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余計なものを連れてくるから
 ホロウ



デリバリー・ピザのスクーターがどうしようもないエンジン音を響かせて街路を乱暴に駆け抜けるとき
君は安物のアルコールの酔いに侵され遅れた右足にイラついている
何の用途も無いのに右手に握りしめたままのお気に入りの携帯電話
笑ったままで死んだ誰かの遺影の様
前時代的なデザイナーズ・マンションの屋上で濡れた記憶
アドレスと一緒に触れる理由の無い淵まで逃げて行ってしまった
あの頃流行った歌を覚えているかい?口当たりが悪い分今のチャートよりもリアルだったね
すでに営業時間を終えてシャッターを下ろしたショッピングセンターの控えめな電光掲示板で
小さな部屋に鍵を掛けてから12時間が過ぎていることを知った、もう少し早く
もう少し早く気づくことも出来たはずだと思ったけれど
どうしてそんなことにこだわるのかはてんで理解出来なかった、24時間営業のドラッグストアの店外スピーカーからは新しい風邪薬のコマーシャルがノン・ストップでただ流されていて
それはまるで我々には服用の為に蝕まれる権利があるのだと言っているみたいに聞こえてくる
おかしな暗示が浸透する前に君はそこを離れる
もはやメイクなんて言葉が似合わなさそうな装飾を施したまだ若い娘たちが
薄い布越しに子宮をアスファルトに押し付けて座っていた、食べ散らかされたセレブな包み紙のスナック菓子の反射
なんの色気も感じられない汚れた下着を、食堂の片隅で死んだゴキブリを見るみたいに眺めながら、君は地下鉄の駅へとあてもなく歩く、確かな速度があればもしかしたら気分を変えることが出来るかもしれない、不作法な誰かのいびきの様に電車が交差している
昨日そこで高校生ぐらいの男が飛び込んだらしい、彼にはまだ名前すら戻されていないと聞いた
もしかしたらそれは返される必要の無い名前なのかもしれない、結論をつけたがる自分の悪癖にその日何度目かのうんざりを感じながら君は適当に目についた駅までの券を買う
言葉が何らかの
断定の為に存在するなんて馬鹿げた話た
それはあくまでひとつの在り方を提示するに過ぎない、折り返し地点に立てられたパイロンの様なものだ
ビ、ビ、ビートニック、列車の振動に隠れて君は呟いた、安直なパンク・ミュージックを口ずさむように
それはどれだけの時間が過ぎてもがっかりするような気まぐれに違いなかった
上着のポケットから券を取り出して自分の行く先を知る
そこに書かれた地名には昔何度か行ったことがあった
でも何をしに行ったのかはどうしても思い出せなかった
君の立っている扉から斜向かいに座っていた、ぼさぼさの髪に洗濯ばさみをふたつ付けた童顔の女が君のことを見ていた
どうやらずいぶん前から君のことを見ているらしかった、でも君はそれに気づかないふりをした
なんたって女の髪の毛には洗濯ばさみがふたつくっついているのだ
目的地まで残り二駅分
途方も無い時間に思えた
駅の出口の自動販売機でカフェ・オレを買ってだらだらと飲んでいると、すごく時間が過ぎてからさっきの女が改札から出てきた
女は君の前に立った
髪の毛の洗濯ばさみはひとつだけになっていた
ミステイクなのか意図的なものなのか君には理解出来なかった
女はしばらく黙ったまま君のそばに立って
君のことを長く見上げていた
彼女は不自然なほど身長が低かった
「○○君だよね?」
自分の名前を初めて聞いた気がした、確かにその声には聞き覚えがあった
「久しぶりだね。」
高校の時に同じクラスだった女だった
彼女は時折誰にも理解出来ない行動を取ることがあって、それで誰からも敬遠されていた
勿論君だって彼女は苦手だった
ねえ、○○君、と彼女は君の袖を引いていた、まるでずっと昔からそうしていたように、君は彼女の手を取ると




ありったけの力で横っ腹を蹴りつけた、考えるより先にそうしていた
ぐ、ぐう、と女は声を上げた、それからもう一度君を見てにこりと笑った
「ねえ、久しぶりだよね。」
君は呆れて彼女の腕を取り、引き起こした、一部始終を見ていた数人の男と女が、「訳が判らない」という感じで去って行った「そうだな、久しぶりだな。」





「変わってないな、お前。」





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サン/アローン
 石畑由紀子
 
 
奪われないので
今日もひとり分を生きた
果てのない風船の暗闇で
惑星の君が手をふっている
伸びる道は無限に存在し
いつでも繋がっていると同時に
いつでも一定の隔たりがあり
謎かけのような標識にあふれていた
まぶしそうな敬礼の笑顔に
手をあげて応えようとすると
ほどなく掌は左右に揺れ
信号が変わって見えなくなった
肩越しにまたたく幾つもの粒とともに
いとおしく輝いていたのが最後だった





