月刊 未詳24

2009年7月第28号

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オーブン
 有刺鉄線

野良猫に餌をやる女のことが好きだ。栗色の長い髪の毛よりも傷だらけの左腕に惹かれている朝に気付いたのは僕だけだろう。なによりも、4ブロック先の集合住宅の西側の壁から匂うクッキーの香りが僕らの憧れのシンボルであった。

テレビの中では兎の司会者がいつまでも歯笛の練習をしている。

バスルームに取り付けられた換気扇のファンが外れたのはきっと天使か烏か蜻蛉のせいだと決め付けてしまうのはまだ早いだろうと僕は感じた。そして感じることを考えることで思考が混乱してしまうことに辿り着いた僕は舌足らずを恥じない生き方を選ぶことになった。

神様は桃をかじりながら微笑む、母親のエプロンの味がする。

金属でできた、右手の指がいくつか足りなくなっていたのでホームセンターまでボルトを買いに行く必要があるかもしれない。それとお月様に住んでいるのはトナカイではなくてヘラジカだ。ヘラジカは世の中の悪いことをせっせとソリに詰め込んでカリブ海まで旅をする。

夕食にハムエッグが出てしまったらその日はやり直しがきくのだろうか。

僕は水色の子犬がこの公園をひとりで歩いているのを見ることが嫌いだった。そしてそれ以上にその子犬を罵る大人たちの甲高い笑い声がだい嫌いだった。一生懸命を馬鹿にするなと幼稚園のときに教わったことを覚えていたい。

クリスマスツリーをしまわなければ恐らくサンタが毎晩僕の枕元にやってきて、靴下の中に隠した願いを全て残らず叶えてくれるだろう。

僕は猫に餌をやる女の幸せを願い、換気扇のファンにぶつかった誰かが怪我なく空へと舞い戻ってくれることを願い、冬の公園にやってくる白鳥のための巨大ヒーターを願い、新しいニューヨーク市長にホルスタインのニーナが当選してミルクの安売りを始めることを願い、働きすぎのヘラジカのために長いバカンスが計画されることを願い、ひとりぼっちの青い子犬に友達ができることを願い、全ての大人たちが一生懸命を覚えてくれることを願い、僕の真ん中を貫く気持ちが当たり前の人間と同じ真っすぐなものになりますようにと願い、8歳の秋にできたはずの掛け算が62歳の僕にもできますようにと願い、飲酒運転のトラックに轢かれて死んだ大好きだった叔父さんのために冷えたビールをショピングカート一杯分願い、もうこれ以上生き物が誰も死なないようにと願い、願うたびに寂しくなっていく心の隙間を埋めるためにこの昼寝が上手くいきますようにと願い、

甘いクッキーの匂いを探している。





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冬虚
 木立 悟






光のうわずみ
草の行方を呑み干して
夜の鳥が鳴く
ここに居たい
ここに居たくない


願いと砂と滴の器
はばたきの影 眠りと頂
どこへゆくどこへゆく
美しさだけを切り抜いて


つながらずつながらぬ冬の道
手につもり手になる蜘蛛の紙
土の下の午後
つなぐ水彩


ひとまわり遅れ 二重に響く
区別のつかない色 音 光
無いもののように降りそそぐ


あなたは数ですか
いえ ちがいます
おそらくわたしは
ただの境です


線をつないで
一息つき
声のないまま すれちがうまま
とどめおくことのできぬまま


紙の下の紙
黒い森
糸電話の夜
からまるばかり


昨日と同じ日の終わりを
左目だけで聴いている
雨がたどり着くときの
ゆうるりとした火とにおい


風が風のまま風を踏み
誰からということもなく帰りゆく
半裸 闇と目
くちびるを待つ永さ


虚(そら)に立つ虚(そら) 踏みはずし
虚は高みへ高みへと降る
偽り 言葉 色 音 光
境のかたちに降りつもる
























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リボン
 5or6

あらためてあなたたちのあいだに歪ませながら移動するだけなのです
スカートを螺旋上にさせながら
プリオンの少女達が公共のベンチに座る
すべての瞳は
マネキンの瞳のように
何かを諦めながら
リボンを結ぶ中指に委ねている
恥じらいの色にも見えた身近な印象は女性をしならせながら苦いカシスの木の側で天使的結合を試みる
こねあげる両手に蝶々結びを与えて
虚ろな道徳を唱える
不精髭がそこにいる
獣のようだ
体臭
そこには
たくさんの知恵の絆の後がありまして
苦悩に乱れた脈拍は素晴らしく
彼女達は首筋の独裁者に酔い痴れます

繰り返し
掬う
髪を上げて
縛る
フェルト、毛皮、レースのリボン
ただ
ため息をもたらす装飾の調和
そして唯一つ
純白はしくじりました





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駅から
 島野律子
線路の先に空がある一角を枯れ色がかこんで守っている様子がみえるホームのはずれほこり交じりの風のなかに羽ばたく突き立った枝先の葉群れから通うにおいが肌にしみて振り返る月から滴がまるまりかけている隙間にはなだらかな斜面前かがみの目の奥から遠い光が途切れていってとげとげと木がどの窓にもいる湿る腕にさしてくる花は立とうとして低いところの道が曲がりたくもないところで折り重なり後ろになっては隙間にさした薄日のなか鳥がみりみり追る木の下の土が雨みたいに落ち込んでいく無念そうな木の頂上の見せびらかす上を運ばれ足の不揃いな爪に靄がしみても止まらない音が荒れる髪を押さえ込む圧で進んでいく月のあがる場所はもうずっと下に消えて空が開けて春まではいくようにくぐるところを探す

