
何を認めることも出来なかったんだ





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放牧
 宮下倉庫

ジュリア・ロバーツの唇は
ガムテープで塞いでやりたい

アンジェリーナ、という語感のよさに
絆(ほだ)されたわけでもないが
その唇には倒錯を塞いでしまう
質量、が

思惑だけはそのままに
牛、に火を、その質量ごと
灰に、それは
絆されるためだったかのよう


moo


抗議します、断固
お願いしますほんとうに
ところであなた誰ですか?
毎日窓口が変わるので
不便でしかたがありません
リピートします
抗議します、断固
お願いしますほんとうに
ところであなたこそ誰ですか?


moo


きっと押し切るんだろうねと
牛たちが黙々と草を食む
“テキサス・”と修飾される
レンジャーズ/カウボーイ/プレジデント
OKこのBULLSHITども
おまえらの気持ちはよーく分かった
牛は一旦俺んとこで面倒みよう
ところで知ってるか
リーバイスは今やMADE IN CHINAだ
道理で平和(ピース)フルな履き心地だろ?
とはいえ俺の名を気安く
ファーストネームで呼ぶんじゃない
定点観測は四六時中続けられてるのさ
シンディのことはもういい
物騒なことはそっとしておけ
俺は牛を尊重している
新しいヒンドゥーみたいに
インドを侵食する日は間近だ
人間については
まあ後回しになるだろうな

俺の鼻はいつでも
濡れているんだぜ


moo


 パシフィック・コーストは
 今日も快晴です
 以上CIAがお伝えしました



(アンジェリーナ
(俺んとこの牛はアンジェリーナ
(豊満な牛だぜアンジェリーナ
(ブラッド・ピットのやつは
(エドウィンなんか履いてないぜ


トッテモ
ゴメンナサイ


抗議しましたわ
ええ、もちろん、断固として
止めてやりましたわ
水際でがっちり
でもそろそろ潮時かなって
あたしの無念を
同郷のあの方は
晴らしてくれるかしら


moo


 パシフィック・コーストは
 今日も引き続き快晴です
 喫水線からCIAがお伝えしました



(アンジェリーナ
(テキサス米にキスしてくれよ
(ジャパンの食卓に星条旗
(君達のファーストネームは
(舌を噛むから発音しないことにしてるのさ


moo


小山のような生物が群れ
蠢く山脈になり
黒々とした隆起のあちら側から
新しい親書が届けられる


 親愛なる君達へ

 一件はいつでも
 しかも最初から
 落着しています
 君達はまるで羊だ


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