月刊 未詳24

2008年10月第19号

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ひとつ 夜へ
 木立 悟






曇と灰針
水の卵
暮れ無く暮れて
音は振り向く
投網のような鳥の群れ


共鳴の錆が降り
地に触れてむらさき
足跡の熱を吸い
無音をもとめ
発光する


草の丘
雪の丘
変わらず丘にあるかたちから
夜へ夜へそよぎ出すもの
四つの辺の 四つの色


雪原に
傾いでいる
怖れのように 流れのように
樹は
震えている


みな落ちて なお
呼びつづける声
空には
月以外
無くなる


手のひらの上を
すぎる楽隊
光はひとつ
砂の影を呑む
砂の影を跳ぶ
























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めだいゆ
 ミゼット


ときいろのふさかざりのために
あさ
はやくおきてゆく

あつまったひとは
だれもやさしい
わたしでなくてもいい
みんなやさしい

したのうえにはパンが
ふくろにはちが

ぶあついほんが
きもののうえから
ひざをちりちりこがす

すばやくゆびをうしろでからめて
かくれる

したのうえにはパンが
ふくろには

おおきなて、め、ふさかざり
なまえはすべて

ふさかざりのためにおきたあさは
ひとつ
りぼんをむすんでゆく

ちのつまったふくろをさげて


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 子供ではないのだから
 鈴木
 
 少しずつ目蓋を上げよう。唇の形に広がっていく眼界には自室の玄関から去ろうとする女、幾人ものイメージが重なり識別することができない。色濃いものから抽出してみるか。生島先輩は再び目を閉じた。まず一人目を念じるにマスカラ、アイシャドウ、頬紅、口紅、グロスけば立つ女がなにか言った後ぷいと背を向ける。これは今しがた共に寝た人で名は藤崎なにがし、口説く前は頭頂部にまとめていた茶髪の見事な形へと惚れ込んだものだが、解いてみれば見る影なく平凡な女でガリガリと胸も小さかった。これはいけないと思った。やはりある程度のボリュームは欲しいものである。励む際の声は鶏のようだったが知性は人並みに優れており就職先には大手新聞社を希望しているものの、激しい競争を勝ち抜けるほどの才気は感じられない。生島先輩にとって重要なのは胸よりも才気だった。もう会わないだろう、と彼は思う。右膝を後ろへ曲げて指でハイヒールに踵を滑り込ませるとき下ろしたままの髪が幾房か震えてさようなら。この状況を鶏肋と言葉にしてしまうだけの才気しか生島先輩も僕も持ち合わせていないけれどもさようなら。扉が閉じる音。
 叫ぶ。反応ない。一人のようである。意識はぶれて音なく、雲の中を飛行する旅客機のように不安を醸す。一瞬だけ眠りに落ちたものの空一面を巨大な狐面が旋廻する様に驚いて起きた。さて先ほど出て行った多重の女その二人目を引っ張り出してみよう。なぜそんなことをしなければならないのかは漠然と、明瞭でなく、分かっている。一五〇センチもないだろう小柄な輪郭、よく着ていた赤いカーディガン、厚い唇とくりっとした大きな目が浮かんでくる。髪型は複数が例によって半透明に重なった状態、前髪を下ろした直毛と、デジタルパーマで緩やかにウェーブさせた茶髪と、金髪のボブ。演劇サークル「輪大弧」に所属しており、公演も二回ほど観たことがある。将来的に俳優で食べていきたい彼女、田原恵との交際は一年ちょっと、「輪大弧」で脚本を書いていた友人、谷口からの紹介で知り合った。そしてふられた、というか彼女が谷口と二股していたことが判明し問い詰めたところ逆上された。あまりの剣幕に生島先輩は恨みを忘れた。過呼吸にて聞き取り不明の叫びを発しながら一升瓶を振り回す阿修羅様とどのようにコミュニケーションを取ったものかという問題で、判断を誤れば殺されていた。殺されていたらば僕もRからせっつかれることなく、この文章も書かず、世の快楽を安穏と享受できるのだが結果はご覧のとおり。恵は必ず右手を壁について靴を履く。左手でノブを捻る。扉が閉じる。
 よかった。忘れちゃったかと思った。
 午前十時、正午にS駅で待ち合わせ。眠る時間も起き上がる意欲もない。三人目になるとかなり透けて扉の暗緑さえ見える。青い生地にラベンダーがうっすらと重なったキャミソール、鼻をつく香水、アナスイだかキクスイだか要領を得ない情報が想起される。肝心の顔かたちが判然としない。会ったのが一回だけなので当然といえば当然か。その商売女の名は覚えていない。名刺も捨ててしまった。欠勤日とメールアドレスが確か記されていたような気がする。初対面の人にメアドとか珍しいんだよ? 知ったことではないし実際に知ったことでなくなってしまった女を買ったのはこれが最初で今のところは最後である。確かオプションでAFが一万円、さらに内緒の出血大サービスを持ちかけられたのだが一年と半年を経た現在となってはやったかどうか定かでない。わき腹の丸いかさぶたを手のひらで時折やんわり覆っていた。その肌の冷たさといったら傷が思わず錆に見えるほどで、無機物を愛すのにためらいを感じる人種の生島先輩は遊戯に熱中できなかったみたいだ。射精産業はセックスではない。さて件の女は白から小麦へ色がプリズムみたいに変化する肌とキャミソールを不器用に動かしてサンダルを履く。ノブに右手を掛け振り返り忘れないでねと言う。そして微笑む。顔がない。緑して。扉が。
 アビヤント。アビヤント。それから?
 青空の下。お祭り中の神社へ石階段を上ると、鳥居の下に女がいる。赤い生地に梅の花を散りばめた振袖、帯は紫の抽象文様、両のまなじりから紅が二本、唇の端まで走り、白粉を施した頬と対照的に光を放つ。椎名。生島先輩は声をかけようとして、やめる。乾いた轟音が耳を突く。射的に実弾を使っているらしい。なにを話せばいい。祝祭の日に昔を語る愚行など椎名は許可しないはずだ。虚ろに塗りつぶされた瞳がこちらを捉える。まぶたは見開かれても二重の線を残し、少し困ったような印象を与える。生島先輩は吸われるように寄る。間近で見る二年三ヶ月ぶりの彼女は怖気が立つほど美しかった。相変わらずか否か、生島先輩にはわからない。しばしの沈黙、胃の反転するような感覚に耐えられなくなった彼はなんでも構わないので挨拶しようとする。どもる。椎名のおどけたような表情、生まれつき顔面に張り付いた悲しみを隠しきれていないような脆さが懐かしく、生島先輩は次に発する言いを変わったのは顔だけかよにしようと決める。右手を軽く上げた椎名から、はじめまして。
 艶やかな香りがした。奥の広場では真っ裸の子らが男女、輪になって歌い踊る。再度の乾いた爆発音と共に一人の女児が砕け散る。敷地を囲む木々が知らぬ間に密生しており空を覆わんと葉を広げていく。椎名は浮かせたままの手で円を描き、その中心をこちらへ向けて貫く。どこへ連れて行ってくれるの、天狗さん。
 顔に手を当ててみると鼻が伸びてやたら硬い。面を被っていたようだ。外す。風が頬を冷やしきれない。椎名が面と素顔を交互に見やる。おれだよ、おれ。声、出ない。眉根に寄せた皺も麗しい。誰。
 壁掛け時計の針が午前十一時四十分を指している。ユニットバスへ向かうために立ち上がる。玄関では、殆ど透けてしまって存在感のない、赤い振袖を着た影が座って草履を履いている。生島先輩は洗面台へ入る。ああ、無理。部屋へ戻り携帯電話を開く。ごめん、五分くらい遅れるわ。扉。


