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夜としずく
 木立 悟






窓には
ひとつの三日月
ひとりの子と話す
風の音
油の虹


武器はなく
ひとつの羽を得て
ひかりかがやくもの
ひかり失うそのとき
居ること 居ないことを
震わせる灯


いちばん近い曇から
途切れ途切れの声
虫の羽の水が来て
風にちぎれ
まぶたに消える



とねりこ
ありか
いそしぎ
たたずみ
ひともとのひかり あふれ
ぽつりと ただひとつの
こたえのようにひびき



帰り遠のく
喉の渇きの音たちの路
さわさわと目を閉じ
朝へ昇りきる前の
廻りつづける水の歯車
縦の波紋の巨きさを聴く


















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猫の記憶
 ホロウ



つ、たん、とわずかなタップダンス、軒先を転がるようなリズムがして

時のながれをひとあしおいこして行く


あのひとは、いまごろ猫だろう、思いのほか自由な四肢で世界を掻いて

いずれかの路地裏へ、気取られず走りさる

うつくしい
流水のような毛並みを面影と呼ぼう


きっと穏やかな陽だまりの日には
ぼんやりと思い出すのだ

いつも、さりげなく身にまとっていたかすかな香りや

不文律を味方につけたような櫛の使い方

朝のうちスイッチを入れたままの
小さなラジオにハミングする口角

少し冷めすぎるまで待ってから飲みほす紅茶には
必ずセロファンのような厚みの檸檬の輪切り

ふ、とため息をつくと

ほのかにそれの香りが風に乗ったものだった


猫が好きだ、とよく言っていた、「人となりも知らずに惹かれてしまうような」彼らの奔放さが

何故だか大好きで堪らないと

いまにして思えば、そんなふうに語るときでさえ
ほんのかすかな乱れさえ見せることは無かった


柱時計があった場所から
なるはずのない時報がひとつ聞こえた

生活とはそんなふうに染み込んだひとつひとつなのだと
無人に近いようなひとりの部屋の中で

なるはずのない時報が


そうした奔放さが、あのひとの望みであったのなら、むしろ、そんなものは叶わないほうが良かったのだ、そう言ったら

それは男の傲慢というものだと
あのひとは、僕を諭すのだろうか


傲慢でない思いというものがうまく想像できない
そういう点で間違いなく僕は子供なのだ

だけど
恥ずべきことでないのならそれは触れなくてもいいことではないだろうか?

路地裏へ、気取られず、消えて行く
あなたの足音が聞こえる



そのうつくしい毛並みを
面影だと



僕は




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撮影
 腰越広茂

入梅時
山脈青青波ないで
雲らはいっそう垂れこめて
空胞をうるおす
だけども日に焼けていた石らが
こけにむしてのどをかわかす
かたくなにしめきって
まつ毛をぬらす
写真機をのぞくまなこも
光陰に交際をする
しめった風にそう影重を
一心に切りとるシャッターチャンス


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雨の女
 丘 光平


 もう必要はないのです、あなたには
自ずから剥がれ落ちてしまうものなどは なぜなら
あなたという その厳かな草を伝う六月は
生まれるずっと向こうから降り落ちているのですから


 褐色に磨かれたその野太い手は 辞めたのです
幾多の勲章のようにぶら下がったまま 手を辞めたのです

まるでむち打たれた年老いの空が それと知ることも許されぬ間に
偉大なるひとつの過去として忘れ去られるように


 そして、何処へ行くともなく行き過ぎる人生の
しずかに傾いた口から 無数に解き放たれる沈黙、それは
動かなくなった羽虫への 幼い問いかけのように


 あなたを見失うのです、なにもかも手に入れようとして
何を求めていたのかを思い出すこともなく 
鏡の前を行き過ぎる 腹を空かせた夜のように―




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海の花
 日向夕美


海を首肯するように
いっそこの首を
手折ってくれたら、とおもう
午睡する傍らの君は今にも冷やし飴に溶け落ちそうで
露台の木目はいつだって不規則なゆらぎに満ちていて
君はまだ
呼吸と寝返りを
繰り返している
壜を握り締めていた指先の水滴は
あたしの喉へと滑り
逆さまの海が映り込む


どこまで歩いても
君のくるぶしだけを
掠め取るような
浅い、あさい
粘性の波に
首が呑まれる、のまれる
(四十分おきに大きな波が鈍色のうねりでもって、くる、からね)
そのあなうらで
踏みつけてくれたら
もうどこへも行かない
閉じた瞼に
木目の輪郭がしたり顔をする


温んだ壜を逆さまにして
露台から乗り出した半身を
日差しへかざす
垂直に砂を貫く琥珀のそれが
君の午睡を妨げないよう
あたしは海を首肯する


どれほどもがいても
君の手足を弛緩させ
肺に海水を流し込むような
深い、ふかい
群青の眠りに
絡まる髪を持ち上げた突風
巻き昇る、のぼる
白い首の分解と
散花




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果して愛は・・・
 腰越広茂


果して
愛は
死なないだろうか

愛はいのちを生かす
愛はすべてに宿っている
愛は忘れ去られることはない

しかし果して
愛は
死なないだろうか?

