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 丘 光平


ときおり
つかれた胸に
打ち寄せる波
どこの海から来るのだろう


砂に書いた手紙を
かき消すように
忘れることを覚えたのはいつだったか


ただ
守ろうとして
そばにいながら
開いたことのない貝殻のように


深く
触れあうことに怯えている
この世の果てで―


 さびしい胸に
くりかえし
くりかえし打ち寄せる波
どこの海へ帰るのだろう




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食事
 田崎智基


空には
赤い点と青い点が吊るされていて
大袈裟な身振りで点呼をとる小学生が死にそうだった
から蜂が過ぎる有刺鉄線に着目するスケッチ
蜥蜴型の水は色を含む
二十歳になったらやけに色素の黒い牛を見る
ファスナーが緑地の光で開け
斑になるまでには嘘になっている話
そして葉緑素の熱い手応え
夕食時にひとりでに点くテレビに
赤い子が青い子を阿る
そんな数日前の赤子に躾けられる母親が履いたソックス
という長い説明をいやに小さな赤い弁当箱に流そうと
十九歳になったら反射光の眩しい線路を一人食べる




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お箸(おはし)
 腰越広茂


箸立に
ひっそりと立っている お箸
いのちの橋渡しを行うもの

せつなさをとおりこして
うれしさがあふれそうな
いのちの輝きの
道のりを
真っすぐに
みおくってくれるもの

いのち
 わたしの魂
 あなたの温もり
 ふたりの結晶

無くて当然 、あって有り難い。
生とは、死を受けいれてつないでいくということ
である

めしあがれ
いただきます
ひかりを
このむねに!


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運針の、記憶
 望月ゆき
 



気づいたときには、わたしが
わたしという輪郭に 縫いしろを足して
日常から切りとられていた
景色はいつも、ひどく透明なので
ふりかえっても もう
戻るべき箇所を、確かめることができない



日々のあわいで耳をすます と
遠くの受粉の音がきこえる その、
くりかえされる生命の営みの隙間に入りこんだときにだけ
わたしにことばが与えられる
何度も生まれて、何度も死んでいるのに 
わたしは誰の中にもいたことがない



縫いしろのぶんだけ余計なわたしは
ただ歩くことも容易ではなく ときどき
見知らぬ誰かに、真ん中で折られて
わたしの半分ともう半分が、縫い合わされそうになる
重なりたいと願うひとが、
たしかにいたはずなのに



空の、湿り気を帯びた産道を
ゆっくりと朝がすすみはじめる
背景に色が差し、わたしは
覚醒し、そしてしだいに世界と縫合されていく



針が、わたしを貫きながら上下すると
わたしの中で、発芽の音がする それを
どんなオノマトペでも言いあらわすことができなくて
咄嗟に、
きのうおぼえたばかりの
かけがえのないことばを叫ぶと、それは
わたしの名まえになった

 


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夏には
 島野律子

誰からも手当てをされないガラスのはまった窓に、のしかかる色は体までは届かないビニール袋の内側で膨れていた影と同じ明るさに反り返る。突き崩した根の掴んでいた土の手触りはもうわからないので、雨が降ってもかまわないからと背骨を照らすかたちにうずくまってなめた草の傷には、生きているにおいがまだにじんでいた。あしうらをみせて分け入るちぎれた葉の湿り気から、肌が始まっていたように体を閉じて乾くことを心待ちにしている枝まで帰る。夕暮れには遠いてらりとした坂の曲線まで、張り出した月の光にささくれをつくる境の草の群れから離れてきた熱のにおいは重い。爪の色が濃くなる手触りで夏になった空をすくいあげてきた服のすその傷みかたをした、切り立つ羽根は声がするように壁際を速い速度でのぼりつづけている。





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レモネード
 及川三貴


混じり合う
紫越しに
薄煙を見て
つま先で
水を弾くように 
駆け出した
風切る頬を
午前に残して
水平線の先に
潜り込む 指先から
少し遠い君の手
湿って宙を掴む
影が坂道を
転がり落ちてく
息を止めた
憂鬱を投げ出せば
空に踊る眠り 
指の先で風が
鳴っていたなら
左耳が海を呼んでる
渦を巻いてる白い雲
たどり着いた丘の上
グラスの中で溶ける
君の街を見てた




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12月の雨
 如月



どんぐりたちが
屋根を踏み鳴らす遊びをやめたのは
いつだったか

秋の荷物が届かないまま
木々が、ほの暗い空へと
細い腕を伸ばしている

 *

街はいつの間にか
切り絵のような
会釈で溢れ返っている

おはようございます
 おはようございます

そうやって
いくつもの切り絵が
切り立ったビルの窓に
貼り付いていく

 *

12月の雨が
降ることを止めようとしないから
秋の荷物は置き去りにされている
もう届く事はないだろう

冬の言葉を知らないまま
雨に触れる指先は
初雪の夢を見ている

伸ばした腕の先には
空、ばかりが続いて

 *

街はいつでも
いつの間にか
いくつもの
切り絵でいっぱいだ

お疲れ様です
 お疲れ様でした

そう言って
いつの間にか
私の切り絵が街の片隅に
貼り付けられていた

剥がれる事も
剥がされる事も
ないだろう

 *

母の手の温度で
染み渡っていく夕日の中
はたはたと舞うコウモリを
追わなくなったのは
いつかの夏、の事

12月の雨が止む頃には
春の歌は歌えない

子供の頃の折り紙が
続いていく空を
舞っていく
追いかけなくなったのは




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おやすみが聞こえる
 んあ


退屈そうに明滅する星、瞬時にいなくなってしまう、明け方の線
あぁ、夜空におおきな水性くらげひとり、どこまでも螺旋状に、響け
きょうのやわらかなことばたち、微熱をはらんだ、淡いかなしみたち
今夜はおいで、こちらに、あの孤独なスピカとともにおどおどひかり、
わたしの夢に、酸味を帯びた淡い香気をのこして燃えろ

いつしか届きますか、あの細い電線のどれかを伝って、きみへ
そのとき降りだした雨の稜線に従って、とべ、翼をもちえない祈り、
枯れた花、わたしの指さす延長線上の、たったひとつの消失点にむかって、
そのときばかりは豪快な、汽笛の音楽をならして、とべ

あぁ、これらのような、宇宙と同質のおもみをもったかがやく一挿話は、
変幻自在の、老いゆく一挿話は、わたしの湿った胸元から汲みでてゆき、
空中ではらりと透明な、レーヨンの尾をひいて消える

あれは、孤独な宇宙へゆくのです、あれは孤独な、熱線です
あれは静かに、塵芥を撒き散らして伸びる、孤独な熱線です

さよならも言えないうちに消えた、きみよさよなら!

この街灯のうえの水性くらげひとり、どこまでも螺旋状に、響け
この街灯のしたでぶるっと震えた、わたしのほんとうに静かな魂に、響け

あぁ、いつまでも空虚な星空に、あの日きみの投げた水風船が割れて、
ぽつりぽつり、様々な点に、様々な色が滲んでいる
それを見てわたしは、とうとう口をつぐんでしまって、やがて真っ暗な家路についた

きみよおやすみ、今夜は、やすらかなおやすみ
自分も一緒に、目を瞑れたなら、なぁんて、あの深淵の闇の奥の、
ずっとずっと奥のほうで聞こえるこえ、聞こえているよ
あれはきみと同じ、波のこえだ
だからおやすみ、きみよ今夜は、ほんとうにやすらかな、おやすみ、おやすみ
きみのなかに、たった一筋の流星が過ぎますように






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