投稿する
[*前] [次#]


此の頃の夢の話
 吉田群青


ドアを開けるとどういうわけか
そこは一面の野原で
野原の真ん中には
長いはしごが立っている
支える者も居ないのに
すっくと真っ直ぐ立っている
わたしは然したる疑問も持たずに
はしごに手を掛け足を掛け
ふわふわふわとのぼっていったが
中途で足を止めたとき
不意にはしごがぐらりとかしいだ

はっ
と自分の息をのむ音で目が覚めた


鉄のシャベルで
わたしは土を掘っている
どうやら地中の奥深くに
誰かの赤ちゃんが埋まっていて
わたしはそれを掘り出しているらしい
土は湿っていて生あたたくて
手ごたえもなくすくすく掘れていくのが
なんとなく不気味でもあったが
赤ちゃんの母親が土の上から監視しているので
手を止めることが出来ないでいる
そのうちさくっと何かに行き当たって
白い肌が露出した

と思うと
赤ちゃんの小さな手がにゅるりと伸びて
わたしの足首を
がっ
と掴んだ


漆喰の壁を塗っている職人の傍で
わたしは緑茶を飲んでいる
すぐ済みますから
と言う職人は
どうしてだか
壁にすっぽり入り込んで
内側から漆喰を塗っている

そのままだとあなた
壁を塗り終わったときには
壁の中に閉じ込められるんじゃあないですか
とか
外に出て塗った方がいいんじゃあないですか
とか言いたいのだが
職人さんは上機嫌で
鼻歌なんて歌っているので
邪魔しちゃ悪いと思って
わたしは一心にお茶だけを見つめている

終わりました
と言う声が掛かったので振り返ると
やはり職人さんは壁の中に塗り込められてしまっていた

ああ

諦めとも不満とも安堵ともつかぬ
一種独特のため息が漏れた


今は死んでいく夢を見ている途中だ
年々じわじわと年をとって
抗いもせず死へと向かっていくところだ
どうしてだかこの夢からは
覚めることが出来ないでいる



[編集]

「心臓の裏を電車が通る」
 ミゼット

わたしは見る

切り開かれ、繋ぎ合わされる裸体を

あなたは詩を詠んでいる

音が像を結ぶ

あなたが切り開くのはわたし

わたし

でも、知らない人のよう

わたしが並べた身体の中身は

あなたに残らず食べられて

あなたのものになる

耳の中で結ぶ

目を閉じて触れる

切り開かれ、繋ぎ合わされる裸体

あなたは詩を詠んでいる

わたしは

わたしが作られていくのを見る



[編集]

遠還
 木立 悟



首から下の感情が
水の底にひらいている
水は濁り
水は隠す


鳥が一羽
木守りの実を突いている
子らの悪戯な指と目が
雪の枝に残っている


ほのかなものが上になり
下から抱き寄せられている
白は緑 白は緑
空を揺らし 空を灯す


夜明け前の原をすぎ
足は草に触れつづけ
土から少しずつ離れ
鉱の波に照らされている


星が星を連れてゆき
空ははじまりのように暗い
振動がわずかな明かりとなり
かろうじて道のかたちをなぞる


置き去りにされた一群が
灯火を持つ一群とすれちがう
原は一瞬ひかりさざめき
ふたたび無音の波に還る


首から下へ
うたはこぼれる
いつか芽吹くものの上を
影の歩みがすぎてゆく


闇を見つめつづける目に
土を覆う羽が映る
彷徨うための標のように
羽の下を水は巡る













[編集]

いま朝がのぼる
 丘 光平


絹のように
息はほつれ
雪は鳴いていた


月下の狩 それは
行き場なく立ちつくす
孤独の網


 そして冬は
面影をめくり
羽は夢をひそめ


手紙のように
胸はとぎれ
雪は鳴いていた


 漂着の
海を抱きあげるように
いま朝がのぼる―




[編集]

十二月の手紙
 前田ふむふむ
 

ひかりの葬列のような夕暮れに沈む、

クラチャニツァ修道院のベンチに凭れる、

白いスカーフの女の胸が艶めかしく見えた。

捲り上げられた白い腿は、悲しげにも見えた。



わたしの少し疲れた掌のなかから、

厚化粧の旗に見つめられて、バザーが眼を覚ましている。

黒い衣装に覆われて、寂しい息の群が、

地を這っている喧噪のなかを、

針のような無言が、からっぽになっている、

わたしの胸を埋めている。



聖地ブリシュティナのなまり色の空に、

吊るされた透明な鐘は、血の相続のために鳴り響き、

ムスリムの河の水面に溶けている。

もうすぐ雪が訪れて、

大地の枯れた草に泣きはらした街は、鐘の音を、

しわの数ほど叩いた鐘楼の番人ごと、凍らせるだろう。



眼を瞑り、もう一度、掌を開くと、

中央の広場が、犠牲の祭りを咲かせている。

編物のような自由という言葉にかき消されて、

白いスカーフの女は、二度と姿を見せることはないだろう。



・・・・・

愛するあなたへ。

十二月は凍えるみずうみのようです。あなたは、自由という活字の断片の洪水によっ
て、固められた海辺で、打ち寄せる波と、波打ち際を吹き渡る、よそいきの服装を、
今日も屈託のない笑顔で、はおっているのですか。あなたがくれた高揚とした朝の、
青く広がる鳥の声は、砂漠のように霞んでいます。振り返れば、せせらぎは見えなく
とも、胸の平原を風力計の針を走らせるように、わたしはわたしらしく、みずの声を
聴いたことがあっただろうか。便箋に見苦しく訂正してある、傷ついた線は、言葉を
伝えられなかったわたしです。夕立のなかを往く傘を持たない、わたしの冷たい両手
です。吹雪のなかで、泣き叫ぶ手負った鶴のように、震えるうすい胸は、春の瞳孔に
浮ぶみずうみを求めているのです。



