-如月 詩集-


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フランクフルト
By 如月
09-21 22:46

本当の歌に喉を鳴らした
小学校の帰り道
どこまでも伸びていく影と
私たちの身長と
今日を数える指遊びを覚えている

 *

学校と家の間ぐらいにあった
スーパーの跡地がいつまでも
手付かずのまま放置されていた
その傍らに広い草むらがあった
「入るな危険」の看板が立っていて
フェンスが張られていたので
真ん中がどうなっていたのかは解らなかった

草むらの周りには面白い植物が沢山生えていた
その中でも特に不思議な植物があった
大人の身の丈以上の大きさの細い枝の先端に
ホワホワとした棒状の茶色い
綿のようなものが着いていた植物だ
私はその植物に
フランクフルトと名前をつけた

学校が終わるといつも友達と
「フランクフルト取りにいこうよ」と
草むらで寄り道をして帰った

 *

あらゆる身長が伸びやかに
屈伸を繰り返す夕暮れ
家に帰ると
左利きの姉が
いつも絵を描いていた
何を描いていたかはわからないが
いつもただ黙って
絵を描いていた

しばらくすると
母が仕事の合間をぬって
夕飯の支度に帰ってきて
姉と私の夕飯をテーブルに並べて
忙しなく仕事に出掛けて行く
姉はまだ
夕飯と出掛ける母に目もくれず
何かを描き続けている

私たちの食卓テーブルには
数の足りないお箸と
からっぽで
口の回りが塩分で固まった醤油さしが
いつも不揃いに並べられている

 *

土曜日
昼下がりの帰り道
くたびれた午後に音はなく
ただ静かに広がっている空の真下で
足りない私の身長が
屈伸を繰り返して
小さくなっていく友達の
遠い背中にいつまでも手を振って
またね
またね、って
声を落として唇を
固く結んで
運ばれていく友達の
帰る場所を
私は何も知らないのだと
少しの空腹の中で思う

 *

家に帰るとやはり
姉は絵を描いている
土曜日は学校の給食がなく
母は仕事を抜ける事が出来ないので
テーブルの上にいつも五百円だけがぽつん、と
冷たく置かれている

私が家に帰って来た事に姉は気付くと
絵を描く事を止め
テーブルに置かれた五百円を握りしめて
「今日、何食べる?」と
嬉しそうに笑いながら
一緒に買い物に出掛けた

左利きの姉が私の手を引く
私と手を繋ぐ時はいつも
姉は右手だった
閉じられた姉の左手が私に開かれる事がないのは
きっと
私の身長が足りないからなのだと思う帰り道
家の近くの空き地で
フランクフルトが不揃いに風に揺れていた
ここにもフランクフルトがあったのだと
私は初めて知った

姉の肩が目線の少し上の方で
ゆっくりと
屈伸を繰り返している

 *

母がいつものように忙しなく帰宅し夕飯を作る
姉はまた絵を描き始めていた

不揃いなお箸と
からっぽの醤油さしと
右利きの私と
左利きの姉が
忙しなくテーブルに並べられ
いっぱい笑いながら
いっぱい食べて
私たちは食器と同じように洗われて
おやすみなさい
おやすみなさい、って
今日を流し台に仕舞う夜の
瞼を閉じた時間だけ
開かれる夢、
のような夢の狭間で
壁の向こうから
父の声とテレビの音が
もごもごと聞こえる

隣のベッドでは姉が
左手でタオルケットの端っこを
大事そうに握りしめながら寝ている
姉の見ている夢がどんな夢なのかやはり
何も知らないのだと思う私の
閉じられた狭間で
草原のように風に揺られて
屈伸を繰り返している
フランクフルトの真ん中で
私の身長が
伸びやかに開かれていく




「詩遊会・4」掲載作品


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八月の午後の終わりで
By 如月
06-23 19:23

七月のしっぽが
猫の仕草で
伸びてゆく裏路地
空へ
開かれてゆく
新しい子供らの
背骨は美しい

 ・
公園に広がる様々な思い
片隅のベンチで繋がれていた
手と手のあたたかさで
照らされている
様々な終わり

 ・
いつも愛をささやく女の子
幸せな分だけ淋しいらしく
愛の確認に忙しい女の子
来週末はどうやら
彼氏と会えないらしい
週末はコンパで忙しい女の子
様々な思いと愛のかたち

 ・
砂場で遊んでいる男の子が
八月に焼かれながら
思いっきりの笑顔で
母親に
手をふっている男の子

母親は妊婦らしく
お腹の膨らみ具合からして
もうすぐ産まれそうだ
公園と呼ばれた
小さな世界で
いのちの名前を
呼び合うようにして
夏の背中に手をふって

 ・
黄色い花びらの裏側で
佇んでいるひだまりが
ほどかれて
新しい子供らの
正しい祈りと
幼い夏が
空へ
とじられてゆく
八月の午後のおわりで




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帰り道
By 如月
06-06 16:41

夕方
もうすぐ保育所が終わる時間なので
僕は支度を始める

テレビでは
低周波シグナルで腹筋が鍛えられるという
いかがわしいダイエットマシーンのCMが
いかがわしく流され続けて
どこかのアスリートが
素晴らしい腹をさらし続けていて

