のび太「出来杉なんていなくなればいい…」
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《管理人より》
VIPに書いたSSです。
2011年11月。
以下の文は、ドラえもんの二次創作的なものです。
一部陰惨な描写があります。
こういったものを不快に思う方は閲覧をおやめください。
よろしくお願いします。
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のび太「遅れてごめんよ」
野比のび太、11歳――。
今日も例によって待ち合わせには遅れて来る。
何をやらせてもダメダメな小学生だ。
剛「お、おう…」
スネ夫「遅刻なんて…のび太のくせに生意気だぞ…」
しかしのび太を迎えるいじめっ子2人組に、いつもの元気はない。
のび太「ご、ごめん…ドラえもんが寝るのを待ってから出てきたから…」
のび太の言うドラえもんとは21世紀から来た猫型ロボットで、彼は現在理由あってそのロボットと同居しているのだ。
剛「ドラえもんだと?奴にはこのことバレてないだろうな?」
剛が焦りを含んだ声でのび太を問い質す。
剛「もしこのことがバレたら俺ら3人…一貫の終わりだぞ?」
のび太「だ、大丈夫だよ!ドラえもんあれで結構にぶいとこあるから。それになんだかんだ言ったって所詮はロボットだし…」
のび太は反射的に両手で頭を庇いながらそう説明した。
日頃から剛に殴られているが故の行動である。
スネ夫「そんなことより早くしないと…。こんなとこ誰かに見られでもしたら…」
スネ夫が辺りの様子を窺いながら2人の話を遮った。
剛の腰巾着という評価をされている彼だが、我が身にふりかかる危機には人一倍敏感なのだ。
普段は虚勢を張ってそのことを必死に隠している。
しかしのび太は薄々スネ夫の正体に気づいてはいた。
スネ夫は僕と同じで弱い人間なんだ――。
剛「おう!そうだな!2人とも例の物は持ってきたな?」
スネ夫の言葉に、剛は本来の目的を思い出したようだ。
のび太「うん。物置からパパのをこっそり持ち出して来たよ」
スネ夫「僕もさ。僕んちのはドイツ製で切れ味抜群なんだぜ…」
2人の手にはきらりと光る物が握られている。
剛「俺のは錆びてるけど、まだまだ使えるぜ」
剛もまた、小学生には不似合いの工具を取り出した。
剛「さあ…始めようか…」
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丑三つ時の裏山――。
彼らの足元には小さな死体が転がっている。
冷たくなった体。
かつては彼らのクラスで秀才と持て囃され、女子からも人気だった彼――出来杉英才の死体だ。
のび太「ぼ、僕やっぱりこんなことできないよ…」
のび太の足は震えている。
のび太「やっぱりドラえもんに相談してなんとか…」
剛「何言ってんだ今さら」
のび太「で、でも…冷静に考えたらこんなこと…」
剛「だったら何か?ドラえもんに頼んでタイムふろしきでも出してもらうか?」
剛が猫型ロボットの持つ不思議な道具の名を口にする。
のび太「そ、そんな…タイムふろしきは死んだ人を生き返らせることはできないんだ…」
剛「そうだったよな?昼間お前が言ったことだもんな!」
スネ夫「あ、じゃあタイムマシンで過去に戻って、あんなことが起こらないようにすれば…」
のび太「無理だよ。人の生き死にに関することは変えられないんだ…」
剛「だろ?だったらもう…やるしかないんだよ」
剛の言葉に、のび太は渋々頷いた。
続いてスネ夫も決意したように強く顎を引く。
剛「じゃあ…始めるぞ…」
剛の右手が動いた。
迷いなく出来杉の腕を切り落とす。
のび太は震える手で、持ってきたノコギリを握り直した。
いつもは饒舌なスネ夫も、この時ばかりは黙りこみ、無心でノコギリを引いている。
こうして3人は出来杉の死体を解体し始めた。
すべては自分達の犯した罪を隠蔽するために…。
しばらくすると、のび太の耳にすすり泣きが届くようになった。
始めはスネ夫が泣いているのかと思った。
しかし違う。この耳障りなしゃがれ声は――、剛だ。剛が泣いているのだ。
