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うつろい
 時渡友音


首からボトリ落ちた向日葵の種子を一粒おきに毟って
プラットフォームになだれ込んだ疲労の波間をすり抜ける
向かいの四辻にはまだ入道雲が隠れていると信じて
何度も何度もよれたサンダルを引っくり返した
閉じた空からは素麺の脱け殻がいくつも垂れ下がっている




婆が銀杏を拾っている
匂いだけが辺りを守っている

秋服を買おうと思い立つ
しかし寒さはもう玄関先まで来ている




マフラーに圧迫された首が酸素を希求して金魚の口がやみくもに吸った空はおびただしい数の羊が群れを成すその合間をするすると滑り抜けていく炎が木々を舐め色付かせていく




冷たい風が木肌を削る
ぎらぎらと照りつける日射しはどこか丸みを帯びて柔らかい
自販機に懐かしい顔ぶれが揃う
鮮やかに暮れる空の奥で
夕日が線路に融けている




海の向こうからやってくる太陽を
隣へ隣へと繋いでいく
それが一つの環に成る頃には
清水で祓われた気だるさが
行く宛もなく渋滞の上を彷徨い始めている
さっき決めた抱負なんて忘れてしまった
赤信号を見つめている間に




神様がだいじに取っておいたかき氷がゆるゆるととけていくように
やわらかい雨がしみる地面を
愛らしい包装紙や豆つぶを連れて
春一番がさらっていく








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球形
 嘉納紺


非常階段から果ては無限
一面の雨で凍りついた藍の実
指が紫に染まってしまうよ

衝動は膨大な情動へ
拡散の過程閉ざすなかれ

開け放したものは何だと言う
蓄積されていたものの正体は

確かさに錆びを増幅
軋ませ律動し招けと

素足の裏が踏みつけた海
いいえそれは暮れの水溜まり
転がり続けた藍の実を敷き詰め
青み掛かった体温を鳴らせ

きん。
きりり。
きん。
きりり。

ええそれらの冷たさは
柔な器官に忍び込んでいく

親指と人指し指
隙間無く散る藍の実を摘んで

唇に
そっと
唇に

雨音の透明な舌を舐める
幼い愛撫を感じ受けとめるは
飲み下した藍に凍えた子宮


逃亡を謀った地上から見上げても
駆け抜けた金属音は聞こえない


かきけした
ごまかした
まぎれこんだ
うずもれた
かくされた
かきけされた
かくして


感受する程の甘みも酸味も
甘受するのは冷たさだけで

藍の実

雨は額から胎内を滑り
果実を優しく溶かしたよ


すべて紫に
染まってしまうね

ほら想像して



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上空
 ルイーノ
 
 
とても急速に
思い出してゆく
きみを見ていた
ぼくは思った


星の世界
視界を埋めるきみを見た
風圧の糸が切れた先
どこまでも柔らかに
上空にいる
ステーションより
無数に溢れる人影の蠢き
点描された街路樹から
曇り空見上げる
きみを間違うことなく狙う
雨粒のように
―落下?
―そうかも知れない
きみの眼球の鱗に迫る
風をはらんだ森のように
凪いで揺れる
きみの感受性に
飛び込むトリック
言葉ない午前
まだ少し思い出せない
足長蜂の腕が回る
きみを見ていた
ぼくは思った
そしてぼくは突き抜けた
風圧の糸が切れた先
輪郭をちぎる
速度の上空
幾千に広げた星の世界
そもそも
この落下とは
際限のない夢なのだろうか
とても急速に
思い出してゆく
その一方
ぼくは落下するぼくは
風も恐怖も忘れていく
街路樹が線を結ぶ
息を呑むよな瞬間の
ループ
それでも
相対的に見るならば
これはきみに向かって
飛行しているようでもある
次から次と地上を突き抜け
視界を埋めたきみを飛んだ
心などない
なにも捨てて
きみの青春の日まで行こう
 
 
 




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ガウチョ
 ピクルス


夕暮色の自転車が
裏庭の柵を越えて
死体の真似をしてる

今、なんて?
なんて云ったの?

スピードの全部が止まる
葬った筈の約束が
夜を漕ぐ

なまぐさく黒い
皿の数を
知りたくはない
正座して
刺身包丁の夢を
見たくない

静かな海鳴り
寄せては返す
流線型の言葉
ありがとう
と云った
あのコの手鞠唄

雨は
まだ降っている
破片に限りはない
神様だって嘘を吐く
そんなじゃない
そんな

さみしいは消えてゆく
これで最後
これが最後
俯かずに
うまく笑えただろうか
そう、とても

雨は冷たくない
水母のような傘を棄てて
髪を洗う朝
失くしたものばかりが
光ってる
 


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