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「光」imp.2
 丘 光平


思い思いに
風は吹きぬけてゆく
わたしらを吹きぬけてゆく

砂のように
ひとりは立ち止まり
ひとりはひざまずき

 風は吹きやむことなく
夏はしずまるだろう
夏を帰すだろう




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図書館
 吉田群青

わたしの住んでいる町の片隅には
薄汚れたかたつむりのような形の図書館が建っている
入口にはゲート型センサーが設置されており
通過するときには毎回緊張する
何も盗んでなどいないのに

中に入ると書棚がビルディングのように
規則正しく屹立しており
それぞれの間にいろいろな人が挟まっている
香水と汗と埃とがまじりあい
なんだか懐かしいにおいがする

痩せた女の子が痩身についての本を読んでいた
きっと家にある鏡がみんな歪んでいるんだろう
枯れ枝のような細い腕
その後ろで猟奇犯罪についての本を読んでいる男性は
優しそうなサラリーマンで
ほほ笑んだ口は奇妙に真赤だ
何を食べて生きているんだろう

そういう風に食べることばかり考えているから
わたしの口は つむじの辺りにもう一つある

図書館は静かで たまに聞こえるのは
本が人の膝の上ではばたく羽音と
そこここで洩らされる溜息くらいしかないから
いつもは隠していることが露呈してしまうことがある
帽子を食い破って頭の口が牙を剥く

それを必死に抑えているわたしを
どこからか現れた子供が見ている
子供の口は縫い合わされている
喋ってしまわないように
お母さんが木綿糸で縫いつけたのだと思う

箱のような構造の机に座って勉強している受験生が
次々に入ってくる
膨大な量の知識に耐え切れなくなったのか
床に倒れて
ピーーーーーーーーーーーーー
と音を立てて

なかなかに混沌としているのだが
カウンターの中の人は何も気づかないふりをして
パソコンをカタカタいわせている

いや
カタカタ言っているのはカウンターの中の人だ
パソコンの配線とおへその辺りが繋がって
何も考えられないような顔をしている

とりあえず二冊借りて図書館を出た

外は太陽が昇りきった真昼で
水銀のようにぎらぎら光る空
歩いている人が次々と焦がされ
影法師として路上に焼き付けられていく


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「光」imp.1
 丘 光平


知らぬ間に 
睡蓮は枯れていた
夏を越えることなく

夕立の後
雨など降らなかったかのように
蝉たちは鳴き

 知らぬ間に
わたしらは黙っていた
星のように黙っていた




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 ね じ 
 吉田群青

誰もいない町の道端で
ねじを売っている人が居て
ひとつ買った

ねじばかり買っているような気がする
バッグの中はさまざまな形のねじでいっぱいで
だけどその中のどれも
わたしには合わないのだ
ぴったりと合ったねじを挿入すれば
だいぶ楽になるのだけれど

さっき買ったねじを
体の空洞に押し込んでみるが
やはり合わない

日ごとに空洞が増えてきている
直径も大きくなってきている

先ほどの道端に戻ってみたけれど
ねじ売りはもうどこにもいなかった
いつもそうだ
気付くと周囲には誰もいない

頭をかきむしると無数のねじが
ばらばら零れ落ちて無性にさみしい
ガソリンが高いので車には乗れない
背中を丸めて歩き出す



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緑星
 木立 悟





見えない子供の夢ばかり見る
うたと声を指さしている

かすかな鉄の飛び去る音
鐘に落ちる音 水に落ちる音

岩を擦る木
火ははじまりを燃し

ほどきほどかれ 姿むすぶ
もうひとつの息 姿むすぶ

手を振る音 指の先
爪の先 螺旋の水

角は燃え 煙は巡り
星の曇を越え 光を巡り

見えるものは見えず まだ見えず
音だけが河口をかがやかせている

こだまが斬るもの 斬り口の蒼
遠去かり 振り返らない友の蒼

小さく 無いものに触れてゆく
隙間多く 梳きつづける指

船は去り 影は去り
汽笛は残り 波を押しやる

光の霧が 音だと知った日
水辺にひとり うしろにひとり

伝わることのない ふたつの静けさ
振り返ることなく 見つめあう

空の下 空を知らない
泣きつづけて うたいつづけて

夜の子の声 緑に 緑に
緑以外のなかにさざめく

















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トリュフ
 稲村つぐ


きゅうり、きゅうり、
きゅうり、の味を忍ばせるなら
バレンタインのチョコレート

ラジオ体操で生あくび
クロールには、まるで一切息つぎ無し
登校日の、ひんやりとした廊下を
走ってはいけません

よく晴れた穏やかな日
忘年会、お疲れ様でした
窓ガラスをきれいに拭けた午後に
思い出してみてください

差し入れる余地など、どこにもなかった
本当に新鮮なきゅうりの味には
きっとわずかな隙間だけ
バレンタインのチョコレート

お望みどおりに描いた線が
肩から上ではじけたら
それはあなたのために与えられた
なめらかな一輪の、く・ち・び・る

きゅうり、きゅうり、
きゅうり、の味を忍ばせるなら
バレンタインの熱いキス
あなたのとなりで目覚める朝の
さわやかな疲れと
濃密な後味
やっぱり、普通にハムサンドがいい




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無題
 ちよこ
 

彼らは私の髪へ絡まった
もつれては
紐解いて
立ち籠めるひかりのなか

ようやくの綻び
身の丈よりずっと高いところに
隠しておきたい

宙に
あまり放てずにいても
また
帰せずにいても
形を持って
あらわれる声
せめて
重なることのない音節が
わたしたちまだ許されてはいないと
合唱は降り注く
わたしはわたしの胸を撫で下ろす

めぐりめぐって
どうぞ
緑いっそう美しく
そんなになる前に
さみしくてうそぶいて
見失ったまま
おいで

誰のからだも
まるで優しく梳いて
けれど
ひとつにはひとつ
分かたれていないあなたたちの閑けさ
その満たされた
恐ろしさ
どんな幕引きまでも
白い根珊瑚によく似せた
風も木も胸に突き落とした

さあ
はぐれることのない朝には
誰の上にもせつなさが
折り目正しくもああと
憧れた空が晴れ渡るよう

 


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アゲハ蝶
 丘 光平


 あなたは目を閉じていた
なにかの償いのように
剥がれてゆく絆さえ
 食まれてゆく傷みにまかせて


 散りつもるあなたは
やわらかな土になった

そしてもうあなたが見えぬほど
 夏は生い茂り


 渇いたのどを
風で潤す野ばらを噛んで
飛びたってゆくアゲハ蝶


 ぬぐい落とせぬ蜜のように
暮れてゆく夏空で
しずかに燃えています―




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