――あのジャイアンが泣くなんて…。
のび太は驚異を感じるとともに戦慄した。
自分の置かれた状況を改めて理解した。
――昼間、僕達は出来杉を殺害した。
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きっかけはただの嫉妬からだった。
学校で彼ら3人が教師から注意を受けているところを、出来杉が庇ったのだ。
これはいつものことだったが、その日はたまたま現場を女子の一群が目撃していた。
「出来杉さんて優しいのね、あんなクズみたいな人達の味方してあげるなんて」
誰かの声がそう言ったのを、3人は確かに耳にした。
悔しさと羞恥心が同時に襲ってきた。
教師から注意を受けたのは自分達の非が原因で、出来杉が庇ってくれたのは純粋な親切心からだ。
出来杉を恨むのは間違っている。
頭でそう理解しようとしても、気持ちは治まらなかった。
女子の一群の中にはのび太の片想いの相手、クラスのマドンナ的存在の源しずかがいたから尚更だった。
放課後、のび太はその時のことをスネ夫に愚痴った。
案の定スネ夫ものび太と同じ考えで、出来杉のことを良く思っていないようだった。
のび太「しずかちゃんはあんながり勉のどこがいいんだ!」
スネ夫と話していると、自然と口汚くなった。
剛「だったらちょっと出来杉をからかってやろうぜ」
2人の会話を盗み聞きしていた剛が、話に割って入った。
のび太「からかうって?」
スネ夫「どうするのさ、ジャイアン」
スネ夫がいじわるく目を細め、唇を尖らせた。
悪巧みをする時の癖だ。
剛「出来杉を裏山に招待してやるんだよ…」
剛が怪しい笑みを浮かべる。
スネ夫はその一言ですべてを理解したらしく、周囲から狐と揶揄される例の顔で、気味の悪い笑い声を洩らした。
のび太「え?裏山に?」
1人だけ理解できなかったのび太が、不思議そうに首を傾げる。
スネ夫「馬鹿だなのび太。あの秘密基地に出来杉を閉じ込めてやるんだよ!ね?ジャイアン?」
剛「あぁ…いつもは冷静な出来杉もさすがにびびるだろ。開けてくれー出してくれーって俺らに泣いて懇願するかもな」
秘密基地――。
それは彼らが裏山に作った遊び場のことだ。
古い木材や泥を使って、子供ながらになかなか本格的な造りになっている。
しかしさすがに電気を通すことは出来ないので、ランプがなければ秘密基地の中は昼間でも真っ暗なのだ。
剛「おいのび太、出来杉の奴をうまく言って裏山に連れて来いよ」
いつもは躊躇する剛の命令にも、この時ののび太は快く返事をした。
のび太「うんわかったよ!絶対に出来杉に一泡食わせてやろうね」
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こうしてのび太は出来杉を裏山へ、そして秘密基地の中へと誘導した。
草むらに隠れていた剛とスネ夫が素早く秘密基地の入口を塞ぎ、中に出来杉1人だけを閉じ込めた。
のび太は遠くからその様子を眺めているだけだった。ただ出来杉の情けない姿が見られればそれで満足だった。
閉じ込められた出来杉は始め、何が起きたのかわかっていないようだった。しかしすぐに助けを求める声が聞こえてきた。
出来杉「のび太くん?そこにいるんだろ?ここを開けてくれないかな…」
こんな状況でものび太を信じて声をかけてくる出来杉になぜだかひどく苛立ちを覚えた。
それに剛やスネ夫の手前、1人だけ正義感ぶって出来杉を助けるわけにはいかない。
のび太はもう、後に引けなくなっていた。
剛「ギャハハハ、馬鹿だなー出来杉の奴」
スネ夫「そうだそうだ!ちょっと頭いいからって調子に乗ってるからこんな目に遭うんだぞ!」
剛とスネ夫は慌てる出来杉の声を聞き、楽しそうだった。
それを見ていたらのび太の罪悪感も和らいだ。
――出来杉なんか、もっとひどい目に遭えばいいんだ。
しかしここで出来杉の声色が明らかに恐怖のそれへと変化した。
出来杉「暗いよ怖いよ!出して!ここから出してぇぇ」
取り乱す出来杉の声に、剛とスネ夫はますます盛り上がっていく。
今思い返せばこの時に出来杉を救出していれば良かったのだ。
出来杉「お願いだよ出してよぉぉ」
