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紅い朝
 丘 光平


壁はくずれていた
ぼくは瓦礫をあつめている
ぼくをあなたがあつめている
熱いけむりが立ちこめてゆく

ぼくは手をうしない
あなたは足をうしない
ぼくの空を あなたの大地を
染めてゆく雨

 壁はくずれていた
ぼくは眠りはじめて
あなたは耳をすませて

ぼくを運ぶそよ風に
うがたれたあなたの胸から
朝が湧きだしている




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映日果(イチジク)
 腰越広茂

イチジクを手にとる
あなたの背中を思い出す

いつかの電車内で振った
人体骨格のねじれた手首に
無邪気な笑顔でこたえた少女
そこにみだらな星はなく
鮮烈なスタッカートが鳴り響いていたのです

あなたの静かな背中と
そよ風の甘さとが重なる
(イチジクって花をつけないのよ。
だから漢字で無い花の果実の果って書くの)
少女が血を流す新月
実りを願う風祭

知らなかったのですね
イチジクは
内面に無数の花を
つけるのですよ?
ちらつくイノセンス

いまと甦る

あなたがわたしを生んだ
そう
あともどりのできない空
遠雷に
小刻みにふるえる映日果




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流転する、すべての
 望月ゆき


 くりかえされる、すべてのいのちと
 いとおしきわたしの二人称たちに



わたしがあなたを産んだそのとき
それとまったく同時に
あなたがわたしを産んだのです
この、配線だらけの街の
満天のネオンの下で
あなたはいつまでもはだかのままで
わたしのなかに抱かれていました



ことばからいちばん遠い声というものがあって
やかましくも心地よくもないそれは
ほどなくおとずれる半夏生の日にわたしを
とんでもない孤独の底辺に追いやりその直後に
深爪の手をさしのべてはわたしを見下ろし
お母さん、などという聞いたことのないことばを発し
ひどく無邪気に笑うのでしょう



夕暮れ時になると決まってわたしを呼ぶあなたの声が
今もなお耳のおくに反響して
とおくへ行こうとするわたしの記憶はいつまでも
剥がれ落ちるすべを知らないまま
配線に足をとられてここにいます



羊水を、伝う、振動、
低く、くぐもった、音、



かさぶたをはがしてはいけないと教えたのはあなたで
それを教えなかったのはわたしでした
終わりのないあそびはあなたが
まだ微粒子だった頃から続いていて
土管のなかにかくれたままのわたしもいつしか
微粒子となり見知らぬだれかの羊水を漂っています



不安定なものばかり信じてしまう
と言って泣いたあなたは
幼稚な約束と、それと同じだけの嘘をわたしに食べ与え
あなたに似た深爪の手をつくり終えたそのあとで
長い忘却の日々へと透きとおっていくのでしょう
たしかなことがあるとしたら、
お母さん、あなたも
あなたもわたしが産んだのです









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未発達(おたがいさまでしょう)
 えあ





わたしたちがかじった
果物の不当性を
うれいてくれる人がいたなら
あのときちょうど
黒い錆びかけたベランダのてすりから
雫が垂れ
スカートと一緒にふくらはぎも甘くした
指を果肉に埋め
お互いに水分をむしり取る
そうやって夏を過ごしたり、しなかった



しみになった部分に
手をあてにいって
焼かれたのは
ちいさな虫の集団と
たくさんのわたしたちの
なまなましい項
膝を剥き出して しゃがみこんで
背骨をつぶされた行列に
まなざしを注ぐ
砕けたのに黒くなるなんて、と
並んだ青白い顔は 笑っている


がらす一枚隔てて
しかくい空虚な今日のおわり
だんだんとあおく冷える空気に
大勢の声がこだまして
まぼろしにはなれなかった 
時間です、時間です、時間です、ので
黒いスカートが一斉に回りながら
とおくにいく
数歩の呼吸でたどり着けたはず
振りかえろうとすると
首もとで襟が翻って
明かりが、照らす前に消されてゆく
睫が震えだしたけど
今はすべてが乾いている
上から落ちてくる滴はもう ない