どこの家の犬かは知らないが
いつも鳴いている犬がいて
保育所の駐車場は
お迎えの車と家族でいっぱいだ
誰のお母さんかは知らないが
いつもすれ違う
黒髪がしなやかになびく
綺麗なお母さんの事だけは覚えている

さようなら
さようなら

息子のいる小さな部屋
(いや、子供らにとっては広いのかもしれない)
に迎えにいくと
いつも息子はおもちゃに夢中で遊んでいるのだけど
僕を見つけるにつけ
泣き叫びながら走ってきて
抱き付かれると
やはり嬉しいのだけれど

いつも手を繋いで帰る
帰り道には
サビついた鉄塔と
給水塔があってそれらが
夕焼けに照らされて
いっそう美しくサビついて見えるのは
どこか僕らに似ていて
息子が何故いつも泣き叫ぶのか
という事について考えている
僕のとなりで息子は
覚えたてのアンパンマンマーチを
懸命に唄い続けている

もうすぐ
不妊症、のはずだった妻が
素晴らしい腹を抱えて
産婦人科から帰ってくるというので
僕らは一斉にあらゆる支度を始めて
息子はいつも新しい
覚えたての唄を懸命に唄い続けて
廃品回収の声が鳴る道を
僕ら
手を繋いで歩いている
 
 
 
文学極道
2010年1月分
月間優良作品
入選作品

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僕らは境界線の上で眠る
By 如月
11-20 10:16

君が白菜を切っている時の
弾ける水滴が美しく
「この今まさに切られている白菜に、お母さんはいるのかね?」
そう言って君は、次にエノキの石づちを切り
乱暴に鍋にバラまいた。
「鍋を食べようって言うけどさ、鍋は食べられないのよ?」
君の妙な鍋の定義を繰り広げながら今まさに、お風呂に入いっている僕らもまたある種の鍋、なのかもしれないね。
なんて言いながら僕ら、今日も
小さな夜にひたされて

 *
そう言えば君の(あるいは僕の)残した、白菜に関しての論議が繰り広げられた昨日の朝の事を、君は覚えているのだろうか
牛乳を一口飲んだ君はまた、白菜に関しての論議を始めるんだね。
分かっているよ、つまり
そんな朝は、今日の夜も鍋だって事ぐらいは

 *
僕らの小さな部屋では、小さな夜がゆっくりと広がっていて、テレビでは、僕らの隣の国で、また新しいミサイルが作られている事が取り上げられている。
「冬の寒い、空にいつしかミサイルが弾けとんでゆくんだろうね」
そう言って、白菜を乱暴に切っている君の指先から水滴が美しく

「ねぇ、死ってなんだろうね」
詩?
「違うよ、死ぬの死!」
さぁ?なんだろうね。
「多分、さ、からっぽになるんだよ」
からっぽ?
「うん、つまり、そう言う事なんだ
わかんないんだけどね。」
ふーん

「鍋食べてるとさ、テレビってまともに見れないよね」
うん、見れないよな
「消そっか?」

本棚の上には、君の幼かった頃の写真が一枚だけ飾られている

 *
僕らの鍋の白い湯気が窓を曇らせてゆく
夜半、パトカーのサイレンが辺りに響きわたっている。

夜は一つの境界線だ。
誰のせいでもなく、過ぎてゆく日々に、去ってゆく背中を追う事は出来ない。

朝になれば、また君は牛乳を一口飲みながら、残された白菜の論議を繰り広げるのだろうか
君が話していた白菜の母親について考えながら、今日も僕らはどこまでも続く、境界線の上で眠っている。



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雨はやまない
By 如月
11-16 09:20

おまえの
たおやかな冷たい
皮膚の上を滑るようにして
羊水の中で
揺られていたように
包まれて眠る
まぶたの
裏側に広がってゆく暖かさで
やわらかく上下する
肋骨の
丘の上に広がる夜空を
泳ぐようにして語られた
言葉を
置き去りにして
重ね合う唇に
満たされてゆく器官

 ///

夕暮れ
錆び付いた赤いポストを
横切れば
思い出さずにはいられない
そんな名前が
一つぐらいあったほうがいい
足元に広がる
街の上を歩く人々の行方
(あるいはわたしたちの)
どこからか流れついてまた
どこに流れてゆくのだろうね

そんな
いつかどこかで聞いたような
会話を交わしながら
暮れてゆく太陽が
山々を染めて
街や人の影を連れてゆくのを
おまえと
指先と指先を
編むようにして眺める。
そんな風に
穏やかに一日が終わればいい

 ///

過ぎてゆく夏があった
枯れてゆく器官に刻まれるたび
一つの夏が終わる
新しく産まれる沈黙から
一つの
星座が造られるように
そして
動かない空は、
見上げる
眼球を抱きしめて
区切られてゆく、
言葉を、
羊水の宇宙で溶かして
えいえんの、
ほら
おまえを見送る
句点、読点、の。
雨は、
やまない。
 
 
 