秘密基地の壁が揺れた。
中で出来杉が暴れ出したようだ。
スネ夫「ねぇなんかまずくない?ジャイアン…」
剛「おう、そうだな!そろそろ出してやるか」
2人が秘密基地の扉を引こうとした時にはもう遅かった。
所詮は子供が作ったもの。
きちんと設計されていなかったので、暴れる出来杉に扉は歪み、引けなくなっていた。
剛「おい、出来杉落ち着けよ…」
スネ夫「そうだよそんなに暴れると扉が完全に引けなくなっちゃうよ…」
焦る2人。暴れる出来杉。
そしてのび太の目の前で、事故は起こった。
一瞬の出来事だった。
子供の手による脆い秘密基地は崩れ、瓦礫と化した。
その下敷きになった出来杉を掘り起こした時には、既に息はなく、3人は愕然とした。
これは事故だ。しかしそれを招いたのは自分達の嫉妬心と悪戯心――。
3人は相談し、事故を隠蔽することに決めた。
そのためには出来杉の死体を処分しなければならない。
こうして3人は深夜、裏山に集まったのだった。
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剛「よし、解体したな。後は手分けしてこれを運ぼう」
持ってきたビニール袋に出来杉の死体を入れ、空き地へ運ぶ。
このまま裏山に埋めても良かったのだが、最近野良犬がよく出没していたのでその案は却下された。
もし野良犬に出来杉の死体を掘り起こされでもしたらたまったもんじゃない。
それに空き地なら常に監視できるので好都合なのだ。
既に空き地はジャイアンのテリトリーとして認識されているので他の子供が近づくこともない。
3人は重いビニール袋を抱えて裏山を走り下りた。
空き地へ到着すると土管の近くに穴を掘り、死体を埋める。
剛「いいか、この事は3人だけの秘密だぞ」
すべての作業が終了した時、剛が言った。
スネ夫が小刻みに首を縦に振る。
のび太は疲労と睡魔にふらふらになりながら、それでも強く頷いた。
早くこの現実から逃れたい。
家に帰って温かい布団にくるまり、すべてを忘れて眠りたい。
のび太の心の中はそれだけだった。
出来杉への謝罪の気持ちは疲労感によって完全に消されていた。
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いつもの声で目が覚める。
のび太、いつまで寝てるの!早く支度なさい!
ママの声だ。
のび太はゆっくりと目を開けた。見慣れた天井。階段を下りていくママの足音。瞼が重い。
ドラ「ほらほらのび太くん、学校に遅刻しちゃうよ」
何も知らないドラえもんの声…。いつもと変わらぬ朝だ。
のび太「おはようドラえもん」
ドラ「おはようのび太くん。ほら着替えて朝ごはん食べよう」
のび太「うん…」
台所に行くため階段を降りようとすると、背中からドラえもんが声をかけてきた。
ドラ「僕は今朝みぃちゃんと朝の散歩をしたんだ」
のび太「へぇ…良かったじゃないか」
ドラ「それでみぃちゃんが言ってたんだけど、昨日の夜、のび太くん家を抜け出してどこか行かなかった?」
ドラえもんの言葉にのび太の体が硬直する。
まさか、近所の猫に見られていたなんて…。
のび太「まさか。そんなことあるわけないだろ」
平静を装い、そう答える。
しかし怖くてドラえもんのほうを振り返ることができない。
ドラ「そうだよね。のび太くん一度寝たら朝までぐっすりだもん。夜中出掛けるなんてできないよね」
のび太の言葉をドラえもんはあっさりと信じた。
のび太はそっと安堵の息を吐く。
のび太「それよりドラえもん、みぃちゃんとの付き合いちょっと考えたほうがいいんじゃない?夜中に出歩いてたわけだろ?ドラえもんもとんだ悪猫に捕まったもんだな」
悟られないようにするためか、のび太は無意識のうちに普段より口数が多くなっている。
気分を害したのかドラえもんはのび太を押し退けてさっさと1人、階下へと下りてしまった。
食事中、ドラえもんはむっつりと黙りこみ、トーストを口に当たる部分に押し込んでいた。
のび太にしてはこのほうが好都合だった。
ドラえもんと話さなければボロを出すこともない。
無言の2人を、パパとママはまたいつものケンカかと呆れ顔で見つめている。