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微笑む理由(dark horse)
 腰越広茂


ふりしきる、ふりしきるうるわしき影
原始の暗黒をつらぬいて
虚空の黒雨の冷たさは
墓守漂う雲のおとす
あふれる今朝を、幽かに青く息も吐く
並木道に風光りやがて歩む
無辺の肺臓澄みわたり
自動車よ私を通りすぎる?
いつも
意識不明のおもひ出に照らされている

ある正午、公園のブランコに老人がひとり
それはそれは静かなまなざしであった
この日は、本当にひと気はなく
真白の白髪日向ぼこをしていた。
鳩が五羽ほどうろついていたが、
縁もゆかりもない憧憬。
公転すべき水の惑星よ

銀河瞬く
暗黙で
星星の、回帰するメリーゴーラウンド
放て遊星を
黒い馬のいななき立を 変換する絶対音感
いみじくも
雪原をただ一頭疾風迅雷となってゆくたてがみ

約束のないすべてから発生した闇に
ぽつり、濡れた光点が忍び音をひそめている
宿無しの蔓
黙殺された光合成
グリズリーの失笑 いさめる九人在るミューズの母
舞台裏の道化師
銀糸の照明があたる密林
春を待ち尽す青年の

翳りある、指先がふれようと
空を切る、純白の肌へ。
おもひ出の下弦に
(限りある朝を
 今日も初めてむかえる
 在りしながら おもひありく)
この死はいちどきりしかして

ふりそそぐ高い空 をえる
流水の果てに(つむり手をあわせる私)。
宝石箱の中原から
こんにちは、とブラックオニキスの原石が、ひんやりと零す黒光り
あのひとみは、金環食の門
をつつっとくぐりぬける海馬の群星



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Your poem is so good.
 鈴木妙

((蝉の声を聞く度に九十九里浜が目に浮かんでしまうのは病気ではないのですか
  『日商簿記とおるテキスト』が浮かんでもよいのではありませんか)について

女の子たちよ
ぼくの詩を読んでほしい

女の子たちよ
きみたちは美しい
日商簿記みたいだ

ぼくの名はアメリカ
U.S.A(うさ)ちゃんと呼んでくれてもいい
ぼくは地球という
遠い星から来た
今は便器とゴキブリと女性器について考えるのを
仕事にしている
美しい女の子たちよ
ぼくの詩を読んでほしい

昨晩ぼくのアパートに
薄明かりを遮断してゴキブリが飛来した
そいつはゴキブリらしく
そいつは水道管にとりつき
そいつはしゃかしゃかと歩いた
ゴキブリが飛来と知人は言ったが
ぼく
地球の女の子たちから疎外された男の子は
真剣に
ゴキブリが飛来しているのだよ
女の子たちよ
それはゴキブリが飛来ぼくの脳にゴキブリが飛来
それは愛する存在に愛していると告げるときくらい真剣なのだ
愛を告げるケンリは人生に十二回あって
ぼくはそれを

うどん

きしめん
ゴキブリが飛来
うどん
アメリカンスクール時代の『日商簿記とおるテキスト』
カレーうどん
「人々は生きるためにこの都に集まってくるらしい」
「ライナー・マリア・リルケはうどんを食べるためにパリシティーに飛来するらしい」
パリのパシリ
めんつゆ
に使った
ゴキブリが飛来

ウッ(気がつけば食べ物のことばかり考えているよ
   さしあたってポカリスウェット・ウォーター
   きみは今、同じ空を見上げているのだろうか)

ぼくの脳内を先入先出法が駆けめぐる

((そこまで執拗に九十九里浜を浮かばせるのは
  いったい何蝉だというのですか
  サトシですか

マダム・ポミエールは満足そうなほほえみを浮かべて
「アメリカさん」と言った
「わたしは国粋主義者なのでなんともいえませんけれど
 『日商簿記とおるテキスト』とは一度だけ会ったことがあります
 かれは『へのへのもへじ』の『の』の部分も『へ』でしたが
 『も』も『く』だったことをよく覚えています」
 ぼくは
「英語でしゃべってくれませんか」と言った

  いったい何様だというのですかサトシは

女の子たち
(そなたたちのことです)
よく聞いてくれ
高田馬場駅からある大学へ向かう道の途中
一風堂の手前のうどん屋はおいしいよ

「一風堂はどうですか」
「まあ、好みによるんじゃないでしょうかねえ」

そういえば
便器について考えていないではないか
消臭剤のように美しい女の子たちよ
やっぱり詩はあした書くから
一晩だけ猶予をください

  サトシは恒星の光をかき消しながら
  そなたたちに向かって羽を広げます

ガッデーム

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pic/北城椿貴


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