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みちのり
 腰越広茂

かすかな声でなぞる
あれは面影
うらの林のすきまからみえた
私の亡霊
沈むことのできない舟
いっそうの複音

静かな水面をもっている
自恃矜恃の
刺青で縁の無い波紋が透きとおる
ああ哀しいかな

底無しの墓標に刻んだ
陽炎は ひっそりと ゆらめく
かつて一度きりの出航
耿耿とまつ港はすでになく
果てしない水平面をすべる

白に限りなくちかい青みがかった
雲の影にうたれて
黒髪が濡れそぼち
漂流する孤影の声問に
生を望む しじまがみちて
全ての声を聴く耳は、
ほっそりとかたむき続ける

いつも
ゆるぎない
真実の道が、
私を知っていれば、
それでよい。
そして、いく

※(ふりがな)水面(みなも)、自恃(じじ)、矜恃(きょうじ)、耿耿(こうこう)。

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九月
 腰越広茂

熱い吐息に
幼い印象の前髪は
こころなしか
ゆれてしまって

ほほえんでいればよかった
時空の過失
それがゆるさなかった

遠く
白鳥座の
あれはなんだったか
暗く重く奥ゆかしい
死ねない身(ムクロ)

それがわたしだったか
いまとなっては
遠雷の残り香

そう
あやまらないで


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虚空
 平井容子


幾つかのひれを持ち
ごくごくと頭をひらく
そこから魂を痛めつけるような
きみが
そんな鯨だった

てのひらを透かす
どこか
遠いとこから流れてくる
危なっかしい野はらの血
どうしてだろう
もう二度と
この透徹が
ゆきわたらない





目醒めると
わたしは強固な岩盤の上に横たえられ
売りさばかれていく身体のパーツの切なさを感じていた
きみは郊外の虚構のすみで倒れている
そして夜明け
ぽっかりとあいた空へ
こわい生きざまで泳ぎはじめる
迎えにいくだろう
改札のおくに押し寄せる海へ
完全な黒にちかい
紺碧をにらむように
もう蘇らなくても良かった
きみは
息を継ぐを
知っている









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日付を打たない手紙
 藤丘


かつて潔く閉じた手紙は風を巡り
伏せられていた暦が息吹きはじめている

朽ちた扉を貫く光は
草の海を素足で歩く確かさで
白紙のページに文字を刻みはじめ
陽炎が去った午後に、わたしは
あなたの覚醒をみている

いくつもの雨を見送り
落水に象られながらしぶきを通り抜けた
片目をつぶる空の向こうに真昼の船が見える

夏に踊る つかめない海鳥
甲板のまどろみ
ハンモックに眠る捨てられない写真
時計を回したパラソルに八月の陽射しが透けて
真夏のタトゥーを滲ませていく

レモンを齧ろう
陸に抱かれた船頭から迸るように飛び降りて

摘みたての朝靄に腕を通し駈けていくあの森の
ほそい光を縫って
白い蝶が前を牽いていく
ロゴスの前の二つの手を悲しまないで

水色の風と音楽
蝶番の羽ばたき

あなたの無言を煌く星として記す
たとえ撹拌された夜の中でも
わたしを見つけてほしい





夜に雨、水の孔雀が羽をひろげる
斑紋には日付けのない手紙
硬い声は、きのうのように押しだまり
ねむるために そして、
うまれるために文字を読み続ける

たくさんの文字が白く光りながら
羽ばたこうとする夜を見上げて
わたしたちは小さな花のように耳を澄ます

かたちあるものは呼びあい
真実と錯覚の対岸を往来する
越えていく夜を確かめて
遠くに在るものと
失われたものの静けさを含みながら
わたしたちは、ふたたびであうために

ほどかれた耳は青く突き抜けて
つばさをたたむ絹雲はやさしくする

海に向かうあなたよ
そうして わたしも波を泳いで
ときどき甘く
とぎれとぎれに息をして

いま、世界を隔ててはいないから
わたしたちは何もおそれなくてもいい

呼吸は波うち際へ運ばれて
みどりに縁取られ
からだごと濡れて
やわらかくなった、わたしたちは

打ち鳴らす音楽に耳をあずけ
渇いた言葉を遥かにして
しんと澄んで見送っていよう

掴もうとする先から光がすり抜けたとしても
このまま沁みこんでいくといい




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山岳地帯(マリーノ超特急)
 角田 寿星

ここでは稜線をつよくなぞるようにして叩きつける風が、けして浅くはない爪跡を至るところに残している。霧混じりのかわいた大気に、あれた山肌に、つつましい色を放つ丈の低い植生群に、かるくひび割れたぼくの頬に。その風は海から届いてきたのだと、ぼくはかたく信じてうたがわない。
冷気が一帯を覆いこむものの照り返しは激しく、汗で濡れたシャツが背にうっすらと張りついている。ぼくの、岩々のみじかい影、束の間のコントラストを、一匹の蜥蜴がいそがしく這いまわり、時を置かず真昼の陽光に溶けて消える。ぼくはそれを一瞥しただけで会話を交わすこともなく、足早に通りすぎる。