のび太「ごちそうさまでした」
椅子の背もたれに掛けていたランドセルを掴み、玄関へ向かおうとすると、ママが追いかけてきた。
ママ「のびちゃん、先週受けたテスト今日返ってくるんでしょう?隠さずにちゃんと見せなさいね」
のび太「わかったよ。うるさいな」
反抗的なのび太の態度にママの眉がつり上がる。しかし途中で何かに気づいたらしく、ママの表情は複雑に歪んだ。
ママ「どうしたののびちゃん、その靴…」
のび太「え?」
玄関に脱ぎ捨てられているのび太の靴。それは昨夜ついた泥で汚れていた。
ママ「まぁ!!そんなに靴を汚して…またママが洗わなきゃならないじゃない!」
のび太「うるさいな、このまま履いてくから別にいいよ」
ママ「そんな汚い靴で学校に行くの?」
のび太「平気だよこれくらいの汚れ」
ドラ「せっかくママが先週洗ってくれたばっかりだったのに、のび太くんには申し訳ないと思う気持ちはないの?」
のび太「うるさいなドラえもんには関係ないだろ」
のび太とママが言い争っているところへ、いつのまにやって来たのかドラえもんが割って入った。
のび太はうんざりとして言う。
のび太「もう遅刻しちゃうから行くよ。ドラえもんはまたみぃちゃんとデートしてドラ焼きでも食べてればいいさ」
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先生「えー昨日から出来杉くんが家に帰っていないということでご両親が大変心配なさってます。出来杉くんが行きそうな場所など心当たりのある生徒は先生まで知らせに来てください」
担任教師の言葉に、教室の中がざわつきはじめる。
特に女子は過剰なほど心配の態度を見せ、皆一様に出来杉の無事を祈る言葉を口にしていた。
先生「えーでは、先週行ったテストを返したいと思います」
教師の言葉はほとんど生徒達に届いていない。
テストの返却が始まっても生徒達の話し声が止むことはなかった。
これはのび太達のクラスにしては珍しい光景だ。担任教師は生徒達からかなり恐れられている存在だったからである。
通常であればおしゃべりをやめない生徒達に教師の雷が落ちるところだが、今朝は教師のほうでも出来杉のことが気にかかって生徒を叱責する元気がない。
淡々とテストを返却していく。
先生「次、野比くん!」
野比「はい…」
とぼとぼと教壇まで歩くのび太。
その姿を見てからかうのが剛とスネ夫のお決まりだが、今日はやはり2人ともおとなしく席についている。
教師「野比くんにしては頑張りましたね。この調子で」
野比「え?」
のび太は返されたばかりの答案を凝視した。
右上に大きく赤ペンで書かれた数字は80。答案を持つ手が震えた。
のび太にとってそれは、ほとんど奇跡に近い数字であった。
休み時間になり、のび太は早速しずかのもとへテストの結果を報告しに行った。
のび太「しずかちゃん、僕さっきのテストで80点だったんだよ!」
しずか「え…?」
しずかは困惑の表情を浮かべていた。
瞬間、のび太は予期せぬ彼女の様子に尻込みしたが、この奇跡をすぐには信じてもらえなかったのだろうと思い直し、もう一度同じ台詞を口にした。
のび太「しずかちゃん、僕さっきのテストで80点だったんだよ!」
その時だった。のび太に向かってひどい言葉がぶつけられた。
女子生徒「のび太さん、他の教科ではいっつも0点なのに、なんで保健体育のテストだと80点取れるの?いやらしい!不潔だわ」
しずかの友人達が揃ってのび太に対して非難の目を向けていた。しずかだけは困惑の表情を浮かべたままである。
のび太「しずかちゃん…僕…」
のび太はすがるようにしてしずかを見つめた。
一言だけでいい。しずかから誉めてもらえれば、他の女子の言葉なんてどこかに吹き飛んでしまうのだから。
しずか「そんなことより今は出来杉さんの無事を考えるべきだわ。出来杉さん…今どこにいるのかしら…」
女子生徒「ほんとよね、のび太さんたら不謹慎なんだから。出来杉さんが心配だわ…」
のび太は疎外感を味わうばかりだった。
――なんだいみんなして出来杉出来杉って…。
