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一瞬の影
 腰越広茂

水晶の心臓をもつあのこの
心音は途切れずに
星雲で脈打っている。まなざしは
林の陰のように微笑んだまま
朝食をいただいている
鉄塔の影はのび
山際の空が紫にいろづく
せせらぎを
さかのぼる果実は散って咲く
あのこの羽は陽に透けて
(私が死んだらこの影は
どこへ行くのだろうか)
空を
みつめるひとみはどこまでも黒く澄み
夜になったのもしらず

水平線に直立する鏡の雨
(一瞬まえの私と
いまの私はとうぜんちがう私だ)
かられた草が枯れてゆく
しゅわしゅわと声を上げながら
山脈のうかびあがる
青白いよこがお

ある
正午のサイレンは
永くながい
さざなみにあらわれる
しろい素足のふむ
真砂が
鳴く
カモメの食事
    視線の先の
空は
真っ青にはれて降りしきり
しみて来る

変わらぬ言葉をかみしめて
私よりも長生きしてくれとあのこへのべた。



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湿度、服用するということ、
 庭先 はつか
 

血みどろの青い布の下で、今生み出されたばかりの死体が、かえりたい、と一息ついて、指輪の淵の皮膚から透け始めて、もう五日も経った。彼は、亡命先のアメリカで、フットボールの試合中に、審査員に脳髄を貫通されて、もはや、かなしい、うれしい、という感情さえ抱けない、ただの人形に過ぎない。目を覚まさないようそっと布をめくり、耳に糸を引っ掛けてぼくは立ち去る。窓の向こうにクレーンが立ち上がる。そうして、窓の向こうから糸に引っ張られて、腐敗した首は空高くに上り、作業員の一人が、これが君の仕出かした最後の罰だ!と叫び、青空の向こうに全てが消え去って、何かがガラスを突き破る音が、色ひとつない世界を、駆け抜けて響く。

正午、太陽は東へ、東へと下り、雌牛がぼくの耳元に息を吹き掛けていく。――カルカッタにて、渡り鳥の声を聞き、燦然と降り注ぐ黒光りから、雄叫びがどこか遠くの土地で割れてしまって、皆が手を赤くして泣いているのを、永遠に捉え続けることが、わたしにはできない――とこのように聞こえる。ぼくの周りの人たちはただ手を合わせ一心に祈っている。それはこの国の人々にとって、牛が神聖な動物とされているからだろう。やがて無数の菩提樹の陰で、継ぎ接ぎだらけの男が立ち上がり、祈っている人々の耳を手当たり次第に引き裂いて、自分の口の中に詰め込んで、去ってしまう。

ガーゴイルの石像の傍で、行き交う女を次々と口説いている男に出会う。「ここはたったひとつのプラハだ。」男はそれだけ言い残して去っていく。男に台詞に心底魅入ってしまったぼくは、男と同様に女を口説き始める。「ここはあなただけのプラハだ。」ぼくはプラハという言葉の意味を知らない。わかっているのは、知ってしまえば全てが終わってしまう、ということだけだ。ぼくがプラハという言葉の意味を知ろうとしないために街には雨が降らず、この辺りの土地はひどく渇いている。ぼくはなかなか女を連れていくことができず、人々はぼくを避けるようになり、周りには誰もいなくなってしまう。仕方なくぼくはガーゴイルの石像を口説き、降り始めた雨がぼくを打つ。

辺りを、
打ちつける雨は、
いつも、
惨劇を含み、
わたしも雲に顔向けて、
口に含む、

湿度、服用するということ、次々と後ろ姿を見届けて、その先にある二つの砂丘で、リュックの中に、ぼくが惜し気もなく詰め込んだかなしみ、うれしみを、何度も何度も連れ出していく、そうして、雨でぐっしょり濡れたポプラ並木を抜けて、覚えのない野原を、火傷ひとつない裸足で歩く、朽ち果てた木に背中を向けて(影が立ち上がりぼくに寄り添って歩き出した)空は幾重にも裂けて見えなくなった(まだ顔も見ていない女の鎖骨がちらついて)かえりたい、まだ誰もみたことのない来光の領へ、