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Love Letter
 丘 光平


雨が降っています

あなたの庭でも
雨は降っていますか


 おなじ夜をあおぎ
 ちがう夜をすごし
 そのたびに
 雨が降っていました
 傷んだ両手に
 雨は降っていました


 掬いとるには
早すぎる渇きにまかせて
わたしは
あなたの流れを追いかけ

わすれ去るには
長すぎるひとときのように
あなたは
 わたしの流れをゆるし


雨が降っています

一面に
こどものように澄みわたる空を
しずかに洗いながら


 消しおとすことが
 いまもなお叶わぬこと
 なんども
 おなじ夜をあおぎ
 なんども
 ちがう夜をすごし


 となりあうために
見失うやさしさを
初めて受けとったひとのように

送り返されたしずけさを
わけもなく
 打ちつける秋の水際で


わたしは届けなかった
わたしへ手わたされた
あなたからの
よろこびと悲しみを



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或る女の日記帳
 吉田群青

X月Y日
部屋の四隅に鳥の雛が堆積しているような気がする。
なにかたべさせてやろうと外へ出て、とりあえず掌に山盛り、虫をとってきた。
口笛を吹いて誘ってみる。
しかし雛たちは、ちち、とも動かない。
よく見ると動かないはずである。
鳥の雛と思ったのは、まるく照っている陽射しだった。
いのちのような色をしているから、つい見紛ってしまうのである。
このごろそういったような見間違いが増えた。

掌中をまじまじ眺めると、虫だと思ってむしりとってきたのは、アルミ缶のプルトップだった。
腐った飲み物が指にべっとり付着している。
痛い。さびしい。

X月YY日
誰かが夜にわたしの右腕を盗んでいった。
朝になると腕はきちんと二本、つながっていたのだが、何故か両方とも左腕になっている。
やりづらくて仕方がない。
署名をしようとすると、腕がむやみに震える。

