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冬と名
 木立 悟






見えない冷たさ
夜の手のひら
わたしわたされ
ひらめく見えなさ


指に映る指の影
花でくるみ ひとつ剥がし
鳴る夜の外
夜の外


やわらかな針
風になびき
やわらかな痛み
傷つなぐ影


まるく硬い端
囲むものが 常に夜となる線
原は原として熱を放つ
街が街でいるあいだだけは


冬のひとりを霞ませて
両目をおおう手のひらの
はざまの虹を去ってゆくもの
見えない縦の 緑 ささやき


手わたすときに熱く熱く
手わたされるときさらに熱く
海を見おろし
途切れる道


光のかかととつまさきが
前にうしろに埃を昇る
生まれ得ぬ子の
名を降らせながら


透明の前をゆく冬に
残り香を抄う指を轢かれる
原の果ての原 錆びた階段
蛇のように血と霧を見る

























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雨の日、わたしは窓のそばで
 ホロウ





わたしは自分の部屋の
樫の木のデスクの前の
座り心地のよい椅子に深く腰を下ろして
窓の外の様子を気にしている
今日は朝から細かな雨がたえず降り続いていて
それがもうやんでいるのかどうか
この窓からではよく解らない
とても景色のよく見える窓なのだけれど
今日の雨はこの窓からでもよく見えないほどにひどく細かい
「もし」
わたしはいくつかの郵便物を届けにきた
郵便配達のまだ若い男のひとに話しかける
この窓からは私の家の玄関がよく見えるのだ
郵便配達のひとはなにか新しい仕事でもあるのかとすぐに立ち止まる
わたしは椅子から立ち上がって窓を少し開く
「雨はもうやんでいるでしょうか?」
と、わたしは尋ねる
「そうですね、降っていますね」
と、彼は答える
「朝と同じような具合ですか」
「ええ、そのようですね」
今日の間にやむことがあるでしょうかとわたしは尋ねる、小うるさい感じに聞こえぬようにと
声の早さと高さに注意をしながら
郵便配達のひとは少しにっこりとし、それからすぐなにごとか考えるような表情になり
「こういった雨はあまりその日のうちにやむことがありません、でもそういうことがまったくないとも言い切れませんーわたしが働き始めてからも、こんな雨が午後早くに突然上がったことが何度かありました」
わたしは壁の時計を見る
「午後早く」までにはまだずいぶんと時間がある
郵便配達のひとはまた少しにっこりとする
「なにかお出かけの予定などおありなのですか」
と彼はわたしに尋ねる
そうですね、とわたしは曖昧に答える、そして手を彼の脇まで差し出して雨の感触を確かめ、引っ込めて微笑む
「早くやんでくれるといいのだけど」
彼はにっこりと笑って、そうですねと言い、ではこれでと小さなお辞儀をして去ってゆく
わたしは窓を閉めて彼の背中を少しだけ見送る、背中は確かにしっとりと濡れている
わたしはもと居た席に腰を下ろす
やはりここからは雨の姿はよく見えない


午後の早い時刻に身なりのいよい二人の初老の婦人が
「なにものにも愛をもって接することを諦めはしません」といった感じの笑みをたたえて玄関のチャイムを鳴らした
わたしは椅子を窓のそばまで寄せて窓を開け
「こちらにどうぞ」と言って椅子に腰を下ろした
二人の婦人は同じ表情のまま窓のそばにやってきた
「こんにちは」と彼女たちは言った
わたしも同じ言葉を返した
「こんなところですみません」とわたしは詫びた
「脚を痛めているものですから」
二人の婦人はどこか舞台役者のような調子でわたしのことを気遣ってくれた
わたしはいくつかの言葉にありがとうとだけ答えた
もちろんわたしは足を痛めてなどいなかった
二人の婦人は近くの教会のひとで
なんの役にも立たない紙切れを定期的に配り歩いているのだ
わたしはこのひとたちのことをあまり好いてはいなかったので
窓のそばで雨に濡れるような格好にさせておけば長居をしないだろうと考えて嘘をついたのだ
彼女たちはいつもするような話をひと通り話したあと
そそくさと別れの挨拶をしてそこを立ち去った、それでわたしはまだ雨が降っているのだなと思った
それでもいちおう窓の外に手を伸ばして、細かな雨粒を確かめた
そして窓を閉めて椅子を元に戻し、腰を下ろして窓の外を見た