・・・・・

いつまでも、同じ色の遠い空が、静かにわたしを見ていた。

某月某日、正午。

砂煙をあげて、豊かな日本語の柄を刻んだ小型ジープが、

四つ目の浅い川を渡った。

果てしなく続く白い三角形の箱の群を、

少しづつ裂きながら、すすむ。

背中から逃げてゆく、均等に区分された灌木の平原。

後方から前へと滑らせながら追うと、

わたしの眼を、息絶えたふたりの幼児と自由を抱えて、

狂気する娼婦のような女の、

凍る眼差しが、突き刺した。

女は、泥水を浴びているのか。服が白い肌に食い込んでいる。

わたしは、気がつかなかったが、

驟雨が車体を叩きつけている。

霞みながら、道はおぼろげに、体裁をつくり、

また、壊して、そのなかから、つくられてゆく。

やや、不眠のためであろうか、目頭が重い。

先にある、なつかしい国境は、いのちを失い、

絵具のように流れている自由は、

女が辿った靄に煙る地平線のむこうまで、

続いているのだろう。



・・・・・

追伸。

まもなく、帰ります。

あなたの青い空をみるために戻ります。あなたが熱望した、瑞々しい山々は、荒れた
ローム層の水底に沈んでいました。そちらでは、あなたの、あの澄んだ空は、今日
も、一面、青々と見えましたか。
 


[編集]


 ホロウ

見放されたものたちが街外れで群れながら
見放されたものたち特有のメロディで
見放されたものたちの歌をうたう
見放されたものたちの声は高く、変声期をやり損ねた失敗作の世代
高く、そして細いせいで
届くべきところへは届かずに虚空へと立ち昇る、荼毘にふされるイデオロギー、少々強情な
煙草の煙ぐらいの在り処


あんた、昨日ここいらあたりで、笛を吹いていたでしょう、駄目だよこの辺一帯にゃ
良くないものたちが潜んでいるからね
長く吹こうものなら喉笛掻っ切られるよ
あいつらは無益な殺生をするのが大好きだから、あんたの死体は身包み剥がされたのち
野晒しで腐ってゆくよ
死体にたかる虫を見たことがあるかい
やつらはあんたの形に沿って集まるんだよ、遠くから見ると真っ黒いあんたが
すやすやと寝息を立てているように見えるんだ、近寄ると小さなモーターのような音がして
あっという間に喰いかけの肉の塊になる
そんな風になりたくないだろ?それ以上はやめて
それ以上はやめてここを離れるんだよ


老婆、木の皮のように痩せた老婆よ、俺は
見放されたものたちがうたっていた歌のことを知っているんだ、俺が手にした笛の音色を聞いたかい、それは見放されたものたちが高く細い声でうたっていた歌と同じものなんだ


「あんたはこの土地の人間なのかい」
「違うよ」
「それじゃああんたの身内にこの地のゆかりのものが誰か居るのかい」
「そういうところだよ」
「親かい」「違うよ」


俺の妻はここで産まれたんだ
ここで産まれて
ここで産まれたせいで
辱められた
何度も何度も
何度も何度も
何度も何度も
辱められた
気が触れちまってね
あんたが言ってたみたいに
喉を掻っ切って死んだよ
俺たちのささやかな住処の
床という床を血まみれにしてね


握り締められていた
彼女の存在が
辱められた存在が
手の中に
小さな手の中に
悔しかった
悔しかった
悔しかったんだ
甘くすえた匂いがした
甘かったんだ
本当だよ
血の匂い嗅いだことあるかい


俺が帰ったときに、俺がそれに気づいたとき
女はこの歌をうたっていた、この歌をうたっていたんだ
喉から漏れる息にまぎれて
ほとんど、聞き取れなかったけれど


俺には判らなかった
見放されたものたちの歌のことを
見放されたものたちが
高く細い声でうたった歌のことを
高く細いその声に、空気の漏れるその声に似合いの笛を探して
何度もメロディをたどったんだ
何度も何度も
何度も何度も
何度も何度も
何度も何度も


木の皮のように痩せた老婆よ、知ってるか




血の匂いは
渇くことが無いんだ


[編集]

siberia
 しもつき、七


浸された水は
つめたく
ねがえりもできないほどに
なぜか凍みたまま
あの人ごとをさらって
いって

かなしい
のふちにいるあの人
たしかにいかされ、芽生え
一つの
さむさの中にいた


冬のにおい
どこかシベリア、
きれいなばしょでだきあえたらいいね
もう少し近いよ
少し



ice
あの人の
動物のぶぶんは温かく
ひどいことばだって浴びれずにいたから
底までゆけたのだね
あっぱく
舌のぬるさは知られちゃ
いけない



こごえるより溺れるからだをえらんだ
それでもキスは氷で



あの人は視力のない
あおい瞳をくれた
さびしい毛並み、



(siberia)




[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 2/4 ]


[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]