山の中腹をつたう道、眼下にひろがるのは平野、見渡すかぎりの深いみどり。人の立ち入ることを許さない暴力的な森が、生をどこまでも謳歌するように、均質の風を受けてざわざわと波打つ。いちめんのみどり、わずかなうねりはその色合いを驚くほどに変容させて、幾億もの兎がみどりのうなばらを走り去っていく。

山岳地帯。
ここはいちめんの森に浮かぶ孤島。
視界はこんなに広けているのに、海はどこにも見えない。

屹立する断崖を背に、わずかに平坦な荒れ地をたどる。ばらばらになった材木のかけら、不揃いに並べられた大小の四角い石、それらはかつて人の住んだ山小屋の痕跡だとは、当人でなければ判るすべもない。
ここにはかつて子どもたちがいた。親に見捨てられた、他の世界を知りようもない、兄弟かどうかさえもわからない子どもたち。干した草の根をかじり雨水をすすり、数少ないぼろ布を奪い合って、そして弱く幼いものから少しずつ死んでいった。生き残った子どもは死んだ子どもたちを埋め、死骸から花は咲かず、果実はみのらなかった。

森のはるか向こう、見えない海をどこまでも南に縦断する特急列車があると、旅の手すさびに幾度も聞いたことがある。或るものは、それは人類に残された最後の技術の集大成だと語り、また或るものは、それはサハリン製のつよい酒に呑み込まれた愚か者がみたあわれな幻影だと語る。或るものはそれは超音速で通過するがために肉眼では視認しえないまぼろしの列車だと語り、或るものはそれは真夜中に音さえもたてず秘められたままに走り去るのだと語る。南へ。南へ、南へ。ここではないどこかの駅から、ここではない彼方の駅へ。ぼくは海洋特急を折にふれて思いだし、雲の上につづく道を、空を見あげる。

ここは山岳地帯。麓に唯ひとつ横たわる駅はみどりに浸蝕されかけて、ぼくらの列車は山を登ることも森を渡ることもかなわず、もう何年も立ち往生している。
ほそながい雲がすごいスピードで頭上を駆け抜けていく。雲は山頂近くの風に襲われて、出来そこないの有機物のように拡散して短い生涯を終える。そしてその風は、海から届いてきたのだと、ぼくはかたく信じてうたがわない。


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小常識 賞状式 症状
 狩心


症状が 表情が 賞状が 処女が
ギギギギギ銀行からカネをおろせ パンツおろせ! そのまま座れ!
そのまま吸われろ オレは銀行強盗だ 手を挙げろ!
母の日はカーネーションだ 忘れるな 用意しろ! このお袋の中に入れろ
カンガルーの赤ちゃんだ 覗いてみろよ 頭を突っ込んだまま おまえ!
おまえが入ってどうする 邪魔だ退け カーネションを詰めろ
そうだ カーネーションだ オレは子供の頃よく、オネショをしていた
世界地図だ 悪いか_? その時からオレは既に、世界を股に掛けていたんだ
症状が 表情が 賞状が 処女が
オモチャのピストルじゃねーぞ! 覗いてみろよ 何もねぇよ おまえ!
おまえが入ってどうする ここはタマを詰めるところだ 覚えておけ
カンガルーの赤ちゃんは居ない 母に感謝している それが言いたくて
オレは銀行強盗に入ったんだ! おそらくカンガルーの赤ちゃんも感謝している
そうだオレは今 銀行強盗に入ったんだ! お母さん!
トップを狙え! タンクトップが千切れそうだ 爆乳!
妊婦 子供からトイレ休憩だ ATM( アタックマザー! )
オレの正面におまえが立ち塞がるなら オレも塞ぎ込んで引きこもりになるぞ_いいか?
いいのか_: おまえそれでいいのか? もう一度聞くぞ、・オレが引きこもりになってもいいのか!
いいんだな、・・・よし分かった、認めよう オレに貯金はない ただし! オレには貯金箱がある! どうだ
任せろ、何でも出来るオレなんだ ハイレグ着て今日もイク 女なんだ
ハイグレードなジャパニーズはアメリカンとゴールインだ 分かったか




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砂のなかから
 兎太郎

おねえちゃんに埋められるよ。
おかあさんはいったけど、おねえちゃんはそんなことしないと、いもうとはおもっていた。
ある日のこと、彼女が宿題をしていると、
おねえちゃんがまほうつかいの学校から上機嫌でかえってきて、
しんぞう、とまれ!
といったので、いもうとのしんぞうはこどうをやめた。
そうして彼女は砂にうめられた。

おやつたべたら、まただっこしてあそぼうね。おねえちゃんはあかちゃんだから、しゅくだいしなくていいからね。
おかあさんの声がきこえてきた。
いもうとは砂のなかでかんがえていた、
おとこのこをおへそのあたりでまっぷたつに切ったなら、上はおんなのこになるのかな。

それからいもうとは、じぶんのなまえをかんがえる。
どこまでものびていくなまえの果てに、ようやく春の字をみつけることができた。
いもうとのちいさなあたまが、砂のうえにおずおずでてくる。
もも色の蝶がきてそこにとまる。
そのすてきなりぼんをおねえちゃんはきっとうらやましくおもうだろうな。



(*タイトルを「土のなかから」より改題)



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