最後にひとが訪ねてきたのはもう夜に近い夕方のことだった
それは10歳くらいの男の子で、右手に淡いピンクのリードを巻き付けていた
彼はわたしの家のあたりをうろうろしていて、窓のそばにいるわたしの姿を見つけて近寄ってきたのだ
「どうしたの?」わたしは窓を開けて尋ねた
「犬が逃げて行っちゃったんだ、ちゃんとひもは掛けておいたんだけどーおかしいなぁ」
そう言いながら彼は右手のリードを軽く振って見せた
「どんな犬?」わたしはまた尋ねた
彼は自分の腕で大きさを示しながらー
「子供のコリー、ちっこいんだけどさ、鳴くとすげえうるさいの、ね、このへん通らなかったかなぁ?」
今日はずっとここにいたけどそういう犬は一度も見かけなかったとわたしは答えた、彼は少しがっかりして窓から離れていこうとした
「あ、ねえ、今雨は降っているかしらー?」
男の子は一瞬、なんの話なのか解らないといった表情を見せ、それからふと気づいたという感じで降ってない、と言った
「いつのまにやんだんだろう?不思議だね」
そうして彼はどこかへ走っていった


わたしは窓に鍵をかけてカーテンでおおい、薄く切って焼いたパンを、木イチゴのジャムとマーガリンで二枚たいらげた
それからコーヒーを飲んでほんの少しリラックスした
それから寝支度を整えてベッドに入り、少しだけ本を読んですぐに眠った




雨は
降り続いている





夢の中まで




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初夏をめぐる
 ピクルス×ma-ya


水を撒いて
看板ひとつ
なつかしい顔には声がない
なのに不思議と笑ってる
わたしたちは
「また明日ね」って
手を振りながら
きつく唇を噛む


降る、
傘のふちから溢れる新しい雨
犬も猫もよい人に貰われていったんだよ
と、まるで嘘の出来事のように話して笑って
あの人は透きとおりました


あの人というのは
わたしの
さいあいの人であったと
思います
「今年も庭に青い紫陽花が咲きましたよ」
「夏休みになったらすぐそちらに帰ります」


あやうい紅よりも
ひとつひとつ
けして満たされない両腕に
添えてあげたい
書きかけの便箋とか
書きかけの便箋とか



脾臓にうつくしい影
霜の夜までは無理でしょう
白衣の人は
ちいさくはっきりとした声で

それから
紫陽花は崩れるように枯れました


今日はとても
寒い


お砂糖と馬鈴薯を買って
夕飯を作ろうとしても
わたしの手はからっぽで、
傷のない野菜のやさしさは
指をほどいていく
ぺたりと床にはりついて
たちまち背中から伸びる影が
透き通って落ちてくる
あ、と気づいたときから
わたしを黒枠で囲む
ぎこちなくしかし決定的に
違ってしまう


子どもが走ってきて、転んで泣き始めた
それを見ていた子どもが泣き始める



 潮だまりには
 ヤドカリが動いて
 頭上にはとんびが
 おおきく円を描いている
 わたしは時折
 影をつくり
 貝殻に耳を傾けたり、してる


だれも振り向こうとはしないのなら
せめて


空は低く欄干の艶
見下ろせば薄の原
薄化粧して迎える初盆
ひとすじの合掌のすがたかたち
山も海も近く
もう既に一枚の家もない
花を飾ってくださるのなら
どうか紫陽花以外でお願いします