 
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夏/断想
By 如月
07-29 23:48

君が忘れていった朝が
扇風機に
カラカラと巻かれて

 ・
名前のない
遠浅の岸辺に
与えられた
水面
私たちの夏が
せせらいでいる

 ・
降りしきる句読点が
まばたきを繰り返している
そうして
形成されてゆく
言葉の理由を
夏の夜は知らない

 ・
風邪をこじらせた母が
朝食の支度をはじめる
いつかどこかで
触れた事のあるような少し
涼しい風が遠くの
草木をそっと撫でてる
蝉の抜け殻の朝
おまえたちの夏

 ・
もしかすると
きみは
しっていたのかもしれないね
からからとまかれてゆく
あさのかるさと
いのちのかたちを

 ・
窓枠に飾られた
空の近い午後で
揺れいるいくつもの
はじまりとおわり
夏の背中を横切ってゆく
夕暮れの足音
遠ざかる声





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夜の帳(U)
By 如月
12-21 23:12

 ・
冷たい街と、街の隙間を
暖かな風が結んで
冬の枯木を染めてゆく花、
の温度で
私の頬を撫でていく
その風に
春、と名付ければ
通り過ぎていったものたちの
遠い背中を
想い出す事ができますか

 ・
沈んでいく空が
全てに与えられた今日を燃やす
さようなら、の地平線
見送る声はなく
冷たい街の影だけが
遠ざかるあなたに
そっと手を伸ばして

 ・
いつまでも終わらない
道路工事の
鳴りやまない金属音が
私たちの
美しい骨格

 ・
溢れる足音に押され
流されている人、人の群れ
始まりと終わりの交差する地点で
あなたが私を
通り過ぎていきます

 ・
そして、
街がぽつり、と
声を落としてあなたの
忘れ物を拾った
帰り道、のような
山々の向こうは
一つ、また一つと
消えそうな今日を
燃やし続けているのだ

 ・
相も変わらず人気のない
いつもの公園

渇いていた土の下で
眠っていた緑の呼吸
蕾の産声で
葉を揺らしている木々たち
冬、と呼ばれたお前の仕草を
もう覚えてはいない

静かに広がる池の傍らで
名前も知らない紫色の
小さな花が暖かな
風に揺られている

小さな花のその名前を
私はきっと
知らないままで

 ・
私たち
輪郭のない命を燃やして
いつかの夜に
こぼれ落ちる美しい骨

固く閉じられた手のひらに
言葉もなく
さしのべられた夜の帳が
ゆっくりと開かれていく

ねんねこよ
 ねんねこよ

鳴りやまない
ほんとうのうたに
いつまでも膝を抱く
小さな背中

ほら
鳥のように鳴く幼い肩を
抱きしめる肋骨
それは母の
胎動をとおる
美しい輪郭で
わたしたちの声が
ひらかれてゆく
うまれたばかりの
おわりにかえる




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葬列
By 如月
11-11 18:32
それぞれに
あらかじめ用意された
一本の葬列に並んでいる
傍らでは
一杯の水と花が
美しくお辞儀を繰り返している

 ・
何も語らない夜に語る
わたしの浴槽では
まだ名付けられていない
一匹の魚が浮遊し
剥がれた鱗がひらひらとせせらいで
静かに寄り添う
その隙間を
いつか愛おしく思うのだ

 ・
そこにあるのは、ただ
あなたのようなあなただった
冷たい体温を手のひらですくうと
たしかな
あなたが開かれてゆく
言葉は
いつだってやさしく
あなたの来た道に降り注いでいる

 ・
いつまでも
何気ない会話を落として
過ぎてゆくあなたの横顔を
静かに見送った葬列に並んで
空を見上げた
たしかめるように呼ぶ
いまだ名付けられないでいる
声が
どこまでも不在だった夜を
わたしの渇いた浴槽で
鮮やかに散りしかれた
鱗の上に横たわる全てを
やがて迎える朝よ燃やせ
この用意された葬列とともに



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九月
By 如月
10-08 15:04
「九月」
 
遠ざかる日に
夕暮れを落とした空は
新しい子供らをかえす

はじまるのは冷たい
まなざしで静かに
燃やされた木々の
膝を抱く
蝉の抜け殻のような
透きとおった月に
届くのは、ほんとうの声

大切だった横顔を想う
降りしきる夜のやまない
新しい九月に
言葉を焦がす
雨の降らない窓辺で
そっと揺れるのは
あなたの
遠い暖かさでした



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花冷え
By 如月
06-14 18:07
そして
指の隙間から
こぼれおちてゆくものの
行方を
わたしは知らない
目線よりも
少しだけ高くで
懐かしい声が遠い

 てのひら
柔らかく包みこむ
体温の空は
魚のように広く、
なだらかに泳ぐ
浮遊する午後の岸辺

 声
寄せては帰す
波の狭間で
声の鳴る
燃やされた
地平線の向こう側の
白く
あたたかな内陸

 花冷え
発芽する緑の呼吸
桜の裸体がいっそう
夜を美しく散らして
空に広がる指先の
凍えた隙間から
こぼれおちてゆくものたちの
かすれた声が鳴る
ざらついた 四月で
あなたが
少しだけ遠くなる花冷え



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