甘い、甘い果実も
夏をこせずに、いつかとけだす
ぬらした洋服も また真新しくなって
しらない秘密のことばも生まれる
傷んでしまったからだも
大丈夫
わたしたちまだ 孵る前だ
そう笑いあって手を繋ぐ それをみている


夕方の空気はいつだって正しい
正確にわたしたちを家へとかえそうとする
暴かれなかったわたしたちの横顔を
落下をつづけるおれんじが
強く焦がそうと迫り
白いままのわたしの項を
晒しながら ひとりでにゆく





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ようすいの丘
 黒田みぎ


 

 世界はいつも濡れていて 陽射しが人々を焼こうともすぐ隣では雨滴が垂れていました


 四月 世界の中心 学校の工事は水の神様に赦される為
 海へと続く道を狭めていた街路樹をまずはじめに刈り取り
 三百年眠っていた忘れられた石は起こされてから一年を待たず再び眠りにつきます
 あなたの愛が終わる頃にわたしたちはまた醜くなってもう一度 記号に戻ろうとしている
 澱んだ水軒の川を下りてゆけばようすいの丘に僧侶の屍が飾られていて
 明るい雨に照り映えているのは静かな終末
 僧侶の屍が見る四月の海は光を滑らかに波へと移していって
 波が高くなればなるほど白い翼を持っているようでした
 太陽は 繭に隠れてはまた融け合う事を待ち望んでいます
 雨はやはり降り続け ……


    (あなたの 中 たえず疼いていた愛以外の衝動は世界に 安らぎをあたえていました
     夜の繁み 葉から垂れる水滴に舌を這わせて
     蠢かせる色情の結末を私は知っています
     月のない空の下で話しなさい 罪はわたしが負いましょう
     わたしが あなたを 赦します)


 ――あなたは 光と風に繋いだ糸を歓楽の鎖から断ち切って永遠へと引き摺って行くのです
 ――けれどわたしはあなたが世界になったとは思いません


 もう何度過ちを犯したか 月の出る時間になっても空は曇っていて星は一つもみえない
 あなたの声で夜が明けると
 ようすいの丘の上には新しい世界がひろがり
 かなたでは霞んだ水平線から薄い煙を立てながら近付いてくる船をみせる
 繭から不規則に放たれる白光
 海さえも白く 陽か月か私にはすでに判断のつかなくなった円光は鷲のように天へと上り
 たちまち消えてしまいました
 硝子に生命の火が宿る わたしは柔らかな乳房に憧れる
 神聖なものが処女の血のなかで生き続けるなら 私は神聖でなくてもかまわない
 生まれる前から知っていた空の飛び方
 世界は美しい
 残り火の薄ら明かりではなく 荒れ果てた街が遂げた
 閑寂と頽廃の先
 あなたは 星や雲ばかりに 目を奪われていました
 靄に隠れていようと 死骸が落ちてこようと あなたはその先にあるものから目を離さない
 降り続ける雨が世界を歪めてもあなたには別のものへと移る予兆がありませんでした
 朧気な山々を裂いて聳える朱の塔 深々とおおいかぶさる雷鳴の背中を撫で 儚さは蘇る
 黒雲であろうと繭であろうと 或いは残りなく晴れ渡った晴天であっても
 光がとめどなく洩れているのは祝福と同時に怒りなのです それは空間の歪み
 清らかな日に人々は身を委ねます 忘却を齎す言葉の代わり
 指に絡ませた枝を比類ない奇蹟と
 呼んでもいい



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山道
 島野律子

腕を下ろして休んでいる日当たりの端の板に濃い雨の跡は残る。いつまでものぼってくる湿気に手のひらをかざして、押し返す厚みをゆっくり確かめてみる。こみあった上のほうへの道は、いつか開けるのかもしれない。群れになる枯れ草の根をちぎる音がして、振り返る気配に逃げていく揺れが見える。ただ疎まれているだけとわかるので、あの先の行き方を知らないとは教えない杭のとがった折れ跡にも、泥がついている。