水を撒く
遠い日に、はじけて
祈るような草いきれが
便箋を揺らす
その端に描かれた絵には
まだ
春が眠っている





*ひろかわ文緒さん「初夏をめぐる」へのオマージュ、あるいはラブ
(オリジナル著者許諾済)



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春の棺
 内山涼子



丘を半周すると岬がある
助手席の窓越しに
灯台に刺さった夕陽に唇を当てて
あろあろと土鳩を真似てみる
いさぎよく暮れてしまえばいいのに
鳥の仮装をした男が羽根を広げるので
わたくしは眼を伏せた
新鮮な傷を彼が「良い水だ」とほめたことを思い出して
皺ひとつない隔たりを注意深く観察する
そうして岸が初めて誕生した
いずれそこからも引き潮のように遠い
涼しい声と濡れた身振りが
黒い服を着る
こどもじみた振る舞いは
わたくしの足許で
ごらん
いま死ぬところだ



祝福にかたことの指を揃え
清潔であるために整った食卓は
そこに相応しくほどかれて
湯気のやさしいぬくもりが
静かな緊張をふたたび取り巻いている
艶やかな、うつくしいカーヴ
食器が見事に並べられたさまは痛々しく
きれいにかたむいたわたくしは
眼を逸らさずにはいられなかった



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散歩
 腰越広茂

あるいていると
ふいに、なくしものがあるような気がして
ポケットに手をつっこみ
もぞもぞとやる。ほそいろじの電灯のもと
真夜中が
ひょっ、と背すじをなぜる
気配に目をみひらく

(ふりかえっては いけない。
とだれかが ささやく
遠い未来が、あるとしたら
わたしは現在
つかんだものを
おくり届けなければ ならない。

あなたへと
つづくひかりを
どうかわすれないで

道路元標を黙視する
大通りに出ると
信号と自動販売機が会話していた
ひと気の無い風のなか
あいのことを語りあい
わたしは空であるらしいほうをあおいだ



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疾風の休日
 澁谷浩次
 



うつろに暮らす巻き貝は
塑像と化す日を待ちわびる
記憶の マドリガーレ
水面に残像 重ねたまま


野犬の冷えた爪でさえ
遥か金星をうつす
くちづけの産物として
月に拾われることもなく


死に急ぐ 星々
焼きつけられるだろうか
天秤のかたち
塗り終えるまで
気の済むまで丘を駈ける
疾風の休日


弗素の牧草に埋もれた
山羊の宴
アルカロイド 空に匂いたつ
ひとときのおとり


大気圏では パピリカ輪をつくり
遠国の乳母車
寛大な羽音で染める
ひめやかな祝福


女神は茅蜩のように
織り重ねた真綿の部屋に居る
知らず知らず
紙吹雪積もらせ


死に急ぐ 星々
遣り過ごせるだろうか
倖福の傾向
塗り終えるまで
惑星の果実絞りつくす
疾風の休日


水中に眠る象の袖口
銀の米粒が燻る
祝祭への歓喜
敷きものの裏に隠しもち


余暇に縛られた山々
砂絵のなかの異国の街
月下にかがやく蜂の巣のネクタイ
どこかきみのよう


とめどない銀の泡
乗り物のような音をたてる
水面に淡く
天秤のかたち 焼きつけ乍ら


死に急ぐ 星々
抱きとめられるだろうか
夜に生きるすべて
塗り終えるまで
まだ視ぬ家に枕を向ける
疾風の休日


スカートに群生するアイリスに埋もれ
すてばちの過去を拾い集める
赤い靴 皿のように洗う海
波に乗って群生するアイリス


めぐりめぐる休日は
氷山の一角
それでも なお
甘い水をもとめて昆虫が穴を掘る


死に急ぐ 星々
焼きつけられるだろうか
天秤のかたち
塗り終えるまで
気の済むまで丘を駈ける
疾風の休日





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