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朝の路傍で
 丘 光平


朝の路傍で
ことりは眼をつむる、
ことりから飛びたった羽音は 
もどってこない

空は黙っていた
空がみたものをことづけるには
まだ
秋が若すぎるからだ

走りさる車や 
行きすぎる学生たちの 
影をつまびく朝の路傍で

 ことりは眼をつむる、雨降るように
おまえをついばむ明るみが 
しずかに鳴いている




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時と音
 木立 悟





水のそばに
水の羽があり
四つの水を映している

ひとつだけ蒼い波が来る
ふいにひろがり すぐに消え
ふたたびふたたびをくりかえす

窓に打ち寄せ
つもる影
屋根のつらなりのむこうを見つめる

何かを作るために
家は取りはらわれた
何かが 作られることはなかった

朽ちた野に
浪の音が到く
むらさきにわたる

銀の暮れ色に手をひたし
昇る小さな水の音
ふせるまぶたの音たちを見る

小さく息をのむ
むずがゆく笑む
甲に まなざしを浴びる

手のひらは手のひらを経て
たしなめられるように手のひらになる
花の上の 音の花を聴く

火 硝子 火 硝子
常に火の前に立ちはだかる
硝子の声 硝子の声

左目は弱い
ふせてもまぶしい
重さのない指の重なり

滴を照らす火
壁鳴らす色
手のひらの上に揺れる鉱

影は流れ 窓はひらく
つらなりの前の左目
歳月があり 歳月に眠る

夢のなかで種ははじける
音のない朝のまぶたに
まなざしと花は訪れる





















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 干場朋子
 
シーツの
皺を挟んで
寝顔が


映り
消える

幼女の赤い唇
それから
細かな欲望
大きな
小さな

「共有する日」

私はあなたのもの
そうだよ
そうです

知っていましたか
赤い絨毯の上を虫が這っていくのを
知っていらっしゃいましたか
乳房の上を指が辿っていくのを

「子供が消えたおかげで」
「家族は共有する」

それ

過酷

なの


いつか「達成」を
望むなら
毎夜のように逢いにいきます
毎夜のように魘されます

青天の雲に
貼り付いた
炎天。
木立ちが
ゆららぎ
霞んで

悲しみは
ねぇ、悲しみは?

幼女の不幸せな
それらの
あなたが
したいのなら
不具が責務が
それ以上の事が年月の中で
細かい皺を造る

起きると


あなたの死体

望むなら
欲するなら


 


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聴こえないふり
 藤倉セリ
 
 
春が恋しくて、パンジーの苗を買ってしまいました
スカートの裾よりも帽子を気にしながら、土を触っていると
気が紛れるの

打ち水に光る陽射し
手入れの行き届かなくなった庭に
ごめんね、と呟いたら
ほうせんか、遠い日に弾けて

母の居ない家の広さ
私にしか懐かない犬が鼻を鳴らす
猫背の母が嫌いでした
大嫌いでした
耳が遠くなった人は、少しだけ遅れて笑う

裏庭で見上げれば、零れるように桜
そういえば、迷った道にも桜は咲いていました
さみしさが握る花という花を、桜と呼んでいた頃

それから、
寝室には花瓶があって
山梔子に誘われるように、父と腕を組みました
その唇が長い髪を欲しがっては、私の指を吸いました
くすぐったい溜息、甘いものを食べた喉

「平気よ」

そうして、
母が叫んで、
何かしら?

寝室には、母の
そこには母の首だけがありました
生きたまま犬に食われた人がいました

今夜は、母の形見の浴衣を着たの
「とても似合うよ」
だから
「とても似合うよ」
だから春には
「とても似合うよ」
だから春には綺麗に
「とても似合うよ」
だから春には綺麗に


咲く

です

 
画像
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アオガエル
 腰越広茂


今夜も
アオガエルのなき声のする田園を眠る
庭で白い芍薬が
ほのかに浮き上がる
視線の静かなまなざしで
満天のせせらぎの
おもい出のひかり
帰れない真夜中のいっそう暗闇をます
アオガエルのなき声
天じょうもなくひびく

死にたくないのに死んだ者がいたというのに
絶望するなんてゆるされますか
からすらがついばんでいる
地面の奥深い裏側には広い空が広がっている
からすらはそれを知っている、のか
わたしにはずっとわかりはしない
からすらではないから
大空をあおぐ

アイスクリームソーダの泡が青く
はりさけそうにいつまでもしゅわしゅわと
微笑みを零す空へ
羽撃くゆえの君よ
伝えてほしい
空にないている

ひらかれた地上では
終る花の降る
やまないしめり気で
わたしは、声に声をつのらせ
いついつまでも閉じられつつ
鎖骨の曲線にそっ、とふれる

わたしはくりかえす
何回も何回も青ざめて
青ざめては
答の出ぬ問いに、かえる
「誰かあるか



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紅い朝
 丘 光平


羽むしが止まっていた
つみとられた秋桜の
髪飾る秋桜の
開いてまもないゆうぐれに


 あなたは黙っていた
あなたを伝うよろこびの影が
どのように逃れてゆくかを
聞き漏らすまいとして


二歩
三歩と 引きもどるのは
離れてゆくのは いつになく
遠まわりした秋桜の道―



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