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始発
 稲村つぐ


次第に力を失われながら、月は
まだ見えていた
乾ききらない洗い髪が
毎日を押しなべて、香って

静けさに、更なる沈黙を捧げる
駅までの道のり
説明するには十分過ぎる理由があって
だからこそ、誰も語ろうとはせず
黙々と輸血し続けてきた

一人、また一人と増えて
構内に真っ白な血液が満ちてくる
見えている
私を見ていない彼は、
見られている
向いのホームのスーツ姿が
咳をした
一度だけ目が合う

沈黙の動脈を、
さかのぼる、その方角には群青があり
ようやく茜色が混じってきた
太陽は近い
レールの下には星たちが、
空にまだ、
月は残っているか
列車には早過ぎていて
しかし何もかも
この空白から、既に始まっている
鼓動のとき
今、すべて見えている




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渚のアバンチュール
 MIU

夢を駆ける厚木インター出口方面
ダッシュボックスにカラーボウル
ぽろぽろ溢れてパワーウィンドウ
向かい風を受けてアベニューすまして
ハートはわた菓子とろける
夕涼みしみじみトランポリンな街のシェイカーにミント
家路に沿ってはけた集団下校の神童たち



葉っぱの甘い匂いにかまけてもう
だらしなく舌を延ばしてニヒル
こうも切なくっちゃあ運転できないよ
やだ、もうやんない
ハンドル右に切るキルト人形
ハンドルから手を離して
ほら着いた



大丈夫、大丈夫



リバーより広いんだぜだって由比ヶ浜
落陽の入り江に放泡シュノーケル
監視台にまる投げのビート板
こぼれるグレープ夕闇のアーチへ沈む
水彩画のボンネット
海沿い民宿のちょうちんまで揺らす
砂嵐は少年の下心で
しっとりめくれるフリルのワンピにめんどくさそうなあなた
ぶくぶくの白波よお待っとさん
俺の車はあそこのローレル
黒真珠のアイスバーンと、
ミル貝のみだれ撃ちでボッコボコに
やっちゃって
やっちゃって



帰れないまま恋患い、にわかに茜雲はモンタージュ
歯が浮くようなあぜ道チカチカ危険信号
フェニックスの木を潜って
エスカルゴが派手なおしながきにメロウダンス密祭ビアホール
ストールで首を絞めて
あなたが俺に二重奏ズッキーニ
レース柄が顔を出して
もち肌キューティクルジュゴン
アンチョビ二人の異質で寂しいカラスミで、下着に汗のシミ
グロスのテカテカを指でなぞらう
情念のこけら落し
伊豆の女とくれば執念のヤブサメ
いたずら好きがこうを成して
手を引いて連れていく
砂に足をとられながらも



俺は風見鶏



着の身着のままにやっていくだけやろ
エメラルドのゆらめきにじゃぶじゃぶ
がに股で浸かるとか
近いうちにまた嫌な事があろうとなかろうと
姫のお乳はトーテンポール
甘噛みしてみるエレファント
バブルリングの口移しは妙にナンセンス
昨日のあなたはふと、糸の切れた凧のように危うい兆しだった
未練を残したままに涙の渓谷より
カヤックで一人漕ぎ出すには
どれほどの勇気が要ったことか
たっぷりと褒めてしんぜよう



あれ、ってプリンスホテル
黒ブチメガネじゃよう見えんか
国道134号
いくばくかの歴史ある海沿い
海ホタルシンメトリー湘南
とこしえにデリバリーマカロン
ひばりよ南の夜空を仰ぐがいい
流れ星が、若宮大路に急降下
鎮静歌サイケデリックシンフォニー
まばたきする度にサブミナル
行こう、開演に間に合わない
ボトルネックへ夜風がおこしやす
コルク栓をしてうなじに残る香りはヒス



長谷も和田塚も臨時運休で足止め食らい
アシッド嗜好の気になるお店へ鎌倉





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