木の葉が光をみつめている
かたわらで小鳥が風へささやいている
その下で私は呼吸をしている

いくつもの時をこえて
あいに来た
その手の温もりは
たしかなまぶしさをもって
つながっている

光の道の途中で
かなしさにとけた透明な闇が
波紋となって響いている
最果てのように想像もできない境地へ
芽吹くのはどんな花だろう

この手に持った
鉛筆はあさってを知ることもできるのに
この鉛筆の先は
いまでも「愛」とは上手に書けないでいる



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赤い川
 田崎智基


赤い川を覗こうと
熱し切った手足は捨てた
また生えてくる別の手足を
訝しみながら
川を覗き
鳥の羽のように手は空をまさぐった
私は
手を憎み
固くなった足を
後ろに向けて
解し
折り曲げながら
互いに挨拶をするような
柔らかな曲線で放棄した

旋回する鳥は
羽をどろっと零し
油の色彩を
油性の時間に掻き混ぜられながら
演舞する仕草を残像として
抽出し結晶させ
階段状に降らし届ける
だから
私の手足はすぐに腐る
それは錯覚かもしれないが
腐爛しているのかと
押さえ切れずに
手足を
手足ではなくしてしまう

赤い川に
手足を何本も落とす
(枝のない
 直立した木を見るように
 鳥たちはそれらを見ている)
流量の少ない川は真っ赤で
手足であったものから
漏れるものがなくても
生きている私の鮮血を
川に
覗き込んでも
私の顔は見えないが
大分昔から
川が流れていることを
知っていた




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きさら
 ミゼット

細長く伸ばしたの
月光
情景を壊したくないから
爪先立ちであるく

スカートをはいたら
少しだけあなたに近づいた気がします

さらの箱はきさらへ渡される

夜の温度は正確に測って
気づかれては駄目
風に触られたら精度が鈍る

きさらは箱の中に
さらはきさらに

欲しかったスカート
夜にしかはけない真っ赤なスカート
波を打たせて船を呼ぶ

さらの箱はきさらへ渡される

きさらは箱の中に
さらはきさらに

海を船が行く

赤い波をかいて
船が行く

空に向かって開かれた
なんて白いあなたの手首


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前夜
 泉ムジ


交差点で立ち止まると
二度と信号が変わらない気がして
アスファルトをすり減らし
ポケットの硬貨を折り曲げ
黒目が裏返ったとき
明かりがともる  。
夜に
引きずり込まれ
潜んでいた声とともに
溢れてくるものたちを
かかとの外れてしまったスニーカーで
踏み潰してもふみつぶしても
なお溢れ
車道にすべり落ちていく体液は
赤いあとをつけて
あなたの家に届けられる  。
やりきれなくて
溢れてきたものを
アスファルトのくぼみに埋めていると
いっそう濃くなった夜が
反転し

わたしは声を潜めていた  。
そして無数のわたしが
そこかしこの暗がりから
どうしようもなくはみだして
片っ端から捕らえられ
すりつぶされ
それでも
どうしようもなくはみだして
悲鳴を上げ続ける  。
はみだすわたしは
手遅れであることを知りながら
あなたの家の前の
赤いあとを
あなたが気づくより早く
消してしまいたいのだ  。
すりつぶされたわたしは
ポケットの中の
折れ曲がった硬貨が
数多の流れ星の一つであることを知っていて
夜は
信号が変わると同時に明けてしまう  。






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かなしい、さかな
 望月ゆき


手をつないで
深いところまで、いってしまった


引いてゆくまにまに
記憶の砂がすれあっては
かすかに音をたてる
ノートブックの波に
毎日つづった、日記
夕立ちをよけて、キスをして、
ときどき、黙った


ねえ
わたしたちの夏は終わってゆくけど
かわらないものも、あるね


セロハンの水面
転写された、北極星

めじるしに


わたしたちはいつまでも
触れあえないまま
さよならだけを、すりぬけてゆく
どこまで泳いでも
かなしい、さかな




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