X月YYY日
来月のカレンダーをめくってみたら、1日からではなく、0日から始まっていた。
しかも0日の日付の下に、わたしではない人の字で、『米買いに行く』と書いてある。

ふざけるな。わたしはパン食だ。

しかしその日がくるのが怖くて仕方ない。
米を買いに行かなくてはならないのだろうか。

X月YYYY日
朝、洗面所の蛇口から生卵が出てきた。3つ出てきたから、目玉に焼いてパンで挟んで喰らった。
サラダオイルで焼いたのに、なぜか濃厚なバタの味がした。

なんの卵なんだろう。

X月YYYYY日
ここ数日、寝ようとすると枕元で小人が踊る。祝日でもないのに。
わたしの知らない間に、なにかが始まっているのだろうか。

X月YYYYYY日
おぼえていたはずの、かんじを、わすれてしまった。
きょう、いちにちだけだ、とおもうが、しんぱいだ。

X月YYYYYYY日
写真が一葉送られてきた。
知らない家族が映っていた。
海パンを履いて笑っている男の子の下に、
↑あなた
と書いてある。
わたしは女なのに。

しかし後ろを向いて納得した。
なぜならば、写真と同じ男の子を、いつの間にかわたしはおぶっていたからである。

けたけたけた、とあおじろい顔で笑う男の子は、むしろ愛しいもののように見えた。

X月YYYYYYYY日
男の子はいなくなってしまった。その代わりとでも言うかのように、引き出しの中に頭の青いマッチがたくさん詰まっていて、開け閉めするたびにばらばらばらばら零れ落ちてくる。

それを見て、あ、もう遠くへ行く時間だと思った。
たしかにそれは合図だった。

歩いて歩いて、行けるところまで行くつもりだ。
電車に乗るのもいいが、小指の爪が長い男に殺されそうな気がするのでやめておこう。

わたしは行く。

もう二度と帰らないつもりだ。

X月YYYYYYYYY日

(日付だけは書かれているが、頁は空白である)

(その後も空白の頁が続く)


X月Y…日

おまえがわたしを
誰なのか知らないように
わたしもわたしが
誰なのかわからない


(これを最後に、日記は終わっている)

(しとしとしと)

(雨が降っている)


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ひとつ とどく
 木立 悟




生きものの光が震えている
音が 世界を回している
透明のなかの
ひとつの指


夢の終わり
饒舌と雨
とどまることのない
欠けた波


ざわめきは残され
空は空もなくふたたび明るい
底から底を照らす金
常にどこかへ去りつづける鳥


胸をおさえる
轟きと水
追いつづけては
熱を記す指


金属の帆が
海を照らす
文字と蝶は
波の下をゆく


消えかけた数字が描く頬
影の街の道標 熱としるし
鏡の葉を踏み
橋をくぐる


羽が波を補っては沈む
早い星を呑み 隠している
水の上の陽
ふらりと断たれる弧


むらさきを脱ぎ
みどりを脱ぐ
生まれたままの
雨の地の言葉


花と曇の裏側に
ひとつの指の跡がかがやく
光はそよぎ
ここには居ない指にとどく



















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なし
 サヨナラ
 
 
かなしい

というと
それ以外
なにも届かないという


死んでしまったので
代わりに姪を可愛がった


手に触れられないとわかると
姑は発狂して
便器に伏したまま
動かなくなった


金がかかる

というと
それ以外の
なにかわびしい出来事


姪がガラガラを振って
朦朧としている


下半身は絵だ
じょうずにじょうずに描かれた絵
父の弟の嫁の兄の叔父が云う
豪く凛凛しい顔を選んだもんだ



かなしい


というと
それは


水に浸した房を執拗に採っている
さっきは二十三個だった
今は二十四個目
次数える時
それは何千個目の房になるだろう
指先は萎んでいる
なくなっていく






かな




か   な




それを


言いなさんな




夢から覚めたら
足の裏を黒くして
風で揺れて
帽子が
ひっくり返った虫の
描くように
指を
しっかり曲げた
回る
姪が
ひっそりと
やさしい
埋められた
かな を
大勢の黒で
塗る
縁側で




かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかなかなかなかなかなかなかな
かなかなかなかな





手話を知らないばっかりに
悲しい顔して
離れてく老人の

房の様な私
房の様な私




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雨の花、雪の花
 丘 光平


あなたはことばを失い
あなたはことばを失うことで
ささやかな庭のように
あなたを語りはじめた

ぼくは耳を失い
ぼくは耳を失うことで
立ちつくす枯れ木のように
あなたの行方をたずねた

雨の日は雨の花
雪の日は雪の花 しんしんと
あなたは降りつづけ

 たどりつかぬまま
動けないでいるぼくの朝を
あなたが広がっていた




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pic/北城椿貴


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