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放課後――。
剛「おいのび太、帰ったら空き地に集合な!約束だぞ?もし来なかったらわかってんだろうなぁ?」
剛の言い草は、周囲の級友達から見ればいつもと何ら変わりない調子であった。
のび太とスネ夫だけが、剛の声に含まれる緊張を感じ取っていた。
のび太「わ、わかったよ…必ず行くよ」
のび太はしょんぼりとした様子を演じながら、内心ではほくそ笑んでいた。
――ジャイアンの奴、昨日のことで相当ダメージを受けてるな。
いつも自信満々でいばりちらしている剛の、気弱な姿は単純に見ていて面白かった。
スネ夫「ジャイアン、のび太なんか放っておいて早く帰ろうよ」
スネ夫のほうは見るからに罪悪感に打ちのめされ、今にも倒れそうなくらい顔を青くさせている。
のび太は意味ありげに目を細めると、2人から視線を反らして帰り支度を始めた。
校舎を出ると、背後からしずかが追いかけてきた。
しずか「のび太さん、一緒に帰りましょう」
のび太「うんいいよいいよ。しずかちゃん帰ろう」
のび太の胸が高鳴る。しずかのほうから誘って来るのは珍しいことだった。
のび太「しずかちゃん、僕ね今度新しい漫画を買うんだ。買ったら一番にしずかちゃんに貸してあげるぅ」
しずか「ありがとうのび太さん」
しずかと並んで歩く帰り道、のび太は嬉しさのあまり一方的に喋り続けた。
のび太は気づいていなかった。
相槌を打つしずかの声が、徐々に暗くなっていってることに…。
のび太「でね、ドラえもんたら僕に、」
しずか「……うぅぅ…うっく…」
とうとう耐えきれなくなったしずかがしゃくり声を上げた。
のび太「しずかちゃんどうしたんだい?」
狼狽えるのび太をよそに、しずかの声はやがて泣き声に変わり、その場にうずくまってしまった。
しずか「わたし達だけこんなにのんびりした会話していていいのかしら…今こうしている間も出来杉さんは1人で…おなかもすかせて困っているはずだわ…」
のび太「そんなぁ〜そのうちひょっこり帰って来るよ!あ、そうだ!もしかして家出したのかもしれないよ」
しずか「…家出?」
しずかの肩がぴくりと震える。
のび太「そうだよきっと家出だよー」
しずか「そんなわけないわ!出来杉さんに限ってそんな馬鹿な真似…」
のび太は勇気を出して、しずかの手を握ってみた。しずかは抵抗を見せず、ただ泣きじゃくっていた。
――どうしてしずかちゃんは出来杉がいなくなったくらいで、こんなに泣くのだろう。
のび太は決心して言った。
のび太「泣かないでしずかちゃん。出来杉がいなくても大丈夫だよ。僕が…僕が出来杉の代わりになるから!」
のび太の言葉に、しずかの泣き声が止んだ。
すると辺りには気の早い蝉の声だけが鳴り響いていた。
しずかの手を握るのび太の手が、じっとりと汗ばんでいる。
しずか「のび太さんが?出来杉さんの代わりに?」
しずかのか細い声。
のび太は心の底から、彼女を守りたいと思っていた。
のび太「うん。これからたくさん勉強してもっと頼れる男になって、僕がしずかちゃんを守ってあげる。出来杉なんかいなくても大丈夫なようにしてあげるよ」
のび太の力強い物言いに、しずかはこれまでの彼とは違う空気を感じ取った。
しずか「そう…ありがとう、のび太さん…」
のび太「だからさ、ほら涙を吹きなよ」
のび太はズボンのポケットからアイロンのきいたハンカチを取り出すと、しずかに手渡した。
ハンカチは日頃母親がきちんと手入れして、毎朝彼に持たせていたものだ。
だらしのない彼はハンカチなど持っていてもこれまでなかなか使う機会がなかった。
むしろ毎朝ハンカチとティッシュを彼に持たせようとする母をうっとうしいとさえ思っていた。
しかし今日だけはそんな母に感謝した。
憧れの女性にハンカチを差し出すというシチュエーションがついに叶ったのだ。
彼は自分が大人の男になったような気分を味わった。
しずか「ハンカチか…わたしもいつだったか出来杉さんにハンカチをプレゼントしたことがあったな。出来杉さん、使ってくれてたのかしら…」
しずかの言葉に、高揚していたのび太の気持ちは急激に萎えていく。