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よくあること
 クマクマ




紙をたたんで、小舟を浮かべて、
わたしは出発した。
人のかたちをするものになろうとして。
その指を切り落とすと、指に指の、
その目をえぐり出すと、目に目の人格が、
一つ、与えられる。
そして、残ったかたちの性格は、
息づきやえづきから、
語られる内戦まで変わらない。
わたしの自然は、太陽を塗るように、
そこにまるくある。
風や波に、より青いものに、
右に左にもまれながら、
今日に近づいていく。


時と場所を選んで、おめかしをして、
わたしたちは約束する。
生活を経て恋をすることと、
恋を経て死んでいくことを。
立体的な言葉で、立体的な像を描いて、
自分を結びつける。
この歌は、
このわたしたちと同じ重さだから、
ものと云うものは美しい、
やわらかい塊になって、呼吸している。
花びらも、
男の子の女の子や女の子の男の子も、
紙の上で、西洋音楽のように歩いている。


袋の中に、二度と死なないものが入っている。
生きているものは、
生きているところから離れて、
これに栄誉や恥辱を与えなければならない。
みなが政治の話をしている時、月の裏で、
蛇はしっぽを食べている。
ありふれているので、見向きもされない。





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求めるもの
 島田さえ子
 


宇宙を押し広げながら
しゅるしゅると無限に吐き出される時の糸が
最終電車の下敷きでぶっつり裁たれると
まき散らされたねばつく切れ端は
置き去りのひとびとを絡め取り
家畜の言葉に似た福音を求めて
夜明けまでのながい巡礼へ駆り出す

帰る場所を失った刹那より
変わらないまま白んでゆく空が怖いので
ひとびとは輪廻のおきても忘れ
暗い光に吸い寄せられる
とろりと甘く煮詰まった夜の底で
ぱっくり口をあけた街のあそこは
滑稽なくらいどす黒く
ほだされて病を得るひともいれば
沈んだきり戻らないひともいて
スーパーカブの音とともに
無事帰還を果たしたひとびとなら
そこが自宅の居間であることに喜悦を表し
汚れた靴下を脱ぎながら
昨日と今日のつなぎ目がずれないよう
悪夢と記憶を選り分けて
自分自身に祝福を与えるだろう

気の利いた提案は安く手に入るものだが
対処療法にさえならないのが実情で
花と果物の香りに満たされ
砂浜の風に抱かれても
目を閉じて思う井戸に神秘は湧き出さない
轢死者の赤黒い肉片と突き出た白い骨を見ても
嘆きと尊厳は約束されず
浄化の目的など果たされるわけがない
湿った靴下の匂いが真実なら
何者であるかを測れるということもありそうだが
四十五億年分のわずかな誤差にまぎれて
全てを赦した話は錯覚だとおもう

だいぶ前から両手はいっぱいなのだ
口の中まで詰め込んでろくにものも言えない
施せば奢りの罰が落ちてきて
憐れみの数だけ欺瞞に肉を焼かれてしまう
乞うためにわたしは
何も持たない人を愛し
窓のない独房を愛し
滋養のない乾いた土を愛し
音のない闇を
色のない空を
今日と寸分たがわぬ明日を
宇宙を満たす無意味な時を
あいそうとおもう

それは
混沌へ還る何かに似て
なくなる
ということ



 


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夜を削る
 及川三貴





手に持った小刀に
夕暮れの陽が映り
火をくべる黒ずんだ手が
土の匂いを部屋に広げる
何度も繰り返される
木を削ぐ夕闇色の摩擦
窓からは無秩序な黄金色
顔をそれに溶かしながら
黙々と手を動かして
立ち昇る生木の芳香
夕餉の炊煙
沈黙の只中で私は
足を組み替え爪を撫でて
心の中で唄を歌った
ふと光は失せて
暗くなる 暗くなる
立ち上がって窓を閉めると
幸せな波の反復がずっと
耳の中で木霊した
背後に立って灯した光に
照らされる厳しい顔
石の様に厳しく
若草のように猛々しく
そして嵐の時の海底のように
静かで 動かない
際限なく繰り返されている
手の中の刃を
止めるように握って
耳元で囁いた ねえ
あなたが彫るのは
朝に生まれるあの白い月
すると 開闢以来初めて
言葉が踊ったかのように
ああ これはただの
削られてゆく夜だよ
と言った
空気が揺らいで放物線
火に投げ込まれた夜は
明々と壁に
影を伸ばした




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