――なんでだよ。出来杉の奴、しずかちゃんからプレゼントを貰ったことがあったなんて…。
のび太の中で、再び出来杉への憎悪が激しく燃え上がり始めた。
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のび太「ただいまー」
ドラ「おかえり、のび太くん」
のび太「あれ?ママはー?」
ドラ「ママなら今おつかいに出てるよ」
のび太「良かったー。ジャイアン達と遊ぶ約束してるんだ。今のうち出かけよう」
ドラ「なら僕も行こうかな」
のび太「えぇ?なんだって?」
ドラ「どうしたんだいのび太くん?どうせいつもの空き地だろ?ドラ焼き買いに行くついでだからそこまで一緒に歩こうよ」
のび太「なんだドラ焼きか。いいよいいよドラえもん、一緒に行こう」
ドラ「変なのび太くん」
そうは言ったものの、ドラえもんはさして不思議がる素振りも見せず、のび太の隣を歩き始めた。
――どうやらドラえもん、僕達がしたことには気付いていないようだな。
のび太はほっと一安心し、ドラミに愚痴を喋るドラえもんの言葉に耳を傾けていた。
やはりロボット、思考回路は単純に出来ているらしい。
人間の微妙な感情の変化に対してはかなり鈍いようだ。
――この調子なら、出来杉のこともこのまま隠し続けられるぞ。
のび太がそう思った矢先、ドラえもんがまるでタイミングを計ったかのように、出来杉の名を口にした。
のび太は自分の心臓がぎゅっと収縮するのを感じた。
ドラ「そういえばのび太くん聞いたかい?出来杉くんが昨日から行方不明らしいんだ」
のび太「あぁ聞いたよ。どうしたんだろうね」
ここは余計なことを口走らないよう、話すのは必要最低限の言葉のみにしておこう。
のび太は小さな脳をふる稼動させ、対策を導き出した。
空き地に着くまであと少し。どうにかこの話題をやり過ごすしかない。
ドラ「心配だなぁ。誘拐とかじゃなければいいんだけど」
のび太「そうだね、心配だね」
ドラ「あ、そうだ。僕の秘密道具で出来杉くんの居場所を探れば…」
突然、ドラえもんは立ち止まり、腹部の辺りについたポケットを探り出した。
鼻の下が伸び、間が抜けた顔の造りをしているわりに、このロボットはなかなか役に立つ機械をたくさんポケットの中に持ち歩いているのだ。
のび太は焦って、思わずドラえもんの頭を思い切り引っぱたいた。
ドラ「や、何するんだのび太くん」
のび太「だ、駄目だよ出来杉の場所を探るなんて!」
ドラ「どうしてだい?」
ドラえもんが機械的な眼差しで、のび太の顔を凝視する。
まるでそこから彼の嘘を読み取ろうとしているかのように。
のび太の額には、大粒の汗が滲んでいた。
のび太「だ、だって、出来杉みたいにしっかりした奴が誘拐なんかされるわけないし。きっと事情があって1人になりたい気分なんじゃないのかな。それだったらあまり個人的なことに他人の僕達が関わっちゃ駄目だよ。ドラえもん、デリカシーがなさすぎるぞ」
ドラえもんは無言で何かを考えているようだった。
しばらくすると、納得したのか再び歩き出す。
のび太「え?ドラえもんどこ行くの?」
ドラ「何って、どら焼きを買いにいくんだよ。出来杉くんを探すのはもう少し様子を見てからにする。のび太くんの言う通りだった。僕はロボットだから人の気持ちに対して、いまいち配慮に欠けているみたいだ。ごめんよ、のび太くん」
のび太「そうか、わかればいいんだよ」
のび太の中にはドラえもんとの言い争いになった場合に関して、始めから勝算があった。
ドラえもんはロボットコンプレックスなのだ。
どうせロボットだから人の気持ちがわからない、ロボットだからデリカシーに欠ける。
そう言われるとドラえもんが何も言い返せなくなることを、のび太は心得ていた。
ようやく空き地が視界に入った。
剛「おう、のび太。来たか」
ドラえもんは少しの間のび太達の様子を観察していたが、どうやら今日はのび太をいじめるわけでも、剛がリサイタルと称して騒音を発するわけでもないとわかると、和菓子屋へ向かって歩き出した。
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